【管理会社の真髄は賃料改定にあり】法と経済的合理性に基づく合意形成の最適解

昨今の地価高騰や物価上昇、さらには維持管理コストの増大というマクロ経済の変動を背景に、

賃貸物件の賃料改定を巡るトラブルが急増しています。

国民生活センターへ寄せられる相談の多くは、「事前協議を欠いた一方的な値上げ通知」に対する困惑と反発です。

賃料増額の依頼をオーナーから受けて、頭を悩ませない実務家はいないでしょう。

しかし、そこで思考停止せず、逃げ出さずに「法」と「経済」の羅針盤を提示することこそが、私たちの介在する価値と言えるでしょう。

私たち不動産事業者が物件オーナーからの依頼に基づき管理を受託した場合、オーナーの利益最大化を追求するのは責務です。

しかし、オーナーの要望が「相場を逸脱した2倍の賃料」といった極端な内容である場合には、それを反映した書面を作成して発送することで、オーナーに法的紛争というリスクを背負わせ、結果として物件の収益性を損なう結果となりかねません。

「当事者の合意によって効力が生じる」とした民法第601条の定めと、「経済事情の変動や近傍同種の借賃と比較して不相当となったとき、契約条件にかかわらず賃料の増減請求ができる」との借地借家法第32条による定めは、「特別法優先の原則」に基づき借地借家法が優先されます。

これは、一般法である民法より特定の分野に特化したルールである特別法が、その事柄に適合しているとされるからです。

したがって、社会通念上明らかに無理のある賃料増額であっても、その行為自体が違法とされることはないのです。

このような力学の狭間で、私たち不動産のプロフェッショナルはいかにして「正当な増額」を実現し、無用なトラブルを回避すべきでしょうか。

本稿では、法的論拠に基づく適切な増額範囲の算定法と、強硬に賃料値上げを主張するオーナーを説得するための交渉戦略について詳述します。

法的論拠に基づく「適正賃料」のロジック

オーナーの主観的な「希望」を「正当な要求」へと昇華させるためには、客観的な算定根拠の提示が不可欠です。

一概には言えませんが、立地条件や築年数、諸条件を適切に比較検討せず、ただ近隣物件の賃料が値上げされているようだから追随したいと要望するケースが、意外なほど多いのが実情です。

私もかつて、こちらの助言を受け入れず強硬に増額を要求するオーナーと深夜まで議論した経験があり、その際には何度も途中で投げ出そうと思いました。

しかし、最終的には空室や訴訟リスクの具体的な提示が決め手となり、ようやくオーナーの得心を得て、適正な着地点を見出すことができました。

私たちは、強硬に増額を要望するオーナーに対し、以下の4つの手法に基づき適正賃料を算出したうえで、適正性について助言する努力を惜しんではならないのです。

言われるがままに応じるようではプロフェッショナル失格と言わざるを得ません。

1. 差額配分法(不動産鑑定評価で用いられるもっとも一般的な手法)

現行賃料と、新規に募集する賃料との差額に着目し、その差額の一定割合を現行賃料に加算する方法です。

算定式:改定賃料=現行賃料+(新規募集賃料-現行賃料)✕配分率

※配分率は通常、1/2から1/3程度に設定します。これは、借主の「既得権」や「長期入居の貢献度」に考慮するためであり、裁判実務でも広く採用されている合理的な考え方です。

2. スライド法

直近合意時の賃料(もしくは予定賃料)に適切な物価変動率を乗じ、そこに必要諸経費(公租公課が主体)を加算する方法です。

企業物価指数、不動産価格指数などを組み合わせて算出するため、客観的な説得力を有します。

算定式:改定賃料=直近合意時の純賃料✕物価変動率+必要諸経費等

※純賃料とは、直近合意時あるいは予定賃料から必要経費を差し引いた純粋な対価部分を指します。

3. 利回り法

主に不動産鑑定で賃料を求める際に使用される計算法で、物件の価格(基礎価格)に、継続賃料として適切な期待利回りを乗じ、そこに公租公課、修繕費、管理費などの必要諸経費を加算して算出します。

投資の知見に長けたオーナーに対し、ROI(投資収益率)の観点から説明する際に極めて有効です。

算定式:改定賃料=基礎価格✕賃料利回り+必要経費等

4. 賃貸事例比較法

売買価格の算定で利用される「取引事例比較法」の賃貸版で、近傍同種の賃料事例を収集し、個別要因(公共交通機関までの距離、生活至便性、築年数、設備等)による補正を行い適正賃料を算出します。

算定式:改定賃料=事例賃料✕個別要因補正率

市場感を反映できるため裁判実務でも重視される一方、個別要因の抽出や減算に主観が入りやすいため、評価基準の透明性が不可欠です。

強硬なオーナーと対峙する際に必要なコンサルティングスキル

市場性を度外視した賃料増額を迫るオーナーは、短期的な収益性にのみ固執する傾向が見受けられ、増額の根拠に論理性はなく、単なる噂話を根拠としている場合も少なくありません。

