【責任を問われる時代の新常識】住宅性能が招く健康被害と資産価値の毀損

厚生労働省の人口動態統計(令和5年)によると、高齢者の浴槽内における不慮の溺死及び溺水の死亡者数は6,541人に達し、同年代の交通事故死亡者数2,116人のおよそ3倍という、極めて深刻な状態とされています。

この悲劇の主因は、温度差に伴う血圧の急激な変動、いわゆる「ヒートショック」によるものです。

暖房によって温められた室内から冷え込んだ脱衣所へ移動し、服を脱いで体を洗い浴槽に浸かる。

この過程で寒冷刺激により収縮した血管が、加温によって一気に拡張します。

この時、血圧は急激に低下し、脳への血流が一時的に阻害される「脳貧血」の状態に陥ります。この意識消失が浴槽内での溺水を招くのです。

浴槽,事故

私たち不動産のプロフェッショナルは、この問題を個人の注意力や運命論で片付けてはなりません。

防止策としては「入浴前に脱衣所や浴室を暖めておく」「湯温を下げる」「浴槽から急に立ち上がらない」などの行動変容が推奨されているものの、問題の本質を解消しリスクを最小限に抑えるならば「住宅内で寒暖差を生じさせない性能」の確保、言い換えれば、住宅の断熱性能向上と適切な換気・空調設計による温度のバリアフリー化が必須です。

不動産実務において、住宅性能に関する説明や断熱改修工事の提案は、「光熱費削減」という経済的メリットに偏りがちです。

しかし、それは性能によって享受できるメリットの一側面に過ぎません。

その真価は、居住者の健康被害を未然に防ぐ「生命維持装置」として機能する点にあるのです。

本稿では、住宅性能の低さが居住者に及ぼす多角的な影響を詳述することで、プロフェッショナルとして真に提供すべき視点について検証します。

断熱欠損が招く「負の連鎖」

住宅性能が劣ることで懸念される健康被害には、ヒートショック以外にも次のようなものがあります。

血圧の乱高下と循環器疾患

住宅内に10℃以上の寒暖差が生じるエリアが存在することによって、ヒートショックの危険性が格段に高まることは、多くの研究によって示されています。

さらに、寒暖差による血圧の乱高下は血管内皮にダメージを与え、高血圧、不整脈、脳梗塞、脳出血を誘発すると言われています。

特に冬季の朝方、リビングへ移動した際の温度変化は「モーニング・サージ(早朝高血圧)」を助長し、標的臓器障害や心血管イベントのリスクを増大させるなど、血管事故の引き金となります。

呼吸器疾患の誘発とアレルゲン

断熱性能が脆弱であれば「結露」の発生を防止できません。

筆者が暮らす北海道では、結露が凍結して冬季に窓が開閉できない建物が多数存在しています。

結露水はサッシ周りや床に付着してカビを発生させ、それを餌とするダニの糞や死骸はアレルゲンとなり、喘息やアトピー性皮膚炎を悪化させる要因となります。

また、住宅の構造体や断熱材を腐食・劣化させるなど、住宅の耐久性に悪影響を及ぼす危険性もあるのです。

また、住宅の性能が高くても適切な換気を行わなければ結露を防止できません。

そのため、第1種、第2種、第3種換気の違いを正確に理解すると同時に、住宅性能に応じた必要な換気量について説明するだけの知見が求められます。

第1種、第2種、第3種換気の違い

建築基準法では、通常の生活における二酸化炭素などによる環境の悪化を防止し、適切な住環境を維持するために開口部を設ける、あるいは換気設備を設けることが義務付けられています。

一般的には換気回数0.5回/h、つまり2時間で建物内の空気を全て入れ替えることが推奨されているものの、開口部を設けることや自然換気ではこの回数をクリアできず、機械式の場合でも適切に稼働しなければ効果を発揮できないケースもあります。

住宅,換気設備

結露防止のみならず、快適な室内空気環境の維持やシックハウス防止を防止するために換気は非常に重要ですが、既存住宅の引き渡し時において適切に説明されているケースは多くありません。

売主自身が理解していないケースも多いため致し方がない部分もありますが、それを補うのが媒介業者の責務と言えるでしょう。

夜間頻尿と睡眠の質

睡眠は、健康増進やその維持に不可欠とされる人間の休養活動です。

睡眠の質は、心血管、脳血管、代謝、内分泌、免疫、認知機能、精神健康の増進・維持に重要とされ、質が低下することで前述した疾患の発症リスクが増加し、寿命短縮リスクが高まると報告されています。

良い睡眠は、睡眠時間の確保と良質性の担保が重要とされていますが、生活習慣や嗜好品の摂取、睡眠環境によっても左右されます。

高気密・高断熱の住宅は、外部からの騒音を減らすと同時に快適な室内環境を提供してくれます。

また、寝室が寒いと交感神経を刺激して、睡眠が浅くなるだけでなく、抗利尿ホルモンの分泌に影響して夜間の排尿回数を増加させます。

特に高齢者の場合には、暗がりの移動中に転倒し、それが原因で大腿骨を骨折し、寝たきり状態へと繋がるリスクが高いことも念頭に置く必要があるでしょう。

日本は、断熱後進国であることを理解する

欧米諸国では、賃貸・売買を問わず「エネルギー性能証明書(EPC)」の提示を義務化しており、性能が低い物件は断熱改修工事を実施しない限り市場に出せない、あるいは賃料を引き下げざるを得ない仕組みが構築されています。

