【主観で異なる臭気の問題】不動産取引における悪臭問題の判断基準について

最近、各地で古民家を住み継ぐ地域プロジェクトが各地で開催されるなど、古民家に対する関心が高まっています。

日本の古い木造建築や町家の「凛」とした佇まいは、多くの人にとって魅力的です。これは日本人に限らず、インバウンド需要の回復や円安の影響から、古民家を購入しようとする外国人が増加している状況からも推察できます。

低廉な空家に対する媒介報酬の上限が見直されるなど、空家対策に取り組む政府にとっても、このような需要増加は喜ばしい傾向でしょう。しかし、私たち不動産業者が実際にこうした築古物件を扱う際には、注意すべき点がいくつかあります。

契約不適合責任や既存不適格はもちろんのこと、近隣環境についても十分な調査が求められるからです。その一つに、「臭い」の問題があります。

先日、古民家を媒介して既に引き渡しを終えた知己の不動産業者から、「買主が、近隣の畜産業者が発する臭気について、事前に説明が無かったとして説明義務違反を訴えてきている」との相談を受けました。また、建物自体に染み付いた「臭い」を原因としたトラブル相談もよくあります。

このような「臭い」の感じ方は主観に大きく依存されるため、一概にどの程度の臭いで調査や説明義務が発生するのか、明確に判断するのは難しいのが現状です。また、臭気の程度に関しても基準が曖昧で、どのような説明が適切であるかについても明確な指針は存在していません。

そこで今回は、「臭い」に関して争われた裁判例を参考に、不動産業者の調査及び説明義務について考察します。

覚えておきたい「臭気測定法」と判断基準

悪臭に関して争われた裁判の判断基準は、「受忍限度を超えているかどうか」が焦点となります。しかし、「臭い」の感じ方には個人差が大きく、どの程度であれば受忍限度を超えるのか判断するのは容易ではありません。

そこで参考になるのが、平成23年7月29日に東京地裁で判決された裁判例です。この裁判では、隣地の住民である被告が複数の猫を飼育し、その糞尿などに起因する悪臭が不法行為にあたるとして、原告が損害賠償と人格権に基づく悪臭の差止めを求めました。

裁判所は、被告が悪臭を低下・消滅するための適切な対策を講じておらず、さらにその臭気が「公法上の基準」を超えていることを理由に、臭気が受忍限度を超えていると判断しました。この結果、差止め請求が認めると同時に、一部の損害賠償も容認されました。

この事例で注目すべきは、裁判所が受忍限度を超えているかどうかの判断基準として、「公法上の基準を超えているかどうか」を重要な考慮要素としている点です。具体的には、「悪臭が公法上の基準を超えている場合、特段の事情がない限り受忍限度を超えていると認められる」としたのです。

この「公法上の基準」とは、「悪臭防止法」に基づく規制地域及び規制基準のことで、各都道府県ごとに基準が定められています。ただし、都道府県知事が規制地域や基準を設定する際には、市区町村長の意見を聴く必要があるため、地域によって若干の違いがあります。たとえば、筆者が活動する北海道札幌市の基準では、以下のように定められています。

札幌市の規制基準第1号規制では、敷地境界における「臭気指数」は10が上限とされています。

臭気指数とは、人の感覚でその臭気を感じなくなるまで希釈した際の倍率を基に算定される指標です。この基準を超える臭気が常態化している場合、規制に違反している可能性があるのです。

臭気指数制度は、悪臭苦情に対応するために平成7年に導入された「悪臭防止法」によって設けられ、平成12年に規制基準が具体化されました。その後の法改正により、臭気指数を測定する体制が整備されています。悪臭防止法の目的は、工場やその他の事業場における悪臭の発生を規制することですが、先述の裁判例からもわかるように、この基準を超えた場合には、受忍限度を超えていると判断される可能性があるのです。

不動産業者としては、物件調査時に「異質な臭い」が明らかに感じられる場合、必要に応じて臭気指数の調査を実施する、または売主に調査を提案するなどの配慮が求められます。

測定方法を誤れば受任限度を超えているとはされない

臭気指数の調査は、適切な手順と方法で実施しなければ意味がありません。

そこで、近隣の産業廃棄物処理施設などからの悪臭について、原告(買主)が、売主業者及び媒介業者に対し、説明義務違反に基づく損害賠償を求めた裁判例(津地裁伊賀支判 令4・9・21)を見ていきましょう。

結論から言えば、原告の請求は棄却されました。提出された証拠書類が信憑性に欠け、悪臭発生の強度や頻度について、物件の利用に支障が生じるほどの影響があると認められなかったからです。

原告が提出した証拠は以下の通りです。

1. 市が定期的に実施している、悪臭に関する環境調査結果(アスファルト製造工場からの臭気強度は3~4とされ、これは強い臭いである)

2. 近隣住民68名にたいして実施した臭気アンケート結果(非常に気になるが11名。気になるが20名)

3. 県の環境保全団体の検査結果(サンプル地点の臭気指数24)

4. 原告が依頼した環境保全団体からのヒアリング結果(証人の自宅でも体感的に臭気を感じる)

