
令和7年11月25日、国土交通省は三大都市圏及び地方四市における新築マンションの短期売買(購入後1年以内の売買)状況と、国外に住所を有する者の取得状況に関する調査結果を公表しました。
本調査は、近年の急激なマンション価格高騰の背景にある、投機的取引の実態を客観的に把握することを目的にしています。
調査結果から、東京23区全体の国内居住者を含めた短期売買割合が9.3%(都心6区は12.2%)に上る一方で、海外居住者による短期的売買は全体のわずか1%に留まっていることが確認されました。
このデータは、「新築マンションの価格高騰は外国人投資家らによる投機的取引が主因である」という従来の通説に対し、疑問符を投げかけるものです。
しかしながら、現行の登記制度では国籍記載の仕組みがないため、実際の投機的な取引規模が正確に反映されていないという見解を持つ必要があります。
2025年4月1日施行の「国土利用計画法施行規則の一部を改正する省令」により、一定面積以上の土地取引における届出には国籍の記載が義務付けられました。しかし、これはごく一部の取引に限定されます。
この課題を解消するため、政府は現在、登記情報への国籍記入を義務付ける法改正を検討しています。
これが実現すれば、より詳細な取引実態の調査・分析が可能となり、政策決定の基盤が強化されるでしょう。
短期売買が価格高騰の主因と断定できないまでも、市場に影響を及ぼしている可能性は否定できません。
これを受け、全国の自治体に先駆け、千代田区は一般社団法人不動産協会に対し、物件引き渡し後5年間の転売禁止特約や、同一物件における同一名義による複数物件購入禁止措置の導入を要請しました。
また、(公社)宅地建物取引業協会が「投機的短期転売問題」の解決に向けた施策展開の方針を発表するなど、市場健全化に向けた取り組みは一層活発化することが予測されます。
現時点において、これらの施策は新築分譲マンションに焦点を当てていますが、投機抑制という観点から、将来的に中古住宅市場にも適用が拡大される可能性は極めて高いと予測されます。
この環境変化は、媒介業者にとって取引抑制となりうる可能性を内包しています。
私たちは、こうした政策動向をマクロな市場変化の兆しと捉え、いかに備えるべきでしょうか。
本稿では、現在検討されている具体的な施策の内容を精査し、不動産事業者が持続可能な事業戦略を構築するための具体的な備えについて詳述します。
政策動向の深層分析:短期転売規制の不可避性と焦点
国土交通省の調査は、単に短期売買の存在を示すだけでなく、その構造的な特徴を浮き彫りにしました。
この深層を読み解くことが、政策の方向性を予測し、事業戦略の礎を築く鍵となります。

1. 投機的取引の標的構造と政策のジレンマ
都心6区で12.2%という短期的売買割合は、純粋な実需に基づかない取引が一定の価格形成圧力を生み出している事実を示唆しています。
しかし、その内訳を詳細に分析すると、投機的取引のターゲットには明確な法則性が見受けられます。
●価格帯の傾向:短期売買されている物件の大半は1億円未満であり、それを超え、価格が高額になるほど短期売買の比率は減少しています。

これは、いわゆる「超高額物件」の購入目的は投機ではなく、実需である可能性が高いことを示唆しています。
投機的取引のプレイヤーは、購入総額を抑えつつレバレッジを効かせ、短期キャピタルゲインを最大化できる「一億円の壁」以下の物件を狙っている構造が浮かび上がります。
その影響をもっとも強く受けるのは、言うまでもなく純粋な実需層です。
●物件規模の傾向:
専有面積40㎡以上が全体の約6割を占める大規模マンションほど、短期売買される割合の高いことが確認されました。
これは、大規模マンションが持つ高い流動性と、早期に価格上昇期待値が投機マネーを引き付けていることを示唆しています。

調査結果は、投機目的の標的が、「都心に近い大規模マンションで、かつ価格が1億円以下」に集中していることを示唆しており、政策立案者が、実需を阻害せず投機マネーのみを排除するという、極めて困難なバランスを強いられるジレンマを提示しています。
一律の規制は実需層の流動性までを奪いかねず、市場の活力を不当に抑制する危険性もあるのです。
2. 政策が目指す「市場正常化の定義」
政府や自治体が短期転売規制に踏み切る背景には、不動産市場を単なる経済活動の場としてだけでなく、「国民の生活基盤」として捉え直すという強い意思があります。
