地価の高い都市部、とくに旧造成地などに多い私道に面した土地。
公道に出るため、他人地である私道を通行する権利を認めてもらう通行同意、そして建て替えなどで必要とされる配管工事などに必要な掘削についての同意は、その両方を承認する形として「通行掘削同意書」を作成し、取り交わすのが一般的です。
とくに私たち仲介業者は後日紛争を回避する意味から、このような私道に接した土地などの取引に関与する場合には、予め同意書を取得するために活動します。
道路形状や幅、私道の所有者の性格により快く無償で応じてくれる場合もあれば、同意書に判を押すのに高額な金額、いわゆる「ハンコ代」を要求される場合もあり、私道に面した土地の取り扱いには法知識と併せて、処理方法を交渉するスキルが要求されます。
位置指定道路であり建築基準法による「みなし道路」としての道路要件を満たしていても、私道の場合には私権が及びますから、掘削同意を得ずに配管工事などのため掘り起こせば、私道の所有者から工事指し止めのクレームが入るなど、大きなトラブルになりかねません。
ご存じのように、囲繞地所有者が公道に出るまでの手段として囲繞地通行権が民法で認められていますが、あくまでも通行に必要な最低限の範囲を通れるだけの権利であって、通行する範囲の指定や、車の通行、ましてや同意を得ずに掘削することはできないとの考えが一般的です。
これらの理由から、得心できなくても支払わなければならないハンコ代。
そうは言っても妥当な金額で収めたいのは人情です。
そこで今回はこのような私道に関しての基本的な法知識、そして不動産トラブル機関への相談事例や判例なども交え、ハンコ代相場について検証します。
通行掘削同意の根拠法は存在するの?
通行掘削同意がなければ、日常使用している私道を通行も掘削もできないのかといえば、実は直接定めた法律は存在していません。
ただし類推される根拠法は存在しており、利害関係者双方はそれぞれの立場から下記各法を根拠として権利を主張します。
●民法220条【排水のための低地通水】
●民法221条1項【通水用工作物の使用】
●下水道法11条1項【排水に関する受忍義務】
次項で上記の各法を要約して紹介しますが、判例では相隣関係において恣意的な権利濫用とも受け取れる私道の権利主張(高額なハンコ代請求)にたいし、その根拠を否定して、私道所有者の承諾なしに掘削を認めた例が数多く存在しています。
類推法を解説
ここから私道に関しての類推法について、判例もおりまぜながら解説します。
民法210条【公道に至るための土地の通行権】
「高額なハンコ代」を請求してくる私道の所有者は、権利濫用とも受け取れる権限を行使するため、自己に都合の良い解釈ではありますが法律に長けています。
筆者は某地域において、近隣でも有名な気分次第で「ハンコ代」が跳ね上がる地権者と壮絶なバトルを繰り広げ、私道に40㎝程度の隙間を開けてバリケードを設けられたことがあります。
そのような地権者が主張する根拠は、従来でいうところの「囲繞地通行権」です。
現行法ではこの囲繞地通行権は、『公道に至るための他の土地の通行権』に改められています。
条文の内容については従来と大差はありませんが、下記の通りです。
この法律により、通行に関しては承諾がなくとも権利を行使できます(経験として例を挙げた地権者も、この通行権は認めています)
問題は「幅」です。
法律から類推しても、40㎝程度の範囲で地権者の使用収益に支障のない程度(通行に支障のない範囲、かつ地権者への損害が最も少ない範囲)であれば承諾なしに通行できると解されます。
ただし40㎝で車は侵入できませんし、バイクや自転者でも支障が生じます(経験の事例でも、通行は認めるけれども、自転車等の通行は認めないと宣言されました)
この「幅」にかんしては判例でも複数の見解が見られ、また法学的にも学説として多種、存在しています。
この曖昧さを裏付ける判例として、最高裁が平成11年7月13日に下した判断があります。
民法210条の権利は、建築基準法43条1項の接道要件、つまり2m幅を容認できるかどうかについてですが「目的等を異にしており、単に特定の土地が接道要件を満たさないとの一事をもって、同土地の所有者のために隣接する他の土地につき接道要件を満たすべき内容の囲繞地通行権が当然に認められると解することはできない」として切り捨てました。
つまり『公道に至るための他の土地の通行権』と『建築基準法の接道要件』はまったく別物であるから、通行する権利が直ちに接道要件である2mを容認する訳ではないと決定づけたことになります。
民法220条以降の排水等に関しての法律
私道の掘削に関しては、先ほど関連法として挙げた220条以降がその根拠とされます。
まず各条文を一気に記載します。
●民法220条【排水のための低地の通水】条文は下記の通りです。
「高地の所有者は、その高地が浸水した場合にこれを乾かすため、または自家用もしくは農工業用の余水を排出するため、公の水流または下種に至るまで、低地に水を通過させることができる。この場合においては、低地のために損害が最も少ない場所及び方法を選択しなければならない」
●民法221条1項【通水用工作物の使用】条文は下記の通りです。
「土地の所有者は、その所有地の水を通過させるため、高地または低地の所有者が設けた工作物を使用することができる」
●下水道法11条1項【排水に関する受忍義務】条文は下記の通りです。
「排水設備を設置しなければならない者は、他人の土地または排水設備を使用しなければ下水を公共下水道に流入させることが困難であるときは、他人の土地に排水設備を設置し、または他人の設置した排水設備を使用することができる。この場合においては、他人の土地または排水設備にとつて最も損害の少ない場所または箇所及び方法を選ばなければならない」
さて、上記に記載した各条文は排水に関してですが、例えばガスの配管などについても同列で考えられる、つまり「掘削」全般に関して類推するための根拠になります。
条文をご覧いただければお判りの通り、基本的な考え方は「通行権」とほぼ同じです。
最高裁による平成14年10月15日判決において
としており、判決で確認できるように220条や221条の類推適用が用いられ、他の方法よりも合理的である場合において私道の既設管を利用すること(つまり掘削して繋ぐ行為も含め)を容認していると受け取れます。
ただしですが、他の手段の有無や条件などにより判断が異なりますので、直ちに使用(掘削)が認められるのではないと理解しておいてください。
通行掘削同意のハンコ代に相場は存在するのか?
