土地の現地調査を行う際、境界確認は必須です。
境界標が明らかであれば問題もありませんが、過去に測量が行われていない場合や、古い年代の土地は、境界標が設置されていないことが多いものです。
また境界標の上に土が盛られている、もしくはブロックなどが積まれ見えなくなっているケースも多いでしょう。
そこで現地調査時には、およそのアタリで境界標付近をシャベルなどで掘り起こす作業を行なうでしょう。その際に役立つのが各種の測量図面です。
各種測量図面のうち、もっとも身近なのが法務局で取得できる地積測量図です。
ですが、地積測量図が存在していないこともまた多い。さらに地籍調査が実施されていなければ、法14条地図も存在しません。旧土地付属台帳地図(公図)が存在していても、現況とはかなりの誤差があります。
せめて隣接する土地や道路境界を確認できれば良いのですが、それすらできない場合は専門家の力を借りるしかありません。
表題登記の申請時に地積測量図の添付が義務付けられたのは1959年(昭和34年)以降(境界標の種類についての記載義務は昭和52年以降)ですから、それ以前に分筆・合筆が成されている場合、測量図面や境界標は、かなりの確率で存在していません。
もっとも、地籍測量図が存在してなくても売買契約自体に支障はありません。
売買の対象面積については、1.登記簿(公募)面積による、2.実測面積、3それ以外の方法のいずれかを選択できますから、当事者の合意が得られるなら公簿取引で締結すれば良いだけです。
もっとも、地積測量図は作成年度によって精度に隔たりがあります。
標準契約書では、土地に関する測量図面とは1.確定測量図、2.現況測量図、3.地積測量図、4.その他のいずれかとしていますが、図面と現況の整合性についても、この順番で精度が増すとされています。
前述したように、測量図面が存在していなくても取引実務条は支障もありません。ですが、引渡し後に問題が発生する懸念は残ります。
まず、購入者が地積測量を実施した場合に誤差が生じた場合の精算です。
当時者の合意があれば、「精算をしない」とすることも可能ですが、高騰を続ける都心部などにおいて実測後、相応の差異が生じるとトラブルの原因になるでしょう。
また、標準契約書においては、売主の義務として残代金決済前までの境界明示を義務付けていますが、境界標が設置されておらず、かつ測量図等が存在していなければ、明示はできません。
この条項では、境界標が存在しない場合、「売主の責任と負担において、新たに境界標を設置して境界を明示する」とされています。
当事者の合意により条項を削除することは可能ですから、境界明示自体が省略されることもあります。
ですが、測量を行ない公簿面積との誤差が生じれば、建ぺい率や容積率等、建築計画に支障をきたしますから、購入の目的が達せられないとしてトラブルに発展することもあるでしょう。
私たちは不動産のプロとして、測量図面等が存在していない場合、売買契約締結前までに実測を行ない、その成果として地積更正登記を行なうよう助言します。ですが、すんなりと応じてもらえなのが実情です。
大概的には「手間がかかるから」との理由を挙げてきますが、一番は費用でしょう。
将来的な不利益について説明し、実測をした方が良いとアドバイスすると、大概は「費用は幾らぐらい必要ですか?」と質問されます。
地積更正登記の費用は7~8万円程度が目安となりますが、登記を申請するには境界確定測量が必要になります。地型や面積など諸条件により異なりますが、最低でも30万円程度、条件によっては100万円を超える場合もあります。
このように説明すると、「売却予定の土地に、そんなに費用をかけられない」と言われることが大半です。
余計なトラブルを防止する意味でも測量を行った方が良いのですが、同意が得られなければ仕方がありません。ですが、費用や手間をかけずに国が主導して地積調査を行ってくれるなら、ありがたいことです。
国土調査法に基づく地積調査が実施されれば、その成果について国土交通大臣等の認証を受けたうえで登記事項として修正、文筆、合筆が成されます。所有者は、費用を負担せずにその成果を享受できるのです。
ですが、国土調査の進捗率は、とくに都心部において芳しくありません。
理由は所有者の協力が得られないなど様々ですが、一番は所有者不明土地の問題です。
実務として所有者不明土地の探索を行った経験をお持ちの方もおられるでしょうが、登記情報から手繰っていっても簡単には見つかりません。むしろ、探索が不可能な案件の方が多いでしょう。
