近年人口減少が顕著な地域の賃貸オーナーから、「空室を埋める、何か良い方法はないか」との相談が増えています。
日本全体の人口減少は地方ほど影響が大きく、そのため、空室や空家問題が深刻化しています。また、2024年から相続登記が義務化されたことで、売却が進まず、遠方在住のため適切な管理が難しい空き家について、「安価でも良いから誰かに住んでもらい物件を管理して欲しい」という要望が増加している状況です。
こうした背景を踏まえ、先日「サブスク型賃貸」についての記事を、不動産会社のミカタに寄稿しました。
サブスク型賃貸は新しい可能性を秘めていますが、実践にはノウハウや初期投資が必要で、全てのオーナーに適した解決策とまでは言えません。
そこで、別の選択肢として注目されるのが「DIY型賃貸」です。
DIY型賃貸では、入居者が持ち家感覚で居住する自由さを得られると同時に、工事費用を負担する分、相場よりも安い賃料で借りられる利点があります。また、条件次第で原状回復義務が軽減されることも多く、心理的負担が少ない点も魅力です。
賃貸オーナーにとっては、物件の維持に関する負担が軽減されるほか、DIY型賃貸を好む層への訴求向上といったメリットがあります。ただし、責任範囲や契約諸条件については、契約締結前に明確に取り決める必要があります。
今回は、国土交通省が公開しているDIY型賃貸の契約書式例やガイドブックを参考に、その可能性やメリット・デメリットについて解説します。
DIY型賃貸と課題
DIY型賃貸について、国土交通省は以下のように定義しています。
「借主の意向を反映して住宅の改修ができる賃貸借契約や賃貸物件」
DIY型賃貸の契約書式例やガイドブック、家主向け手引については、国土交通省が下記URLで公開しています。
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000046.html
工事の実施方法には、借主が自ら改修するケースや専門業者に発注するケースなど、様々な選択があります。また、改修規模や内容によっては、転貸人(サブリース業者など)やDIY型賃貸を支援する第三者が費用を負担する場合もあります。このようなスキームは国土交通省のガイドラインで4つの類型として分類されています。
DIY型賃貸は新しい手法ではなく、国土交通省が平成26年(2014年)に初めて契約書式例やガイドブックを取りまとめ、その後も改訂を重ねてきました。最近では新築価格の高騰を背景に、中古住宅を購入してリノベーションを行う方が増加しており、画一的な住宅ではなく、自分に合った住まいを選ぶ傾向が強まっています。
しかし、賃貸住宅においては、賃貸オーナーがリノベーションを施した物件を選ぶことはできでも、入居者自身が自由に行えるケースは限られています。このような「住リテラシーにおける制約」を打破する手段の一つとして、DIY型賃貸があるのです。
2014年4月にリクルート住まいカンパニーが実施した『賃貸住宅におけるDIY意向調査』において、46.9%の人がDIY型賃貸を利用したいと回答しています。
しかし、ガイドライン策定から10年を経過した現在も、普及は想定ほど進んでいません。その原因としては、以下のような要素が挙げられます。
2. DIY型賃貸の物件供給数の少なさ
3. 不動産業者の知見不足
実際、DIY型賃貸を検討したものの断念した理由として、「工事がどこまで許容されるか分からない」、「契約上許されない」、「実施費用がもったない」、「敷金が返ってこないから」といった声が挙げられています。
これらの問題は、国土交通省のガイドラインで想定済みであり不動産業者がDIY型賃貸のスキームや契約内容を理解して説明すれば解決可能です。
したがって、私たち不動産業者はDIY型賃貸のメリットや契約内容を正しく把握し、オーナーと借主双方に適切な情報提供を行うことが求められます。特に、地方の空家問題が深刻化している現在、DIY型賃貸は有力な選択肢の一つとして、さらなる普及を目指すべきです。
DIY型賃貸を扱う場合の注意点
DIY型賃貸の採用を検討する際には、以下の点に注意する必要があります。
①賃貸借契約書
DIY型賃貸は、借主の意向を反映して改修を行うことを前提としています。そのため、改修の規模や内容、実施スキームの違いによって契約書に記載する内容も複雑になります。
この点を考慮し、国土交通省はDIY型賃貸においても「賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版_令和4年5月18日以降)」を使用し、第19条(特約事項)に「合意書に記載された規定に従う」と記載して対応することを推奨しています。
具体的には、「申請書兼承諾書」、「増改築等の概要書」、「合意書」、などの別紙に詳細を記載するとで、複雑になりがちなDIY型賃貸のスキームに対応すべきとの趣旨です。
②増改築等の概要書
増改築等の概要書は、DIY型賃貸の根底となる重要な書類です。工事実施後のトラブルを防ぐため、以下の内容を具体的に取り決める必要があります。
取り決め内容は別表へ記載しておきます。
③合意書
