【不動産取引における差別解消へ】宅地建物取引業法第47条の正しい理解と人権の保護

宅地建物取引業法第47条第1項第1号は、宅地建物取引業者に対し、調査等によって知り得た一定の事項について、故意に事実を告げず、または不実のことを告げる行為を禁止しており、これに違反した場合は告知義務違反を問われます。

しかし、知り得た全ての事実を無制限に告知することまで求められてはいません。

特に慎重な配慮を求められるのは、人権に関する情報です。

人権問題の中でも、特に「同和問題」は、被差別部落問題とも称される、日本社会の歴史過程で形作られた身分差別により、国民の一部の人々が長期間にわたり経済的、社会的、文化的に低い状態を強いられ、出身地域を理由に、結婚、就職、日常生活において差別を受けるという、日本固有の深刻な人権問題です。

法務省の報告によれば、その分布は、九州、中国、四国で多い傾向にあり、首都圏や北海道・東北地方では報告事例が少ないとされています。

しかし、人権問題は同和問題に限定されません。高齢者、外国人、障害者、シングルマザー、性的マイノリティといった様々な属性を持つ人々に対する差別的事例も後を絶ちません。

国の最高法規である日本国憲法は、国家権力を制限し、国民の権利・自由を保障する役割を担います。

特に、基本的人権の享有(第11条)、自由・権利の保持の責任とその濫用の禁止(第12条)、個人の尊重・幸福追求権・公共の福祉(第13条)、法の下の平等・貴族の禁止・栄典(第14条)といった人権に関する規定においては、一切の差別を容認していません。

しかし現実には、あらゆる差別が様々な形で行われ、時に宅地建物取引業者がこれに加担している事例も確認されています。

宅地建物取引業者は、不動産取引に関する調査を通じて様々な事実を知り得る立場にあり、また一般消費者より高度な調査能力を有しています。

このため、時に契約当事者の身辺調査や、特定の地域(例:同和地区)に関する調査を依頼されることがあるかもしれません。

しかし、宅地建物取引業者は、住生活の向上等に寄与するという重要な社会的責務を担っており、それに起因する形で国民的課題としての人権問題の早期解決に貢献する役割も担っています。

この社会的責務は、人権に関する質問や調査依頼に対して、たとえ事実を把握していたとしても、一切回答する義務がないということを明確に示しています。

本稿では、人権に関する調査と告知義務について、「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」並びに裁判例などを参考に、宅地建物取引業者が担うべき役割と法的責任について詳述します。

法第47条の運用解釈と人権尊重

宅地建物取引業法第47条が禁止する「事実を告げず、または不実のことを告げる行為」は、あくまで取引当事者の判断に重要な影響を与える契約不適合や、取引を成立させる上で不可欠な情報に関するものです。

人権に関する情報は、個人の尊厳に関わる極めてデリケートな情報であり、これを告知すること自体が差別を助長し、人権侵害に繋がる可能性を孕んでいます。

むしろ、人権に関する質問や調査依頼に応じることは、憲法が保証する基本的人権を侵害する行為として、宅地建物取引業者の社会的責務に反するものと解されます。

したがって、人権に関する質問に回答しない行為や、調査依頼に応じない行為が、これをもって宅地建物取引業法第47条に抵触することはありません。この点については、国土交通省が通達を通じて明確に表明しています。

宅地建物取引業者の社会的義務に関する意識の向上について

特に注目すべきは、通達文書が「差別意識を助長するような広告、賃貸住宅の媒介業務に係る不当な入居差別等の事象が発生している」と、国土交通省がその事実を把握し、さらに、広告等でもそのような発信が行われている点を指摘していることです。

