はじめに
不動産の現状や現在の所有者を知るために役立つ書類として登記簿があります。
物件の調査をする上で欠かせない書類ですが、前提として登記や登記簿に関する理解が乏しいと、そもそも何がどのように記載されている書類なのか理解できず、知りたい情報を把握することができません。
このように登記簿に関する理解が乏しいと、たとえば以下のような問いに答えることが難しいでしょう。
- 現在の登記名義人はだれか?住所はどこか?
→売却の相談者と実際の売主が必ずしも一致しているとは限りません。 - 差押、仮差押、仮登記、買戻権などの登記は入っていないか?
(根)抵当権設定登記、共同担保目録はあるか?
→売却活動の障害となる登記のため、売却段階で抹消することができるか、予め把握しておくことは必須です。
そして上記の問いに答えることができないと、以下のような不都合があります。
- 売却の相談者と実際の売主が異なる場合、登記簿のどこに売主の氏名住所がどこに記載されてあるのか分からないと、売主の情報が把握できない。
- 甲区乙区の違いを把握せず、差押や抵当権の有無などの確認が不十分だと、円滑な売却活動の妨げとなる。
この記事を読めば、上記の不都合を未然に防ぐことができ、以下のようなメリットがあります。
- 不動産登記制度の概略が分かる。
- 不動産登記簿の見方が分かる。
- 表題部と権利部の違いが分かる。
- 甲区乙区の違いが分かり、売却の妨げとなる差押や抵当権などの有無を判断できるようになる。
- 甲区乙区の権利関係の移り変わりを理解できるようになり、売主の資産背景や家庭事情を考慮した提案が可能となる。
- 売主からの相談内容と登記簿上の客観的な情報との食い違いを見抜けるようになる。
登記簿に関する知識を身に着け、見方を理解し、不動産売却の案件化につなげましょう。
第1章 不動産登記とは
不動産登記とは、国が管理する土地や建物の記録のようなものです。
その不動産が「どこに」あるのか、現在の所有者は「だれ」なのか、所在と権利関係を、登記によって国が管理することで、不動産取引を滞りなく進めることができます。
一般的には登記には以下の効力があります。
実務で説明することはありませんので、覚える必要はありませんが、不動産登記を理解するうえで押さえておくべき事柄です。
- 対抗力
→権利者が不動産に関する権利の変動を第三者に対して主張することのできる効力。 - 権利推定力
→登記記録上の名義人(現所有者)は登記上だけでなく実体上もその権利者であると事実上の推定を受ける効力。 - 形式的確定力
→その登記が存在する限り実際にその登記が無効か有効か問わず、形式上はその登記を無視した手続きは許されないとする効力
要するに、不動産登記をしていれば、自分がその不動産を所有していることを国に認めてもらうことになり、その事実をだれにでも主張することができます。
目に見えない権利の移り変わりを登記に反映させることで、不動産取引の安全性が担保されているといえます。
第2章 登記簿とは
1.登記簿の概略
登記簿は「表題部」「権利部(甲区・乙区)」「共同担保目録」から構成されており、土地と建物は別々に編成されています。
①表題部、②権利部、③共同担保目録、の順番で記載されていますが、不動産によっては、表題部しかないもの、共同担保目録は存在しないものもあります。
土地の登記簿謄本 引用元 法務省 様式例:土地1
建物の登記簿謄本 引用元 法務省 様式例:建物2
登記簿には主に以下の項目が記載されています。
土地:所在、地番、地目、地積、原因及びその日付(登記の日付)
建物:(主である建物の表示)
所在、家屋番号、種類、構造、床面積、原因及びその日付(登記の日付)
(附属建物の表示)符号、種類、構造、床面積、原因及びその日付(登記の日付)
※附属建物がない不動産には記載がありません。
土地建物共通
甲区、乙区、共同担保目録
2.登記簿謄本と登記事項証明書の違い
登記簿の内容を書類化したものを登記簿謄本といいますが、法務局や書籍、ネット上では「登記事項証明書」という名称も使用されています。
