【エビデンスで担保される新時代】既存住宅市場のパラダイム・シフト戦略

住宅性能が厳格に問われるようになった現代の既存住宅市場において、物件がどのようなスペックを有し、建築後にどのような「点検、修繕、リフォーム」を経てきたかという記録、いわゆる住宅履歴情報は、単なる事務資料の域を超えて、資産価値を決定づける「エビデンス」へと昇華しています。

これらの情報は、再販時における成約価格への寄与のみならず、取引の透明性を担保し、買主の不安を払拭する極めて貴重な情報資産です。

住宅履歴情報の活用メリットは多岐にわたります。

  1. 戦略的な維持管理
    住宅の建て方や仕様、建築時から有している性能、さらには過去の点検結果や実施したリフォームの内容を開示することで、購入検討者は将来的な修繕リスクを予見したうえで判断を下せるようになります。
    また、所有者自身が点検結果等を把握することで、予防保全を可能にするといったメリットもあります。
  2. 不具合発生時:設備仕様を正確に把握することで、トラブル発生時のダウンタイムを最小化できます。
  3. リフォームの最適化:図面と修繕記録に基づくことで、コストの無駄を防ぎ、効率的かつ的確なリフォーム工事を計画できるようになります。
  4. 出口戦略(売却)の最大化:性能やリフォームの記録、点検結果などを可視化することで、建物価値を正当に評価できるようになり、スムーズな高値売却を実現できます。

これら「三方良し」の仕組みを推進しているのが「一般社団法人 住宅履歴情報蓄積・活用推進協議会(以降、協議会と記載)」であり、協議会が運営する「いえかるて」です。

しかし、協議会の発足は平成22年5月、執筆時点から数えて15年前のことですが、2024年度下半期時点における共通IDの累積発行件数は173,655件にとどまっています。

さらに、総務省の「住宅・土地統計調査(2023年の調査結果」による住宅ストック数約6504万7千戸に対し、その普及率はわずか0.27%と低迷しています。

また、直近の事業報告ではロゴマークの使用登録申請が0件という、総じて目を覆いたくなるような停滞期にあるのです。

住宅標準識別番号,発行件数

協議会は全国で唯一となる住宅標準識別番号(住宅共通ID)の発行権限を有する団体となっていますが、その会員数は2025年3月31日時点で正会員38機関、特別会員6者、賛助会員7団体、情報会員7団体となっており、平成31年に「いえかるての取り組みと今後の課題」と題して協議された時点から減少しているのが実態です。

住宅標準識別番号,会員数

住宅性能や修繕履歴、つまるところ住宅の「質」が重視される時代背景にありながら、なぜこれほどまでに普及が進まないのか。

本稿では、住宅履歴情報の蓄積を阻害する構造的要因を解剖し、私たち不動産業者が既存住宅市場の活性化を促すためいかに振る舞うべきかを検証します。

住宅履歴情報の蓄積を阻害する「構造的要因」の解剖

顔見知りの同業他社に「いえかるて」を知っているかと質問すれば、おそらくは「知らない」、もしくは「聞いたことはあるけど興味ない」と回答されるでしょう。

不動産のプロフェッショナルですらこの状態ですから、一般消費者の認知度は推して知るべしです。

また、業界内でも「『いえかるて』は新築物件しか登録できない」との誤解が散見されます。

しかし、実際には新築時に登録していない既存住宅や分譲・賃貸マンション、店舗、アパートであっても、住宅長期支援センターなどを経由して所有者自ら申請することが可能です(※不動産事業者等が代理申請を行う場合は、原則として会員登録が必要となります)。

結局のところ、普及停滞の最大要因は制度に対する認知不足であり、日本の既存住宅市場における最大の課題である「情報の不連続性」が表出した結果なのです。

既存住宅の取引件数が日本よりはるかに多い諸外国でも同様に抱えている課題ではありますが、日本と比較すれば仕組として定着しています。

例えば、イギリスではかつて既存住宅取引の効率化と透明性向上を目的に、HIP (Home Information Pack) と呼ばれる情報書類一式の提供が義務化されていましたが、費用負担の大きさや影響が批判され、現在では廃止されています。

