媒介依頼を受けて不動産調査を行う場合、地積測量図をもとに境界の位置、併せて隣家から越境が生じていないかなどの確認は基本です。
また根拠になる地積測量図が存在しない場合には、後日の紛争を回避するため地籍更正登記は必須です(申し合わせにより公簿取引とする場合には、地籍更正登記を行わないケースもありますが)
ところが、仲介業者が関与しているにもかかわらず境界問題に関してのトラブルが少なくありません。
筆者は時折、不動産新人研修を実施していますが、境界に関しての説明をすると驚くほど知識が不足していると感じます(新人とはいえ、すでに現場に出ている子たちなのですが……)
たとえば「登記法改正前の、特に古い地積測量図は信用してはいけません。作成者により著しく復元性の低いものが存在し、またそれ以降の権利変動により所有権界が移動している可能性が高いからです」などと説明すると、「え、法務局に保管されている公的な図面なのに、なぜ信用してはいけないのですか?」と質問されます。
もっとも、この質問は新人なので致し方がないのでしょうが、研修内容を依頼会社の上席に報告すると、上席も「筆界と所有権界って何でしたっけ?」と質問してきます。
そのような質問を受けると、仲介業者が関与しているのに境界トラブルが減少しない理由の一端が分かるような気もしますが……。
権利関係に影響を及ぼし、大きなトラブルになりかねない境界に関する知識は、不動産業者であれば必ず理解しておかなければならない必須とも言える知識です。
今回は、境界に関しての法律知識についておさらいの意味も込めて解説します。
筆界と所有権界の違い
平成16年に不動産登記法が改正され、それ以降に作成されている地積測量図は境界点の復元性が高く、図面を信頼して境界確認することができます。
ですが、それ以前の地積測量図、とくに年代の古いものは作成者により著しく復元性の乏しいものがあり、地積測量図が存在しているからといって信用できるものではないのは冒頭で書いた通りです。
そもそもですが、土地には2種類の「境界」が存在しています。
冒頭で書いた「筆界と所有権界」です。
経験の長い不動産業者はこれらをまとめて「筆界」と言い表しますが、これは実際の取引において、筆界(公法上の境界)と所有権界は区別されないのが通常ですから、立ち合いを行い合意して埋設された境界標は、特別な事情が存在しない限り筆界と同等として扱われるからで、意味を知って使用しているのですから混同している訳ではありません。
境界を確認して合意したことを証する書面を、「筆界確認書」と表記されることがあるのはこのような理由からです。
ですから正しくは、公に定められた「筆」と、個人所有である「筆」の公法上の境界が「筆界」だと覚えておきましょう。
筆界は分筆や合筆など、登記手続きにより変更されない限り変更されることはありません。
それにたいして「所有権界」は、土地所有者の権利が及ぶ範囲を画する境界ですから、隣接する所有者間で自由に移動できます。
もっとも通常は「筆界」と「所有権界」は一致するのですが、土地の一部を譲り渡す、もしくは時効取得により所有権を取得した場合などにおいては一致しないケースがあります。
必ずしも境界標が存在する訳ではない理由
筆界は、古くは「旧土地付属台帳地図」、現在では地図に準ずる書面として公図を根拠とし公民の境界を明示しています。
新たな土地区画整理事業などの場合でも、換地処分により筆界が明示されます。
これらにより筆界は疑う余地なく境界として「正」であると推定できますが、それにたいして隣接土地所有者同士がお互いの所有権の範囲を示すのが所有権界としての境界です。
あくまでも自己が所有する敷地の権利、つまり自身の所有権が及ぶ範囲と隣地所有者の権利地との境が所有権界ですから、自己が所有する敷地が複数の「筆」に渡っても、必要がなければ境界標を埋設することはありません。
境界標の基本
境界設置に関しての原則論を解説しておきます。
2.境界標の保存費用は、相隣者が等しい割合で負担するものである。
