一昔前ほどではないにしても、離職率の高さが不動産業界の特徴です。
厚生労働省による「令和3年雇用動向調査結果の概要」を見ると、不動産・物品賃貸業の入職率11.0%にたいし離職率は11.4%となっていますから一昔前と比べれば随分と良くなっているのでしょう。
平成3~8年の入職・離職率推移を見れば一目瞭然ですが、常に離職率が入職率を上回っているのが確認できます。
厚生労働省によるデータは公開されていませんが、筆者が不動産業界に入った32年前はコンプライアンスやパワハラなんて言葉ありませんでしたから「信賞必罰」はあたりまえ、あげく「束縛」とも言える管理体制にもすさまじいものがありました。
主観的な推測でしかありませんが、離職率は50%を超えていたのではないかと思います。
大手はいざしらず、中小は高給を「売り」に人材を募集し、入社後は徹底的に使い倒し「元を取る」という考えが蔓延していた時代です。
連日連夜、早朝から深夜まで管理され、携帯電話が普及していない時代でしたので会社からはポケットベル(液晶画面に数字列や簡単な文字列を表示できるだけのポケット型携帯用無線受信機のことです)が支給されており、それが時間に関係なく鳴り響く。
ベルが鳴れば慌てて公衆電話を探しますが、設置台数の少ないエリアにいるときは大変です。
ようやく見つけて電話をかけると「10分以内に折り返せ!」と支店長や上席から理不尽に怒鳴られる日々でした。
売上が上がらない月は休み返上で出勤が命じられるなど、「労働基準法って……」と嘆くばかりです。
さすがに現在はそこまで理不尽な会社は少なくなったとは思いますが(なくなったと言い切れないのがこの業界です)、大なり小なりブラックな業界です。
離職理由の多くはそのような労働環境によるものですが、同じぐらい多いのが理不尽なクレームによりメンタルをやられるケースです。
つまり「もう、疲れました……」と、心が折れてしまった状態。
不動産業はいまだに「クレーム産業」と揶揄される業界ではありますが、数千万円にもなる物件を斡旋しているのですから、調査不足や説明による齟齬、様々な理由によりクレームが発生するのは仕方がない側面もあります。
上席などがクレームを抱え悩んでいる部下に寄り添えれば良いのでしょうが、不動産業の多くは上席もプレイングマネージャーとしてノルマを抱えていますから、自身の売上を達成するのに必死です。
寄り添うにも限界がある。
そこで「お前が担当なのだから、自分で何とかしろ」となります。
何とかできれば端から悩んでもいないのでしょうが、処理ができず長引くとだんだんと口数が少なり目も虚(うつ)ろになってくる。
関西大学社会学部池内氏の調査レポートによればクレームにより「強いストレスを感じた」と回答した比率は、全業種平均で過半数超えとされています。
そうなれば売上も上がらなくなり、さらなる悪循環に陥り最後にはメンタルをやられ離職していく。
そのような状態に陥らないために必要なのが、クレーム傾向を知り対応方法を学ぶことです。
クレームの変化
筆者が不動産業界に入りたてのころ、対面以外のコミュニケーション手段は「電話」しかありませんでした。
時折夜中に電話がかかってきて怒鳴られることはありましたが、一般の常識人は「さすがに夜中に電話するのは悪いだろう」との思慮が働きますから、よほどの事情でもない限り電話がかかってくることはありません(その分、朝一番の電話で怒鳴られることはありますが、少なくても夜中よりはマシです。もっとも毎晩のように夜中近くまで事務所にいる労働環境も問題ですが)
ですがインターネットの浸透により電話よりもメール、とりわけSNSによるクレームが不動産業界に限らず増加しています。
様々な調査会社が「消費者と企業のコミュニケーション」に関し実態調査を行っていますが、そのレポートを読むと、「不満を感じても半数近くは直接伝えない」とされています。
クレームを直接伝えないのが、現在の特徴だと言えるのでしょう。
電話の場合はあくまで「1対1」のやり取りですが、SNSの場合はクレームの当事者以外にも多数のユーザーや、そもそもユーザーではないSNS利用者が混ざり込んでくることもありますから手におえません。
大手であれば悪質な場合に専門部署に対応してもらえるケースもありますが、中小、さらに個人営業が主流である不動産においてはその限りではありません。
企業研修でそのような話をすると、時折、目がどんよりと曇った営業マンから「じつは最近、こんな内容のクレームが毎日、何本も届いて……」と携帯画面を見せられることもありますが、なかなか「凄い表現」の履歴が確認されます。
初期対応に問題があったのかも知れませんが、クレームの趣旨から逸脱しているとしか思えない「人格否定」や「罵詈雑言」の言葉が並んでいます。
「いや~なかなかですね」とコメントするしかありません。
そのような傾向を分類すると、SNSによるクレームは以下の3種類に大別されるようです。
●営業個人にたいする批判
前述した「人格否定」や「罵詈雑言」などの過激な表現は、こちらに分類されます。