しかし、現在でもHIPの一部であったエネルギー性能証明書の提供は義務とされています。

アメリカでは、日本の契約不適合責任に該当する法律上の規定はありませんが、多くの州で情報開示義務が定められています。

また、義務付けされてはいませんが、およそ8割以上の買主が自らの費用でインスペクションを実施する市場慣習が醸成されています。

既存住宅の取引件数,日本,アメリカ,イギリス

このように、諸外国でも苦慮している既存住宅の情報蓄積を阻害する要因は、主に以下の3点に集約されます。

1. 長期的なベネフィットと短期的なコストの乖離

住宅履歴の蓄積には、図面の電子化や点検データの登録といった「現在進行形の手間とコスト」が発生します。

住宅履歴,新築時,メンテナンスリフォーム時,売買時

新築住宅であれば、ハウスメーカー等が入力作業を代理してくれるでしょう。

しかし、再販時における入力作業等は、新所有者が自ら行う必要が生じます。

販売・建築業者等に引き継いでもらえる可能性はありますが、多くの場合は有償となるでしょう。

適切に情報の入力が積み重ねられてこそ、住宅履歴情報は真価を発揮します。

しかし、未来の「かもしれない」価値向上のため、今この瞬間にコストを支払う動機づけが決定的に不足します。

このため、再販時には情報の蓄積が断絶される可能性があるのです。

2. 業界間のセクショナリズムと「情報の鎖」の断絶

住宅のライフサイクルには、ハウスメーカー、工務店、リフォーム業者、管理会社、そして媒介業者と、多くのプレーヤーが介在します。

いずれの業者も自社専用の顧客管理システムや独自の報告書フォーマットを使用していることが多く、一気通貫した「住宅カルテ」は形成されません。

「いえかるて」は、発行されたID・パスワードを利用すれば再販後も継続して情報が入力できるシステムではありますが、新たな所有者はもとより、事業者の連携と理解なしでは成立しづらいといったデメリットがあるのです。

3. 査定実務における評価体系の未整備

住宅履歴が蓄積された住宅に対する査定時において、媒介業者が果たす役割は重大です。履歴情報の有無をどのように反映するかについて客観的な算定基準が定まっていないため、査定者の経験と知見、洞察力によって大きく左右されるからです。

インスペクションの有無は注目されますが、その前段階である「履歴の蓄積」に対して媒介業者が正当なプレミアム(価格の上乗せ)を提示できないケースがよく見受けられます。

その結果、購入検討者も判断材料として重視せず、所有者の履歴蓄積に対する作業意欲を減退させるのです。

忘れてはならない新築業界の本音

普及率0.27%という驚愕の低水準は、住宅産業が長年抱えてきた「情報の非対称性」と「分断された商習慣」の結果という側面もあります。

大手ハウスメーカーや規模の大きな工務店の多くは独自の顧客管理システムを構築しており、定期点検やリフォームの履歴を自社で蓄積しています。

しかし、これらの情報は自社が建築した物件に責任を持つという目的以上に、「囲い込み」のツールとして機能しています。

実際、品確法(住宅の品質確保の促進等に関する法律)で義務付けられている10年を大きく超え、20年、30年といった長期保証を行っている業者の多くは、その適用条件を自社による定期点検やメンテナンス工事を行うこととしています。

このため、「いえかるて」のようなオープン・プラットフォームへの情報提供には消極的です。

このように、他社でリフォームされることを防ぎたいという「排他的経済圏」の論理が、住宅履歴の公共性を阻害しているのです。

また、再販物件の購入者はその直後から数年間は高いモチベーションで書類を管理しますが、10年、20年と経過するうちに意欲も減退し、設備の説明書や修繕関連の書類も散逸し始めます。

