立地や大きさ・価格などの諸条件を満たしていても、物件上空を高圧線が走っていれば「電磁波が心配で……」と断られることもあるでしょう。
そのような場合、ありがちな応酬話法で「確かに電磁波は発生するのでしょうが、法律により人体に影響のない程度で設置されています。ですからそれほど心配する必要はありません」と説得を試みても、下手をすれば所詮他人事だから適当に説明をしていると受けとられかねません。
住宅を購入すれば長期間そこに住むことになるのですから、顧客としては電磁波による健康被害を含め、TVや家電への影響、またあり得ないと理解しつつも映画のワンシーンのように送電線が切れあたりを跳ね回る光景などを想像して嫌悪感を示すのではないでしょうか。
無論、そのような高圧線直下における様々な影響を自分なりに調査して問題はないと判断し購入する方もおられますが、全体としては少数派と言えるかも知れません。
私達が査定をする場合にも、高圧線が上空を走っていれば嫌悪施設有りとしてマイナス要因とするでしょう。
電磁波について正しい知識を持っていないことにより根拠のない風評被害に左右され、また思い込みにより判断されることも多いでしょうから、そのような条件の物件を販売する場合には私達が正しく学び電磁波に対する理解を深めておく必要があるでしょう。
今回はそのような電磁波による人体への影響に関し、日本と諸外国の基準の違いや最新の研究データも含め解説します。
電磁波とは
高圧線直下の物件を内見し真っ先に指摘されるのは「電磁波による人体への影響」ですが、そもそも電磁波とはなんでしょうか?
端的に表現すれば「2つの電磁界(空間)がいくつも連鎖して波となり、高速で伝搬されるもの」ですが、専門家ではない私たちには何のことか分かりません。
そこでもう少し分かりやすく説明します。
電磁波は磁場の変化によってつくられる波のことですが、TVやラジオ放送などの電波、レントゲン写真で使用されているエックス線も電磁界を発生(利用)する設備(機器)等に含まれます。
これらから発生した電磁界において、雷場と磁場の変化を伝搬する波の一種が電磁波なのです。
上記で電磁界と電磁波、2つの表現を用いました。この違いについては後述しますので先に進みます。
高校物理で電磁波の発生原理を授業で行っていますから記憶している方も多いと思いますが、原則として電磁波は交流でしか発生しません。
私達が日頃、利用している電気は「直流」ですから、上記の理屈からいえば家電などから電磁波(電磁界)は発生しないはずなのですが、私達が直流だと思い使用している電気は、正確には「直流もどき」です。
家電製品等は純粋な直流でしか稼働しませんから、直流もどきの電気を変換するプロセスを瞬時に何度も行っています。
そのプロセスを行う際に電磁波が発生するのです。
不思議なもので純粋な交流電気を直流に変換するよりも、直流もどきを変換させるほうが電磁波の周波数は高くなるようです。
つまりは日常的に使用している家電製品等からも電磁波は発生しているということです。
無論、これらの製品で発生(もしくは利用)する電磁界は、定められた基準の範囲内です。
つまりは高圧線直下ではなくても、日頃から私たちは程度の差こそあれ電磁波にさらされ生活しているのです。
携帯電話各社が4Gから5Gに移行するにあたり、基地局アンテナの部品交換や新設などが相次ぎ、それらから発生する電磁波の影響を危惧した市民団体によるトラブルや訴訟が発生したのを記憶している方も多いでしょう。
平成22年当時の菅政権時代においては、国会で参議院議員による「電磁波による人体の影響に関する質問状」が提出されたこともあります。
今回のテーマとしている高圧線直下と同様に、敷地と携帯基地局が隣接している場合などは「電磁波が心配で……」と言われる可能性は高いでしょう。
電磁波と電磁界
総務省電波利用ホームページで公開されている下記の図を見れば、機器・設備等による電磁界の範囲がひと目で確認できます。
これらは日頃から一般的に利用されている機器等の電磁界ですが、電波保護方針を基本とした電波法に基づく規制の範囲内に収められている数値です。
表に記載されているのは電磁波ではなく電磁界ですが、この2つは同じものと捉えがちですが性質は異なります。
電磁界は表のイラストから確認できるように、太陽光線や赤外線などの「光」、レントゲン撮影に用いられるエックス線等の「放射線」、TVや携帯電話等で利用される「電波」、電力設備や家電等から発生する電磁波等の総称として用いられます。
電磁波の性質はその周波数によって大きく異なりますが、電力設備等から発生する電磁波は一般的な電磁波と比較しても極めて低い周波数になります。
そこで一般的な電磁波と分けるため、総称とは別の意味で電磁界と呼ばれています。