協議が不調に終わった場合には合意を求め裁判による『一般訴訟』を提訴することになりますが、この場合には地権者・使用者によらず原告側に『適正な通行掘削利用料』の主張・立証責任が生じます。
過去の判例を調べても、裁判所が『利用料』について正面から判断したとされるものはありません。
あくまでも原告が主張・立証した金額の妥当性を判断するのに留まっています。
裁判所がその妥当性を判断する場合に用いられる算定の基本方針ですが借地権などの『地代』を参考として道路であることにより一定程度減額をし、通行掘削に必要な範囲・影響の程度を比例させる方法が採用されています。
ただしこの算定方法は、近隣に借地が存在している場合には類推しやすいのですが、そうではない場合に目安とする路線価の借地権割合などから算出した場合には、路線価と実勢価格による金額の相違により主張としての根拠が弱いといった欠点があります。
そこで上記を補完する意味から借地権以外の土地貸借、わかりやすいところでは近隣の駐車場代金などを参考にして算出します。
単純ではありますが、下記の公式です。
承諾料を年更新とする場合には上記算出額×12、一括とする場合には実勢相場の1%前後が判例として多く採用されていますが、その判断も通行掘削範囲により多岐に分かれますので、その時点での最新判例なども参考にしながら慎重に算出する必要があります。
実例が少ないことから個別に判断される
原告側の主張・立証、さらに裁判所による判決内容を見ても、具体的な算定方法とされる公的見解が蓄積されているとはいえません。
つまりケースごとの通行掘削範囲の個別事情に隔たりがあり、いわゆる再現可能性が高くない状態です。
反面、裁判所においても公的な見解が蓄積されていないのですから、主張・立証の精度が高く明確であるほど判決が有利に働く可能性があると言えます。
そのような意味合いから、先ほど解説した公式のうち『通行掘削利用割合』について、一物四価を参考に、実勢価格としての相場(駐車場代金・地代など)を反映させ、妥当であるとされる金額を算出するのが現実的であるといえるでしょう。
まとめ
今回の記事は「不動産会社のミカタ」代表から「ハンコ代の相場が具体的に分かる記事があれば面白いよね」といった一言から着想を得て、様々な判例も収集しながら執筆したものです。
当初は「これが決定打」とも言える金額を解説したいと思っていたのですが、記事を参照して戴ければお判りになる通り、通行掘削の範囲や状況そして過去からの遺恨などにより見解が多岐に分かれることから一概に算出することはできませんでした。
ですが収穫とも言えるのが、記事中で上げた「通行掘削利用料=近隣の駐車場代金×通行掘削利用割合」の計算式です。
そしてもう一つが、一括使用料としては土地価格の1%前後が妥当であるとの見解です。
今回の記事を執筆するにあたり、他の関連サイトなどを多数参照しましたが、中には「土地価格の5%~10%がハンコ代」などと記載したものがありました。
3,000万円の土地であれば、10%で300万円です(記事内に経験談としてあげたバリケード事例でも、これに近い金額が請求されました)
通行掘削同意の「ハンコ代」がグレーゾーンであるとはいえ、このような金額は地権者の権利濫用とも言えるでしょう。
もっとも仲介業者として取引にかかわる以上は、私道の地権者と私たちが揉めては結局のところ土地の購入者が金銭的な被害を受け肩身の狭い思いをすることになりかねません。
交渉時には、今回、解説した記事の内容を理解して、さらに最新判例や情報も調査したうえで妥当な金額を算定し、根気よく地権者と交渉する必要があると言えるでしょう。