しかし、裁判所は以下の理由から、これらの証拠の信頼性を認めませんでした。

1について:本物件からアスファルト製造工場までは相当の距離があり、原告が主張するほどの強度、頻度があったとは認められない。

2について:アンケートの結果は回答者ごとに臭いの種類や頻度が異なり、一定の傾向を示すものではないため、悪臭の強度や頻度の推認には限界がある。

3について:環境保全団体による臭気指数24の測定は、本物件から北西950mで採取されたサンプルに過ぎず、かつ1回限りの結果に過ぎない。

4について:証人の自宅は本物件から500m北西で、産業施設等に近い距離である。さらに、臭気は体感による証言のみで、臭気計測器による数値的な裏付けがない。

これらの理由から、裁判所は「本物件の利用に支障が生じるほどの強度、頻度の悪臭が生じていたと認められない」証拠ではないとして、説明義務違反はないと判断したのです。

また、原告は嫌悪施設(産廃施設)について説明を受けていないと主張しましたが、裁判所は「現在はインターネット上で無料の地図や航空写真が提供されており、誰でも容易にこれを利用できる。したがって、周辺施設に関心を有する購入希望者であれば、売主や媒介業者から説明を受けるまでもなく、自らこれを調査するのが通常であると考えられる」と述べ、周辺環境の調査は購入希望者にも一定の責任があることを示唆しました。

さらに、「特段の理由がある場合を除いては、一定以上距離が離れた嫌悪施設の有無や影響を網羅的に調査して買主に説明するまでの義務はない」との判断を示したのです。

この裁判例をもって短絡的に判断することはできませんが、説明が求められる嫌悪施設等の距離に関する一つの指針になるでしょう。ただし、諸条件が異なれば結果も変わりますから、個別の判断が必要です。

臭気指数調査の実施先と費用

臭気の測定方法には、分析機器による測定方法と、人の嗅覚を用いる嗅覚測定法の2種類があります。いずれの方法も、パネルの選定、試料採取、試験実施、結果の評価を統括する「臭気判定士」の関与が不可欠です。

臭気判定士は国家資格であり、一般の方が行った調査は証拠としての信頼性を欠き、紛争解決に役立つ証明にはなりません。裁判でも、不正確な方法で採取された証拠は有効とされないため、臭気判定士の調査が求められます。

実際に調査を依頼する場合、臭気判定士が臭気発生現場に赴いて調査を行います。費用は一概には言えませんが、室内で常時異臭が発生している場合の調査は約150,000円が目安です。また、調査範囲が広い場合や、臭気が不定期、かつ断続的に発生するケースでは、調査項目が増えるため、400,000円以上の費用が必要となる場合もあります。

このように、個人が調査費用を負担するのは現実的ではなく、主に工場や店舗などの悪臭対策のために利用されることが多いようです。つまり、深刻な悪臭被害に対して法的措置を検討する際に依頼されるのが一般的です。

なお、工場などが発する悪臭は、騒音や振動と同様に「感覚公害」として分類される公害の一種です。市民からの苦情に基づき、自治体が基準判定(測定)を行い、必要に応じて対策要請や改善命令、公害紛争処理制度の活用などを講じてくれます。この場合、市民側の費用負担はありません。

一方で、近隣の住宅などからの悪臭に関しても自治体が改善指導を行ってくれる場合もありますが、個人に対して強制的な措置を講じるのは難しいため、長期化する傾向が見られます。

法的対応に備え、覚えておきたい内容

行政への相談で解決が見込めない場合には、弁護士に相談することを検討するとよいでしょう。行政からの改善指導に応じない相手でも、弁護士の介入で態度が変わり、話し合いに応じてくれるケースがあるからです。もちろん、不動産業者である私たちが直接訪問し、改善を訴えることも可能ですが、十分な証拠がなければ「言いがかりだ」と反論され、事態を悪化させかねません。

そのため、疎明書類の準備に加え、「悪臭防止法」の概要や「公害紛争処理制度」を十分に理解したうえで交渉に臨むことが大切です。

媒介業者の説明責任

宅地建物取引業法第47条第1項では、取引相手の判断に重要な影響を与える事実を、故意に告げなかったり、虚偽の内容を告げたりする行為が禁じられています。

ただし、悪臭についての説明義務の範囲は判断が難しく、臭いの感じ方には主観的な要素も多く含まれます。物件内や周辺で悪臭を確認した場合には、まず、その発生源を特定することが重要です。

物件所有者へヒアリングを行い、必要に応じて近隣住民への聞き取り調査も検討しましょう。

そのうえで、悪臭が受忍限度を超える可能性がある場合、説明が義務とされる可能性があります。

また、物件状況報告書の「売買物件に影響を及ぼすと思われる周辺施設」や「その他追記事項等」の欄に、悪臭の発生頻度や程度を正確に記載するよう、売主に促す必要があります。

宅地建物取引業法上では、業者が売主に対して正しく告知を促した場合、積極的な調査義務を免れるという見解もありますが、実務上は記載のみでは不十分だと指摘される場合もあります。特に、時期や風向きによって臭気が変動する場合、内見時には気にならなくても、入居後に強い臭いを感じ、「事前に知っていれば購入していなかった」と不満を抱かれるケースもあります。

そのため、物件所有者へのヒアリングを徹底し、必要に応じて調査を行うなど、事前の備えをしておくことが重要です。

まとめ

宅地建物取引業法は、顧客の利益を保護することを目的としており、不動産業者には厳格な義務が課せられています。しかしながら、こうした義務の履行にも限界があるのが実情です。

例えば、今回紹介した事例にもあるように、「現在はインターネット上で無料の地図や航空写真が提供されており、誰でも容易にこれを利用できる」と裁判所が言及した通り、物件周辺の嫌悪施設の有無や距離については、一般の方でもある程度は調査が可能です。そのため、媒介業者業がすべての嫌悪施設や想定される影響について網羅的に調査し、説明する義務までは負わないと解されています。

しかし実務においては、たとえ臭気の発生源から距離があっても、調査不足や説明義務違反を問われるリスクがあるのが現状です。私たち媒介業者は、法的な義務を果たすだけではなく、クレームや法的なトラブルに備えて関連知識をしっかりと身に付けておくことが重要です。結果的としてその努力が、顧客との信頼関係の構築につながるのです。

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