【手付金『0』で契約できないというのは思い込み?】正確に理解しておきたい手付と契約の関係

筆者が不動産営業としてようやく独り立ちした頃、融資の事前承認は取れていたけれど売主側の媒介業者が希望する2割の手付金が用意できないことから、勤務先の責任者に相談したことがあります。

いまだから言えるのですがこの責任者、かなりのレベルで知識に欠けている方でした。

根拠のない勢いだけの営業手法で実績を上げたことから役職者として抜擢されたのですが、前述のような相談をすると、「手付金を用意できない奴が悪いんだから、親族かどこかから借りてこさせろ」と頭ごなしに怒鳴られただけ。

日頃、不動産実務をこなされている皆さんならご存じのように、次から次へと希望条件を満たす物件が出てくる訳ではありません。

気に入った物件が購入できなければ、顧客も気持ちの切り替えに時間が必要ですし、他の物件を紹介してもなかなか気にいって貰えないなんてことはよくあります(買付二番手の時はよくありますよね)

今ならそんな指示を出す責任者には相談せず、共同媒介の担当者と面談し何とか手付の額を下げられないかと相談するのですが、当時はそんな当たり前の行動すら思いつきませんでした。

まともな教育訓練が施されない。旧態依然の不動産業者にありがちな話です。

別の話ですが、同僚と「手付金『0』の契約は法律上有効か」という議論をしていたところ、それを聞き及んだ責任者が「手付金『0』で契約できるはずないだろう。そんなのは法律違反で無効だ‼」と、これまた怒鳴られました。

当時、疑う意識に欠けていた筆者は「へえ~そうなんだ」と思ってしまったのですが、さてこの手付金の授受を伴わない契約行為。はたして本当に無効なのでしょうか?

今回は以外にも正確に理解されていない「契約」について、少し考えてみましょう。

手付なしの契約は有効

私たち不動産業者が「違法だ!」と口にする場合、その多くは民法、もしくは宅地建物取引業法の定めにたいしての違法性を意味しているでしょう。

ですが法の定めは万能ではありません。

たとえば「民法」は私人相互の生活関係についての定めですが、言い換えれば市民社会における最低限のルールに過ぎません。

民法において「契約」は「法的責任を伴う約束」と定義されています。

「法的な責任を伴う」と表現すればなにやら厳しい感じを受けますが、契約を締結するかどうかの判断を含め、誰を相手に契約するのか、方法をどのようにするのかなどについて、原則として契約当事者が自由に決めてよいとしているのです(無論、合意は必要です)

これらを法的に表現すれば「私的自治の原則」「契約自由の原則」となります。

契約自由の原則

もっとも、どんな契約でも自由とされている訳ではありません。公序良俗に反する契約や、必ずしも対等な関係とはならない雇用者と労働者、事業者と消費者との契約行為については、契約自由の原則の例外とされます。

契約金『0』は公序良俗に反するものではありませんし、契約当事者は双方が一般の方ですから契約自由の原則の例外にも該当していない。

つまり冒頭で紹介したような「手付金『0』で契約できるはずないだろう。そんなのは法律違反で無効だ!」なんて言葉は、まったくの嘘もしくは勘違いに過ぎないということです。

もっとも、契約が有効に成立すれば当事者双方に権利と義務が発生します。

不動産売買を例に取れば、売主には物件を引き渡す義務が、買主には代金を支払う義務が発生すると同時に、売主には代金請求権が、買主には物件の引渡請求権がそれぞれ発生するのです。

契約が成立したらどうなるの?

前提として契約が公序良俗に反しないいう最低限のルールさえ具備すれば、当事者が自由に定めてよい。

つまり契約当事者が手付金『0』で構わないと判断したのなら、媒介業者がそれを咎める、ましてや媒介に協力しないことの方が問題となるのです(リスクについて助言するのとは別の話です)

宅地建物取引業法との関係は

さて民法における契約自由の原則を理解していただいたところで、宅地建物取引業法との関係性について考えてみましょう。

契約自体は当事者の自由であっても、私たちが媒介業者として関与した場合には宅地建物取引業法の定めに従う必要があります。

ご存じかとは思いますが、宅地建物取引業法は『特別法』です。

先ほど民法を「私人相互の生活関係の基本的ルールを定めた法律」であると解説しましたが、それに対し『特別法』とは、特定の人、場所、事項などについて適用される法律です。

