【契約締結後、決済前に買主が死亡】いったいどう対処すれば良いの?

売買契約締結後、決済前に売主もしくは買主が死亡したらどう対処するのが正解か。

皆さんは即答できますか?

まれに冗談交じりで契約当事者から質問されるこの問題、実際のところどうなんでしょうか。

『契約当事者が死亡してしまったのだから当然に契約は白紙になるでしょう』『いやいや、そんなことはない。相続人がいるのなら引き継がなければ違約になるだろう』など意見が分かれるかも知れません。

筆者も一度だけではありますが不動産の売買契約締結後、不幸にも買主がお亡くなりになった経験があります。

ようやく営業として独り立ちした頃の話ですので、どのように対処してよいか分からず上司や先輩に聞きまわりましたが納得のいく回答は得られませんでした(最終的には提携していた司法書士に介入してもらい事なきを得ましたが……)

今回はあってはならないこのような事例にたいし、法的な意味合いも含めどのように対処すれば良いのかについて解説いたします。

標準売買契約書の考え方

売買契約締結後、売主は引渡に向け準備に入ります。

入居中であれば引越の予定を立て荷造りを行うでしょうし、売買契約に連動する形で新たな土地を購入して新築住宅の請負契約を締結し、工事に着手しているかも知れません。

移転登記のため抵当権や賃借権など所有権等の行使を阻害する一切の負担を除去抹消しているかも知れません。

事故などによる不幸な死は誰にも等しく訪れる可能性があるのですから、実際にそのような事件などが発生すれば、契約当時者の一方も不可効力によるものとして『白紙契約』が頭に思い浮かぶかもしれません。

ですが契約の履行に着手していた場合、すでに相応の費用が発生しているケースもあるでしょうから、無条件の白紙契約として手付金などをすべて返還してしまえばそれらの費用は全額自己負担になってしまいます。

不可抗力であるとは理解していても、白紙撤回についてはすんなり同意しがたいでしょう。

ところで、国土交通省による標準契約書の約款には、このようなケースを扱う規定は存在しているのでしょうか?

残念ながら契約当事者の死亡に関する規定は見当たりません。

かろうじて類推適用できる規定としては「引渡完了前の滅失・損傷」の規定から『本物件の引渡し完了前に・売主、買主いずれの責めにも帰すことができない事由により・本契約の履行が不可能になった場合・お互いに通知して本契約を解除できる』という内容から類推するか、

引渡完了前の滅失・損傷

「引渡し完了前の滅失・損傷」についての規定から、『社会通念に照らして相手方の責めに帰すことができない事由によるものであるときは、違約金の請求はできない』との文言を引き合いにする程度でしょうか。

引渡し完了前の滅失・損傷,社会通念に照らして相手方の責めに帰すことができない事由によるものであるときは、違約金の請求はできない

しかしこれらの規定は契約当事者の死亡を考慮したものではないため、穏便におさめるための説得材料以上の効果は持ちません。

「そんなの詭弁でしょう」と撥ねつけられればそれまでです。

まとめれば、売買契約締結後の契約当事者の死亡に関して標準契約書に規定は存在していない。

そのため規定を判断基準の拠り所とした場合、契約の解除や違約金の取り決めは難しくなるのです。

「民法」の規定から考える

使用した売買契約書に独自の規定を設けていない限り、契約当事者の一方が死亡した場合の措置について「契約書の定め」を援用して対処することはできません。

そこで『民法』を紐解くことになります。

不動産実務を行っている皆さんなら死亡により相続が発生することについて正確に理解されているでしょうが、民法第896条(相続の一般的効力)では以下のように定められています。

『相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りではない』

この定めのうち「被相続人の一身に専属したもの」という文言が気になるところですが、これは「被相続人その人のみを対象としてる権利義務」と読み替えできます。

具体的には代理権、使用貸借、委任契約、組合契約、扶養請求権、生活保護受給権などについては、別途特段の定めをしていない限り「被相続人の一身に専属した権利義務」と推定されます。

不動産の売買契約は「被相続人の一身に専属したもの」には該当しませんので、民法の定めどおり相続人は売買契約に関する権利義務の一切を承継するのです。

ここまで解説すれば「勘」の鋭い方ならお気づきでしょう。

不動産売買契約の締結後に契約当事者の一方が死亡した場合、死亡した側の相続人が権利義務の一切を承継するということです。

つまり契約当事者として残金を支払い物件の引き渡しを受ける、もしくは物件を引き渡す。

また売買契約を引き継ぐ意思がなく、かつ解約手付の交付による解除権が留保されているのなら、手付放棄もしくは倍返しにより契約を解除するかを選択する。

つまり契約当事者が死亡した場合、売買契約で定められた権利義務を履行するかどうするかは『相続人の意向次第』だということです。

住宅ローンを利用している場合

ビジネスマン,ミニチュアハウス

さて売買契約後に当事者の一方が死亡した場合、その相続人が権利義務の一切を承継する点についてはご理解いただけたと思いますが、亡くなった側が買主で、住宅ローンを申し込んでいる場合はどう判断すれば良いのでしょう。

