今回はタイトルの通り、相続不動産に関して遺産分割協議前に媒介依頼を受け売却することが可能か、そしてそのような案件を扱う場合の注意点について解説します。
相続人全員の同意があれば売却可能
まず遺言書が存在せず、また遺産分割協議前であっても相続不動産の売却は可能です。
ただし手掛ける前に法理屈、そして注意点を理解してからです。
まず相続が開始された場合において遺言書が存在せず、また相続人による遺産分割協議が調っていない場合には、民法898条の適用により相続人全員の共有状態になっています。
さらにこの共有規定を前提として、同法900条で配偶者2分1など法定相続分についての割合が定められ、同法901条では直径尊属と卑属の関係、同法902条で前2条の規定にかかわらず1人もしくは数人の相続人のみに定めることができる遺言について定められています。
これらの法律により遺言書が存在せず、さらに遺産分割協議前であっても法定相続分による按分で各相続人は所有権を取得しているという状態となり、私たち仲介業者は相続人全員から同意を得ることにより通常どおり媒介契約を締結して売却活動をおこなうことができます。
もっとも相続人全員が近場にいないことはままあるので、そのような場合には相続人のうち1名を代表者として他の相続人から委任してもらえば労力をかけずに活動することができます。
ただし、この代表者による委任には注意が必要です。
まず、万が一の委任状偽造などに備えるため、他の共同相続人に①売却価格②引き渡し条件③売却条件等④代表者に前1~3の内容を聞いた上で委任したかなどを確認する必要があります。
この場合にも電話による確認では当人かどうか判断することが出来ませんから、可能な限りIT重説時の本人確認方法と同様に、身分証明書の提示により確認を徹底するほうが良いでしょう。
間違っても「俺が全て一任されているから大丈夫」なんて代表者の言葉を鵜呑みにしてはいけません。
また遺産分割協議前の状態ですから上記の意思確認と並行して、戸籍謄本や除籍謄本・改正原戸籍を調査して、他に相続人が存在していないか確認をする必要があります。
この作業を怠れば売却活動を開始した以降に、とつぜん新たな相続人が名乗りをあげるなんてことになりかねません。
新たな相続人が名乗りを上げれば、それまでの合意内容は「白紙」とされ、売却完了後の按分方法も含め最初からやり直すことになります。
これは遺産分割協議においても同様で、苦労して協議を終えていても新たな相続人が名乗りを上げれば「無効」とされ、最初からやり直しが必要となります。
改正原戸籍って何?
戸籍法が施行されたのは明治5年です。
それ以降、現在までに5回(電算化の遅れている一部地域では4回)戸籍簿の様式変更が実施されています。
この様式変更の際、すでに除籍となっている方は新様式に記録されません。
ですが除籍しているからと言って、相続権を失っている訳ではありません。
つまりそのような除籍者の存在を確認するには、現戸籍のほかに様式変更前の戸籍、つまり原戸籍を確認する必要があるのです。
その改正前戸籍が「改正原戸籍」です。
現戸籍と原戸籍、両方とも読みで「げんこせき」と読めますので紛らわしく、そのため専門家は後者を「はらこせき」と言い分けます。
戸籍謄本については一般的にも馴染み深い書類ですから特段の説明は必要ないでしょう。
ねんのため解説しておきますが、戸籍とは日本人が出生から死亡までの身分関係について登録・公証している制度で、戸籍法に基づく届けにより記録されます。
戸籍は原則として1組の夫婦及び夫婦と同じ氏である未婚の子を編成単位としており、保管や取り扱いは本籍地の市町村役場とされています。
この原則により戸籍謄本・抄本などの請求は本籍地に対して行うことになります。
ご存じかと思いますが本籍地とは、単純に戸籍のある場所を指すだけですから、居所である必要もなく、日本国内の地番が存在していれ場所であればどこにでも置くことができます。
最近は少なくなりましたが、年配の方は本籍地を東京都千代田区千代田1番、つまり「皇居」としている方も多く、東京近郊に居住していない限り戸籍謄本を取得するのに郵送申請の手間がかかるというデメリットがありました。
もっとも従来は役所窓口での直接請求か郵送請求しか取得する方法がありませんでしたが、現在ではマイナンバーカードがあればコンビニで取得することができるようになりました。
戸籍に記録されているのは身分関係であると解説しましたが、具体的には出生・結婚・死亡・親族関係などの身分関係で、本籍・筆頭者指名・戸籍上で記録されている名・生年月日・父母の氏名・出生地などが記載されています。
謄本は編成単位上の全員分、抄本はその中で特定個人に関しての「写し」となります。
