【実効性を持ち得るか】千代田区の転売抑止要請について

令和7年7月18日、東京都千代田区は区長名義で「区内の投機目的でのマンション取引等に関する要請について」を公表し、一般社団法人不動産協会に対してその実施を求めました。

この要請は不動産業界のみならず、広範な社会的注目を集めています。

千代田区は、区内の住宅価格高騰の原因は投機的な取引の増加にあると指摘し、これを抑制すことで、適正な市場価格が実現できるとしています。

この見解は、千代田区に限らず、札幌、東京、名古屋、大阪などの大都市圏、さらには政令指定都市や観光地などに共通する問題です。

もしこれらの地域が千代田区に追随し、同様の要請を発出すれば、不動産業界全体に甚大な影響を及ぼす可能性があります。

千代田区が発した具体的要請内容は、以下の2点です。

1. 総合設計などの都市開発諸制度を活用する事業及び市街地再開発事業(これから許認可等を受ける事業とし、以下「再開発等事業」という。)において販売するマンションについては、購入者が引き渡しを受けてから原則5年間は物件を転売できないように特約を付すこと。
2. 上記1のほか、再開発等事業において販売するマンションについては、同一建物において同一名義の者による複数物件の購入を禁止すること。

千代田区は、『投機目的の取引増加により居住実態のない住戸が増加し、それにより管理組合の運営に支障が生じ、さらには住環境の質も低下している』と指摘しています。

さらに、『過度な住宅価格の上昇は賃料に悪影響を及ぼすため、社会的な問題に発展する懸念もある』ともしています。

これに対し、不動産協会は要請の根拠や目的に不明瞭な点が多いとし、詳細な説明を求めるとともに、個人の財産権や私権の制限に繋がる可能性があるため、法的規制として有効かどうかを慎重に検討しています。

ご存じの通り、「要請」は法的な強制力を持つ「命令」ではありません。

しかしながら、特定の法律や条例に基づく行政指導として発せられる場合もあるため、慎重な対応が求められます。

不動産協会としては、誤まった対応を行えば業界全体に重大な影響を及ぼす可能性があり、さらには区長名義で公表されている以上、業界の自主的な協力が社会的に強く求められる懸念もあるため、対応に頭を痛めていることでしょう。

しかし、私たちも千代田区に追随する自治体が現れる可能性を否定できない以上、他人事として傍観している場合ではありません、単なる法的検討に留まらず、経済的・社会的影響を踏まえた総合的な観点から考える必要があるのです。

本稿では、千代田区の転売禁止要請における法的有効性、さらにこの特約を設けることで本当に不動産価格の高騰が抑制されるのかについて、法的観点及び経済的な影響を詳細に分析し、今後の業界対応の方向性について考察します。

要請の法的分析

千代田区が公表した「区内の投機目的でのマンション取引等に関する要請について」は、その法的効力の観点から慎重な検討を要します。

先述のとおり、「要請」は法的拘束力を伴う「命令」とは異なり、相手方の任意協力を前提とする非権力的な行為であるため、必ずしも法律上の根拠は必要ないと解されています。

その点において、千代田区が要請した内容自体は問題となり得ません。

しかし、受け取る側がどのように解釈するかといった懸念は残ります。

区長名義で発せられた要請は、形式上は非権力的な発信であっても、社会一般から命令と同様に受け取られる危険があり、さらに誤解によって、過剰な対応がなされる懸念は否定できません。