登記簿謄本と名称は異なりますが、内容は同じものです。簡単に違いをまとめますと、
登記事項証明書→紙媒体のものがオンラインでデータ化されたもの
古くから登記簿謄本という名称が定着していたため、登記事項証明書に名称が変わった現在でも登記簿謄本という名称が広く使われています。
以下、本記事では「登記簿謄本」と統一します。
第3章 登記簿の見方
表題部の見方
土地の登記簿表題部
建物登記簿表題部
表題部とは不動産の表示に関する事項を記録した項目です。
表題部を見ることで、その不動産の現時点での地番、地目、面積などの物理的現況を知ることができます。
土地の場合、分筆や合筆が繰り返されていれば、その土地の過去の地番、面積も記録されています。建物も同様に新築年月日や増築、取壊しといった履歴が記録されます。
以下、具体的な中身について解説します。
①所在
その不動産の住所です。都道府県名は省略されています。
②地番
土地一筆ごとに割り振られており、法務局が定めた土地の場所を示した番号のことです。
③地目・種類
地目はその土地の、種類はその建物の利用用途・使用状況を表しています。不動産登記規則に詳細が定められていますが、物件調査でよく見かけるものとして、
種類→居宅、店舗、共同住宅、物置、倉庫など
があります。
地目が畑、田の土地は宅地や山林などその他の土地と同じように売買できません。
なぜなら、これらの土地の所有権を移転する(売買する)場合、農業委員会または都道府県知事の許可が必要と農地法で定められているからです。
土地の売却は必ずしも住宅用地に限りません。農地の売買を希望する場合、上記許可の申請が必要で、許可のない売買は無効となります。
そこで、売却相談時にどのような土地を売却希望するのかヒアリングしておくべきです。
④地積・床面積
地積は、その土地に関する現在の面積のことです。
床面積はその名のとおり建物内部の床面積を指します。
なお、土地について、分筆や合筆がされると、面積の移り変わりも記録されます。
合筆→複数の土地を登記上一筆の土地にまとめること。
⑤原因及びその日付(登記の日付)
ある登記をした原因とその登記をした日付が記録されます。
代表的なものに分筆・合筆、地目変更、新築、増築があります。
なお、分筆・合筆の場合は原因及び日付は記載されません。
物理的に土地を切り分けたり合体するわけではないためです。
⑥家屋番号
建物一棟ごとに割り振られており、法務局が定めた建物の場所を示した番号のことです。
⑦構造
その建物の構成材料や屋根の種類及び階数の記録です。
見本の謄本は、木造(構成材料)の平屋(階数)で、かわらぶき(屋根の種類)の建物であることが分かります。
※附属建物がある場合は(附属建物の表示)のように登記されています。
附属建物とは物置や倉庫といった、母屋(主である建物)とは別途建築されている建物で、母屋と一体となって利用される建物のことです。
主である建物と附属建物は主従関係にあり、後に説明する権利部での権利関係の移り変わりは主従一体のものとして登記記録上反映されます。
※区分建物の表題部 引用元 法務省 様式例:3建物(区分)
通常の建物にはない特徴のみ説明します。
①表題部(一等の建物の表示)
所在のほか、建物の名称という項目があります。
区分建物はいわゆる分譲マンションのことですので、一棟の建物としてのマンション名がここで表示されます。
②表題部(敷地権の目的である土地の表示)
マンションの敷地となっている土地の所在や地番などが表示されます。
原則として登記簿は、土地・建物、別々に編成されますが、例外的に区分建物は敷地(土地)と部屋(建物)の登記が一体となって登記されています。
なお、さらにその例外として敷地権のない区分建物につきましては、原則通り敷地、部屋の登記は別々に編成されています。
権利部の見方
不動産の所有権がだれにあるのか、抵当権などの担保物件が設定されているのかどうか、といった不動産に関する権利関係の移り変わりが記録される項目を権利部といいます。
権利部は甲区、乙区に分けて構成されます。
