「物件状況等報告書」は、物件の現況を正確に伝えるため作成される重要な書類です。
この報告書には、物理的な瑕疵だけでなく、心理的瑕疵についても記載が必要です。
そのため、記載項目は多岐に渡り、当事者に相応の負担を強いることになります。
しかし、詳細に記載することで説明義務違反や契約不適合責任を回避できるのですから、私たちは売主にたいし、不実を告知すれば損害賠償が請求される危険性がある旨を説明すると同時に、可能な限り詳細に記載するよう促す必要があるのです。
また、記載後には内容を確認し、容易に確認できる部分については必要に応じ調査する必要があります。
ただし、積極的調査を要しないとされている項目もあります。
いわゆる「事故物件」などはその典型です。
令和3年10月に策定された「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」では、告知された場合においての調査範囲について言及しています。
具体的には、「告知書等に過去に生じた事案について記載を求めることにより、媒介活動に伴う通常の情報収集としての調査義務は果たしたものとする」としているのです。
つまり、周辺住民への聞き込みやネット等を利用した積極的調査は、原則として不要としているのです。
しかし、告知されていない場合でも、事案の存在を疑う事情がある場合には確認を求める必要があるともされています。
では、騒音・振動・臭気の問題や、近所に有名なクレーマーがいるといったケースではどうでしょうか?
これらの問題は事故物件とは性質が異なるものの、購入判断や居住性に大きな影響を与える可能性があります。
しかし、これらの情報が物件状況報告書に記載されていた場合であっても、業者は内容に虚偽がないかを確認したうえで買主に引き渡せば、原則として調査義務を果たしたと見なされます。
ただし、これらの問題が購入の意思決定に重大な影響を与えると懸念される場合、もしくは買主から記載内容についての詳細な調査や説明が求められ、それを承諾した場合には、準委任に基づく調査、説明義務が発生すると解されます。
もっとも準委任契約は、たとえ依頼者の望むような結果にならなくても契約違反とされることはありません。
しかし、宅地建物取引業者としての道義的責任が生じます。
結果、相応の積極的調査が必要となるのです。
このように、物件状況等報告書で告知された場合において、その内容に関しどこまで事実確認の調査を行えば、宅地建物取引業者による調査・説明義務が果たしたとされるか判断に悩むことは多いものです。
今回は法的観点や判例などを参考に、告知された内容に基づく追い調査について解説します。
売主の告知範囲
自己責任の原則から、たとえ素人であっても情報収集や分析による不利益は買主自身が負うべきとの考え方があります。
しかし、売主と買主の間には歴然とした情報格差が存在します。
したがって消費者保護の観点から見ると、購入判断に関する要素について自己責任の原則を貫くのは妥当と言えません。
国土交通省による「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」では、物件状況報告書の記載について以下のように言及しています。
「宅地または建物の過去の履歴や性状など、取引物件の売主や所有者しか分からない事項について、売主等の協力が得られるときは、売主等に告知書を提出してもらい、これを買主等に渡すことにより将来の紛争防止に役立てることが望ましい」
つまり、物件状況報告書への記載は任意に過ぎないとしているのです。
そのうえで、宅地建物取引業者に対し記載を促すことが望ましいとしています。
記載を促す場合には、不実告知すれば説明義務違反を問われ、その結果として損害賠償が請求される可能性があることについて説明する必要があるとしています。
物件状況報告書で告知される内容は、時に「購入(もしくは賃貸)希望者に重大な不利益を及ぼす恐れがあり、その契約締結の可否の判断に影響を及ぼすことが予想される事項」です。
したがって故意に虚偽の告知をした場合などにおいては、「売買契約に付随する信義則上の義務」に違反したとみなされ、契約の解除もしくは損害場賠償を請求される可能性があるのです。
説明義務違反は、意図的に誤った情報を提供する「積極的な違反」と、知っていながら黙っている「消極的違反」に大別されます。
過去に雨漏りが発生し、修復されたケースで考えてみましょう。
雨漏りが発生していることを認識しているのに「発見していない」と告知した場合は積極的な違反となります。
また同様の状態で「未確認」とした場合は消極的違反を問われます。
いずれの場合でも、売主は説明義務違反を問われることになります。
では、過去に雨漏りが発生し、その後修補した場合はどうでしょう。
物件状況報告書には修補した場合の記載欄が設けられていますが、そこで告知しなかった場合です。
この場合には「積極的な違反」、「消極的違反」いずれにも該当しません。
物件状況報告書はあくまで告知時点の現況について記載を求めるものです。
したがって過去に修補履歴があっても、現況で雨漏りが発生していないのなら、「発見していない」にチェックしても説明義務違反を問われることはありません。
例え引き渡し後に雨漏りが発生しても、契約時における雨漏りの存在を買主が立証しない限り、契約不適合は認められず、売主が責任を負うこともありません。
それでは、時折夜間に奇声をあげるなど、粗行に不安があるけれど実害のない隣人について告知する必要はあるでしょうか?