この「市場の正常化」は、単なる価格抑制に留まらず、以下の3点を実現することに主眼が置かれています。
●実需優先の構造:住宅を真に必要とする第一次取得者が、適正価格で物件を取得できる市場環境を取り戻すこと。
●安定的な資産形成:不動産購入が投機的な短期収益の手段ではなく、実需利用と、長期的な資産形成の基盤として機能すること。
●市場の透明性:取引実態を正確に把握して、政策を裏付けるデータ基盤を確立すること。
これは、住宅を「短期的な商品」から「長期的なインフラ」へと位置づけ直す、不動産市場の根本的なパラダイム・シフトを要求するものです。
この潮流は、今後後退することはないと予測されるため、不動産事業者はこの理念を共有することが必要です。
3. 千代田区の要請に見る規制の実効性と法的課題
千代田区が要請した「引き渡し後5年間の転売禁止特約」および「同一物件における同一名義による複数物件購入禁止措置」は、今後、政令指定都市等がこの要請に追随する可能性を窺わせる一方で、法律上の問題点や実効性への懸念も指摘されています。
●5年間規制の意義:
短期譲渡所得に対する41.1%という重課税(内訳:所得税30%、復興特別所得税2.1%、住民税9%)の期間と一致させることで、税制と実務規制の両面から短期的投機を封じる意図があります。
これは、「住宅の長期的保有」をインセンティブ化する施策であり、実需層の保護を明確にしています。
●規制の強制力と社会的圧力:
千代田区の要請は法的な強制力を持つ「命令」ではありませんが、区長名義で発せられたという事実が、デベロッパーに対し社会的な同調圧力とブランドイメージ維持の観点から、要請を受け入れざるを得ない状況を生み出します。
この「非権力的な圧力」こそが、今後の規制実行における主要なツールとなる可能性があるのです。
媒介業者はその社会的な影響力を無視してはなりません。
また、法的な課題も残ります。「転売禁止特約」は、憲法が保障する財産権(処分権)の制限にあたる可能性が懸念されます。
さらに、区長名義で発せられた要請は型式上、非権力的な発信であっても、社会一般の認識において命令と同等に受け取られる危険性もあるため、その有効性や違反した場合の損害賠償請求等の実効性については、今後も法的解釈の確立が待たれます。
媒介業者は、この法的なグレーゾーンを正確に把握し、買主にリスクを明確に伝える責務を負うのです。
媒介業者に求められるパラダイム・シフト:短期収益モデルからの脱却
短期転売規制が法制化された場合、投資物件の「出口戦略」は根底から見直され、特に短期売買や買取専門を主力としていた業者には、既存ビジネスモデルの根本的な再構築を迫られる「構造変革期」の到来となるでしょう。
1. 中古市場への規制拡大予測と媒介報酬モデルの限界
現行の議論は新築マンションに集中していますが、投機抑制策が中古市場に拡大する可能性は、市場の性質上極めて高いと予測されます。
新築規制が導入されれば、短期投資マネーは必ず規制の緩い築浅中古物件へと流れるため、規制を連鎖的に拡大せざるを得ないのです。
そのため、以下のような規制が導入される可能性を今から織り込んでおく必要があるのです。

表は予測に過ぎませんが、規制拡大が現実化すれば、投機的取引の多くが市場から排除され、特に都心部における1億円以下のマンション取引件数が一時的に減少する可能性があります。
これは、媒介業者にとって報酬の減少に直結し、従来の「フロー型収益」に依存したビジネスモデルの限界を露呈させます。
そのため、全ての業者が少なからず、資産コンサルティングへの転換を迫られるのです。
2. 媒介業務の付加価値とコンサルティング能力の強化
短期転売が困難となった市場においては、「物件を早く、高く売る」という媒介業者特有の価値観から脱却し、「物件を長く、安心して保有する」という資産コンサルティングへの転換が求められます。
●旧モデル:短期転売を前提とした媒介による、報酬の獲得スキーム(フロー型収益)
●新モデル:長期保有・管理・活用を前提とした資産コンサルティング(媒介報酬+ストック収益)
媒介業者は、仲介者という受動的な役割から、顧客の「ライフステージ・資産形成」全体を見据えたライフタイムバリュー(LTV:一人の顧客が企業と取引を始めてから終了するまでの期間に、企業にもたらす総利益)の最大化に貢献する、能動的なコンサルタントへの進化が求められるのです。
持続可能な事業戦略構築のために必要な具体的備え
政策動向と市場変化の予測を踏まえ、媒介業者が直ちに着手すべき具体的な事業戦略の転換と備えを詳述します。