例えば、奈良県の建築安全課総務宅建係からは、「同和地区を含まない校区についてのみ校区の表示を行った」事例が紹介されています。

不動産の表示に関する公正競争規約では、広告制作者の意図によらず、差別意識を助長する行為を禁じています。

これは、折込広告だけではなく、インターネットの掲載事項や物件資料など、全ての営業行為に通じる見解です。

売買・賃貸にかかわらず、契約行為は当事者双方の意思決定に基づき締結されます。

したがって、売主や貸主が、外国人や高齢者、シングルマザーであることを理由に契約の締結を拒んでも、その判断に異議を唱えることはできません。

しかしながら、それが差別行為であることを指摘し、理解を促す努力はすべきです。

賃貸,差別

契約当事者に啓発を促せるのは、顧客から信頼されて依頼を引き受ける宅地建物取引業者だからです。

理解しておきたい差別解消を目的とした法律

宅地建物取引業は、顧客からの信用と理解に支えられて成り立つ事業です。

そのため、免許事業者に人権問題に対する十分な理解と配慮が不可欠であり、以下の関連法規についても深く認識しておく必要があります。

●障害者差別解消法(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)

この法律は、障害のある人への「不当な差別的取扱い」を禁止し、「合理的配慮」の提供や「環境の整備」を推進することで、誰もが共に生きる共生社会の実現を目指しています。

対象は障害者手帳の有無にかかわらず、身体障害、知的障害、精神障害など、多様な障害を持つ人々を含みます。

特に、令和6年4月1日からは、事業者に対し障害のある人への合理的配慮が義務化されていることから、宅地建物取引業者には、車椅子利用者の内覧支援や、視覚障害者への情報提供方法などについて合理的な工夫が求められます。

障害のある人への「合理的配慮の提供」

●ヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)

この法律では、日本国外の国または地域の出身者、あるいはその子孫に対し、排除を扇動するなどの不当な差別的言動が許されないことを明確に宣言しています。

具体的な罰則は設けられていませんが、法務省は広報・啓発活動を積極的にしており、不動産取引の場面においても、特定の国籍や民族を理由に差別的な物件紹介や入居拒否を行わないのは当然として、それに加担しないよう配慮が必要です。

ヘイトスピーチ、許さない。

●部落差別の解消の推進に関する法律

日本国憲法が保障する基本的人権の享有に基づき、情報化の進展に伴う状況変化を踏まえ、差別のない社会の実現を目的に制定されました。

法務省の公表情報によれば、インターネット上で同和地区であることを指摘し、不当な差別的取扱いを助長・誘発する目的の掲載が確認されたことにより、法務省が救済手続きを実施した件数は年々増加しています。

部落差別に関する人権侵犯

個人情報を扱う機会の多い宅地建物取引業者は、このような情報の取扱について特に慎重な姿勢が求められます。

●アイヌ施策推進法(アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律)

2019年5月24日に施行された比較的新しい法律ですが、この法律で初めて、アイヌ民族は「先住民族」であることが明記されました。

この法律は、アイヌの人々が民族としての誇りを持って生活できる環境を整備するとともに、全ての国民が相互に人格と個性を尊重しあいながら共生することを目的としています。

不動産取引においても、アイヌ民族であることを理由に不当な差別は許されません。

●LGBT理解増進法(性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律)

2023年6月23日に施行されたこの法律は、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性について国民に理解を促し、寛容な社会の実現を目指しています。

しかし、法案成立当初の「全ての国民が安心して生活できるよう留意する」との表記に対し、当事者団体などから「まるで、LGBTQの存在が国民の安心を脅かしているかのように受け取られかねない」といった批判や、『差別禁止』の趣旨から逸れているとの指摘が多く寄せられました。同性婚が法的に認められないなどの課題も多く、今後の改正も含め注視が必要です。

不動産取引においても、性的マイノリティの方々に対する不当な扱いがあってはなりません。

上記以外にも、性差による職業差別の解消を目的とする「男女雇用機会均等法」や、非正規雇用労働者に対する不合理な差別的取扱いを禁じた「パートタイム・有期雇用労働法」、年齢による差別的取扱を禁じた「高年齢者雇用安定法」など、特定の属性に基づく差別を禁じる法律が多数存在しています。