ですから前項で電力設備や家電等からは電磁波が発生すると便宜的に表現しましたが、正確には電磁界と表現するのが正解です。
表を見ればお分かりになる通り、高圧線直下を含む電力設備等により発生する電磁界は超低周波電磁界です。
電磁界の周波数が高いほど人体に影響を及ぼす可能性は上がりますから、これら電力設備等による電磁界の影響は携帯電話よりも低いことが確認できます。
エックス線のような「放射線」は医療用等に利用されていますが3,000,000GHz(3千兆ヘルツ)以上と非常に大きなエネルギーを持っており、大量に浴びた場合には遺伝子を傷つけるレベルです。
ちなみに家電製品などから発生する電磁界は周波数が50Hz程度と極めて低く、その波長も波として考える必要のない程度ですから遺伝子を傷つけたり物を温めたりする性質を持ちません。
また発生源から離れると急激に小さくなるといった特徴もあります。
電磁波等による健康被害に関する研究機関としては、国際的に認知度が高い団体として「WHO(世界保険機関)」「ICNIRP(国際非電離放射線防護委員会)」「IRAC(国際がん研究所)」があります。
総務省はこれらの研究機関と情報を交換しながら、現在においても電磁界による健康被害について検証を行っています。
諸外国と比較して日本の基準は低いの?
電磁界による人体への影響は周波数の程度とさらされる時間によって変わるという前提はあるものの、高圧線直下や携帯電話基地局等から発生する電磁波を日常的に浴びた場合における人体への影響については一定の結論が出ています。
結論を解説する前に、国際的な「電磁界ばく露ガイドライン」を理解する必要がありますので電磁波の単位について解説しておきます。
電磁波の単位はその種類(低周波か高周波か)によって異なります。
低周波は波(波長)が大きく、そのため磁界と電解を分け前者をガウス又はテスラ、後者をV/cmで表します。
高周波は電解と磁界が一体化していることから電力密度(mW/cm)もしくは局所としてSAR(W/kg)で表します。
高圧線などから発生する電磁波は低周波ですから正確には電磁界と呼ぶべきですが、国際的なガイドラインでは200マイクロテスラ以下とされています。
これを受け日本も平成23年3月31日に「電気設備に関する技術基準を定める省令」を改正し、国際的な基準である200マイクロテスラ以下を採用しています。
ただし国際基準である電磁界の上限値も国により考え方も変わり、200マイクロテスラ以下としている国が多いのも事実です。
これを見れば、国際的な基準であるとは言え日本の規制上限が適切なのかどうか悩むところです。
実際に200マイクロテスラ以下の電磁界による健康リスク評価としては
「短期的であれば国際的なガイドラインを遵守していれば問題はない。長期間における影響は科学的に明示できる根拠が十分ではない」
と、なんとも歯切れの悪い結果だからです。
これまで電磁波による人体への影響は様々な研究機関により研究対象とされてきましたが、過去30年間だけを見ても25,000件を超える論文が発表されているそうです。
それらを総括する意味でWHOは「低レベルの電磁界ばく露による健康への影響があることは確認できないと結論」しました。
高圧線直下や携帯電話基地局などによる電磁波による健康被害を心配する顧客に対しては、上記のWHOによる結論を説明するのが良いかも知れません。
ただし生物学的な作用や関係性については、これまでの各種報告に欠陥が多く、実証的なデータの収集と併せ今後も継続して研究する必要があるとしている点については覚えておく必要はあるでしょう。
まとめ
今回解説したように、完全に解明できていないのが電磁波(電磁界)による人体への影響です。
ですから高圧線直下の住宅等を「絶対に嫌だ!」という方には、無理に勧めないのが無難でしょう。
ただし正確に電磁波等による人体への影響を理解せず、根拠なく嫌だと思っている方に対してはWHOによる見解を説明し不安を払拭することができるかも知れません。
携帯電話も電磁界(電波)を利用していますが、これを直接耳に当てる行為や身につけている行為が健康被害につながるとの議論が盛んに行われている時期もありました。
もっとも、現在ではほとんど聞くことがなくなりましたが……。
ですが携帯電話による電磁波の影響等については現在でも様々な研究機関により継続して検証されていますから、今後、何らかの影響があるという学説が提出される可能性は十分にあります。
そのように考えれば高圧線直下や携帯電話基地局等の電磁界による人体への影響については、携帯電話同様「現在までのところ直接的な影響が生じるとの根拠は示されていない」と説明するのが良いのかも知れません。