例えばイギリスの場合、EPCで提供が義務付けられている情報は、現在の日本と比較して非常に充実しています。

1. 3年間の推定光熱費と改修実施後の節約額

3年間の推定光熱費と改修実施後の節約額

2. エネルギーランクの可視化と改修実施後のランク

エネルギーランクの可視化と改修実施後のランク

3. 改修の推奨と費用、想定される光熱費の節約額

改修の推奨と費用、想定される光熱費の節約額

4. 部位ごとの状況とエネルギー効率ランク

部位ごとの状況とエネルギー効率ランク

5. 改修費用を節約光熱費で賄う制度の紹介

改修費用を節約光熱費で賄う制度の紹介

これに対して日本は、省エネ性能ラベルの提示そのものが任意、あるいは努力義務に近い状態です。

建築物省エネ法に基づく省エネラベル

さらに、2025年から義務化された「省エネ基準」も、外皮平均熱還流率(UA値)は寒冷地で0.4W/㎡以下、東京や大阪で0.6W/㎡以下と、断熱先進国であるドイツや英国で求められる水準と比較すれば、依然として大きな遅れをとっています。

外皮平均熱還流率

私たち不動産業者は、「日本の基準を満たしているから安心」とするのではなく、「世界基準との比較では未だ劣っている」ことを自覚して、危機感を持つと同時に顧客に対し適切に説明する必要があるのです。

「性能」を査定する時代の到来と市場の二局化

省エネ基準の適合義務化を皮切りに、消費者意識は劇的に変化しています。

令和6年の住宅市場動向調査でも、既存住宅を選択しなかった理由を「耐震性や断熱性など品質が低そうだから」と回答した世帯が37.7%(前年度31.5%)に達するなど、意識の変化が数値に表れています。

建築費の高騰により新築分譲価格は上昇し、それに伴い既存住宅の取引件数は増加しています。

しかし、購入価格で妥協を余儀なくされた世帯は性能面まで我慢したくないとの意識が高く、さらには税制面での差別化も加速しています。

令和8年度税制改正の大綱では、住宅ローン減税の延長・拡充が盛り込まれました。

それにより、既存住宅でも長期優良住宅や低炭素住宅、ZEH水準住宅であれば最大限の恩恵が受けられるように見直された一方、令和10年以降に建築確認申請を受ける省エネ基準適合住宅については適用対象外となる予定です。

つまり、現行の省エネ基準は最低限の性能であり、それ以下の性能しか有していない住宅は論外との考えが、政府にはあるのです。

省エネ基準,長期優良住宅,低炭素住宅,ZEH水準住宅

つまり性能の低い住宅は、既存住宅市場における競争力を損なう可能性があるということです。

私たちは、査定時において住宅性能に関する評価を適切に反映させる必要に迫られているのです。

そして、さらなる差別化を標榜するのであれば、売買実務においては少なくとも以下の3点に関する情報を購入検討者に提示し、適切に説明する必要があるでしょう。

  1. 税制面と出口戦略の最適化
    住宅ローン減税の借入限度額だけでなく、既存住宅のリフォームに係る特例措置を網羅的に把握し、説明する必要があります。
    また、再販時における優位性を説き、初期投資の回収可能性(キャピタルゲインへの寄与)を論理的に説明しなければなりません。
  2. 健康余命の延伸とノンエネルギーベネフィット(NEB)
    高断熱住宅への入居が、結果として医療費や介護費の抑制に繋がるというLCC(ライフサイクルコスト)の説明が必要です。
    さらに、冷暖房光熱費以外、例えば結露掃除からの解放、静粛性の向上、家族の健康維持といった「ノンエネルギーベネフィット」を、具体的なストーリーとして顧客に伝えることも重要です。
  3. 資産価値の保全と将来リスクの回避
    数十年後に「既存不適格」に近い時代遅れの性能とならないよう、先回りしてZEH水準以上、さらにはHEAT20のG2レベル以上を推奨する姿勢が必要です。
    G2水準で求められる外皮平均還流率
    そのためには、既存住宅が有する性能についての説明はもとより、必要な性能を有していない場合はどのような工事が必要か、時に概算工事費用にまで言及し、冷暖房光熱費の削減だけでなく、健康寿命の延長にどれだけ影響するかについても適切に説明する責任があるのです。

まとめ

不動産業の本質は、単なる「ハコ」を媒介することではありません。

その空間で営まれる顧客の人生を守り、豊かさに寄与することで本懐を遂げられるのです。

住宅性能の低さが居住者の健康を損ない、時に生命を奪う原因となる事実は、裏を返せば私たちの適切なアドバイス一つで救える命があるということです。

「住宅に性能を求めるのは贅沢ではない」

この認識を業界全体で共有し、顧客の生命と財産を守るのが真のプロフェッショナルであると自覚し、住宅性能の向上を強く推進していく姿勢が求められているのです。

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