【築浅でもローン控除の適用外?】非適用リスクの深層と罠

ご承知の通り、住宅ローン控除(住宅借入金等特別控除)は、マイホームの取得を志す顧客にとって、その返済計画と購入決定に極めて大きな影響を与える重要な経済支援です。

特に、新築住宅においては、長期優良住宅や低炭素住宅といった認定住宅については、令和7年末までに入居した場合、最大5,000万円(子育て世帯・若者夫婦世帯)の借入残高に対し、0.7%(年間最大35万円)が13年間にわたり所得税・住民税から控除されるという、極めて手厚い優遇措置が講じられています。

住宅ローン残高の0.7%を最大13年間所得税から控除する制度

もちろん、還付される額は納税額が上限となるため、最大限の恩恵を享受される方は少数かもしれません。

しかし、「優遇措置を利用できるか否か」は、顧客の購入計画における物件許容価格を左右する決定的な要因となります。

実際、控除額が幾らになるかを自ら計算し、資金計画に盛り込む顧客は多いですし、また、「私の場合、どれくらい控除されますか?」と、質問された経験のある方も多いでしょう。

このため、新築分譲営業は当然に、既存住宅を斡旋する媒介業者も制度の細部に至るまで正確に理解し、顧客に対して予見性を伴う説明責任を果たすことが必須となるのです。

ところが、年度ごとに見直される住宅ローン減税要件を正確に把握するのが困難である、あるいは「税務に関する説明は迂闊に説明してはならない」との思いがあるのでしょうか、説明責任を果たさない、あるいは誤った説明を行いトラブルとなっているケースが散見されるのです。

特に、最近の相談業務において、「築浅であるにもかかわらず住宅ローン減税を利用できない」という相談が急増し、SNS等でも同様の投稿がよく見受けられるようになりました。

これは、制度の抜本的な改正に伴う、特定期間の入居・建築確認申請を受けた住宅に生じた『非適合』リスクが表出したからに他なりません。

本稿では、この問題の核心を深く掘り下げ、媒介業者が負うべき説明責任と、実務における具体的な対応戦略を詳述します。

住宅ローン控除適用要件:さらなる厳格化の背景

1. 控除制度の変遷と「省エネ基準」の義務化

現在の住宅ローン控除(住宅借入金等特別控除)制度は、その設計思想の根幹に「住宅の性能向上」を据えています。

このため、段階的な制度の厳格化が進められており、取得する住宅の省エネルギー性能に応じて借入限度額に明確な格差を設ける構造となっています。

この変遷において、実務上最も重視すべきは「省エネ基準への適合性」です。

特に、顧客が令和7年に入居する際の要件は、媒介業者による説明責任の焦点となります。

省エネ基準への適合性,建築確認申請日,住宅の性能条件,借入限度額

この厳格化の背景にあるのは、2050年カーボンニュートラルの実現に向けた「建築物のエネルギー消費性能向上等に関する法律(建築物省エネ法)」の改正です。

この法改正により、令和7年(2025年)4月1日以降に着手するすべての新築住宅・非住宅については、原則として省エネ基準への適合が義務とされています。

省エネ基準適合義務制度の適用について

2. 「非適用リスク」を生じさせた「経過措置期間」の盲点

この省エネ基準適合義務化への移行期に設けられたのが、実務現場で大きな混乱を生んでいる「経過措置期間」、つまり『狭間』の存在です。

この『狭間』に該当するのは、令和7年(2025年)3月31日までに確認済証の公布を受け着工した、「省エネ性能への適合を免れた」住宅です。

これらの住宅は原則として、住宅ローン控除を利用できません。

住宅ローン控除,利用できない

省エネ基準適合義務化の公表は、改正建築物省エネ法が公布された2022年6月17日です。

省エネ基準適合義務化の公表

しかしながら、多くの設計者、工務店、および新築販売事業者は、以下の要因により、この経過措置期間内に省エネ基準に適合しない「一般住宅」の建築確認申請を駆け込みで行う事態となりました。

●コスト増の回避:省エネ基準適合に必要な建材や設備、設計変更に伴う建築コストの増大を抑制したいとの思惑。

●手続きの煩雑さ回避:一次エネルギー消費量基準や外皮基準の計算・申請プロセス(建物省エネ法に基づく適合判定やBELS評価など)に関する知識不足や、その手続をスキップしたいとの思惑。

国土交通省は、法改正に関する詳細な情報提供、マニュアル・ガイドラインの整備、さらには説明会や講習会の実施を通じて、この経過措置期間における一般住宅の「非適合リスク」を警告し、駆け込み申請の抑制に努めました。