●物件・サービスにたいする批判
新築住宅にとくに多いクレームです。引き渡し後のアフターメンテナンス対応が悪い場合や、説明を受けていた内容と違うなどの場合に発生する批判です。
●クレーム対応に関しての批判
送付されたSNSにたいし、正確な内容を把握せずうかつに返信することにより発生する傾向の高い批判です。
クレームはSNSではやり取りしない
そもそもの話ですが、文字による意志の伝達、とくにSNSなどの短い文章では発言の意図が双方正確に伝わることはありません。
そのような理由から発信者と受け手の間に微妙に齟齬が生じ、やりとりを続けていくうちにだんだん隔たりが大きくなり最終的には大きな問題にまで発展します。
心理学上でコミュニケーションの影響を提唱した「メラビアンの法則」によれば、話しの内容よりも「身振り手振りが大切」としていますが、その比率は言葉7%・語調38%・身振り55%(7-38-55ルール)とし、いかに非言語コミュニケーションが大切であるかを説いています。
ところがSNSは相手が見える訳ではありません。
そこで覚えておきたいのが、クレームに関してのやり取りはSNS上で行わないことです。
とくに「反論」や「おざなりの短絡的な内容を書きこまない」ことは徹底する必要があります。
もちろん「無視しなさい」言う訳ではありません。
「詳細な事情をお聞きしたおので、お電話させていただいても宜しいですか?」などと返信する。つまり最低でも電話で、理想は訪問もしくは来社してもらい直接、話を聞くことです。
筆者も企業に属している時代、部下からのクレーム報告や相談を受け、介入が必要であると判断した場合には速やかに相手方に電話し「不愉快な思いをさせたことについてお詫び申し上げます。つきましては詳細なお話をお聞きしたいと思いますので、ご都合の良い時間にお伺いしたいのですが」とアポを取り、速やかに事態を収束させることを心がけていました。
ちなみに詳細なクレーム内容の把握ができていない段階では「不快な思いをさせたこと」にたいしてのみ謝罪します。
下手な謝罪をすると「お前は悪いと思ったから謝罪したのだろう」と言われるからです。
クレームを初期段階で収束させるには「スピード(心情理解とそれにたいするお詫びを含む)」・
「状況確認(可能な限り直接面談)」・「代替案と解決策の提示」・「お詫び」の順で速やかに対応することです。
売れている営業にクレームが少ない理由
不動産にクレームはつきものですが、それでは実績をあげている営業マンはクレームが多いのかと言えばそんなことはありません。
じつは売れている営業マン、つまり「優秀」であるほどクレームが少ないのです。
物件さえ良ければそれほど苦労せずに売れる不動産の世界ですが、いつもそのような物件に恵まれる訳ではありません。
コンスタントに売れ続ける営業マンは、知識や行動力、人に対する気遣いにも優れ何よりも言葉が「強い」ものです。
売れている営業マンは裏付けされる豊富な知識を自在に駆使し、自身たっぷりに顧客のため物件提案しています。
そもそも営業の存在理由は、知識格差を埋めるため正確な情報をわかりやすく伝え、顧客の不安や不満を軽減させることです。
優秀な営業マンは、それを自覚し営業活動を行っているのですから、そもそもクレームが生じにくいのです。
世間では「不動産営業は人を騙して暴利を得ている」との印象を持たれていることが多いでしょう。
たしかに物件力に依存する成績の安定しない営業マンがいるのは事実です。ですがそのような営業スタイルでは長続きするはずありません。
優秀な営業マンは契約欲しさに「嘘」をついたり、余計な見栄をはったりすることはありません。覚悟と自身を持って「お客さまのため、もっとも最適な物件を提案し、安心と幸せをお届けいたします」と言い切れる人間です。
そのために知識を得る努力を積み毎日奮闘しているのですから、多少問題が生じても初期対応を誤ることはなく、大きなクレームに発展することもないのでしょう。
まとめ
誰しも可能であれば避けたいのがクレームです。
本来クレームは「主張・要求・断言」などを意味しますが、日本では「苦情」と解され顧客の「主張」が置き去られています。
筆者は、新築工事現場の近隣住人から「夜中に仕事をしていて昼間は寝ている。お前のところの工事がうるさくて寝られないから即刻工事を中止しろ」と、名前も住所も明かさず匿名で、電話越しに一方的に怒鳴り声をあげるクレーム対応などを数多く手掛けてきましたが、そのような場合にも根気よく相手の住所を聞き、相手方に訪問(結構な確率で訪問しても居留守を使われますが)するなど、直接面談し事態の収束に務めました。
相手方の「主張」には誠実に耳を傾け事実を把握し代替案などを提示するなど、理不尽な要求には毅然として立ち向かう。
時代が変わりクレームがSNS主流となっても、人対人のコミュニケーションという原則が変化した訳ではありません。
ストレスを溜め込み業績を落とさないよう、基本的な対処法を理解して実践していくことが大切だと言えるでしょう。