中古住宅等の仲介において、査定時から詳細に建物状況の聞き取りを実施して、かつ問題があると懸念される場合には当該箇所にたいする根本原因まで確認している方はそれほど多くないと思います。
所有者に「どこか不具合や気になる点などはないですか?」と質問して、告知のあった部分のみをざっくり確認するケースがほとんどではないでしょうか?
不動産業者であっても全ての方が建築知識を有している訳でもありませんから、それは仕方がないことかもしれません。
ですが聞き取りすら曖昧であった場合には、販売活動中に不具合等の存在に気が付かず、購入希望者が現れ契約準備に入ってから物件状況報告書の告知記載内容を見て慌てることもあるでしょう。
販売開始前にインスペクションが実施されていれば、少なくてもこのようなことはないだろうと思いますが、ご存じのように宅地建物取引業法では媒介契約締結前にインスペクションの概要について説明を行い、実施の有無について確認することが求められてはいますが、費用が生じることから実施率は高くありません。
国土交通省による令和元年のインスペクション実施状況調査によると実施件数が1年間で7,013件です。
令和元年の既存住宅流通戸数が約16,000戸ですから、全体の約4%程度しか実施されていないことになります。
本来であればインスペクションの全戸実施が望ましいのですがそれも難しく、せめて販売活動前に物件所有者から不具合状態などを徹底して聞き取り、告知内容によっては強くインスペクションの実施を提案して実施する、現状において考えられる対策はその程度です。
そのような状況から、微妙な場合には特に気が付きにくい問題に床の傾斜があります。
一般的に契約不適合の目安とされている床の傾斜は6/1000ですが、それはすべてにおいて正しいのでしょうか?
日本建築学会の「住まい・まちづくり支援建築会議」における報告書によると、建築物の傾斜による戸の開閉不良などの他に健康被害、つまり床の傾きだけではなく窓から見える視覚的刺激により生理的・精神的な影響について、根拠となる文献と併せ具体的な傾斜角による健康被害の程度を紹介しています。
健康被害に個人差はありますが、症状として頭痛・浮動感・めまい・吐き気などが現れ傾斜4°を超えると一方向へ強く引かれる感覚として「牽引感」が自覚され、うち約半数の方に睡眠障害が生じると報告されています。
傾斜は5/1000で認識されるとしていますから、技術基準以下の傾斜で健康被害が発生しても不思議ではありません。
ですから、顧客から「住宅の傾きにより健康被害に陥った‼」と契約不適合責任や健康被害による損害賠償などを請求され「6/1000以下ですから契約不適合になりません」と反論できるか微妙なところです。
今回はそのような建物の傾斜に関して、発生原因の他、判例等から見た許容範囲について解説します。
傾斜の理由は2つ
床の傾斜には様々な理由が複合して存在する場合もありますが、根本原因を突き詰めていけば下記の2つに大別されます。
2. 不同沈下
つまり施工精度や経年変化によるものかなどを問わず建物が傾斜している、もしくは不同沈下により基礎ごと傾いているかです。
単純と言えば単純なのですが根本的にはこの2つのどちらかの理由により傾斜が発生しています。
そこで傾斜が発生している場合、インスペクションによる以外ではどのように確認をすればよいのでしょうか。
よくあるのは床にビー玉を置いて転がる方向を見定める方法です。
何度ためしても一方方向に転がるのであれば床に傾斜が発生していることが確認できるのですが、本来、床はまったくの水平ではありませんから1~2/1000程度の傾斜は床全体にランダムに発生しています。
当然このような床面全体の中において、一部で発生している僅かな傾斜は許容範囲で契約不適合にあたりません。
ですが主観によってはその僅かな傾斜も契約不適合であると指摘される場合もあります。
そのような場合には正しく、不陸なども含め傾斜度数の確認をして契約不適合に該当するか判断をしなければなりません。
その際にビー玉を使用しても傾斜度数は確認できませんから、アナログではあっても水平器による確認が必要です。
傾斜6/1000までが許容範囲とされていても2間(約3.6メートル)に対して端から計測すれば1.2cmもの傾斜です。
それ以下が許容範囲であると説明しても、全ての顧客がすんなり納得するとは思えません。
6/1000が基準とされる根拠は国土交通省による「住宅の品質確保に関する促進等に関する法律」において傾斜レベルを三段階で定めていることによります。
レベル1
3/1000未満の勾配(凹凸の少ない仕上げによる壁又は柱の表面と、その面と垂直な鉛直面との交差する線(2m程度以上の長さのものに限る。)鉛直線に対する角度をいう。以下この表において同じ)の傾斜_瑕疵の可能性低い
レベル2
3/1000以上6/1000未満の勾配の傾斜_一程度在する
レベル3
6/1000以上の勾配の傾斜_瑕疵の可能性高い
ただしこれらは技術的基準による瑕疵の可能性についての見解ですので、その範囲内であれば一般取引において全てが許容され、契約不適合に該当しないのかといえばそうではありません。
上記の傾斜レベルにおいてもレベル2以上は瑕疵がある程度存在する、レベル3では可能性が高いと示唆しているだけです。
このことだけを見ても、6/1000以下であることが瑕疵、つまり契約不適合を直ちに否定する根拠にはなりえません。
とくに顧客が傾斜による健康被害を訴えてきたときはなおさらです。
そこで傾斜に関しての判例を確認してみましょう。
傾斜に関しての判例はどうか?