しかし、現実には相当数の省エネ基準に適合しない建物が市場に供給されたのです。

媒介業者が、この『狭間』を正確に理解せず、「築浅だから当然に利用できる」との安易な認識で顧客に説明した場合、その後住宅ローン控除を利用できないことが発覚した時点で、重大な説明責任違反があったとしてクレームが入り、場合によっては損害賠償を含む深刻な法的トラブルに発展する可能性があります。

実務においては、建築確認申請日の確認と合わせて、省エネ基準適合証明書の確認が必須なのです。

媒介業者の法的責任とトラブル回避策

1. 媒介業者が負う説明責任

住宅ローン控除に関する説明は、宅地建物取引業法上の義務とされていません。

何より、税制に関する専門的な判断は、本来、税理士等の専門家が担う領域です。

そのため、税務に関する質問には一切回答しないという姿勢も、型式的には選択肢の一つです。

しかしながら、実務の現場においては、資金計画全体の説明時に、住宅ローン控除、不動産所得税、固定資産税といった税制に関する質問が必ずといってよいほど発生します。

このような極めて重要な局面で、「専門外ですので回答できません」との対応に終始すれば、顧客の信頼を大きく損ない、結果としてビジネス機会の損失を招きかねません。

特に、住宅ローン控除の適用可否は、顧客の意思決定を左右しかねない極めて重要な情報です。

そのため、安易に「築浅なので問題なく利用できます」と説明し、現実には利用不可であった場合には調査・説明義務違反を問われ、損害賠償責任を負うリスクを内包します。

媒介業者は、前述の『狭間リスク』を回避するため、以下のステップによる徹底したデューデリジェンスと慎重な説明が必要です。

 

①建築確認申請日(時系列の特定):令和6年1月1日以降に建築確認申請がなされたか否かを、建築確認済証、建築確認概要書、または検査済証で厳密に確認します。

②適合性の確認(性能の特定):長期優良住宅、低炭素住宅、ZEH住宅、または省エネ基準適合住宅に該当するか否かを、「住宅省エネルギー性能証明書」や「建設住宅性能評価書」で確認します。

 

また、証明書を紛失した、あるいは受領したか否かが定かではない場合には、建築確認申請書に添付された計算書(外皮性能・一次エネルギー消費量)を確認したうえで、再発行の申請を行う必要があります。

なお、「住宅省エネルギー性能証明書」や「建設住宅性能評価書」は住宅ローン控除申請時の必要書類ですから、売主から買主へ確実に引き渡されるよう媒介業者が配慮する必要があります。

住宅省エネルギー性能証明書

2. 非適用リスクを回避するための戦略的な実務対応

プロフェッショナルたる媒介業者は、住宅ローン控除が利用できない物件を斡旋する場合、単に「利用できません」とリスクを告知するだけでなく、「合法的に控除適用を目指す道筋」を提示するソリューション能力が求められます。

この説明ができるか否かで、不動産営業のコンサルティング能力が試されます。

●後付で控除適用を目指すアプローチ

①既存性能に基づく「住宅省エネルギー性能証明書」の取得

物件の既存性能が省エネ基準適合要件を満たしている可能性がある場合、登録住宅性能評価機関に申請し、「住宅省エネルギー性能証明書」を新たに取得することで、住宅ローン控除の利用が可能となります。

ただし、『狭間』の非適合住宅は、適合判定の手続きをスキップしているため、申請に必要な省エネ計算書(一次エネルギー消費量計算書、外皮性能計算書)は作成されていないケースがほとんどです。

そのため、あらかじめ建築士に相談し、現存する設計図書に基づいて適用可否を確認したうえで、適用可能と判断されれば書類の作成を依頼する必要があります。

②断熱改修工事等の実施による「適合」の実現

既存の住宅性能が不足している場合、断熱改修工事や高効率な設備機器の交換を実施したうえで、改めて省エネ基準適合申請を行い「住宅省エネルギー性能証明書」が発行されれば、控除の適用を受けることができます。

●留意点:
築浅物件での大規模な断熱改修は、費用対効果の観点から慎重な検討が必要です。
また、改修工事を伴う場合には、工期と費用負担に関する詳細な取り決めが必須となります。

●関連税制:
本手法で住宅ローン控除の要件を満たせない場合でも、実施した改修内容によっては、「住宅特定改修特別税額控除」を利用できます。
さらに、省エネ性能を引き上げることで冷暖房光熱費が削減できるため、中長期的なランニングコスト削減の観点からも一考の余地があります。

これらの手法は、買主が住宅ローン控除の適用を強く望む場合の検討事項であり、いずれも費用と時間を要するため、売買契約に先行した十分な費用負担の合意形成とスケジュール調整が、トラブル回避の鍵となります。

