2014年6月18日に宅地建物取引業法の一部が改正され、宅地建物取引主任者が宅地建物取引士へと名称変更してから、コラム執筆時点で8年目を迎えようとしています。
変更された名称自体はすっかり定着しましたが、名称変更により厳しくなった宅建士の資質向上に向け定められた下記項目についてどの程度浸透しているでしょうか?
●信用失墜行為の禁止
●知識及び能力の維持向上
筆者はコラムを宅建士も含めた不動産業界で働く方々全般に対し、知識向上を標榜して執筆していますが、毎年の法改正の数が増加傾向にあることも含め不動産業者、とくに宅地建物取引士の責任が重くなっていると感じます。
とくに上記の「知識及び能力向上」については、参加が義務付けされている法定研修などで補えるものではなく、常に復習をして知識を定着させると言った自助努力が必要です。
宅地建物取引士の資格を取得するため受験対策を行い、民法や宅地建物取引業法・法令上の制限などは相応に勉強している筈なのですが、試験に合格すると途端に勉強をやめてしまいます。
宅地建物取引士ではなくても不動産を扱う以上は最低限、試験範囲の知識を学んでおく必要があり、現実の法律問題では宅地建物取引業法だけではなく民法・民事訴訟法・建築基準法・税法など、様々な法律が入り組んだ形で発生しますから、単に一つの知識を学んだから解決できるものではありません。
筆者は北海道札幌市を活動拠点としていますので、必竟、不動産実務やコンサルティングも北海道内の比率が高くなるのですが今冬は稀とも言える量の積雪により様々な問題が発生しました。
中でも落雪により隣家の窓ガラスや外壁を破損させ、その復旧等に関してのトラブルが多発し、筆者のもとに様々な相談が寄せられました。
破損箇所の修復も勿論ですが、同様に多かったのが再発防止のため隣家に「落下防止措置」を求めることが出来るのかといった内容の相談です。
このような隣家からの落下物等により隣家に損害を与えるケースは、積雪地帯ばかりではなく、例えば地震の影響によりテレビアンテナが落下した場合や、強風により搭載した太陽光パネルが外れて隣家に損害を与えることもあります。
そのような相談があった場合に、私たち不動産業者はどのような対応をすれば良いのでしょうか、また販売物件の隣家の配置や建物形状により引き渡し後のトラブルが事前に予測される場合には、どのような対応をしておくべきでしょうか?
今回はそのような観点から、土地工作物責任について解説したいと思います。
土地工作物は無過失責任
土地の工作物の占有者・所有者責任に関しては民法717条で定められています。
原則として土地工作物の所有者は、工作物の設置・保存に瑕疵が存在することにより他人に損害を与えた時には故意・過失を問わず責任を負う必要があります。
この場合、占有者は過失責任ですが所有者は無過失とされます。
ちなみにですが土地の工作物は、土地に接着して築造された設備が全て含まれますので建物だけではありません。
個人住宅におけるガレージやブロック塀はもちろん、公的には公園の遊具などについても維持管理が義務とされます。
実際に市立小学校の遊動円棒(太い丸太の両端に鎖をつけて水平に吊り、その上に乗り前後に揺り動かして遊ぶ遊具)の保存につき相当の注意が欠けていたことにより児童が死亡したとして、市に損害賠償責任があるとされた事件もあります(最判昭44.2.18)
「瑕疵」とは「物」が通常有すべき品質を欠いていることを指しますが2020年4月1日以降、不動産売買契約書等では「契約不適合責任」に置き換えられています。
今更ではありますが瑕疵の定義である「通常有すべき品質」が社会通念上「こう思っている」というような、あまりにも抽象的なものでありそれにより不要な問題が生じる温床にもなっていたことから、新民法では契約不適合を採用して「契約合意した内容が基準」とされました。
とはいえ民法にはいたるところに「瑕疵」という用語が残されていますから、私たち不動産業者は正確に用語の違いを理解している必要があります。
契約不適合は契約に基づき引き渡された目的物が種類・品質又は数量に関して契約の内容に適合していない状態です。
ですから新築時の設置時点、もしくは中古物件の取引時点で契約不適合が存在していなくても、その後の経年変換の過程で適切な維持管理を行っていないことにより「欠陥」が生じ、それが理由で第三者に損害を与えると「保存の瑕疵」と表現され、この際には契約不適合との用語は用いられません。
注意いただきたいのは、契約不適合が存在している状態で購入した物件により他者に損害を生じさせた場合、例えその設置または保存による瑕疵が従前者の所有していた際に生じた場合であっても、現所有者が責任を負うということです(大判昭3.6.7)
売買契約時に契約不適合が存在していたかどうかは別の問題として争われ、第三者に与えた損害は所有者に損害賠償義務が発生します。
原則論としてはこれら設置・保存の瑕疵は、第一次的には占有者が被害者にたいして賠償責任を負うと定められていますが、これは工作物を実質的に支配していることから、瑕疵を補修し損害を防止することが容易であるといった考えによります。
ただし先程解説したように占有者は「過失責任」に限定されています。
つまり占有者に過失が認められない場合には所有者が損害賠償を負います。
さらに先程、解説したように所有者の責任は「無過失」です。
民法717条においても、占有者が損害防止の発生を防止するのに必要な注意をしたときには所有者が損害賠償責任を負うとされているからです。