甲区(所有権に関する事項)
乙区(所有権以外の権利に関する事項)
- 順位番号→登記が申請された順番
- 登記の目的→申請された登記の種類
例:所有権移転、所有権保存、登記名義人表示変更 - 受付年月日→登記を申請して法務局に受付された日付
受付番号→法務局が登記申請を受付された際に割り振る処理番号 - 権利者その他の事項→甲区の場合、所有者の氏名住所、所有権移転の場合は売買日付や贈与日付など移転のきっかけ(原因)及び日付
乙区の場合、登記原因及び日付、権利者のほか、例えば抵当権の場合は債権額、債務者、利息、損害金が登記されます。
登記される権利によって内容が変わります。
甲区には不動産の所有者の移り変わりが記録されます。
現在の所有者はもちろん、過去にだれがその不動産を所有していたかどうかも知ることが可能です。
その不動産について初めて所有者となった人が最初にする権利部の登記を所有権保存登記といいます。
上記の見本によれば河野太郎が平成20年10月15日に所有権保存登記を申請しています。その後、平成20年10月27日に甲野太郎から法務五郎へ所有権を移す登記(所有権移転登記)がなされています。
受付年月日とはその登記を申請した日付で、受付番号とはその登記が法務局に受理されたときに法務局が割り振る処理番号のことです。
もし、法務五郎が登記簿上の住所から別の住所に移っていたら、住所変更登記をすることになります。
注意すべきは住所を移す際に、住民票の移動を役所で申請するように、住所変更登記も自分でしなければならないということです。
そして以下の登記は物件調査の段階で見過ごすことはできない重要な事項です。
差押、仮差押、仮処分
差押とは、その不動産を自由に処分することを制限する制度です。
差押の登記は次の3種類があります。
- 担保権の実行による競売のための差押
- 強制執行の実行による競売のための差押
- 滞納処分に基づく公売のための差押
詳細は割愛しますが、競売や公売は裁判所主導の売却手続きになりますので、時間がかかります。
その間に所有者が勝手に不動産を処分できないようにする登記が差押の登記です。
仮差押は、金銭債権(貸したお金を請求することのできる権利)を保全するため勝訴判決を得る前段階で、後の強制執行実現までの間、債務者(お金を借りた人)の財産の処分を防ぐ手段です。
仮処分は仮差押と同じように事前の財産処分防止手段です。
仮差押は金銭債権以外の請求権については活用できないので、不動産の権利関係について争いがあるような場合に仮処分が利用できます。
たとえば売主が買主への所有権移転登記に応じない場合、所有権移転登記を実現するための訴訟を提起することがあります。
訴訟は通常時間がかかりますので、訴訟が終了する前に売主が第三者へ所有権移転登記をしてしまう可能性もあるのです。
そのような財産隠し行為を未然に防ぐために役立つのが仮処分の登記です。
上記3種類の登記はまとめて「処分の制限に関する登記」と呼ばれています。
これらの登記が残っていると不動産の処分が制限・禁止されていますので、仮にこれらを見過ごして売買されたとしても、後に強制執行や担保権の実行等により売買が覆されることになります。
すなわち、せっかくお金を支払って不動産を手に入れたのに不動産を手放さないといけない、という事態になるわけです。
これらの登記がされている不動産を売買するときは、売買代金や手持ち資金をもって返済等により、通常売買時に同時抹消します。
売却相談において売主からのヒアリングでは差押とか滞納とか、どちらかというとマイナスの情報となるので、うまく聞き出すことは難しいかもしれません。
ですが、謄本を取得して差押などの登記がされているということを発見できれば、売主の資産背景や家庭事情を予測することはできますし、売主の実情に沿った売却案の提示が可能です。
買戻特約
売買契約と同時になされるもので、買主が支払った売買代金及び契約の費用を買主に返すことにより、その売買を解除できる特約です。
最長10年、何も定めなければ5年という期間内に買戻すことができます。