提案力強化のために

既存住宅の媒介業務において、物件所有者から「住宅省エネルギー性能証明書」や「建設住宅性能評価書」などが提示されない限り、媒介業者が単独で省エネ性能の適否を判断することは困難です。

もっとも、令和7年(2025年)4月1日以降に建築確認申請がなされた住宅は、省エネ基準に適合していることが最低限保証されています。

しかしながら、今後は国の政策として住宅の省エネ性能基準が段階的に引き上げられていくため、媒介業者には、提示された性能に関する書類を読み解く能力が不可欠となります。

そのため、省エネ性能の判定に用いられる「外皮性能」と「一次エネルギー消費量」に関する基本的な概念を正確に理解しておく必要があります。

外皮性能基準,一次エネルギー消費量基準

1. 外皮性能:UA値とηAC値の意味合い

住宅の外皮性能は、UA値(外皮平均熱貫流率)とηAC値(冷房期の平均日射熱取得率)によって構成され、いずれも地域区域ごとに規定されている基準値以下(あるいは、より以上の等級)の性能が求められます。

住宅の外皮性能

① UA値(外皮平均熱貫流率)

UA値は、「熱の逃げにくさ」を示す指標です。

これは、外気から受ける影響の度合いと理解しても良いでしょう。

室内と室外に温度差がある場合、熱は常に温度の低い方へ移動するため、外皮(屋根、壁、窓、床など)を通じて熱が失われます。

UA値は、この外皮を通じて逃げ出す熱損失量を外皮表面積で除する(割る)ことによって算出されます。

UA値(外皮平均熱貫流率)

●意味合い:
数値が低いほど断熱性能が高く、熱が逃げにくい住宅であることを示します。
外気の影響を受けにくいため、冷房にも効果を発揮します。

② ηAC値(冷房期の平均日射熱取得率)

ηAC値は、「熱の入りにくさ(遮熱性能)」を示す指標です。

●意味合い:
外皮(特に開口部を重視)から室内に流入する日射熱をできるだけ抑えることを目的とする基準です。
数値が低いほど遮熱性能が高く、冷房負荷を軽減できる住宅であることを意味します。

2. 一次エネルギー消費性能

一次エネルギー消費性能は、冷暖房、換気、給湯、照明などで1年間に消費するエネルギー総量を熱量(MJ)に換算し、基準一次エネルギー消費量と比較してどの程度エネルギーを削減できているかを示す性能指標です。

●意味合い:数値が低いほど、あるいは等級が高いほど、エネルギー効率が良く、省エネ性能が高い住宅であることを意味します。

一次エネルギー消費性能

媒介業者は、各部位の方位係数や部位ごとの熱貫流率算定方法といった詳細な計算ルールに精通する必要はありません。

UA値とηAC値の概念を理解したうえで、顧客に対し地域区分ごとに規定されている省エネルギー基準の等級を説明することで、プロフェッショナルとして十分な提案力を発揮できます。

UA値,ηAC値,省エネルギー基準の等級

先述した通り、令和6年1月1日以降に建築確認が申請された住宅については、これら外皮性能と一次エネルギー消費量が省エネ基準に適合し、証明書が交付されていなければ、原則として住宅ローン控除の適用を受けられません。

物件販売時においては、当該物件で住宅ローン控除が使用できるか否かが買主の購入判断に影響を与える可能性があります。

したがって、特に『狭間』の期間、すなわち令和6年1月1日から令和7年3月31日までの間に建築確認申請許可がなされた省エネ基準を満たさない住宅を取引する場合には、漏れのない調査を実施したうえで、プロフェッショナルとして厳格な説明責任を果たす必要があるのです。

まとめ

二酸化炭素排出量の削減は、もはや世界的規模で喫緊の課題であり、各国がその実現に向けた対策を講じています。

我が国における住宅省エネ性能の段階的な基準引き上げも、このグローバルな流れに沿った国家戦略の一環です。

特に、2030年には新築物件に対するZEH・ZEB相当の義務化が予定されており、これに伴い住宅ローン控除の要件がさらに厳格化される可能性は極めて高いと予測されます。

省エネ性能の引き上げは、必然的に建築コストへ影響を及ぼすため、再び駆け込み建築による『狭間』が生じる可能性は否定できません。

このような将来予測からも、住宅ローン控除の非適合物件に対する戦略的な対応能力は、不動産のプロフェッショナルとして当然に求められる必須要件となるでしょう。

現に、制度の軽視や安易な説明によって生じたトラブルは多発しています。

不動産業者は、常に最新の法令と市場動向に精通する努力を惜しまず、専門家としての予見性を伴った正確な情報提供と問題解決の提案を通じて、顧客からの揺るぎない信頼を確立しなければなりません。

これが、激変する市場環境下において私たちが生き残り、確固たる地位を築くための最重要戦略となり得るのです。

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