増改築等の概要書で取り決めた内容をもとに、双方が合意形成した証として合意書を作成することが不可欠です。
合意書には、「増改築等の概要書」に記載された内容を確実に含める必要があります。
特に、大規模修繕によって建物評価額が増加し、固定資産税が増加する可能性がある場合には、事前に専門家の確認を受けるとともに、公租公課の負担分についても合意を取り付ける必要があります。
合意内容のポイント
DIY型賃貸における改修工事は、必ずしも借主がその費用を負担するとは限りません。ただし、主なメリットを考慮すれば、借主が負担するケースが一般的であり、妥当といえます。
そのため、以下のポイントを精査し、合意形成を図る必要があります。
①工事部分の所有権
借主が費用を負担して工事を行った場合、原則としてその工事部分の所有権は借主に帰属します(クロス交換やペンキ工事など、分離できない部分を除く)。ただし、不動産の所有権はオーナーにあるため、退去時に造作買取請求や原状回復義務を巡るトラブルが発生する可能性があります。
これを防ぐため、次の4つのポイントについて事前に協議し、合意内容を合意書に明記することが重要です。
②所有権の帰属
工事費用の負担にかかわらず、工事部分の所有権がオーナーと借主のどちらに帰属するかを明確に定めておく必要があります。この点を曖昧にすると、将来的なトラブルの原因となります。
③退去時における収去と原状回復
退去時に工事部分を残置するのか、それとも撤去するのかを事前に決めておくことが不可欠です、また、残置する場合には、原状回復の範囲や基準について、通常の賃貸借契約以上に詳細に取り決めることが推奨されます。
④退去時の精算金
DIY型賃貸では、原状回復を免除し、かつ賃料を低く設定する代わりに、借主が工事費用を負担し、造作買取請求権を放棄するのが一般的です。ただし、契約スキームが多様であるため、退去時の清算金については十分に協議したうえで、その内容を合意書に明記する必要があります。
⑤工事実施時の危険負担
改修工事を実施する業者の選定権をどちらが持つかを明確にする必要があります。さらに、工事中に建物や隣家などの第三者に損害を与えた場合の責任についても、事前に取り決めておくことが重要です。
DIY型賃貸の可能性
DIY型賃貸のスキームは、それほど複雑なものではありません。ただし、合意形成を要する事項が多く、関連書類の作成が不可欠であるため、通常の賃貸借契約と比較して手間がかかるのは事実です。
一般的な賃貸借契約では、媒介報酬の上限が宅地建物取引業法第46条に基づき賃料の1ヶ月分と定められています。そのため、慣れ親しんだ通常の賃貸借契約で件数を増やすほうが高膣的だと考える方が多いかもしれません。
しかし、令和6年7月1日から施行された「長期の空家等の媒介の特例」により、一定の条件を満たす場合、貸主から2.2ヶ月分の媒介報酬を受領することが可能となりました。
さらに、国土交通省は空家増加の抑制において不動産コンサルティング業務の促進は不可欠であるとして、「媒介業務に含まれないコンサルティング業務」を明確化し、これを促進しています。
DIY型賃貸は、築浅で立地条件がよい賃貸物件を対象としていません。このスキームは、空室や空家問題が深刻化している、特に人口減少が著しい地域の物件オーナーを主な対象としています。
そのような物件オーナーに対し、コンサルティング業務を通じて課題解決を支援することで、直接的なコンサルティング報酬が得ることが可能です。そのうえで、DIY型賃貸を採用した物件について媒介依頼を受ければ、「長期の空家等の媒介の特例」に基づき2.2ヶ月分の媒介報酬を受領できます。
このような観点から、DIY型賃貸のスキームを学ばないことを正当化するメリットは少ないといえます。この分野の専門家はまだ少なく、エキスパートとしての立場を築くチャンスがあります。
業務の多様化を図る観点からも、このスキームの理解は重要です。
まとめ
少子高齢化の進行を抑制するために、政府は様々な対策を講じています。しかし、いずれの施策も確実な解決策とは言い難く、依然として課題は山積しています。
内閣府が公開している将来推計人口によると、2048年には日本の人口が1億人を下回り、9,913万人にまで減少すると予測されています。しかし、昨今の経済状況や若年層の結婚・出産意識の変化を考慮すると、さらなる出生率の低下が懸念されます。
総人口の減少は都市部への一局集中をさらに加速させる一方、地方の過疎化や地域間格差をさらに深刻化させるでしょう。それに伴い不動産取引件数も減少しますから、生き残るためには業界全体が変化に対応し、新たな価値を提供する能力を磨く必要があります。
したがって、時代や市場環境の変化を正確に把握し、それに応じたビジネスモデルを構築する必要があるのです。たとえば、人口減少が進む地方の賃貸オーナーや空家の所有者に対して行う、利活用提案などの不動産コンサルティング業務が挙げられます。
ビジネスモデルの構築には、情報を積極的に収集し、学び続ける努力が欠かせません。そして、変化を恐れず挑戦し続ける精神こそが、不動産業界の未来を切り開く原動力となるのです。