買主が本来の利用用途を逸脱して第三者への転売を防止する目的で交わされることが多いです。
買戻権が残っていると、たとえ上記の期間が満了していたとしても、登記上は契約解除が留保されていることになってしまいます。
たとえ、売主様が特約の存在を忘れていたとしても、謄本を見れば、買戻特約が登記されていることに気づくことができます。
売却に伴い、買戻特約の登記を消さなければならないという事前の提案が可能です。
乙区(所有権以外の権利関する事項)
乙区には抵当権、根抵当権、賃借権など所有権以外の権利についてその移り変わりが記録されます。
登記できる権利は不動産登記法で定められており、所有権以外には、(根)抵当権、賃借権、地上権、地役権、採石権、永小作権、先取特権、質権、があります。
不動産売買で一番多く目にするのが抵当権です。
戸建てや分譲マンションの売買において、売主は住宅ローンを組んで購入しているのが通常ですので、売買と同時に抵当権を消すことになります。
調査段階で謄本上に抵当権が登記されているのを見つけたら住宅ローンの完済→代金決済と同時に抵当権抹消、という構図を予め想定でき、完済処理を含めた売買の流れを売主に説明することができます。
共同担保とは同じ内容の債権を担保するために複数の物件に抵当権や根抵当権が設定されている状況を指します。
その状況を登記官が記録したものを共同担保目録といいます。
共同担保目録の確認を怠ってはいけない最大の理由は、不動産決済時に滞りなく抵当権の抹消を行うためです。
共同担保目録を確認すれば、どの物件に抵当権が設定されているか、もれなく確認することができます。
この点も売主の売却相談時に聞き出すことが難しい情報かもしれませんが、共同担保目録の見方を知っていれば、把握可能です。
仮登記
甲区・乙区に共通してできる登記に仮登記というものがあります。
まだ本来の登記をできる段階ではないけど仮で登記しておきたい場合に、一定の条件を満たせば申請可能です。
例えば所有権移転の仮登記がされている物件の売却相談を受けた際、これを放置したまま売買を進めてしまうと、買主が所有権移転登記をした後に、その登記が覆されることになってしまいます。
つまり、本来の登記をできる段階になって、その仮登記に基づいて本来の登記(本登記といいます)を申請された場合、買主の所有権移転よりその本登記が優先され、買主の所有権移転登記は法務局の職権で抹消されることになるのです。
仮登記も差押と同様、売主が把握していないか仮登記の存在を知らない可能性が高いので、売主からの聞き取りと矛盾しないかよく確認する必要があります。
第4章 終わりに
物件調査の段階で、不動産の状況を知る一番の方法は謄本を取得することです。
謄本の見方がわかると不動産の現況、所有者、担保が設定されているかどうか、といった不動産売買に必要な情報を事前に把握することができます。
他にも謄本の見方を知っておくとこんなメリットがあります。
- 売主からのヒアリング内容と登記簿上の客観的情報との食い違いに予め気づくことができ、安全に売却の案件化を実現できる。
- 売却に向けたスケジュールを立てやすくなる。
→売買物件が農地、あるいは差押の登記が入っているなど、売却までに必要な手続きを踏む必要がある事項や、売却活動の妨げとなる登記の存在を予め確認できる。 - 登記簿の知識があれば権利関係の移り変わりを理解でき、売主の資産背景に沿った売却提案ができる。
- 売却が決まった後の登記手続きに必要な書類の案内ができる。
例:①受付年月日・受付番号の理解→権利証(登記識別情報通知)の案内
②売主様の住所氏名の把握→印鑑証明書の案内
住民票や戸籍の附票の案内(住所変更登記がある場合)
登記簿の見方や知識を身に着け、見方を理解していれば、売却に向けてどのように行動すべきか予め把握することが可能となります。
売却へのステップを事前に思い描くことができれば、お客様に対する提案内容の精度が高まります。
精度の高い提案から信頼関係が生まれ、売却案件化に繋がる確率も高くなるでしょう。
登記簿に関する理解を深め、円滑な売却活動を実現させましょう!