その場合、いざ売却の段階となって慌てても、書類をデジタル化して共通IDに紐づけるといった作業自体、極めてハードルが高くなってしまいます。

また、私たち媒介業者もスピードを重視するあまり、履歴情報の確認が疎かになるといった現実もあるでしょう。

また、履歴の精度をどの程度査定額に反映して良いかについても迷いが生じます。

結局のところ、誰が利益を得るかといったスキームが明確に確立されていないこと自体が、最大のボトルネックとなっているのです。

再定義すべき「媒介の価値」

前項までに論じた停滞状況を打破し、既存住宅市場を活性化させるためには、私たち媒介業者が単なる「マッチングの仲介者」から「資産価値のプロデューサー」へと脱皮しなければなりません。

●「情報の欠如」はリスクであるという認識を共有する

私達が顧客に伝えるべきは、履歴情報の蓄積によるメリットだけではありません。

「情報の欠如がいかにリスクを招くか」について、冷静に説く必要があるのです。

図面や修繕履歴がない物件は、インスペクションを実施した際に不利な評価を受ける可能性が懸念されます。

さらに、リフォーム時に想定外の追加費用が発生する可能性も高まるのです。

このような実例を説明し、啓蒙する必要が私たちにはあるのです。

●住宅共通ID(いえかるて)の戦略的活用

協議会が発行する住宅共通IDは、住宅の「戸籍」とも呼べるインフラです。

特定の企業に依存しない、各々の住宅に唯一発行されるIDを利用することで、所有者が変更したり、事業者が廃業したりしても、住宅履歴情報を引き継げるポータビリティ(連携性)を確保できます。

したがって、媒介業者は「いえかるて」に登録された住宅を取引する際には、確実にIDを引き継ぎ、かつ売買を含めたそれ以降の履歴が確実に入力されるように促す配慮が求められるのです。

これを標準的なフローに組み込むことが、プロフェッショナルとしての第一歩となるでしょう。

市場活性化のために必要な具体的アクションプラン

「いえかるて」に登録された物件を扱う際、具体的にどのような行動をすべきか以下3つのフェーズで展開します。

フェーズ1:受任・募集段階での「履歴書の作成」

査定依頼を受任する際、遅くとも媒介契約を締結するまでには住宅履歴情報の内容を精査します。

情報が不足、あるいは散逸していると思慮される場合には、所有者と共に図面や履歴情報を整理し、デジタル・アーカイブ化を支援します。

これを「単なる事務作業」とは捉えず、市場に対する優位性の確保や、売却価格を最大化するための「磨き上げ」と定義します。

フェーズ2:販売活動時における「武器化」

ポータルサイトやチラシにおいて、「いえかるて」登録物件である旨を明確に打ち出し、加えて制度についての説明を補足することで検討期間の短縮と成約率の向上に期待できます。

また、所有者の了解を得たうえで、購入検討者が希望する情報を提示することもできます。

フェーズ3:アフターフォローで「ストックの価値」を維持する

私たち媒介業者は、取引が成立して終わりという従来の既成概念を捨て、長期的視点で物件を引き渡した以降も、共通IDによる履歴の継続蓄積を促す、あるいはサポートする配慮が望まれます。

定期的な点検やメンテナンス時期をリマインドするだけでも、リフォーム相談や将来的な再売却(リピート受託)に繋げる「循環型ビジネスモデル」を構築できるのです。

まとめ

住宅履歴情報の蓄積や引き継ぎは、単なるデータ管理の作業ではありません。

その家に住むご家族の「安心」を醸成し、さらにはバトンタッチすることであり、ひいては日本の住生活水準を底上げするための社会的投資とさえ言えるのです。

共通ID普及率0.27%という数字は、現状における課題の深刻さを示していると同時に、私たち媒介業者が自ら開拓することで「ブルーオーシャン」が広がっていることを意味しています。

ロゴマークの使用登録が0件という事実を、単純に「いえかるて」の登録は意味がないと片付けるのではなく、私たちが先駆者となって価値を再定義することで、市場をリードするチャンスと捉えることができるのです。

住宅の「質」が評価される時代において、情報を隠さず、繋ぎ、磨き上げる。

その誠実な姿勢こそが、これからの既存住宅市場において顧客から選ばれる媒介業者の条件となっていくでしょう。

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