当然ですが、融資承認という権利は相続人に承継されません。

あくまで申込本人の勤務属性や所得などから総合的に判断し、金融機関が当人にたいし融資を承認しただけに過ぎないからです。

申込本人が金銭消費貸借契約を始めとした手続を遂行することはできないのですから、融資が実行されることもありません。

前項で「被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」との民法の定めを解説しましたが、融資を申込んだ後、その承認が得られる前に申込人が死亡した場合には『ローン条項』を適用できる余地が残されます。

標準的なローン条項は下記のようなものですが、「契約締結後すみやかに融資の申込み手続きをしている」かつ「融資承認取得期日まで」という2つの条件を満たしていれば、融資承認が得られない場合に契約を解除できるからです。

融資利用の特約

申込本人が死亡したことを金融機関に連絡すれば、承認は得られません(厳密には取り下げとして処理されるでしょうが)

申込人の死亡は、「故意に融資の承認を妨げた」ことにはなりませんから、融資利用の特約の規定範囲内であると解されます。

それではすでに承認が得られている場合はどうなのか?

判断の難しいところではありますがローン条項を適用することはできないでしょう。

「承認されても融資が実行されることはないじゃないか‼」との反論が聞こえてきそうですが、契約当事者のもう一方からすれば「不幸には同情するけれどこちらの都合もあるし……」と考えるのは当然です。

事情を察してもらい、放棄する手付金の額を交渉するなど「情」に訴えるしかないかも知れません。

ところで媒介報酬は請求できるの?

さて、続いて媒介報酬の話に移ります。

契約当事者の死亡を原因として契約が解除された場合、媒介報酬の請求はできるのでしょうか。

前項のローン条項を適用しての契約解除を除けば、全額請求できます。

宅地建物取引業者は『媒介により売買契約が成立したとき、媒介報酬を請求できる』と規定されているからです。

ただし、注意が必要です。

誤解をまねかないよう補足しておきますが、『請求権がある=全額受領できる』という単純なものではないからです。

「規定されているのに全額請求できないなんておかしいじゃないか」と思われる方もいるでしょうが、この媒介報酬請求権について争われた判例(最高裁_昭和49年11月14日)があり、そこでは「一定額の報奨金を依頼者に請求できる旨を特約しているなど特段の事情がある場合を除き」、一般的な媒介報酬は「売買契約の成立」、「その履行」、「取引目的の達成」これらすべての要件を満たすことにより全額の請求権が発生するものだと判断されているからです。

これにより規定においては契約成立と同時に媒介報酬の全額請求権が発生するとされてはいても、実務としては契約が解除された原因やそれまで要した労力を勘案しながら相続人と打合せを行い、合意した金額を請求することになるのです。

契約が解除された原因が、依頼者の死亡であるという特異なものであることから、まるで追い剥ぎのように全額請求するのは人道的見地から問題もあるでしょう。そうは言っても労力をかけ契約を締結した結果が無報酬では悲しい。

それでは適切な報酬額はどのように検討すれば良いのでしょうか?

これは下記で紹介する裁判例が参考になります。

福岡高裁那覇市部で平成15年12月25日に下された裁判例では、「特約がない場合に媒介業者の受け取るべき報酬額については、取引額、媒介の難易度、期間、労力その他諸般の事情を斟酌して定めるべきである」とされています。

また別の裁判においては「媒介業者が手付放棄又は倍返しによる解除の可能性を念頭に入れ、そのような場合に備え報酬の額についての特約を予め本件媒介契約に明記することは容易である」と、様々な事態を想定して特約を設けていない側にも「非」があるという判断が下されています。

またこの裁判例では、「媒介業者の残代金の授受や目的物件の引渡等の付随事務が、契約解除の結果、履行に着手することはないのだから、報酬額についての合意は適用されない」としています。

つまり手付金放棄もしくは倍返しなどにより契約が合意解除された場合、規定では報酬の全額請求権が発生するのだけれど、解除理由や特約の有無などにより判断基準は異なるとはいえ、決済・引渡など一連の業務を遂行し、初めて全額請求できると理解しておく方が良いのです。

これらを理解したうえで、相続人と話し合い報酬金額を決定する。おそらくはこれが最適解になるのでしょう。

まとめ

契約締結後、契約当事者が不慮の事故などで死亡するなんてことは稀有な事例です。

筆者は30年以上にわたり不動産業務を行っていますが、一度限りの経験です。

ただし、絶対に遭遇しないと言い切ることはできません。予測不能な問題が我々の仕事には潜んでいるからです。

このような事態に直面した場合、周囲の同僚や上司に相談しても適切なアドバイスが得られることは少ないでしょう。

それはこのようなケースが非常に稀だからです。

当時、新人であった筆者も悩みました。

このような経験はしないに限りますが、いざとなって慌てないよう、今回解説した内容を理解しておくことは大切です。

私たちの仕事は、予測困難な状況においても毅然として振る舞い、適切に対処することが求められているからです。

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