実際、状況によっては「命令」と「要請」の区別は型式的なものに過ぎず、実質的に同等の効力を生じ得るとの指摘もあるのです。

この点に関する事例として、バブル期の1990年(平成2年)3月27日に当時の大蔵省(現・財務省)が発した「不動産向け融資の総量規制」が挙げられます。

これは土地価格の急騰を抑制するため、金融機関に対して不動産関連の融資額を、銀行全体の総貸出の伸び率以下に抑えるように求める行政指導でした。

価格抑制を狙った施策でしたが、住宅金融専門会社(住専)、農協系金融機関は対象外とされたため、資金が住専を経由して不動産会社へ流れる結果を招きました。

これが後に不良債権問題を深刻化させ、ひいては「失われた10年・20年」と呼ばれる長期停滞の一因となったのは周知のとおりです。

ご存じのとおり、行政指導は行政機関が個人や事業者に対し、特定の行動について作為、不作為を求め、指導、勧告、助言を行うことですが、法的拘束力はなく従うか否かは任意とされています。

ですが、大蔵省からの求めに抗う金融機関など存在しませんから、実質的には命令と同等です。

管轄省と自治体では権限や権威が異なるため同列に論じることはできませんが、形式的には「任意」であっても、少なからず市場に影響を及ぼす点は同様です。

近年では一部地域における不動産価格がバブル期を上回る水準に達していることを踏まえると、千代田区の要請が市場に波及的影響を及ぼす可能性は高く、さらに他の自治体が追随する結果となれば、その影響は甚大なものとなる可能性があるのです。

さらに、今回の要請内容は個人の財産権や私権の制限という観点からも問題を孕みます。

先述したように、千代田区が求めているのは、①購入後5年間の転売禁止特約の導入、②同一名義による複数住戸購入の禁止の2点です。

前者については、違反時の対応として「買い戻し特約」の条文化が不可欠となるでしょう。

特約に違反した場合の措置を講じなければ遵守に期待できないのですから、これは必要な措置です。

また後者についても、名義の使い分けによる複数物件購入を防止するため、表面上の契約者のみならず背後にいる真の購入者を特定する必要があり、売主に大きな負担を課すことになります。

要請に真摯に対応しようと考えれば、売主の実務負担と責任は増大し、同時に購入者の私権は制限され、憲法第29条が保証する財産権が侵害され得る状況となります。

憲法は、「財産権は、これを侵してはならない」と定めつつも、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる」と規定しています。

しかし、千代田区はあくまで「要請」であるとの立場を取っているため、補償については一切言及していません。

要請が時に行政指導としての性質を持つ以上、不動産取引の自由を制約する行為であるとして、法的な反発や訴訟リスクを招く可能性があるのです。

特に注意すべきは、買戻特約の履行に関する問題です。

民法第579条は、売買契約と同時に買戻特約を締結した場合に限り、売主が買主に代金および契約に要した費用を返還して契約を解除できる旨を定めています。

判例により、この「売買契約と同時」の要件は厳格に解釈されており、契約締結後に特約を追加しても効力を発しないとされています。

これにより、売買契約締結以前に説明し、あらかじめ同意を得ておくことが不可欠となりますが、その実現可能性は不透明です。

さらに、やむを得ず転売せざるを得ない事情が生じた場合にも特約が課せられるのかといった実務的問題も残ります。

「売主の同意を得た場合に限り免責する」との条項を設けることは可能性でしょうが、その場合でも、やむを得ないとする判断基準を一体どのように設ければ良いのかといった問題が懸念されます。

加えて、特約の行使時に合意が得られず、売主が訴訟提起を余儀なくされる事態も想定されます。

以上のように、形式的には千代田区の要請は「非拘束的」であっても、実質的には市場や私権に重大な影響を及ぼす潜在力を有しており、法的にも複数の論点を内包しています。

特約の導入によって一定の効果に期待できるものの、それだけで不動産価格の高騰を完全に抑制できるとは考えにくく、業界としては慎重かつ戦略的な対応が求められるのです。

不動産業界としての対応

自治体が、投資家による転売を抑制すれば不動産価格の高騰は抑えられると本気で考えているならば、要請という命令とも行政指導とも受け取とられかねない手段に依存するのではなく、むしろ特区のような制度を設け、地域を限定した上で開発計画や転売に法的強制力を付与すべきです。

