自然災害はどの地域であっても発生する可能性があります。
そのため、「備えあれば患いなし」との諺があるように、日頃からの備えが大切です。
筆者は阪神・淡路大震災(1995年1月17日)と胆振東部地震(2018年9月6日)を経験し、被災した家屋の復旧や手直し工事に関わった経験があります。
その際には保険申請や手直し相談に応じるほか、住宅ローンの返済に困窮した方々にたいし、金融機関との交渉についてレクチャーするなど様々な相談に応じました。
多岐にわたる相談の中には、少なからず「悪質商法」に関するものが混じっています。
残念ではありますが、災害が発生するとそれに乗じる形で悪質商法が増加するのです。
災害発生で疲弊している方々に対し、詐欺的手法で利益を得ようとする行為が許されるはずはありません。
そのような被害を未然に防ぐために、私たち不動産業者ができることがあるはずです。
具体的な詐欺の手法を学び、顧客からの相談に対応することです。
そこで今回は自然災害の発生による相談事例や、それに乗じ多発する悪質商法にどのようなものがあるかを紹介し、それらに対応するためにどのような知識が必要かについて考えたいと思います。
政府や警察庁、国民生活センターなどが注意喚起
地震や台風、大雨、大雪、洪水、土砂災害など、およそ自然災害の前に人間は無力ですが、その発生に便乗して暴利を得ようとするのが悪質業者です。
自然災害が報じられると、それに関連した様々な相談が窓口に寄せられます。
例えば全国の消費者センターに寄せられる相談を時系列で見ていくと、自然災害発生率と「住宅など建物に関してのトラブル」や、「自然災害を口実にしたトラブル」などの件数が、相関関係にあると確認できます。
災害が発生する度にこのような傾向が見られることから、災害発生時には政府広報や警察庁、国民生活センターなどから注意喚起が発せられます。
よく耳にするのが「火災保険を利用して、自己負担なしで修理できる」との勧誘です。
中には震災による影響ではない、言わば経験劣化した部分まで保険金で補修できると断言して顧客を勧誘する業者などは、悪質商法の典型だと言えるでしょう。
自然災害により損害が生じた場合、その程度に応じ契約内容に即した保険金が支払われます。
ですが地震を原因とした火事や破損、復旧に関する費用は地震保険に加入していなければ支払われません。
自然災害の発生に連動して悪質商法を行う業者が増加することを踏まえ、保険に関しての知識も棚卸しして相談に備える必要があるでしょう。
相談と解決策
政府広報オンラインに寄れられている相談事例をピックアップし、筆者であればどのような解決策(回答)を提案するか、その理由も含め解説していきます。
【事例1】
1年半前にハウスメーカーが開発した土地を購入して建てた注文住宅が台風で床下浸水した。
自宅とその周辺の数件だけが浸水被害にあっており、家を建てる前は田んぼだったので地盤の整地が悪かったのだと思う。
補償は求められるのか(政府広報オンライン原文のまま)
このケースによらず、火災保険に水災保障が付保されていれば、建物や家財にたいし生じた所定の損害について補償が受けられます。
住宅に関しては、まず建築会社(ハウスメーカー等)にたいし床下浸水が発生した原因の調査依頼を行い、その結果、何らかの瑕疵が確認された場合はその修補を求めることができます。
建築会社には品確法(住宅の品質確保の促進等に関する法律)に基づき10年間の瑕疵担保責任を負うことが義務付けられているからです。
同法では修補の資力が確保できるよう、その資金を供託、もしくは保険(瑕疵保証保)に加入して確保することが義務付けられています。
ほとんどの建築会社は保険に加入しているでしょう。
その場合、調査や修補を拒むなどのトラブルが発生した場合には保険会社に申請し、弁護士や建築士を交えて紛争処理することが可能です。
土地の契約不適合責任については具体的な期間は設けられておらず、不適合を知った時から1年以内であれば売主に通知して追完請求等ができる(民法第566条)とされています。
ですが土地売買契約においては特約で、引き渡しから3ヶ月以内などとしている場合が多く、土地の売主にたいして責任を追及するのは困難かもしれません。
建築会社にたいし調査・修補に関しての請求するのが、目的を達成する近道かもしれません。
【事例2】
大雨で屋根が雨漏りするようになったため、インターネットで探した業者に、屋根の修理工事を依頼した。
修理工事は終わったが、その後の台風で雨漏りはさらにひどくなった。
業者から工事代金を請求されているが、雨漏りがまったく直っていないのに支払うのは納得できない。(政府広報オンライン原文のまま)
請負契約に関するトラブルですが、そもそも「請負」とは、当時者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを約する契約です。
仕事の目的物の引き渡しと報酬の支払いは原則として同時履行の関係になりますから、工事が終了しているのなら原則として支払いの請求を拒むことはできません(請負契約_民法第632条)
ですが、雨漏りの補修を依頼したのにそれが改善されていないのならば、支払いを拒みたくなる気持ちも理解できます。
その場合、請負契約を解除するしかありません。
ご存じのように契約不適合にたいしては代金減額請求(民法第563条)・損害賠償請求及び解除権の行使(同法第564条)のほか、催告による解除(同法第541条)、催告によらない解除(同法第542条)が適用できます。
まずは是正を求めるのが先決ですが、それに応じず契約の目的が達せられない場合においては契約を解除しなければ、建築会社からの支払請求を拒むことはできません。
【事例3】
震災で壊れた近隣の屋根工事をして回っているという業者が自宅に来訪し、点検を勧めるので承諾した。
業者は屋根に上った後、数枚の写真を見せながら「瓦がずれたり、外れたりしている。
