不動産業者は“ご縁”があって物件をお世話した後も、顧客から様々な相談が入るものです。
「売ったら売りっぱなし」の業者もいまだに多いようですが、口コミ情報が活性化している時代、そんな営業スタイルでは将来に渡り発展していくことは出来ないでしょう。
優秀な不動産営業マンほど紹介案件が多いものです。
そのような営業マンは、ただ紹介がくるのを待っている訳ではありません。
地元のコミュニティなどにも積極的に顔を出して「顔」と「名前」そして、さりげなく不動産業に従事していることをアピールしているものです。
「不動産に関する困りごとがあればいつでもお気軽にご相談ください」と言ったスタンスで、「よろず相談所」のような立ち位置で問題解決を行うことにより、信頼を積み重ねた結果として「紹介」案件が増加します。
特に不動産業は「クレーム産業」と揶揄されるほど問題発生率が高く、それゆえ優秀な不動産営業ほど問題を迅速に処理して顧客の信頼を得ます。
そのために必要なのが、「問題解決能力」です。
私自身も不動産業に従事して30年になり、不動産コンサルティングを行っている関係上、不動産に関する様々な相談を受け問題処理をしていますが、「問題解決能力」を高めるには下記の3つを繰り返し行うしかありません。
2.「実践経験」を積み
3.「結果を考察する」
これを繰り返すことにより「問題解決能力」は磨かれます。
さて今回の解説記事は、私もよく相談を受ける「生活騒音」に関する問題です。
特に、エアコンや給湯器の省電力化により普及率が著しいヒートポンプシステム。
この室外機が発する「夜間稼働音」が、相隣関係のトラブルとして増加傾向にあります。
近隣から聞こえる夜間のピアノ練習など「音」に関するトラブルは昔からありますが、音の発生源が個人行動に起因するものであれば、やんわりと「注意」を促せば(言い方を間違えると確執を生みますが)解決することができます。
ところが「家庭用ヒートポンプ給湯機器」「ヒートポンプ式エアコン」「家庭用燃料電池コージェネレーションシステム」などの稼働音は、機械がその性能を最大限に発揮するための「音」ですので、原因をなくすには機械を停止するしか方法がありません。
寒冷地で夜間に暖房機器をとめることや、寝苦しい夜にエアコンを完全に停止することは体調不良にもつながります。
近隣からクレームが入れば、なんらかの対応をしなければならないのですが、
さて困ったとばかりに、皆さんのところに相談がきました。
さて、どう対応しますか?
今回は、そんな「生活騒音」に関しての法的見解と、仲裁人として依頼された場合の具体的なトークについて解説します。
騒音に関しての法律
近隣から毎夜聞こえる大音量。
誰しも腹が立ちますし、クレームを言いたくなります。
音の発生源が「工場」や「商業施設」等でしたら、市の生活相談窓口に相談してしかるべき処置をとってもらうことも出来ますし、市によって多少は異なるものの「騒音防止条例」が適用になるのですが、音の発生源が「個人」である場合には、
原則としてこれらの条例や規制には該当しません。
騒音の環境基準は航空機騒音・幹線道路近接空間・特定工場の規制基準・建設業規制基準など細かに規制が定められています。
ですがこれらは「生活騒音」つまり、個人に関しては一切、適用されないと覚えておきましょう。
これらの市条例などのおおもとは「騒音規制法」に紐づいているのですが、そもそも法律自体が工場や事業場・建設工事現場などに発生する相当範囲に渡る騒音に対して必要な規制をおこなうことを目的としており、「許容限度を定め生活環境を保全し、国民の健康の保護に資することを目的とする」とされています。
生活騒音とは?