3.境界上に設けられている境界標・囲壁・障壁・溝及び塀は、相隣者の共有に属するものと推定する。
このように推定できる根拠とされていますが、あくまでも推定ですから、登記法改正後の地籍更正登記によるものならいざ知らず、古い時代の境界標などの真偽は、境界確定合意に関する書類が存在して初めて効力を発揮します。
ですから、境界の中心に境界塀が設置されていると説明を受けて購入し、老朽化により塀が傾き隣地所有者に相談にいったところ隣地所有者が塀の構築に立ち会っていないと主張した場合などは、境界確定合意書の存在を証明できない限り、境界線の推定が成り立たないことになります。
境界確認の重要性
売主は決済までに現地にて境界を明示する義務を負っていますが、仲介業者は媒介契約締結前に現地調査を実施し、地積測量図や公図等を照らし合わせながら境界標が、図面どおりに埋設されているかを確認していなければなりません。
初心者が間違いやすいのは、境界標が埋設されているからその位置が境界であるという思い込みです。
違法ではありますが、境界標や杭が破損し、勝手に埋戻されている例はよくあることです。
新規の造成地など、復元性の高い地籍測量図が備えられている場合には信頼できますが、手書きの測量図に基づく古い境界標などは、その正誤について疑ってかかる必要があります。
地積測量図と突き合わせ、寸法等も確認し、所有者はもちろんのこと必要に応じて隣地所有者に確認し、初めて境界標等の埋設位置が境界であると推定できると理解しておきましょう。
上記により疑義が生じる場合には、地籍更正登記を検討するなど、費用面も含めて説明をしておく必要があります。
また、隣地所有者が地籍更正登記に応じてくれない場合には、裁判によらず筆界トラブルを解決する手段として平成18年から制度が始まっている「筆界特定制度」も覚えておきましょう。
筆界特定制度とは
土地所有者の申請に基づいて、筆界特定登記官が、民間の専門家である筆界調査委員会の意見を踏まえて、現地における筆界の位置を特定する制度です。
筆界特定には裁判(筆界特定訴訟)による方法もありますが、その場合には筆界を明らかにするための証拠書類は所有者が準備しなければなりません。
また、訴訟内容によっては弁護士費用も過大になる可能性もありますが、「筆界特定制度」の手数料は土地価格連動ですが、隣接地も含めた2筆の合計額が5,600万円だったとしても、¥9,600円程度です。
その他に測量費用等は必要ですが、裁判による労力と費用から考えても割安です。
また訴訟による筆界特定の判断は約2年と言われているのにたいし、「筆界特定制度」は半年~1年で判断が示されています(複雑な権利関係が絡む場合を除く)
また境界紛争の相手方が応じない場合でも、一方の所有者からのみで申請できます。
ただしこの制度は、行政による筆界の基準が示されるまでに留まりますから、所有権の範囲など、拘束力がないことには注意が必要です。
特定された筆界に不満がある場合などは、裁判(筆界特定訴訟)を提訴する必要がありますが、少なくても筆界については行政がその基準を示している訳ですから、裁判の証拠書類として使用できますので、無駄になることはありません。
まとめ
不動産境界トラブルは、珍しくもありません。
大切な財産である所有権の範囲に関して隣接する所有者の意見が食い違うのですから、当然でしょう。
越境や境界標の破損、相談に応じてくれない隣家についてなど、筆者にも頻繁に相談が寄せられます。
そのような相談においては事実関係を確認し、今回、紹介した「筆界特定制度」を紹介したり裁判(筆界特定訴訟)による場合が適切であると考えれば弁護士を紹介する、もしくは今回は解説していませんが、土地家屋調査士会ADRを推奨したりしています。
そのような判断ができるのも、ある程度、境界についての知識を有しているからであって、判断が及ばない案件は速やかに調査を実施するほか、専門士業に確認するようにしています。
判断を間違えると、すぐに大きなトラブルに発展する境界問題ですから、改正法も含め正しい知識を持つように注意しておきたいものです。