
令和7年5月23日、「老朽化マンション等の管理及び再生の円滑化等を図るための建物の区分所有等に関する法律等の一部を改正する法律」が、衆議院の本会議において可決・成立しました。
施行は令和8年4月を予定しています。
改正法は、深刻化するマンションの老朽化問題に対処し、その管理・再生を円滑に進めるための重要な法律です。
国土交通省の統計によれば、2022年末時点でのマンションストック戸数は約694.3万戸に上り、令和2年の国勢調査による1世帯あたりの平均人員を乗じると、国民の1割強がマンションに居住していると推計されます。
これは、マンションが日本の国民生活において極めて重要な居住形態であることを示しています。
しかしながら、この膨大なマンションストックのうち、築40年を超える物件は約137万戸(全体の約2割)を占めており、この数は今後10年間で2倍、20年後には3.4倍まで増加すると予測されています。
このような老朽化の波が押し寄せる一方で、マンション区分所有者の永住意識は高まり、平成30年の調査では過去最高となる62.8%に達しています。
このような現状において、高経年マンションでは、区分所有者の高齢化、賃貸転用、さらには空き住戸の増加が顕著に進み、これにより管理組合の担い手不足や総会運営の困難化、集会決議に成立阻害といった問題が現実化しています。
これらの課題を解消し、マンションの良好な住環境を維持・向上させるためには、管理・集会決議・建物再生の円滑化を促進することが不可欠です。
国土交通省は、こうした喫緊の課題認識に基づき「今後のマンション政策のあり方に関する検討会」を実施。
そこで取りまとめられた論点やガイドラインを基に、本改正案が提出され、今般の成立に至りました。
本改正法には、建て替えや大規模修繕といった重要事項に関する決議要件の緩和や、所在不明の区分所有者に対する新たな対応策など、不動産業者や管理会社が確実に理解しておくべき重要な内容が盛り込まれています。
本稿では、現状の老朽化マンションが抱える具体的な課題を浮き彫りにするとともに、改正法の主要なポイントについて詳細に解説します。
問題の根幹を理解する
都市部を中心に新築分譲マンションの価格が高騰する中、新築購入を断念し、中古マンションを検討する層が増加しています。
これに伴い中古マンションの価格も上昇していますが、市場で選ばれているのは築年数が30年以下で、管理組合が適切に機能している物件が大半です。
立地や環境、戸数といった条件に加え、健全な管理体制の整っていることが、選ばれるための重要な要因となるのです。
一方で、区分所有者の高齢化により管理組合が機能不全に陥り、エレベーターのない団地型分譲マンションなどは、居住用として敬遠される傾向にあります。
これらの物件は、もっぱら分譲賃貸として活用することを目的に低廉な価格で取引され、結果として非居住区分所有者の割合が増加しているのです。
これが管理組合の役員不足を招き、適切な管理や修繕計画が実施されない状況を生み出す要因となっています。
「マンションは管理を買え」という格言があるように、物件の適切な維持管理には管理組合の存在が欠かせません。
しかし、老朽化が進行し、事実上の機能不全に陥っている物件が全国に多数存在しているのが実情です。
今回の改正法の施行により、一定の効果は期待できるものの、根本的な問題解決に至らないと筆者は考えています。
例えば、大規模修繕の要件が集会出席者または所有者の3分2以上に引き下げられても(従来は区分所有者の4分3以上)、個々の組合員の意識が変わらなければ問題は解決されません。
実際、筆者のもとには、機能不全に陥った分譲マンションの区分所有者から、問題を解決するための具体的な方策はないかとの相談を寄せられてきます。
主権者である各区分所有者が問題意識を共有し、改善への意識を持たなければ、事態は好転しないでしょう。
さらに、建て替え決議の要件が緩和されたとしても、依然として資金調達、権利調整、住居の転居先の確保といった根本的な課題は残されています。
また、共有部分の変更や管理費の取り扱いなど、改正法で明確にされなかった部分も存在します。
実務家として不動産業者は、今回の改正ポイントを理解するだけではなく、法律の改正だけでは対応しきれないこうした現実問題について深く認識しておく必要があるのです。
確実に抑えておきたい改正ポイント
新築から再生までのライフサイクルを円滑化するため、区分所有法、マンション管理法、マンション再生法を横断して、以下の具体的な内容が新設・改正されました。
●マンション管理の円滑化(マンション管理法)
1. 分譲業者の管理計画作成等:新築時から適切な管理や修繕が確実に実施されるよう、分譲業者が管理計画を作成し、管理組合に引き継ぐ制度が導入されました。