「生活騒音」に関して制約規則は存在しませんが、それを知らない住人から、数多く「生活騒音」に関するクレームを受ける都道府県や市町村担当者向けに、その指標となるパンフレットを環境省で公開しています。
https://www.env.go.jp/air/seikatsu.pdf
こちらをご覧戴ければお分かりになるのですが、「生活騒音」に関しては「お互いの思いやりで迷惑をかけないようしましょう」という原則が書かれています。
配慮することで解消できるなら、それにこしたことはありません。
お互いに気を付けることは住民として当然のモラルです。
ですがヒートポンプなどに関しては「機械を停止すると、冷暖房が入らず健康被害の危険性があるのだよ、こちらは!!」と、言いたくなりますよね。
もちろん、分かります。
ですが、続きをお読みください。
環境省がまとめている「生活騒音」にかんしてのトラブルは、以下の表に分類されています。
具体的に分類されている「生活騒音」ですが
2. 集合住宅の給排水音
3. 自動車のアイドリング
4. その他_居住環境(住宅内及び住宅の周り)において発生する音
5. ペットの鳴き声
6. 家庭用ヒートポンプ機器から発生する騒音
1~5までは生活者が配慮することにより、ある程度抑えることができる内容です。
この部分についてはモラルとして考えられます。
ところが「電気機器」に分類されている23%のほとんどが、「ヒートポンプ関連機器から発生する音」です。
これは冒頭で記載したように、冷房や暖房で考えますと地域制により機械の停止が健康上、悪影響を及ぼしますので配慮するといっても限界があります。
これらの「音」に関しての問題を、騒音規制条例で定められている事業用騒音と明確に分けるため「生活騒音」と呼んでいるのです。
生活騒音に対する都道府県や市町村の対応
環境省のホームページでは、「各都道府県や市町村で個々に「生活騒音」に関する条例を設けていることもありますので、詳しくは各都道府県・市町村にお尋ねください」という趣旨の内容が書かれていますが、私の知る限り条例を定めているところはありません。
唯一の例外が、「アイドリング・ストップ」に関する条例のみです。
「騒音規制法」に該当せず、環境省でも及び腰の「生活騒音」問題に関して、立法権のない各都道府県や市町村が強硬処置をとることが出来ないのはあたりまえです。
市町村によっては環境省で作成されたパンフレットを参考に独自で資料を作成しているところもありますが、「皆さんでモラルをもって心地よい生活環境をめざしましょう」といった内容がかかれているだけです。
どうしても我慢ができない場合には、騒音元である個人を相手取っての損害賠償請求など民事訴訟を行うと言ったケースもありますが、「訴える」にしても「訴えられる」にしても相隣トラブルを司法判断に委ねるのが得策だとは思えません。
後日、確執が生じるからです。
騒音の目安について
個人的に不動産コンサルを行っている関係上、この騒音問題に関する裁判判例はことごとく目を通しておりますが、裁判による騒音レベル判断基準は夜間帯において常時50~60㏈が一つの目安となっています。
上記の表からすると昼間の市役所や書店などの室内状況レベルです。
つまり、ヒートポンプ機器の稼働音がこの範囲以下に収まっている限りは、もし民事訴訟で訴えられても一方的に敗訴することはないということです。
実際のヒートポンプ機器の騒音はどれくらい?
メーカーや機種により異なりますが、メーカースペックを確認しても概ね50㏈前後といったところです。
本格的なトラブルに発展したときには、実際に音の測定を行う必要がありますが、環境省で非常に興味深いデータを公表しています。
実際に申し立てのあったケースの測定結果です。
表をご覧になれば分かりますが、実際に測定しても40~60㏈の範囲です。
私も個人的に依頼を受け深夜の騒音測定をおこないましたが、全て上記表に準じるような測定結果でした。
この騒音レベルは、「騒音規制法」による事業関連訴訟を行っても直ちに是正命令が判決されるものではなく、恐らくは「何らかの配慮をしてはどうか」と裁判官から和解案が提案される程度のものです。
必見!! クレーム仲裁の応酬トーク
さて、ここまでの知識を理解していただいたうえで具体的な応酬話法の解説に入ります。
設定は「深夜帯の機械音が煩くて迷惑だ、何とかしろ」との隣家からのクレームに困り果て、顧客から仲裁を依頼された場合とします。
せっかくですから隣家がかなり感情的になっていることにしましょう。