この場合でも告知は必要ないと解されます。
度々警察が出動するなどの状態ではない限り、そこまで言及する必要はないと解されるからです。
実際に、隣人の人柄や生活習慣などの情報が「判断に重要な影響を及ぼす」かどうかについて争われた裁判では、「近隣第三者がいかなる人間か等については、原則として売買当事者において負うべき負担である(神戸地裁平12.3.16)」との見解が示されています。
告知内容の後追い調査
ここでは、告知された場合における宅地建物取引業者の調査義務について考えてみましょう。
例として、物件状況報告書で雨漏りが告知されたケースを取り上げます。
売主から、過去に雨漏りが発生し、令和3年6月頃に修補した旨が告知されています。
このように告知された場合、私たちは修補後に再度雨漏りが発生していないかについて質問するでしょう。
その結果「確認されていない」と返答された場合、私たちはそれが事実かどうか、屋根裏を確認するなどの調査をする必要はあるでしょうか?
答えは「必要ない」です。
建築の専門家ではない宅地建物取引業者に、そこまでの調査義務は課されていません。
物件状況報告書は、重要事項説明書の補完書類に位置づけされます。
したがって、心理的瑕疵や周辺嫌悪施設の有無、増改築や雨漏り、隣地との境界トラブルや騒音、電波障害の有無など、売主しか知り得ない情報について告知された場合、私たちはその内容を正確に把握し、必要に応じ説明する義務があります。
しかし、物件状況報告書で告知がなされた場合における説明や実態調査については、宅地建物取引業法で定められてはいません。
そもそも内容によっては、通常の調査や説明範囲を大きく超えるものです。
したがって、宅地建物取引業者の負担が過大になるとして義務とはされていないのです。
この点について、「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」でも、「売主等の協力が得られるときは、売主等に告知書を提出してもらい、これを買主等に渡すことにより将来の紛争防止に役立てることが望ましい」としています。
これは、「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」で策定された調査義務と同様の見解です。つまり、積極的な調査義務は要しないということです。
ただし、告知の有無によらず、顧客の性格的傾向や購入動機などから勘案して、購入判断に影響を与える内容だと想定される場合には、積極的な調査が必要とされます。
調査が必要かどうかの判断は熟練者でも困難です。
しかし、端的には下記を判断基準として対応すれば、問題が生じる可能性は低いでしょう。
宅地建物取引業者の全員が、高度な専門知識や鑑定能力を保持しているわけではありません。
したがって特段の事情が存在しない限り積極的調査は不要とされるのです。
特段の事情とは、宅地建物取引業法第47条第1号で定められた、故意に事実を告げず、又は不実のことを告げてはならないとの定めに抵触する場合です。
つまり、具体的な問題があることを知りながら、あえてこれを秘匿して告知しなかったケースなどが該当します。
同法(二)では、不実告知の範囲について『宅地若しくは建物の所在、規模、形質、現在若しくは将来の制限、環境、交通等の利便、代金、賃借等の対価の額若しくは支払方法、その他の取引条件又は当該宅地建物取引業者若しくは取引関係者の資力若しくは信用に関する事項であって、宅地建物取引業者の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすこととなるもの』としています。
この定めで重要なのは、例示された範囲ではなく「判断に重要な影響を及ぼすこととなるもの」とされている点です。
これは主観による部分も大きく、どこまでの調査が必要なのかも明確ではありません。宅地建物取引業者の調査義務違反について争われた裁判例が多数確認されるのも、調査範囲とその精度についての妥当性が争点とされているからです。
もっとも、告知事項については主観に左右される部分も多数あります。
例えば隣家に乳幼児がおり、深夜に夜泣き声が聞こえてくる状態。
