「土地基本法」は日本における土地についての基本理念を定めており、すべての土地関連法の指針となる法律です。
国や地方自治体のほか民間事業者も含め適正な土地利用の確保についての考え方を統一することにより、正常な需給や地形形成を総合的に進めることを目的としており、そのためにすべての土地関連法に少なからぬ影響を与えます。
この土地基本法についての方針の改正が2021年5月28日に閣議決定されました。
今回の改正は、所有者不明土地対策や管理不全土地対策にたいしての個別実施を関連法で本格化し、順次施行していくためにあります。
たとえば2021年4月1日に可決された、相続や移転時における登記義務化もその一つです。
移転登記の完全義務化は2024年からになりますが、今回の方針改正はその法的根拠を補完します。
しかし例を上げた移転登記一つをとっても、2024年から義務化されたあと社会的に認知され効果を発揮するには、さらに数年は必要です。
ですから、今後も当面の間は所有者不明地調査が従来通り難航することから、その労力を緩和することを目的として国土交通省不動産部・建設経済局土地政策課公共用地室の監修により地方公共団体職員向けの「所有者不明土地対応事例集」が、土地基本法改正と時期をあわせて作成されました。
この事例集は団体職員にたいしノウハウや成功事例を共有することにより、知識拡充と迅速な業務遂行を目的としていますが、同じように所有者不明土地の調査に難航する私たち不動産業者にも参考になる事例が数多く掲載されています。
そこで今回は271ページにも及ぶ事例集の中から、参考になる事例を抜粋して解説します。
なお事例集の全文を確認したいかたは、下記URLから閲覧することができます。
https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/content/001406387.pdf
所有者不明土地対応掲載事例の目次を紹介
対応事例集は国土交通省の各地方整備局・都道府県・市町村がおこなう公共事業に関しての土地収用等に際し、所有者が不明であったケースをどのようにして探索したかを実例つきで掲載しています。
具体的には所有者探索における基本的な流れや方法のほか、解決までの経緯や申請書類も含め掲載しているほか、各行政管内の弁護士会・司法書士会・土地家屋調査士会による見解も交えた総ページ数271_Pという読み応えのある内容になっています。
目次も、私たち不動産業者に興味深い内容が並んでいます。
2. 土地所有者等関連情報を利用した事例
3. 情報を保有すると思慮される者へ確認を行った事例
4. 解散した法人が所有者であった事例
5. 外国に居住している所有者を探索した事例
6. 財産管理制度を活用して解決した事例
7. 認可地緑地団体による登記の特例によって解決した事例
8. 所有者不明土地法に基づき裁定申請した事例
今回はこの中から、応用が利く代表的な5つの事例を紹介します。
もっとも行政特権による手法など、民間で応用するには困難な方法もありますが、少なからず参考になります。
事例紹介1_土地付属台帳による調査
所有権移転がおこなわれていないことによる表題所有者相違は、よくある事例の一つです。
基本的な調査方法として閉鎖謄本や関係者への聞き取りのほか、旧土地付属台帳の確認が有効であるとした事例です。
この方法は、不動産業者が通常でおこなっているセオリー通りの調査方法ですが、一連の流れを理解しておくことが大切です。
事例紹介2_不在者財産管理人を選任して対応する
外国籍の方が所有者であり、かつ生存が確認できないという難航ケースです。
ですが「不在者財産管理人の専任申し立て」を速やかにおこなっているのはさすが行政です。
不在者財産管理人とは従来の住所又は居所を去り、容易に戻る見込みのない者(不在者)に財産管理人がいない場合に、家庭裁判所が申立てにより、不在者自身や不在者の財産について利害関係を有する第三者の利益を保護するために財産管理人選任等の処分を行える制度です。
ですがこの制度、そう簡単に認められません。
まず申立は利害関係人もしくは検察官に限定されています。
利害関係人の適用範囲は広く不在者の配偶者のほか、相続人や債権者なども含まれていますが、手続により選任された不在者財産管理人は不在者の財産を管理・保存するほか、家庭裁判所の権限外行為許可を得た上で不在者に代わって遺産分割・不動産の売却等を行うことができるなど、非常に強い権利を持つことになります。
そのため申し立てに至った経緯の詳細な記録のほかにも、それらを証明する書類など家庭裁判所を納得させるだけの書類を完備しなければなりません。