まず、相手方と交渉する場合には自分が正式に仲裁人として委任されているという立場を明確にします。
これは当事者でもない不動産業者が、いきなり隣家に訪問しても相手にされないことから当然でのことです。
委任状も準備しておくことが望ましいでしょう。
立場を明確にしたあと「夜間帯の機械稼働音で、大変ご迷惑をおかけしているとのこと大変申し訳ございません。早急に可能な範囲での対応を善処したいと考えておりますので、そのご説明に伺いました」と、謝罪も含めて何らかの対応をおこなうことまで説明します。
謝ったら「負け」など、そんな浅薄な考え方はしないようにご注意ください。
顧客の相隣関係の問題です。
「音」に関する感じ方は個人の主観による部分も多々ありますが、迷惑をかけていることは間違いないのですから、お詫びと、何らかの対応をすると言った趣旨を説明します。
これですんなり、収まればよいのですが経験則からいうとそう簡単にはいきません。
たいがいは「今まで静かに暮らしていたのに、隣が引っ越してきてから煩くて寝られない」など、嫌みの一つも言われるものです。
ここでも感情的になってはいけません。
「さようでございますか……」と、いったんは受け入れてから「現状を少しでも改善するための対応をさせて戴きますが、必ずしも完全に音が止まるといったものではありません」と、断りを入れておきます。
そうすると「それでは納得できない。機械を撤去するか場所を移動するかどちらかにしろ!!」と、かなりの高確率で恫喝に近い表現がされるものです。
「お気持ちは察しますが、機械の撤去をすれば何らかの代替機器を購入しなければならず、設置場所を移動するにも大掛かりな工事となります。大変申し訳ありませんが、そこまでの対応は了承しかねます」
「それでは話ならない。訴えてでも、対応させてやる」
ここまで話を引き出したら、こちらのものです。
これからのトークの組み立てには、今回、解説した内容を盛り込みます。
ポイントは下記の通り
1.「生活騒音」を規制する法律・条例は存在しないこと
2.機器メーカースペックによる音のレベルは40~60㏈であり、断続的に運転する場合の稼働音であるばかりか、民事裁判でもこのレベルの音ではこちらが敗訴する可能性はないということ
3.要望があればこちらで騒音レベルの測定を行っても良いし、第三者である測定会社に依頼を行ってもよいが、上記2の範疇であった場合には、調査費用を負担して戴く可能性があるということ
4.上記1~3に不満があれば、市の管轄部署に相談をしては如何か?(連絡先も予め調査しておき、お渡ししておくのも一つの方法です)
5.今回の提案が不服であり、なお強固に機械の撤去や移動を強要するのであれば、こちらも権利濫用法理に基づき裁判も辞さないという意思の表明
緩急をおりまぜながら、上記に挙げたポイントを交ぜ応酬トークを展開します。
何度も言いますが、依頼者である顧客は今後も住み続ける訳ですから、間違っても私たち仲裁人が恫喝と受け取られるような話し方をしてはいけません。
あくまでも理路整然と紳士的に説明を行います。
現在まで同様の仲裁案件を20件以上、おこなってきましたが経験則では全て
「じゃあ、なんらかの対応してくれるならそれでいいよ」とすることができました。
帰り際には、「ご納得いただきましてありがとうございました。可能な限り、ご迷惑をかけない是正処置は講じますので今後ともご近所同士、仲良く暮らしていけるように宜しくお願いいたします」との言葉を添えることを忘れないようにしましょう。
まとめ
今回は「生活騒音」に関しての法律的見解、そして仲裁依頼された場合における具体的な応酬話法について解説いたしました。
本来であれば、具体的な是正処置の方法まで含めて解説をおこないたかったのですが、文字数の関係上で後日の執筆とさせて戴きます。
この是正処置につきましては、建物の配置状況や隣家の部屋割りなど、「音」の反射や拡散度合いまで考慮して行わなければ解決に至らず、解説には相応の文字数が必要となります。
悪しからずご了承下さい。
いずれにしましても私たち不動産業者は、不動産のプロとして担当顧客の「利益」のために最善をつくさなければなりません。
そのために「問題解決能力」の根底である「知識拡充」が必要となります。
ですが勘違いしてはいけません。「知識」はあくまでも土台として必要ですが、その知識を実践的に活用してより多く経験を積み、知識を「知恵」に昇華させることが最も大切です。
「問題解決能力」を高めるためには、学びつつ実践することが何よりも必要だということです。