【信託責任と公益性】警察・弁護士会からの情報開示要請に対する初動マニュアル

不動産業に従事していると、離婚、相続、事件、自殺などを起因とする様々な問題に遭遇します。

その際、取引に関与した事業者として警察や弁護士会から照会を受けることがあります。

不動産という高額かつ人生の基盤に関わる商品を扱う私たちにとって、情報は生命線であり、同時にその管理と漏洩防止に対する厳格な責務を伴います。

私たちが取り扱う情報は、氏名、年齢、勤務先、年収といった基本的な属性情報に留まらず、本人の信条、病歴、人種などセンシティブ(機微)情報を知り得る立場にあります。

また、取引先が企業である場合、極めて重要な企業機密すら知り得る局面もあるでしょう。

これらの情報は、ひとたびトラブルが発生した際、時に事件の核心に関わる証拠となり得るのです。

個人情報保護方針の策定は、法的に義務付けされてはいないものの、個人情報の保護に関する法律(以下、個人情報保護法)を遵守し、顧客との信頼関係を維持するためには、実務上、不可欠です。

特に、センシティブ情報を知り得る機会が多い不動産業者においては、厳格な保護方針の策定とその遵守が必須となります。

法的枠組みとして、個人情報保護法第27条の規定により、個人データを第三者へ提供する際には、あらかじめ本人の同意を得ることが原則として求められます。

一方で、同条第1項第1号から第7号には、人の生命、身体又は財産保護のために必要な場合など、本人の同意を得ずに提供できる例外規定も設けられています。

しかし、この例外規定は限定的な例示であり、その解釈は極めて難解です。

例えば、「本人の同意を得ることが困難であるとき」とは、複数回の電話連絡をもって充足されるのか、あるいは書面による通知や一定の猶予期間の設定が必要とされるのか、その判断に窮します。

結局のところ、社会通念上相応の努力を尽くしたにもかかわからず同意を得られなかったという、極めて不安定な規定と言わざるを得ません。

問題は、この同意原則と例外規定の狭間で、公権力に近しい存在である警察や、公的な中立性を持つ弁護士会から情報開示を求められた際に、「誰に」、「いつ」、「どこまで」開示が許容されるかという点です。

私たち不動産業者は、事業者としての社会的責務、顧客に対する守秘義務、個人情報保護法、そして社会正義との間で、複雑かつ高度な法的・倫理的ジレンマに直面します。

本稿では、この「情報開示要請」というデリケートな課題に対し、不動産プロフェッショナルとして正確に理解を深めておくべき法的根拠、実務的戦略、そして厳格なコンプライアンスの羅針盤を提示します。

これは単に、「開示するか否か」の二元論に終始するものではありません。

情報開示によって発生しうるリスクを予防し、顧客の権利と会社に対する信頼を毀損することなく、適正に個人情報を取り扱うためには必須の知識です。

要諦主体の性格と法的根拠の精緻な理解

筆者は過去に、「離婚した元妻がどこに転居したか教えて欲しい」と強引に詰め寄られたことがあります。

賃貸住宅を斡旋した以上、当然ながら居所は把握しています。

しかしながら、転居先を元配偶者に知らせないことに相応の理由があると解すべきであり、情報開示には応じずお断りしました。この初動判断は極めて重要です。

この場合における法的根拠は、個人情報保護法の第三者提供制限に加え、宅地建物取引業法第45条に定められた「守秘義務」が、情報非開示の盾となります。

それでは、公的な要請である「警察」と「弁護士会」からの開示請求に対して、私たちはどう対応すべきでしょうか。

この場合、要請主体の正確を明確に理解し、要請の法的重みを区別することが、コンプライアンス上における初動対応の要となります。

1. 警察からの照会:公共の安全と捜査協力

警察からの情報照会は、犯罪の予防、鎮圧、あるいは刑事事件捜査の一環として行われます。

その根拠法は、主に刑事訴訟法、警察官職務執行法、および犯罪捜査規範などの公法に基づきます。

そして、警察からの情報提供要請には、大きく分けて2つのパターンが存在します。

1-1. 任意捜査としての協力要請(事務上の大半)

まず、公法に基づく「命令」ではなく、捜査活動への「協力」を任意で求められた場合です。

私たち不動産業者が保有する情報(例:取引履歴、契約者情報、取引価格や賃料など)が、事件を解決するに資すると判断された場合に実施されます。

しかし、電話での問い合わせや捜査関係事項照会書が提示されない訪問による聞き込みの場合、応じるか否かは慎重な判断が必要です。

特に、身分を確認できない電話での問い合わせや、所属長の意思が確認できない聞き込みには注意が必要です。

それでは、刑事訴訟法に基づく「捜査関係事項照会書」が提示された場合はどうでしょうか。

この場合は開示しても、個人情報保護法に違反しないと解されています。

ただし、回答する義務までは課せられていないため、開示する範囲、特にプライバシー保護については注意が必要です。

社会的な協力義務と、照会された情報の範囲を適切に見極め、必要最小限の情報に限定して開示するという姿勢を貫く必要があるのです。

●令状に基づく強制処分
裁判官が発布した捜索差押許可状(令状)が提示された場合は、これは強制力のある公権力の行使です。
個人情報保護法や守秘義務に優先するため、原則として拒否はできません。

1-2:実務的な対応基準

任意での照会の場合、確認すべきは正当な理由です。

●開示判断の原則(協力):事件性が極めて高く、開示が公共の利益に資すると判断される場合、特に人命に関わるケースや社会的な重大犯罪に対する捜査への協力は、企業の社会的責任の観点から、公開可能な範囲で積極的に応じるべきです。