人によってはいずれ収まるさと寛容に捉えるでしょうが、そうではない方もいるわけです。
購入者や入居者が後者の場合、「知っていたら購入(または入居)していなかった。説明義務違反だ」と、責任を追及される可能性もあるのです。
裁判例から見る調査範囲
宅地建物取引業者は買主(または借主)に対し、宅地建物取引業法第35条で明示されている事項以外についても、意思決定に重要な影響を与える事実については調査、説明する義務があります。
これは、宅地建物取引業者に善管注意義務及び誠実義務が課せられているからです。
しかし、容易に知り得ない事実についてまで調査・説明義務を負うと解するのは相当ではありません。
したがって、宅地建物取引業法第35条で明示されている事項以外の調査について争われた裁判でも、特定の事実について宅地建物取引業者がその旨をあらかじめ知っていたなど「特段の事情」がない限り、容易に知り得るべき重要な事実の説明や告知を怠ったことが立証された場合にのみ、責任を負うと判示されています。
「容易に知りうる」とは、社会通念上及び業者の経験則上、事実について容易に推測又は発見できる状態を意味しています。
例えば、購入した土地から解体した際の建物基礎と推測される土中障害物が発見されたケースでは、宅地建物取引業者がその事実を知らず、また容易に知り得るべき重要な意義を有する事実もなく、さらに「特段の事情」もないとして、買主からの損害賠償請求は否定されました(東京地裁平19.3.26)
表層に露出している場合を除き、土中埋設物の存在は掘削作業なくして確認することはできません。
売主から「確認していない」、「発見していない」と告知された場合、その旨を説明するだけで宅地建物取引業者による調査、説明義務は果たしたとみなされるのです。
それでは、シロアリ被害についてはどうでしょう。
過去に発見したとの告知があれば、その旨を伝達すれば良く、床下収納庫から確認できるのであれば、目視できる範囲を確認するだけで調査義務は果たしたと言えるでしょう。
その際、要望があれば専門業者による調査を斡旋できると補足すれば十分です。
自ら床下を這い回り調査する必要はありません。
相隣関係のトラブルも同様です。基本的には売主が告知した内容を告げれば責任は果たされたとされるでしょう。
ただし、居住目的で購入した建物に、売買契約締結後訪れた際、隣家から「子供がうるさい」、「売主と同じように追い出していやる」などと言われたため居住を断念した買主が、宅地建物取引業者にたいし損害賠償を請求した裁判では、「事実を認識していた場合には当該客観的事実について説明すべき義務があるとして、買主の請求を認めています(大阪高裁平13.12.2)
相隣関係のトラブルについて買主から告知された場合、周辺住民に聞き取りを行うことまでは求められません。
しかし、売主にたいしてトラブルが発生した根本原因や、解決の有無について確認し、その結果、買主に不利益が生じる危険性が懸念される場合には、あらかじめその旨を説明しておく必要があります。
また、必要に応じ、近隣挨拶の体で隣家に伺い、人となりを見極めておく配慮も検討すべきでしょう。
まとめ
物件状況報告書への記載を正しく促し、それを買主(または借主)に引き渡すことで、宅地建物取引業者による基本的な調査義務は履行されたとみなされますが、それだけでは不十分な場合もあります。
容易に知りうる範囲に限り、追加調査を行うことが責任と見なされるケースもあるからです。
これは法的な義務ではありませんが、将来的な問題を防止するために必要です。
また、買主(または借主)から記載内容が不安だから詳細に調査して欲しい旨を依頼された場合、「承りました。調査してご報告します」と請け負うことにより調査義務が発生します。
これは宅地建物取引業法による定めではなく、調査依頼が準委任契約の性質を帯びるためです。
調査や説明の範囲は、事案ごとに判断する必要があります。
したがって、明確にここまでと割り切るのは難しいのです。
法で求められた範囲と、社会通念上、宅地建物取引業者に求められる業務の理解を深め、契約当事者が不安を感じずに取引できるよう、情報の橋渡しとしての役割を全うすることが肝要なのです。