ここで覚えて置かなければならないのは、これら規定は工作物に瑕疵が存在している場合に限られているということで、例えば冒頭であげた台風を原因として隣家等に被害が生じた場合、土地の工作物に瑕疵が存在していたとの証明は被害者が行うことになり、それが出来ない場合には所有者等に対し民法717条を根拠としての賠償請求はできないことになります。
証明ができる場合には、民法717条と併せて民法709条「不法行為の要件と効果」を適用することができます。
具体的には「故意または過失により他人権利または法律上保護される権利を侵害したものは損害を賠償する責任を負う」とする定めです。
ただし冒頭に挙げた北海道などの積雪地帯における落雪は自然現象ですから、「損害を与えられても泣き寝入りするしかしょうがない」といった考えもあります。
隣家に落雪防止措置を求めることの出来る根拠法が存在していないからです。
もっとも道義的な責任は別です。
毎年のように隣家からの落雪により損害が生じている状態は「自然現象だから」で済まされる問題ではなく、相隣関係の円滑な関係を鑑みても何らかの措置が義務付けられていると解されるでしょう。
つまり度重なる損害の発生は民法709条における「故意」に該当します。
実際にこのような積雪による裁判判例で、隣地フェンスなどを破損させた所有者にたいして賠償責任を命じたものが存在しています。
不動産業者としては販売物件が隣家からの影響を受けることが高いと判断される場合、誠意を持って話し合いを持つべきですが、どうしても応じてもらえない場合には「妨害予防請求」の裁判や仮処分の手続きを求めることができます。
もっともいきなりそのような強硬策を講じるのではなく、相隣関係を円滑にしていくために誠意を持って話しあいを持ち、どうしてもまとまらない場合に調停を考えるべきでしょう。
賃貸建物の事故とオーナー責任
賃貸オーナーの場合にも、このような維持管理について管理会社に任せきりではいけません。
管理方式によらず建物賃貸借契約に基づき賃借人が使用・収益している場合、事故が発生してその「責」が間違いなく賃借人にある、もしくは管理会社及び賃借人の過失による債務不履行または不作為行為が明確である場合は被害者に対し(民法第415条_債務不履行・民法709条_不法行為)による損害賠償義務が発生しますが、過失がない場合には所有者である賃貸オーナーが無過失で責任を負うからです。
これは賃借人が占有者として民法第717条1項にある「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う」とする一方で「ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない」との定めがあるからです。
また管理会社の責任範囲は管理委託契約の内容により見解も異なりますが、一般的には「入居者管理」と「建物管理」に大別されます。
入居者管理
入居者管理の代表的なものは「賃料管理」で、賃貸オーナーに代わり入居者からの賃料回収や入金管理のほか、未払い賃料に関しての督促業務です。
また契約手続きや退去時の清算業務等もこちらに含まれます。
建物管理
建物や設備の故障、破損などが見つかった場合に賃貸オーナーに連絡をする業務です。
補修業者の手配などを代行する場合もありますが、あくまでも補修の範囲や工事の実施を判断するのは賃貸オーナーですから、管理会社は建物の現状を定期的に確認し必要に応じ補修の必要性について言及すれば「損害の発生を防止するのに必要な注意」を促したと解され、善管注意義務を満たすことになります。
このような助言があったのに現状を放置して第三者に損害を与えた場合には、当然ながら賃貸オーナーが無過失で責任を負うことになります。
まとめ
今回は土地工作物責任について解説しました。
実際の業務でも、隣家からなんらかの損害を受け、話し合いがまとまらず私たち不動産業者に仲裁や相談が寄せられることも多く、実務処理としても正確に理解しておきたい内容です。
例えば販売物件の現地調査をすると隣家の住宅が片流れ形状で、距離もそれほど離れていない。
この場合には軒先から流れ出す雨水が隣地に影響をおよぼす可能性が想定されます。
たかが「雨」だと事前に手を打っていなければ、そこから相隣関係のトラブルが発展することがあります。
筆者の体験談ですが上記と同様のケースで、隣家との取り合い部分に奥様が花壇を作ったのですが、隣家からの雨水が直撃すると花が折れてしまう。
近所だからお互いさまというのは第三者的な考え方で、せっかく綺麗に植えた花がそのような「姿」に変わるのは納得できないと、隣家に対して雨水侵入防止の処置をとらせたい。
このようなケースでは往々にして私たち不動産業者が顧客から「あなた方が建物を販売する前から配慮しておくべきでしょう!」と責められます。
例えば雨樋を設けるなどにしてもお金が必要ですから、隣家にお願いに伺ってもかなりの確率で「一体、誰が費用を負担するのだ!」と言われてしまい板挟みになります。
そのような時に、今回のコラムで解説した内容が生きてきます。
筆者の場合ですと理路整然と分かりやすく物件所有者の土地工作物責任について説明し、併せて「今回のお話の経緯は書面にまとめて保管しますので、今後、万に一つでも放置により人的事故が発生した場合には証拠として提出します」と話すと同時に、今後の影響の次第により調停も辞さない旨を説明します。
もちろんそのような強硬姿勢だけではそれ以降の相隣関係に支障が生じますから、影響を防止するため最も費用の少ない方法について説明すると共に、場合により工業業者の斡旋や、融資を利用できる旨の説明も怠りません。
このような手法を自分なりに構築しておくことにより、相隣関係の問題も速やかに解決できるようになるでしょう。