ですが相続人不明の場合に利用できる手法ですので、一連の流れとして覚えておくとよいでしょう。
似たような事例でのケースでは司法省による外務省の「所在調査」を実施してから、不在者財産管理人専任の申し立てをおこなっている事例も掲載されています。
この所在調査は三親等以内の親族からしか依頼することができませんが、併せて覚えておくと良いでしょう。
事例紹介3_課税台帳からの探索
最終的に不在者財産管理人専任申し立てをおこなっていますが、課税台帳から納税義務者を調査し、特定にいたらなかったために申請をおこなっているケースです。
不在者財産管理人専任申し立ては、「なぜ、申し立てをしなければならないか」という、そこまで行きついた調査の流れを根拠として示さなければなりません。
課税台帳からの調査は私たちも普段からおこなっていますが、表題登記名義人と異なる納税義務者の存在を確認して聞き取り調査を実施するという、一連の流れを理解しておくことが大切です。
事例紹介4_認可地緑団体の登記特例を利用する
行政ならではの離れ業ですので、民間では応用が難しいケースですが「認可地緑団体」は覚えておきたいキーワードです。
認可地緑団体とは、簡単に説明すると地方自治法により定められた要件を満たす「町内会」です。
正確には町内会に限らず地域社会全般の維持形成を目的とした自治会など、そのような団体・組織も含まれますが、要件を満たしたうえで行政手続きされ、法人格を得た組織です。
このケースでは、まだ法人格を得ていない地緑団体であったことから、事前に申請を行い、法人格を得て移転登記申請の特例を利用しているという変則手法です。
この認可地緑団体の移転登記申請特例は平成27年4月1日に一部改正された地方自治法によるものですが、当該不動産の所有者が複数であり、その一部について相続登記がおこなわれていないなど全ての相続人の承諾を得るのが困難な場合に、法人格を有する認可地緑団体が単独で登記を行えるとしたものです。
所有者調査の過程で処理が困難であると判断し、速やかに認可地緑団体申請をおこない登記特例を利用するといった発想は、私たちにも参考になります。
事例紹介5_登記官による権限行使
土地占有者が所有者である可能性は高いが、隣地所有者が所在不明で筆界確定が出来ずに難航するケースです。
これは私たちもよく遭遇するケースで、隣地の所有者調査をおこなっても居所が判明せず土地家屋調査士も嫌がるケースです。
経験則ですが、場合によっては土地家屋調査士から受任を断られる場合もあります。
筆界確定には裁判による筆界確定訴訟やADR(裁判外紛争解決手続)もありますが、隣地所有者不明の場合には利用が困難なことから、結論として「筆界特定制度」一択となります。
筆界特定制度とは公法上の筆界について、筆界調査委員が職権により必要な調査・測量をおこない筆界特定登記官が筆界特定する制度です。
この制度も原則では隣地所有者の承諾なしに境界標を設置できないのですが、依頼が行政であることのほか、前段として不動産登記規則第93条申請(土地家屋調査士が作成した申請に係る不動産調査報告書の提出)により現状を説明してから、登記官が実地調査をおこない職権で筆界登記しています。
非常に難易度の高い手法ですが、同様のケースに遭遇した場合にこれらの制度を思いつけるようになれば不動産業者として上級者であると言えるでしょう。
まとめ
今回紹介した5つの事例は、どれも不動産初心者向けの内容ではありません。
そもそも所有者不明地の調査業務は難易度が高いことから、上級者向けです。
ですが不動産仲介業者が林立する現在において、今後も安定して事業を継続していくには他社との明確な差別化が必要です。
それは「ローンの支払いに困ったら」をキャッチにして「任意売却」を専門的に取り扱う仲介業者などが業績を伸ばしていることなどからもお分かりいただけると思います。
そのほかにも堪能な語学力を駆使して外国人のクライアント対応に特化した仲介業者や、インターネットやインスタグラム・YouTubeなどへの効果的な情報発信を徹底するなど、各業者が得意とする分野による差別化のため行動しています。
それは何も手法によるばかりではありません。
他社が手掛けるのを嫌がる難航物件を、豊富な知識や行動力で処理することができれば「あなたのほかに誰にもお願いすることが出来ない仕事」となり、無理に広告活動をおこなわなくても自然に仕事が舞い込んでくるようになります。
そのような意味からも、今回ご紹介した内容を理解して知識拡充することは、みなさんの成長を促すことになると確信しています。