今後は、投資家顧客のパイは確実に縮小するため、実需層を主軸とした安定的な顧客ポートフォリオを構築し、LTV(ライフタイムバリュー)経営を徹底する必要があります。
こうした中、大手ハウスメーカーの多くは新築市場の先細りを予測し、リフォーム事業、賃貸管理を含む不動産事業、非住宅分野(商業施設や工場、倉庫など)へ参入するなど、事業の多角化に着手しています。
1. 実需顧客のLTV最大化戦略と「顧客生涯価値」の創出
実需顧客は一度契約すれば、その後数十年にわたり、売買、賃貸、管理、リフォームといった潜在的なニーズを持ち続け、企業に利益をもたらす存在です。
しかし、多くの媒介業者が、「引き渡しが縁の切れ」とばかりに、取引完了後の継続的な顧客関係構築に注力してこなかったという課題があります。
少子高齢化によって実需顧客は減少する中、規制によって投資家層が縮小する可能性を鑑みると、以下の対策を通じてLTVを最大化する以外、媒介業者が生き残る術はありません。
●(初期)住宅支援:
ライフプランニング、資金計画の深度化を強化します。
具体的には、顧客の将来的なキャッシュ・フローに基づいた、無理のない購入計画を提案するよう配慮します。
●(中期)資産価値維持:
定期的なメンテナンス提案、賃貸管理受託、リフォーム・リノベーション提案を行います。
また、定期的に資産価値レポートを提供するためのヒアリングを実施し、顧客の資産状況を「見える化」します。
●(後期)住み替え支援:
資産評価に基づいた売却、住み替え相談、相続・事業承継コンサルティングを実施します。
中でも、相続発生時の不動産評価や売却サポートは、高単価なストック収益につながります。
これらは全ての年齢層に有効ですが、特に、若年層(20代~30代)の一次取得者の囲い込みは、その後におけるLTVが最大になるため、最優先事項として取り組む必要があります。
2. ニッチな実需市場の開拓
従来の画一的なファミリー・単身向け物件仲介だけでなく、特定のニーズを持つ実需層に特化したサービスを展開することで、競合との差別化を実現できます。
●LGBTQ+特化型:
SDGsの推進によって、世界的に価値観の変化が生じています。
しかし、日本では未だに、LGBTカップルに対する賃貸オーナーの偏見などは根強いのが現実です。
LGBTQ+フレンドリーな管理会社・オーナーとの連携や、法的支援に対する知識を拡充することで、同性カップルやトランスジェンダー当事者への賃貸斡旋、住宅購入支援に対する専門的な提案を可能とし、特化型媒介業者としての地位を確立できます。
●二拠点生活需要への対応強化:
一極集中の是正と、それによる地方の活性化、災害時のリスク分散などを目的に政府が推奨する二拠点生活(二地域居住)は、今後少しずつ定着していくでしょう。
そのため、二拠点生活を希望する層への、地方優良資産の媒介・管理受託は、地方創生の流れにも乗った新たなビジネスチャンスとなり得ます。

●サステイナブル住宅コンサルティング:
ZEH住宅を始めとして、耐震性、高断熱、高気密に優れた住宅への関心が高まっています。
高性能住宅は、安全性の確保や冷暖房光熱費削減だけでなく、住宅ローン控除、金利、固定資産税の軽減措置にも影響します。
媒介業者が、住宅性能とエネルギー消費量の相関性など、高度な知識を有することで、断熱改修工事の提案を含め、長期保有による経済的メリットを正確に顧客へ提示し、他社との差別化を実現できます。
3. 「ストック型収益」への転換
媒介報酬という「フロー型収益」への依存度を下げ、毎月安定した収益を生む「ストック型収益」への事業転換が、企業の生存戦略において極めて重要となります。
A.プロパティマネジメント部門の戦略的強化
実需顧客のLTVを最大化するためには、物件管理業務の強化が不可欠です。
●管理受託率のKPI化:媒介契約からの管理受託をKPI(重要業績評価指標)とし、営業目標に組み込みます。
●高付加価値管理の提供:
単なる物件管理ではなく、資産性向上に資する管理を提供します。
リノベーションや断熱改修工事のほか、オーナー向けのコミュニケーションアプリを積極的に導入し、入居者満足度向上施策、賃料増額に関する助言を行います。
●空き家管理事業の取り組み:
相続などで発生した空き家の売却や有効活用提案、管理の受託は、今後、さらなる増加が見込まれます。
国土交通省が媒介とは別に報酬を得ることが可能と明言したこの分野への参入は、ストック収益の新たな柱となります。