そのようなオーナーを理詰めで説得しようとすれば、感情的に反応されてしまいます。

とはいえ、明確な根拠も提示せず「無理です」などと拒絶すれば、管理委託契約自体が消滅(解約)することでしょう。

法廷ならいざしらず、実務の現場においては法理屈で太刀打ちできません。

特に古参の賃貸オーナーは経験則に基づく相応の知見を有しているため、そこに感情論が伴えば説得も容易ではありません。

そのため、不動産のプロフェッショナルとしては「リスクの可視化」と「代替案」を提示することで、オーナーの視座を「目先のキャッシュ」から「資産価値の長期安定」へと導くと同時に、相手の心情を慮りながら得心してもらうスキルが必要となるのです。

1. 空室損失(バカンシー・リスク)のシミュレーション

無理な増額請求により退去が多発した場合の「損失額」を具体的に算出します。

●空室期間の賃料喪失:次の入居者が決まるまでの期間(通常3~6ヶ月)の賃料喪失

●新規募集コスト:原状回復費、ハウスクリーニング費用、媒介手数料および広告費など

話法(例):「1万円の増額を強行した結果、仮に4件の退去が発生した場合、この損失を取り戻すまでに3年かかる計算となります。空室期間が長期化すれば、損失はさらに増大します。これを賢明な投資判断だと言えるのでしょうか?」

2. 訴訟・調停コストの提示

借主が増額を拒否した場合、司法判断に委ねる際に発生する具体的なコストを提示します。

●不動産鑑定士費用:物件規模にもよりますが、一般的には30~70万円程度の費用を想定する必要があります。

●法的コスト:弁護士費用に加え、解決に要する時間的コストが発生します。

さらに、借地借家法32条の規定に基づき、増額を正当とする裁判が確定するまで借主は、「自身が相当と認める額」を支払えば足りるという法制度の仕組みを説明します。

さらに、「判決で得られる利益」と「訴訟コスト」の逆転現象についても言及し、同時に不動産価格の下落局面では借主から減額請求がなされる「双方向の権利」である点についても説明しておくべきでしょう。

借主とのコンフリクト・マネジメント(実務編)

賃料を増額する際、事前に借主から了解を得る法的な義務はありませんが、唐突に書面を送りつける行為がトラブルを招いている事実は看過できません。

実務においては、以下のプロセスを踏むことで無用な紛争を回避し「正当な増額」を実現できる最短のルートになります。

1. 予告と対話の重要性

遅くとも書面を送付する1ヶ月前、あるいは更新時期の半年前から「相談」の形を取ります。

その際には、「オーナー様より、昨今の修繕コストの上昇や租税公課の増大に伴い、賃料の見直しについての相談をいただいております。

弊社としては、急激な皆様の負担増にならぬよう調整を試みている次第ですが……」と説明します。

このように、管理会社が借主の味方(緩衝材)としての役割を担ってくれているという姿勢を示すことで、借主の心理的な抵抗感を和らげ、心づもりを促すことができます。

2. 増額通知文書に記載する「文言」の極意

「○月から〇〇円値上げします」という一方的な通告ではなく、「賃料改定のお願い(協議の申し入れ)」という形式を採用します。

●具体的な理由の明記:「公租公課の増大」「大規模修繕の実施」「近隣類似物件との乖離」等の理由を具体的な数値と共に提示します。

●猶予期間の設定:「書面到達より3ヶ月後の◯月分賃料より適用」など、借主が家計の再考や転居を検討できる熟慮期間を設けます。

3. ケーススタディ:段階的増額(ステップアップ方式)の提案

一度に大幅な増額が難しい場合には、「ステップアップ方式」を提案します。

事例:現行10万円の賃料を、最終目標12万円に改定したい場合。

●1年目:10万5千円(月額5千円の増額)
●2年目:11万5千円(月額1万円の増額)
●3年目:12万円(目標達成)

この方式は、増額の達成まで3年の期間を要するものの、一気に増額を決行した際に生じる退去や訴訟リスクを最小限に抑えつつ、最終的なオーナーの希望(利回り改善)を達成する方法です。

借主にとっても「急激な支出増」を避け、生活設計を見直す猶予が生まれます。

当事者双方の「合意」を優先した、極めて実現性の高い実務上の提案です。

まとめ

私たち不動産の実務家は、単なる「集金代行業者」でもオーナーの言いなりになる「使い走り」でもありません。

市場の健全性に寄与すると同時に、貸主・借主双方が納得する「均衡点」を見出し、それを提案することでWIN・WINの関係性を構築する存在です。

借地借家法が規定する「賃料増減請求権」という権利は、強力であるがゆえに無分別に行使されてはなりません。

正しく運用すれば物件価値を維持する盾となりますが、誤った権利行使を伴えばオーナー自身の首を絞める結果になりかねないのです。

私たち不動産のプロフェッショナルには、「社会通念上、無理のある行為」と懸念される場合、専門性を駆使してオーナーを導く責務があります。

賃貸管理の委託者と受託者の関係性は双務契約に基づくものであり、報酬を支払う側が常に「上」という性質のものではありません。

想定されるトラブルを未然に防ぎ、長期的な信頼関係を築く、これこそが不動産管理の真髄と言えるでしょう。

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