所有者不明地が存在することによる弊害は、隣接する土地所有者はもちろん、近年頻発する自然災害激甚化による復興に足かせになっています。
そのような所有者不明土地や空家の発生を予防し、かつ減少させるために所有者不明土地特措法が制定され、さらに登記法が改正されるなどの対策が講じられています。
そのような動きを加速すべく国土交通省は、地籍調査の迅速化に向けた報告書案を2024年3月13日に取りまとめ、所有者に調査への協力を求めても反応がない場合、一定の手続きを経て確認したとみなす仕組みを2024年度中に整えるとしました。
これにより、国土調査の進捗率が一気に進むことが期待されています。
そこで今回は、私たち不動産業者にとっても重要な役割を担う、国土調査法に基づく調査について解説します。
理解を深めておきたい国土調査法について
国土の開発及び保全、地積の明確化を図るため、国が先導する総合的調査事業、これが国土調査法(国土調査促進特別措置法)に基づく調査です。
国土調査法に基づく調査は、計画あたり「十箇年」を単位として行われます。現在は「第7次国土調査事業十箇年計画(令和2~11年)」が実施されています。
国土調査は地積・土地分類・水の3つに大別されますが、そのうち地積調査では基準点測量のため、一筆ごとの土地所有者、地番、地目、境界、地積の測量を行ないます。
先述したように、測量成果は登記事項として修正、文筆、合筆されるのですから、所有者は費用を拠出せず、地積測量成果を享受できるのです。
ですが、進捗状況はかならずしも芳しいものではありません。
調査(国土調査事業十箇年計画)は1962年(昭和37年)から開始されていますが、それから59年を経た令和3年の進捗率は下記のとおりです。
宅地については51%まで達しているとされていますが、都心部は26%に過ぎません。59年かけての成果ですから、調査が終了するまであとどれくらいの期間が必要なのか想像がつきません。
都心部の進捗率が著しく低いのは、所有者の協力が得られないケースもありますが、一番の原因は所有者不明の問題が大きいとされています。
筆界は個人間の申合せだけでは変更できない
地積調査は土地所有者の探索から始まり、その協力を得て実施されます。ですが、所有者不明または協力が得られない場合、調査が実施できず目的を達成できません。
そこで所有者不明等の場合、行政が筆界案の公告を行うことで所有者の同意なしに調査を行えるよう法律が改正されました。
さらに地方公共団体が「筆界特定」の申請を行えるよう、法律が改正されています。
筆界特定は、筆界特定登記官が外部専門家(筆界調査委員)の意見を踏まえ現地で筆界を特定する制度です。本来は利害関係人(所有者もしくは相続人など)にのみ申請が認められている制度ですが、国土調査の進捗を早めるため、地方公共団体による申請も可能(令和2年政令第182号)とされました。
改正法では、「対象土地の所有権登記名義人のうちいずれかの者の同意を得た時」が前提とされます。ですから、隣接地双方から同意を得られない場合や、隣接地の一方が所在不明、もう一方の同意が得られないケースでは筆界特定を申請できません。
そこで、そのような場合においても職権が行使できるよう国土交通省が検討を行なっており、2024年度中には仕組みを整えるとしています。
筆界特定制度は重要ですので、多少、解説を加えておきます。
土地の境界には、「筆界」と「所有権界」があるのはご存じでしょう。前者(筆界)は法務局に一筆として公示されている土地と隣地の「境」、後者(所有権界)は所有者の利用状況などに応じ、当時者の合意による「境」です。
通常、筆界と所有権界は一致します。ただし、斜めであった「境」を、利便性のため当時者合意により直線に引き直した場合などは、一致しないことがあります。
筆界は、当事者の合意では変更できませんが、所有権界については隣接所有者間で自由に行えます(民法第176条、第206条)。
しかし、あくまでも当事者の合意に過ぎませんから、正式な手続きを経ない限り公的に有効とはされません。ただし、双方が合意した場合、その実績は残ります。
合意書などの記録が残されていれば良いのですが、それが存在せず、さらに相続が発生した場合などにおいてはトラブルの温床になります。
その場合、当事者の話し合いにより問題を解決できるのが最良です。ですが、境界確定訴訟や所有権確認が提訴されている現状を考えると、解決が簡単ではないことが分かります。
所有権界に関してのトラブルは、当事者による「思い込み」が主な原因とされています。解決するには話し合い、もしくは訴訟による他ありませんでした。