つまり宅地建物取引業法とは、私たち宅地建物取引業者を対象にした、最低限遵守すべきルールなのです。

これを理解したうえで解説を続けていきますが、宅地建物取引業法第一章総則で定められているとおり、公正の確保と流通の円滑化が宅地建物取引業者の責務です。

ですから問題が生じるような契約行為については、たとえ契約当時者が合意していたとしても、具体的な根拠を明示するなどして、その危険性について助言する必要があります。

これは「信義を旨とし、誠実にその業務を行う」との定めによるものです。

そこで手付金『0』の契約について、宅地建物取引業者の立場から考えて見ましょう。

まず手付金が授受されないことにより、手付の放棄または倍返しができないというリスクが発生します。

この場合、特別な定め(ローン特約や引き渡し前の滅失など)をしていない限り、「違約解除」によるほか、合意的に解除する方法はありません。

手付金が低額であることからその放棄による契約解除を認めず、違約金の支払いによってのみ解除できるとする特約は、業者が売主の場合に限り「無効」とされる可能性が高い。

これは必ずしも対等な関係ではないとして、契約自由の原則の例外に該当するからです。

上記のような定めも、一般人である当事者が合意したのであれば、何ら問題とはされません。

ですが特別の定めが無い限り手付金は解約手付の性質を持つとされますから、考えようによっては下手に低廉な手付金を授受するよりも、解約防止のためには「手付金を『0』とした方が抑止力もあるのでは?」、なんて考えも浮かんできます。

もっとも万が一の場合、本当に違約金を支払えるのか、その原資については十分に検討する必要はありますが……。

信用の供与の意味

このような解説をすると、多くの不動産業者の頭をよぎるのが『信用の供与』という言葉です。

信用の供与(宅地建物取引業法第47条第3項)とは「信用を供与して契約締結を誘引する行為」全般を指していますが、具体的には宅地建物取引業者が売主である場合に限り、手付金の後日払いや、手付金の貸付をするような行為を禁じる定めです。

契約当事者に手付金が『0』であることにより発生するリスクを説明し、そのうえで合意したのであれば該当しません。

これは売主が宅地建物取引業である場合も同様で、先述したように「手付を『0』にするから、すぐに契約してください」と勧誘すれば信用の供与に該当する可能性もありますが、正しく説明を行い、購入者が納得した契約までを制限する趣旨のものではありません。

結局、「手付金がないと契約できない」というのは思い込み

これまでの解説で理解いただけたとは思いますが、「手付金なしでは契約できない」というのは思い込みに過ぎないということです(無論、相手方が合意するという前提は必要です)

解約手付の性質を考えれば、手付金の額が多いほど解約リスクが減るような印象を受けるでしょう。

ですが売主の立場で考えれば、手付金が欲しいのではなく売買金全額を手に入れるのが目的です。

手付金『0』で契約を締結しようと考えた場合、手付の放棄もしくは倍返しという手付解除の権利が奪われる点について悩むかもしれません。

人によっては「確か、宅地建物取引業法には手付の額についての制限があったような……」と思い浮かべるでしょう。

確かに宅地建物取引業法では、第39条で『手付の額の制限』が設けられています。

同条第ニ項では「宅建業者が自ら売主の場合」という前提ではありまが「手付解除の権利」について定められ、さらに第三項で「買主に不利なものは無効」とされています。

おそらくはこの印象が強いのでしょう。

そこで手付解除の権利が奪われる「0円契約」に躊躇する。

ですが前述した第39条は、業者が売主の場合で手付金が授受された場合の「手付解除権」、並びに売主が履行に着手するまでの「留保権」について制限しているに過ぎません。

ですから手付なしの契約、それ自体を制限しているものではないのです。

手付なしの契約をした場合、引渡完了前の滅失・損傷のほか契約不適合や修補請求遅延などによる解除などを除けば、特段の定めがない限り違約金の支払いを要します。

これらは当事者双方に適用されるのですから、極めて「公平」だと言えるのです。

宅地建物取引業法においては前述した第39条により、宅地建物取引業者が売主の場合において受領する手付金を証約手付、違約手付と定めても、それは『解約手付』になるとしています。

これは買主の手付解除を保証し、不利益が生じないようにするためのものです。

これと同時に民法における契約自由の原則を踏襲して手付金の額を自由にすれば、5割や6割でも徴収できてしまう。

これでは負担が大きくなり、手付解除が容易にできません。

そこで業者が売主の場合に限り手付の額について20%を上限とすることが定められているのです。

また前項で宅地建物取引業法第47条『信用の供与』について解説しましたが、業法ではそれ以外に関係規定は設けていません。

つまり売買時において手付金を授受しなければならないなどの制限規定は、そもそも存在していないのです。

まとめ

私たち不動産業者には安全に、かつ問題なく取り引きを行う責任があります。

もっとも、これが過ぎると、当事者に相談することなく買主からの要望についてその可否を判断したり、自分が気に入らない業者からの買付に応じないなんて行為が、さも正当化されたりします。

物件の囲い込みなんてのは、そもそも業者のエゴに過ぎません。

今回、解説した手付金『0』についても同様です。

手付解除の権利が奪われる点や、万が一の場合に違約金を回収できるのかという点が頭をよぎり、当時者に相談や説明することなく、「そんな契約はできません」と断りたくなる気持ちは理解できますが、決定権はあくまでも当事者です。

私たちが勝手に判断することではありません。

リスクを含め説明を行い、そのうえで下された顧客判断を優先し、不要なリスクが生じることがないよう万全を尽くす。

これが私たち不動産業者に求められている業務なのです。

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