震災でお困りの状況なので、今なら格安で工事をする」と言い、見積書を出して来た。
後で近所に聞いたが、どこも屋根工事などしていないと言う。
また、当日見せられた写真も、自宅の屋根とは色が違う。信用できない。
震災発生後に多発する点検商法です。
基本的には、「お困りの皆様に役立とうと、近所を回っておりました」、「今なら格安で補修に応じます」と訪問営業してくる業者は相手にしないことです。
中には真摯な思いから訪問営業している業者はいるかもしれませんが、その場合でもすぐに契約するような真似はせず、名刺を預かり、会社の社歴や評判などを調査してから話を聞くようにしましょう。
また工事内容と金額の妥当性を判断するために、異なる業者から見積もりを取ることです。
そもそもの話ですが、このケースにおいて相談者は、「信用できない」と自ら言っているのですから、相手にしないのが得策でしょう。
【事例4】
住んでいるアパートに地震後の危険度判定で「危険」という赤い紙が張られた。
管理会社は住めると言っているが、危険な家に帰ることはできない。
荷物はそのままになっているが、地震で鍵も壊れている。
家賃は前払いの約束なので、住めなくなっていても今月分の家賃はそのまま口座から引き落とされた。納得できない。
賃貸人は賃借人にたいし、契約と目的物の性質により定まった使用方法に従い、使用収益させる義務を負います。
それにたいし賃借人は定められた賃料を期日までに支払う義務を負うわけです。
使用収益に関し、賃借人の居住に支障があると判断される場合に賃貸人は、支障となる問題を除去する義務を負わなければなりません。
都道府県単位で定めている「被災建物応急危険度判定要項」に基づき、行政が委託した被災建築物応急危険判定士が「赤(危険)」と判定したのなら、管理会社の「住める」との言い分が通用することはありません。
倒壊を免れても基礎や柱など駆体に損傷を受けていると判断されているのです(罹災証明発行に必要な調査とは別物です。あくまで二次被害を防止するための判定です)。
この場合、判断基準として「人が近づくのも危険な状態」であることを意味します。
当然、安心して使用収益できません。
補修工事が実施されていない状態においては、賃貸人の債務不履行を根拠に賃料の支払いを拒める可能性が高いでしょう。
専門家を交え、話し合いをもつべきです。
【事例5】
自然災害で屋根が破損した消費者宅を見知らぬ業者が訪問し、「火災保険に加入しているのならば、自然災害による破損箇所については保険金を請求でき、修理代金をまかなえる。請求手続を代行するので、ぜひ修理工事を当社で」と勧誘され、屋根の修理工事を契約した。
しかし、工事代金の見積りより少ない額の保険金しか下りなかったので解約したいと業者に伝えると、下りた保険金の額で工事をすると言う。
業者が信用できないので解約したい。
事例によらず罹災した地域の住宅を周り、「火災保険で全て直せる」と勧誘する業者とのトラブルです。
最近は補償の厚さから、火災のみではなく住宅総合保険に加入される方が多いでしょう。
火災保険のみの場合には、失火やもらい火、消防活動による水濡れのみが補償の対象ですが、総合保険であればその他に、落雷、ガス爆発などによる破裂・暴発、風災・ひょう災・雪災、飛来に落下などについて補償されます。
ただし地震が原因である場合、地震保険に加入していなければ、該当する損害が生じても保険金が支払われることはありません。
相談のケースでは保険金が支払われているところから、風災やひょう災による被害だと思われますが、保険会社により異なるものの、損害額にたいし全額が支払われるとは限りません。
相談事例のケースにおいては、契約済みであったとしも、工事を了承せず解約する必要があるでしょう。
それで業者が文句を言ってくるようであれば、しかるべき窓口(業者が加盟している協会や団体のほか、消費者センター、行政窓口など)に相談すれば良いでしょう。
保険金支払額については、契約内容にもよりますが、あくまで損害の状況と必要な工事について申請書に基づきチェックを行い、妥当と判断される金額が上限となります。
自己負担が生じないよう補修箇所をごまかして(業者によっては、補修箇所を増やす目的で、被害が生じていない部分をあえて破損させるところもあります)見積もる業者もいますが、それを簡単に見過ごすほど保険会社の査定は甘くありません。
ましてや相談事例のように、「申請は代行しますからここまでの工事を行いましょう」と、経年劣化に過ぎない箇所までを見積計上する悪質な業者が多い状態では、審査が厳しくなるのは致し方ないかも知れません。
まとめ
今回は政府広報オンラインで公開されている相談事例にたいし、筆者なりの見解と回答例を紹介しました。
もっとも、それらの回答が最適解であるとは限りません。
あくまで筆者の見解に過ぎないからです。
諸条件や契約内容、その他の前提条件により、判断基準や解決策も変化します。
大切なのは、事例で紹介されているようなありがちな相談にたいし、どのような解決策が考えられるかを常に考え学ぶことです。
通常、不動産業者は「相談無料」を謳い、相談にたいして料金をいただかないことが一般的です。
ですから利害関係のある顧客からの相談ならイザ知らず、そうではない方からの相談に応じてもなんら利益に直結しません。
人によっては「面倒だ」と思われるでしょう。
ですが、そのような相談にたいし真摯に対応することで信頼が生まれ、後に実利となる話が舞い込むことは珍しくありません。
現調に言った際、隣人と顔を合わせ立ち話で相談に応じたところ、そこからビジネスに発展するなんて話はよくあることです。
「紹介客」の歩留まりが高いことについては皆さん実感されていると思いますが、紹介率の高い営業マンほどこまめに、それを得るため日頃から腐心しているものです。
どのような相談にでも応じられる知見を、常に学ぶよう意識したいものです。