ですが、平成17年4月6日に不動産登記法の一部が改正されたことにより、「筆界特定制度」が導入されました。これを利用すれば、相手方の協力が得られなくても筆界が特定できます。
特定された筆界は公的に認められ、登記も可能です。
もっとも、筆界が特定は行政による基準が示されたに留まるため、拘束力はありません。所有権界についてトラブルが生じている、もしくは特定された筆界に不満がある場合には提訴(筆界確定訴訟)される可能性があります。
ですが公的機関が専門家の意見を踏まえて判断した筆界です。提訴した場合、筆界判断が尊重される傾向は高いのです。
本来であれば、費用と手間をかけ自ら申請しなければならない筆界特定制度が、地方公共団体により申請されるのですから、有り難い話だと言えるでしょう。
調査はさらに加速する
新たに創設された制度はそれだけではありません。筆界特定制度の申請が地方公共団体に認められたとは言っても、手続きには相応の時間が必要です。
また、行政の費用負担(原則は申請人負担)も懸念されます。
そこで、災害が発生した場合における道路等ライフラインの早期復旧を可能にするため、官民境界の調査を優先して実施することが決定されました。これは街区境界調査と呼ばれます。
調査結果は、国土調査法に基づく認証を経て公表されます。
官民境界が明確であれば、測量を実施するにも費用が軽減されるだけではなく、境界トラブルの際にも基準点が明確であることにより迅速化される可能性があります。当然、筆界特定を行う際にも時間が短縮できます。
これまで解説したものも含め、国土調査の迅速化のため様々な対策が講じられているのです。
売主の境界明示義務の履行、媒介業者の責任範囲
土地売買の媒介時において、売主の境界明示義務の履行に関して、媒介業者がどこまで責任を負うかについては諸説あります。
一部では、「境界明示義務は売主にあるため、媒介業者には積極的な探索義務はない」という主張も存在しています。
しかし、「媒介業者には売買契約締結前までに境界についての調査を行ない、そのうえで明示義務を履行できないとの事実が確認される場合には、必要な助言を行なう」のが基本です。
そのうえで、是正できないと判断された場合には「取引の延期、もしくは中止」を提案しましょう。トラブルを未然に防止する義務が媒介業者にはあるからです。
これを理解するには、昭和61年11月18日の大阪高裁による判断が参考になるでしょう。
裁判所は判決で「媒介業者には、委任事務の処理にあたっては委任の本旨に従い、善良なる管理者の注意をもってこれを処理することを要する(民法第644条、645条)」と、媒介業者の事務処理について言及しました。
さらに「当事者双方が契約目的を達成しうるよう配慮する義務を有し、委任者から特段の指示がない場合においても、売買の目的を達成させ損害の発生を未然に防止すべき義務がある」としたのです。
界標が確認できないことから公簿売買とし、さらに当事者の合意を得て境界明示条項を削除しても、それにより媒介業者の責任は免責されません。
トラブルが発生した場合には、少なからず責任を問われる可能性があるのです。
「界標も測量図面も存在しない場合はどうしようもないじゃないか!」と反論される方もおられるでしょうが、それならば売主にたいし、将来的なトラブルを防止する意味でも測量と境界標の新設を提案すべきでしょう。
測量図面があっても界標を確認できない場合には、隣地所有者に立会を依頼して確認する。立会時には押印してもらうことも忘れてはなりません。
不動産のプロとしての義務と責任を理解し、トラブルを未然に防止する対策を講じる必要があるのです。
まとめ
冒頭で紹介したように、国土交通省は地籍調査の迅速化に向けた報告書案を2024年3月13日に取りまとめ、所有者に調査への協力を求めても反応がない場合に一定の手続きを経て確認したとみなす仕組みを2024年度中に整えるとしています。
土地の境界問題は根が深いことも多く、とくに所有権界については、当事者の合意内容が明確で、経緯や記録が正確に残されていない限り紛争の「種」になりえます。
解決手段としては、訴訟や筆界特定制度の申請などが考えられますが、そのような手段を用いることが、さらなる確執の原因となる可能性もあるでしょう。
ですが、国土調査の成果として登記情報が正確に改められれば、公の調査結果であるとして、それを基に話し合い、解決できるかも知れません。
費用の問題などから、実測や境界標の新設を提案してもすんなり納得して貰えるとは限りませんが、国土調査の進捗状況や、筆界特定制度の知識、私たちに課せられた責任と義務を理解し、トラブルが生じないよう業務を行ないたいものです。