また、各自治体においても、独自の条例で差別を禁じるものが制定されています。

宅地建物取引業者は、これらの多岐にわたる法律や条例、そしてそれらが求める人権尊重の精神について、常に知見を広げ、業務に反映させていく必要があります。

顧客の信頼を基盤とする業種であるからこそ、差別解消に向けた社会的役割を積極的に果たしていくことが求められるのです。

具体的な対応策

これまでの解説で、人権に関する情報(同和問題・性的マイノリティ等)は原則として告知義務の対象外であることをご理解いただけたかと思います。

しかし、売主、買主、貸主などの契約当事者が、取引の相手方に関する詳細な情報を求め、私たち宅地建物取引業者に質問や相談をしてくることは少なくありません。

宅地建物取引業者は、こうした調査や質問がそのような意図でなされているか、その背景を推測することが重要です。

その結果、差別が根底にあると判断される場合には、憲法、関連法規、国土交通省通達といった法的根拠に基づき、毅然とした態度で拒否する必要があります。

一方で、これらの依頼が、物件の安全性や周辺環境に関する合理的な理由に基づく質問であれば、宅地建物取引業者として適切な情報提供を行うべきです。

以下に、人権に関する質問や差別的な要求に直面した場合の、具体的な話法例を提示します。

Q. 「この地域は同和地区か?」、「校区内に同和地区が含まれているか」といった質問や調査を依頼があった場合

「どのような意図で質問(調査依頼)されているのか、理由をお聞かせいただけますでしょうか。もし、それが差別を意図するものであれば、私どもはご依頼に応じることはできません。そのような意識は、人権問題の解決を遅らせ、多くの人々を傷つけ、苦しめていることについてご理解いただけますようお願い申し上げます」

「私どもは、差別を助長するような調査に応じることや、知り得た特定の事実をお伝えすることはできません。ましてや、そうした情報を理由に契約を締結しない、あるいは解除することは、明確な差別行為にあたります」

R. 外国籍や障害、性的マイノリティであることを理由に契約を拒否された場合

「お申込者が外国人(または障害のある方、性的マイノリティの方)であるという理由のみで契約を拒否されるのは、差別行為となります。差し支えなければ、詳しい理由をお聞かせいただけますでしょうか」

「居住・移転・契約の自由は憲法で保障された基本的人権です。もし、ご自身やご家族やそのような差別を受けたら、どのように感じられるか、今一度ご想像いただけますでしょうか。そのうえで、最終的なご判断を改めてご検討ください」

このように、質問や拒否理由を確認し、それが人権侵害を助長する行為である場合には、宅地建物取引業者の社会的責務に反することを明確に伝え、さらに、宅地建物取引業法第47条の告知の対象外である旨を説明することが求められます。

宅地建物取引業者、単なる取引の仲介者にとどまらず、人権尊重の精神を業務に深く根付かせ、差別解消に貢献する役割を担っているのです。

まとめ

「賃貸難民」という言葉は、その起源は定かではありませんが、2000年代後半から2010年にかけて使われ始めたと言われています。

もっとも、この言葉が使用される以前から、特定の属性を持つ人々への差別的な扱いは存在していました。

各種法整備が進んだ現代においても、外国人、高齢者、シングルマザー、非正規雇用の方々が部屋探しに困窮している現状は変わりません。

家賃保証会社の利用が一般的になったことで、この問題はさらに深刻化している可能性があります。

保証会社の審査不合格が免罪符となり、入居を拒否できるからです。

こうした賃貸取引に限らず、売買取引においても発生し得ます。

宅地建物取引業法第47条は、売却理由の詳細な説明を義務付けていません。

しかし、購入希望者が売却の詳しい理由を知りたがる場合があります。

例えば、離婚や住宅ローンの返済困難といった情報を伝えてしまうと、それを「縁起が悪い」と捉え、購入を見合わせる人もいるかもしれません。

そもそも、それらの情報はプライバシーに関する問題ですから、本来であれば宅地建物取引業者が知る必要もありません。

しかしながら、財産分や名義処理の問題など、業務の性質上把握する必要が生じることもあります。

ですが、告知は必要ありません。

もちろん、購入意思の決定は自由であり、宅地建物取引業者には購入の判断に影響を与える重大に事項について告知する義務があります。

しかし、本稿で解説してきたように、告知義務は知り得た全ての事実を開示することまでは求めていません。

あくまで社会通念上、判断に影響を与える事項に限られます。

何が重要であるかを判断するのは、宅地建物取引業者自身です。

その判断基準において、差別を助長するかのような情報は決して提示してはなりません。

宅地建物取引業者は、人権尊重の精神に基づき、誰もが安心して住まいを探せる社会の実現に貢献する、重要な役割を担っているのです。

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