B. 不動産テックを活用した「情報武装」
政府が登記情報の国籍記入を検討するなど、今後はデータに基づいた透明性の高い取引が主流となります。
媒介業者は、より高度なデータ分析ツールを駆使して、顧客に有益な情報を提供する必要性が生じます。
●顧客管理システム(CRM)の徹底活用:
顧客情報はもとより、問い合わせ履歴、ライフステージ変化の予測を一元管理し、最適なタイミングで中期・後期の提案を行います。
これが、LTV最大化の基盤となります。
●高度なデータ分析とリスクの透明化:
販売資料に記載するレベルを超え、学区内の評判、治安データ、将来的な都市計画のほか、ハザードマップ、修繕履歴、管理組合の健全性など、長期保有の視点に立った情報を顧客に提供します。
これら豊富な情報提供によって、長期保有における潜在的なリスクを透明化し、リスクヘッジを含めたコンサルティングを実施するのです。
4. 法務・税務コンプライアンスの強化
短期転売規制の強化は、取引におけるコンプライアンス要求度を格段に引き上げます。
特に「転売禁止特約」や「複数購入禁止措置」が導入された物件に関しては、媒介業者の法的な責任が増大する可能性があります。
A. 特約に関する理解と説明義務
新築購入時に転売禁止特約が付された物件を扱う際、特約内容、違反した場合の罰則、適用期間について、買主に対し専門的な観点から説明し、理解を得る必要があります。
特に、転売禁止特約の有効性については、平成25年に東京地裁が「転売禁止に違反して転売がなされた場合の違約金を売買代金の同額とする特約は過大である(東京地判平成25.5.29)」との判断を示すなど、公序良俗に反する事項を目的にした法律行為は無効とされます。
媒介業者は、社会の一般秩序(道徳観念)である公序良俗の適用範囲の理解を深め、顧客に説明する責を負うのです。それ以外にも、以下のような留意が必要です。
●重要事項説明時における深化:法で規定された説明事項以外、特に顧客の資産流動性に及ぼす影響については、具体的なシミュレーションを提示して説明する必要が生じます。
●文書化の徹底:特約を盛り込む取引においては、契約書以外に別途、確認書を準備して取り交わすなど、将来的なトラブルを避けるため、確実な証跡を残す必要があります。
B. 国際取引・税務知識のアップデートと専門家との連携
登記情報の国籍記入が検討されている中、取引相手が海外居住者である場合における海外からの資金移動、源泉徴収義務、租税条約の適用など、専門的かつ複雑な税務知識は不可欠となります。
媒介業者がこれらの知識を有することで、取引の安全性が担保され、結果として信頼性の高い業者としての地位を確立できます。
しかし、全てを自社で賄う必要はなく、国際税務に精通した税理士や弁護士との連携体制を強化することで、複合的な提案を行える体制を構築できます。
これは、富裕層ビジネスを手掛けるにあたっては、必須条件と言えます。
まとめ
今回解説した政策動向や国土交通省の調査結果は、ネガティブに捉えるのではなく、「不動産市場の質を高め、持続可能なビジネスモデルを個々に構築せよ」という、国からの明確なメッセージと捉えるべきです。
短期売買に依存していた市場は、一時的に調整局面を迎えるでしょう。
しかし、これは同時に、実需に基づく健全な取引が活性化し、さらには長期的な資産コンサルティングという本質的な付加価値を提供する企業が報われる市場への進化とも言えます。
投機マネーが去った後には、真のプロフェッショナリズムが評価される、安定した市場が到来するのです。
私たち不動産業者は、目先の媒介報酬に一喜一憂するのではなく、顧客の資産価値を最大化する長期的な視点を持ち続けなければなりません。
中古市場への規制拡大動向に注視し、構造変化の潮流を正確に読み解き、いち早く事業の根幹を「フロー型収益」から「ストック型収益」へと転換させること。
そして、データ分析能力と法務・税務コンプライアンスという二つの柱で自社を武装し、LTV経営を徹底するのです。
これこそが激変する市場環境下において、貴社が持続的な成長を遂げるための羅針盤となります。
今、私たちが問われているのは、目先に迫る規制強化への対応ではなく、10年後、20年後の市場でどのような価値を顧客に提供できる企業として存在するかという、事業のアイデンティティそのものなのです。
この変革期を事業基盤を強化する絶好の機会と捉え、果敢に戦略を遂行する事業者だけが、安定した事業を継続できるのです。