その場合、当該地域へのデベロッパー参入は大幅に減少し、特区内の中古市場が逆に値上がりする可能性は否定できません。

しかし、痛みを伴うことを避けながら改革を進めるのは、ある意味で責任回避に過ぎず、実効性よりも「行動している」という姿勢を示すパフォーマンスに留まる危険があります。

要請は、結局のところ売主や購入者に負担を転嫁しているだけなのです。

不動産業者としては、たとえ要請が行政指導に近しいものであったとしても、その法的な根拠や目的、応じた場合に期待される効果について、自治体から十分な説明責任が果たされない限り、従う必要はありません。

確かに、国外からの投資マネーが不動産価格高騰の一因であることは否定できません。

転売目的で購入された物件は空家状態となり、管理組合の運営に支障が生じると同時に住環境整備への悪影響が懸念されるのは事実です。

さらに、一部地域では一般市民が到底購入できない水準にまで不動産価格は上昇しており、加えて、地価高騰を理由に賃貸住宅の賃料が引き上げられるという現実的な問題も発生しています。

実需とかけ離れた価格の高騰は、誰しも抑制を願って当然です。

しかし現行法上は外国人による不動産購入や転売に何ら制限は設けられていないのです。

これは、国が現状の問題を重要視せず、国民が抱える問題を看過しているのと同列です。

しかし、だからといって、自治体が独自判断で業者に対し、半ば行政指導や命令と受けとられかねない要請を発することは短絡的であり、構造的な解決策とは言えません。

当然ながら、他の自治体も千代田区の要請に対する業界の反応とその後の市場動向を注視しているはずです。

不動産業者は、コンプライアンスの観点から納得できる合理的な要請であれば応じる責務があります。

しかし、十分な説明や根拠が示されない場合には、盲目的に従うのではなく、あえて応じない姿勢と覚悟も求められるのです。

私たちは、他の自治体が追随する可能性に備え、以下のような対応策を検討しておく必要があるでしょう。

1. 自主ルールの策定
転売抑制や短期保有の禁止に関して、業界団体としてのガイドラインを設ける。例えば、販売後一定期間の転売に関して情報開示を義務付け、過度な投機を抑制するなどの方法が検討できます。

2. 情報公開の強化
外国資本の購入比率や販売件数など、マーケットの実態を定期的に公表し、自治体や国民に透明性を提供すると共に、研究機関に実証研究を依頼してその検証結果を公表し、不必要な規制論を抑制する。

3. 市場データに基づく反証
投機的取引と価格高騰の因果関係をデータで分析・検証し、政策議論の根拠を与える必要があります。千代田区が発信したように、転売目的の購入が不動産価格を上昇させている要因の一つではありますが、資材価格や人件費の高騰も要因であるとの視点が欠けています。具体的なデータを公表することで、短絡的な要請や規制の乱発を牽制できるでしょう。

4. 自治体との共働枠組み
ただ反発するだけでは建設的な結果を得られません。行政との対話を行い、問題意識を共有しつつ実行的な対応策を模索する努力を怠ってはなりません。業界自ら「解決に向け取り組んでいる」との姿勢が、社会的信頼性を高める結果に繋がるでしょう。

まとめ

本稿では、千代田区が発した要請について、その法的有効性と経済的帰結を多角的に検証すると共に、不動産業界として検討すべき対応策を提示しました。

実需を伴わない投資が不動産価格の高騰を招く一因であることは明白であり、私たちは価格上昇が市場の健全な発展を意味するのか、それとも社会的負担を増大させるのかを冷静に見極める必要があります。

「買い叩かれる日本の国土」といった論説が登場する背景には、単に外国人が日本の不動産を所有することへの懸念だけでなく、外的資本の流入が市場構造を歪めている可能性について、警笛をならす意味も含まれています。

私たちは、この現実を直視しなければなりません。

同時に、バブル崩壊がもたらした「失われた数十年」の教訓を忘れることなく、市場の持続的な安定を実現するため、その具体的方途を模索し続ける責任があるのです。

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