2. 自己取引の説明義務化:管理業者が管理組合の管理者も兼ね、工事等の受発注者となる場合、利益相反の危険性があるため、自己取引等については区分所有者への事前説明が義務付けられました。
●集会決議の円滑化(区分所有法)
3. 修繕決議の要件緩和:区分所有権の処分を伴わない事項(修繕等)の決議は、集会出席者の過半数で実施できるようになりました。
4. 所在不明区分所有者の取り扱い:裁判所が認定した所在不明者を、あらゆる議決権算定の母数から除外する制度が新設されました。
●マンションに特化した財産管理制度の拡充(区分所有法・マンション管理法)
5. 管理不全専有部等の取り扱い:管理不全の専有部分・共有部分等を裁判所が専任する管理人に管理させる制度が創設されました。
●新たな再生手法の創設(区分所有法・マンション再生法等)
6. 多様な再生手法の多数決決議:建物・敷地の一括売却、一棟リノベーション、建物の取り壊しなどに関して要件が緩和されました。
●多様なニーズに対応した建て替え等の推進(マンション再生法)
7. 隣接地・底地の区分所有者変更等:建て替え後のマンション区分所有権に、隣接地や底地などを組み入れることを可能にし、それに伴う事業手続きが整備されました。
8. 容積率・高さ制限の特例:耐震性不足等で建て替え等をする場合、容積率の特例に加え、特定行政庁の許可による高さ制限の特例が創設されました。
●地方公共団体の取組を充実(マンション再生法・マンション管理法)
9. 行政関与の強化:外壁剥離などの危険な状態にあるマンションに対し、地方公共団体が報告徴収や助言指導、勧告、あっせんなどを行えるようになりました。
10. 民間団体登録制度の創設:区分所有者の意向を把握するため、合意形成の支援等を行う民間団体の登録制度が創設されました。
改正方による懸念:運用の盲点と実務家の責務
一連の改正は、高齢化や高経年化などを理由に総会が成立しない管理組合にとって朗報となるでしょう。
しかしながら、所在不明者の議決権算定数の除外や普通決議の要件緩和が、恣意的な決議を横行させる温床となる懸念も拭えません。
例えば、大規模修繕などの重要事項を除く修繕等に関する決議は、集会出席者の過半数で議決可能です。
仮に分譲戸数50戸の分譲マンションで、集会に出席する区分所有者が2割(10人)に過ぎない場合、参加者の6名が賛成することで決議が成立してしまいます。
ゴールデンウィークやお盆など、恣意的に区分所有者の不在率が高い長期休暇中に総会を開催されれば、理事長の意向を含む少数の賛同だけで意思決定がなされてしまう可能性が否定できないのです。
高齢化や高経年化した分譲マンションでは、集会への参画意識が低い傾向にあるため、法改正の趣旨を悪用すれば、このような恣意的な操作が容易になる恐れがあります。
管理組合の理事長などが発注業者と癒着し、発注の見返りとして不当なマージンを得た事件は後を絶ちませんが、摘発されるのは氷山の一角に過ぎません。
管理組合が適切に機能していない状況では、常にこうした潜在的に問題を抱えていると言えるでしょう。
特に、多額の費用を要する大規模修繕時には、外部専門家が関与することで、独断専横行為や利益相反を招くリスクがあるため、細心の注意が必要です。
外部専門家に業務を委託する際には、厳格な監視体制の構築、権限の明確な制限、利益相反への適切な対応策を事前に検討することが不可欠です。
不動産業者は、顧客に分譲マンションを紹介する際、管理組合が適切に機能しているか確認する責務があります。
加えて、区分所有者から多様な相談が寄せられる可能性も考慮し、改正法のポイントを正確に理解すると共に、関連する各ガイドラインを深く読み込み、その知見を養う必要があるのです。
まとめ
今回解説した一連の法改正については、単に条の変更に留まらず、その制定に至る背景や議論の過程を深く理解することこそが肝要です。
そのためには、有識者会議やパブリックコメントで交わされた質疑内容を把握する必要で、それにより、何が本質的な課題で、解決するためにどのような打開策が検討されたのが見えてくるのです。
今回の改正は、集合住宅特有の共有部分や建物全体の管理、修繕、建て替えなどを円滑かつ適切に実施することを目的としています。
その背景には、深刻化する建物の老朽化とストック数の増加があります。
加えて、築年数にかかわらず顕在化している管理組合の役員担い手不足や総会決議の難しさによる困難化といった、管理不全を進捗させる原因の解消があります。
改正法による効果には期待できるものの、前述の通り、新たな問題が発生する懸念も存在します。
不動産業者は、顧客から寄せられる様々な相談に対応するため、改正法のポイントを正確に理解するだけでなく、その本質的な問題を深く理解しておく必要があります。
これにより、単なる情報提供に留まらず、顧客の状況に応じた的確なアドバイスが可能となるのです。