建築物の傾斜について発生原因は前項のとおりですが、天災地変による液状化などが原因である不同沈下は、造成工事に問題がなかったのかなど調査も含め判断が難しいものです。
施工会社による自社保証もしくは瑕疵保証保険などでも、天災地変による不同沈下や建物への影響は免責とされているからです。
ただし、新耐震基準以下の地震などで建物等に影響が生じた場合や不同沈下が発生した場合、そもそも建築上の問題があったのではないかとの疑問が生じます。
このような場合において、判例の多くは造成工事会社等の施行に問題があったとして責任を認めています。
もっとも上記の例は地震等の発生により不同沈下、もしくは建物や基礎などに影響が生じた場合ですので、当初から生じている傾斜の判例ではありません。
それではと傾斜に関しての判例を調べてみると、大阪地裁で平成15年11月26日の判決が興味深いのでご紹介します。
詳細な概要は割愛しますが、この事件で売り主は「建物傾斜を発見している」として、建物2及び3階に床の傾斜が存在していることを物件状況報告書で告知しています。
ただし告知書が存在していても説明は行われておらず、買い主は傾斜があると認識していなかったことにより裁判まで発展しています。
ただし裁判所は買い主が告知書により得た情報により詳細な聞き取りを実施しなかったことに一定の過失が存在しているとしつつも、売り主に対して「物件状況報告書に床の傾斜について記載したことをもって、建物の傾斜につき告知したことにはならない」と、物件傾斜の事実について買い主に秘匿したとして重大な注意義務違反が存在するとしています。
そうはいっても告知書類が存在しているので、買い主の聞き取り不足による過失と相殺し、売り主の瑕疵担保責任については否定されました。
この場合、責任を追求されたのは共同仲介による買・売担当の業者です。
買い担当の業者に対しては
また売り担当の業者には
告知書に記載があった場合、仲介業者にはその程度や原因を詳細に調査・判断し、正確に説明をしなければならない義務が存在するということです。
この理屈は、共同仲介においては買・売両方の仲介業者に等しく存在する義務であるということです。
傾斜に限らずではありますが、建物不具合等については
●現況調査と原因の追究
●物件状況報告書への記載と詳細な説明責任の履行
この3つを確実に行うことが大切です。
傾斜と保証の関係
様々な判例を比較検討すると、根本原因が建築や設計・施工業者による場合、もしくは品確法以前、つまり築年数相応の住宅であるかにより結果が分かれています。
ご存じのよう品確法、つまり「住宅の品質確保の促進等に関する法律」は平成11年から施行されており、建築業者等にたいして構造耐力上主要な部分のほか屋根・壁からの雨水等侵入防止について10年以上の契約不適合責任が定められています。
併せて地耐力を確保し、建築物の沈下を防止するため地盤調査が実施され、そこから得られた数値に基づき杭工事や地盤改良工事を実施することにより地盤保証制度が利用されています。
建物に関しての保証と同様に地盤保証も10年間としているのが一般的です。
天災地変等、あきらかに免責とされる場合を除き地盤や建築物に関しては品確法施行後の住宅に関しては、築後10年以内であればその補修費用等を保証会社が負担してくれることから、施工業者も保証の範囲内における補修工事には柔軟に対応してくれますし、万が一、施工業者が倒産していても直接保証会社に保険金請求することもできます。
図_(株)日本住宅保証検査機構パンフレットより
これらのことから瑕疵保証保険対象住宅においては小さなトラブルが目立つものの、訴訟にまで発展しているケースはそれほど多くありません。
目立つのは保証期間を経過、もしくは品確法施行以前の住宅に関しての裁判です。