相続人調査は必須‼
相続不動産の売却相談があった場合、相続人調査は基本です。
とくに相続不動産について移転登記前・遺産分割協議前に媒介依頼を受ける場合には、冒頭で解説したように全ての共同相続人の同意が必要です。
漏れ落ちがないよう、隠れた相続人が存在していないかなどを確認する作業を欠かすことはできません。
この作業は手間がかかります。
はっきり言って調査や知識に自信がない場合、このような相続不動産の売却相談に応じないことです。
「遺産分割協議が成立していない場合、当社の規定により相談に応じることができません」と言い切りましょう。
相続人全員の意思確認を怠ったことにより、媒介業者が買主にたいし損害賠償を命じられた判例も存在しており、同様のケースで筆者自身、過去に手痛い失敗をしたこともあります。
それでも果敢にチャレンジしたい、自分のスキルを引き上げたいという方は積極的に介入すると良いでしょう。
このような案件を問題なく処理できる不動産業者はそれほど多くはありませんから、専門性の高い業務を処理できるとして実績向上につながります。
「相関図」を作成して相関関係を把握する
たとえば被相続人の「子」が婚姻等により他の戸籍に入ってしまった場合(転籍)、もしくは故人(被相続人)に離婚歴があり、その時に「子」はいたが親権を放棄して同居もしていない場合などにおいては、その存在を現戸籍で確認することができません。
このような除籍された人の身分関係まで含め完全な調査をするために必要なのが、前項でも解説した、戸籍謄本・除籍謄本そして改正原戸籍です。
これらの戸籍情報から前本籍地の戸籍に至り、さらに戸籍に記載されている関係者の戸籍を全て取得して相続人相関図を作成し、相関図に漏れ落ちがないかを利害関係者にヒアリングして確認します。
相続人相関図についてですが、私たち不動産業者が登記書類を作成する訳ではありませんから、自分が理解できて相続利害関係者に説明が出来る状態であれば書式も自由に作成して構いません。
上記図のように、法務局のホームページで公開されている「相続関係説明図」を参考にすれば良いでしょう。
決済前に登記が必要
さて漏れ落ちなく利害関係者の調査も終え正式に媒介依頼を受けて販売活動を開始すれば、次に考えるべきは決済についてです。
相続財産である不動産を売却する場合、買主に所有権移転するには事前に相続人への相続登記(名義変更)が必要だからです。
通常の場合ですが、相続物件は遺言書もしくは遺産分割協議書、または家庭裁判所の審判により相続割合を確定(民法907条)します。
これにより相続登記がなされ、相続人が登記名義人(売り主)となります。
つまり相談・売却依頼の時点では登記されていなくても構わないのですが、買主に所有権を移転する前までに分割内容に合意して相続登記を完了していなければならないのです。
原則は相続登記が完了してから売却活動を開始することです。
ですがそうではない場合、つまり買主が見つかっても相続登記が完了していない状態などで契約を締結する場合、相続登記を停止条件としておく配慮が必要でしょう。
もっとも当初はそれほどでもなかった遺産の取り分調整が、買主が見つかり不動産が現金化できるとなったら
「私が一番、親の面倒を見ていたのに兄弟と同じ配分では納得できない」
などと紛争が始まることも珍しくはありません。
そのような争いは長期化することが多く、売買契約における引き渡し期限を超過する可能性が高まりますから、停止条件の効力も意味をなさず「違約」となることがあります。
そのような状態にならぬよう、常に利害関係者の心理状態にまで目を光らせ誘導していくことが大切です。
まとめ
相続が発生すると利害関係人が思い込みで権利を主張し、極端な行動にでることがよくあります。
とくに現金や有価証券などとは違い、現金化するまでに時間を必要とする不動産は、少しでも早く自分の取り分を確保したいとの意向が働くのでしょうか、単なる共同相続人の1人でしかないのに「私が一任されているから大丈夫。すぐにでも売り出して欲しい」などと連絡してくることがあります。
筆者が失敗した事例でも、このような共同相続人の1人が他の相続人の実印が押された同意書と印鑑証明を持ち込んで相談に訪れてきたので信用し、媒介契約を締結し客付けしたのですが、決済前に他の相続人に確認すると「同意書は別の目的で作成したものであり不動産売却に同意した覚えなどない」と言われました。
方々に謝罪して周り、何とか大事にならず納めることはできたのですが若気の至りだと反省しています。
レアケースではありますが、人間「欲」が絡むと思わぬ行動に出るものです。
私たち不動産業者は甘言に踊らされず、そして確認を怠らずに冷静に業務を遂行する必要があると言えるでしょう。