●非開示判断の原則(慎重)
照会内容が極めて広範である、あるいは事件態様や捜査の必然性を勘案した場合、プライバシー侵害の度合いが捜査協力の必要性を上回ると判断される場合、安易な開示は慎むべきです。
顧客との信頼関係崩壊や、レビュテーショナル・リスク(ネガティブ情報がSNS等で拡散され、企業の評判や信用を失落しかねない経営上のリスク)が懸念されるため、慎重な判断が必要です。

2. 弁護士会からの照会:弁護士法第23条の2(弁護士照会)

弁護士会からの情報照会は、主に民事事件や家事事件に対する情報収集が目的です。

これは、弁護士が受任した事件について、証拠や資料を集める必要がある場合、担当弁護士の申請に基づき、弁護士会の権限で実施される制度です。

2-1.弁護士照会の法的位置づけ

弁護士照会は、弁護士の職務を補助する公的制度として法律で規定されており、照会を受けた者は原則として回答・報告する義務を負います。

ただし「正当事由」がある場合、例えば照会の必要性・相当性が欠けていると判断される場合は例外とされています。

●適法性:照会への回答は、個人情報保護法第27条第1項第4号の例外規定に含まれるため、違法とはされません。

●実務上の重要性
回答は原則として拒否できない法的性格を有しますが、令状ほどの強制力は有しません。
そのため、開示情報の範囲について留意が必要です。

2-2.実務的な対応基準

弁護士照会で最も重要なのは、「照会事項が受任された事件の解決に必要不可欠であるか」という必要性・相当性の精査です。

●必要性の精査
照会書に記載されている当事者名、照会事項、照会理由を慎重に確認し、私たちの保有する情報が代替手段のないものであり、かつ相当性を有しているかを厳密に見極めます。

●拒否の正当事由
精査の結果、照会事項に合理性がなく、情報の開示によって顧客のプライバシーが侵害され、自社との関係性が破壊されると思慮される場合には開示を拒否すべきです。
その際は、明確かつ論理的な応じない理由を弁護士会に報告します。

情報を開示できる範囲と状況を正確に理解する

個人情報を開示するか否かの判断は、開示後における顧客との関係性、自社のコンプライアンス体制、さらにはレビュテーショナル・リスクに直結します。

しかし、個人情報保護方針を策定しているにもかかわらず、社員がその法的趣旨や個人情報保護法に対する理解に欠けている場合も少なくありません。

そのため、感情論や憶測で個別判断するのではなく、客観的なガイドラインに基づいた対応が求められるのです。

●守秘義務と情報提供の限界

私たち不動産業者が保有する情報の大半が、個人情報保護法の適用を受けます。
さらに、宅地建物取引業法第45条において、「正当な理由がある場合でなければ、その業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を他に漏らしてはならない」という厳格な守秘義務が課せられています。

●第三者提供の同意と例外規定の解釈

個人情報を第三者に提供する場合、原則として本人の同意が必要です。
ただし、顧客から取得する「個人情報取り扱いに関する同意書」に第三者への提供に関する例外規定を盛り込み、顧客へ説明したうえで書面を交付し、署名捺印した控えを有していれば、その規定の範囲内に限り、同意なしで提供できます。

個人情報の第三者への提供

ただし、情報を第三者へ提供するか否か、さらには提供する情報の範囲については、「法的に許されるか」という適法性だけでなく、「倫理的に正しいか」という信託責任の軸で下されるべきです。

社会的な重大事件や、明らかな被害者がいる事件においては、私たちが情報の提供を渋ることで社会的正義の実現を妨げることになります。

例えば、取引に関与した不動産が特殊詐欺グループの拠点として利用されている疑いがあると警察に説明されれば、公益性を優先し、積極的に協力すべきでしょう。

ですが、単なる私的紛争や、事件性が低いと判断される照会に対しては、守秘義務に対する基本姿勢を崩してはなりません。

私たちの責務は取引を成立させることだけではなく、取引によって生じた、あるいは背景にある人々の人生と、その情報に対する厳格な責任を全うすることです。

情報開示の判断を迫られたときは、守秘義務を盾とするだけでなく、公正な取引と社会の健全性という理念に基づき判断する必要があるのです。

まとめ

不動産業者として、警察や弁護士会による情報開示要請への対応は、単なる法令遵守の枠を超え、「情報セキュリティ」と「社会貢献」という二つの軸が交差する、経営判断そのものです。

そのため、個人情報保護法や関連法に精通した選任の担当者を配置し、開示の妥当性を判断させるのが理想です。

しかし、従業者10名未満の事業者が業界全体の9割以上を占める現状を鑑みれば、そのような専門人材の配置を求めること自体が困難です。

ですが、困難であることを理由に、個人情報保護方針の理解が不足している個々の社員に判断を委ねることは許されません。

私たちの責務は、取引を成立させることでは終わりません。

顧客の人生に深く関わる極めて重要な情報を預かる者として、情報管理を厳格な信託責任として、全うすることが求められています。

それを実現することこそが、プロフェッショナルとしての揺るぎない存在価値となるのです。

情報開示の判断を迫られた時、守秘義務という「盾」を安易に振りかざすのではなく、公正な取引と社会の健全性という理念に基づき、「公益性」という羅針盤を的確に操作できること、この高度なバランス感覚こそが、卓越した不動産プロフェッショナルの証に他なりません。

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