これらの判例において裁判所の見解は、許容とされる経年変化の範囲は技術基準である6/1000を目安としていますが、築年相応の住宅についての経年変化による傾斜はある程度まで容認されるとの判断を示しています。
ですが売買契約の内容やその他の因果関係により判断も分かれていることから、先程も解説したように傾斜などがあきらかである場合、売り主から物件状況報告書に正しく記載してもらい、その原因を調査し、買い主に正しく告知しておくことが重要です。
それにより建物に関しての契約不適合責任における大半は、回避することが可能でしょう。
もっとも「傾斜による健康被害」が争点である場合、個人差も存在することから判断が難しくなります。
技術基準の見解としては多くの保証会社で品確法レベル3の傾斜を目安としており、6/1000以下を許容としています。
ですが5/1000以下の傾斜でも健康被害を訴え、それを建物が原因であるとされた場合において契約不適合の法的性質を当てはめた場合「通常有すべき品質、性能、性状を有していない」とされることから、新築であるか中古住宅であるか、また傾斜が住宅全体に及ぶのか一部なのか等により、技術基準である6/1000以下を満たしていることを理由として直ちに反証できるものではありません。
住宅床傾斜等の判例を検索しても、健康被害そのものを訴訟理由とはしておらずあくまでも建築等の契約不適合責任を追求するにあたって、傾斜により健康被害が生じていると言及するのに留まっています。
頭痛・浮動感・めまい・吐き気などの症状は主観であり、建物の傾斜が直ちにその原因であるとするには立証も困難であることがその理由でしょう。
ただし余計なトラブルに巻きこまれないためにも、査定時などで床の傾斜が確認される場合には予めインスペクションの実施を提言し、根本原因の確認と事前の補修工事の実施を検討してもらうとともに、実施をしない場合にはその旨を、物件状況報告書に記載して告知しておくことが大切でしょう。
まとめ
記事で解説したように瑕疵補償保険や建築学会の技術基準による見解から、床傾斜の許容は6/1000以下であるとして間違いはないでしょう。
私達が顧客から「床が傾斜している」とクレームを受け対応する場合、根本原因を確認して真摯に対応することが大切です。
筆者の経験談ですが新築住宅の引き渡しを完了して、僅か数日のうちに呼び出され「床が5/1000も傾斜している、欠陥住宅だから建て直せ‼」と怒鳴られたことがあります。
当然として水平器により、全居室の傾斜を確認したのですが全体としては問題がなかったものの、指摘された2階の居室で傾斜が確認されました。
正確に計測すると3/1000程度ではあったのですが………。
基礎水平も問題がなかったことから、推定されるのはフローリング施行方法もしくは反りが原因とですからそれを説明し、かつ6/1000が技術基準としても瑕疵保証保険の許容として問題はない旨を説明しました。
無論、当該居室についてはフローリングを貼り直すと提案しましたが聞く耳を持って貰えません。
その後、何度も説明をおこない最終的に当初提案したフローリング貼り直しと、10年間は毎年、定期点検にお伺いし傾斜測定を実施、傾斜が確認された場合には都度、補修を実施するとの覚書を締結して納得いただきました。
現場管理の人間からは「なんで10年間も毎年のようにレベル測定しなければならないのですか。そもそも、技術基準以内でしょう」とさんざんボヤかれましたが、技術基準以内であれば問題はないというのは技術者にありがちな見解です。
今回、解説したように傾斜による健康被害は単純に技術基準による傾斜の度合いで仕分けできるものではありません。
技術基準を理解すると同時に根本原因や、健康被害との関係を正確に把握して理論武装することにより、不要なトラブルを事前に回避することがきるでしょう。