賃貸アパートやマンションの場合、隣室からの騒音クレームは多いものです。
全ての物件に当てはまるものではありませんが分譲と比較すれば、賃貸は防音性能も低いことが多く、それほど極端に大きな音を出していなくても隣室や上階の音が響きます。
建物性能は概ね建築単価に比例しますから、全てに該当する訳ではありませんが、可能な限り割安で建築される賃貸物件の防音性能が低いのは仕方がありません。
建物性能によらず、集合住宅で生活する場合には入居者に相応のモラルが求められます。
共同生活なのですから、他の住人との調和や共有スペースの利用、騒音やゴミ捨てなどについて基本的な原則を遵守する必要があります。
予算に余裕がある場合に分譲賃貸を優先して探される方が多いのは、住人のモラルやマナーに差があることも理由の一つです。
騒音問題は分譲・賃貸によらず発生しますが、物件を所有して生涯そこに住み続ける可能がある分譲にたいし、所詮は仮住まいとの意識が働く賃貸では、マナーやモラルに対する意識に隔たりがあるのは当然でしょう。
実際にクレームを受けた経験のある方なら、感覚的にその辺は理解しておられるでしょう。
賃貸に関しての騒音クレームは本来であれば管理会社や賃貸オーナーに向けられるべきです。
ですが実際には斡旋した媒介業者に連絡が入ることも多いのではないでしょうか。
そのような場合、管理会社などに連絡し解決して欲しい旨を促すのですが、相手方によっては早急に対処してくれるとは限りません、中には「生活していれば少なからず音は発生するのだし、それは入居者がそれぞれに注意する問題なのだからこちらが対応する必要はない」と言い切る賃貸オーナーなどもいる始末です。
直接介入する権限も責任もないのに板挟みにされる媒介業者は悲しい立ち位置ですが、皆さんは騒音を発生させる入居者を法的に立ち退かせる方法についてご存じでしょうか?
今回はそのような迷惑行為に関する賃貸人の義務と、契約解除について解説します。
管理会社が対応しなければ媒介業者に連絡が入る
ご存じのように、立ち退きには相応の理由が必要です。
複数ヶ月に及ぶ賃料の滞納などがある場合には、否応なく「信頼関係の破壊」が適用されますから契約解除も比較的容易ですが、騒音などの入居マナーが原因である場合、多少、ハードルも高くなります。
とはいっても放置すれば、迷惑を被っている他の入居者から、「良好な住環境を阻害された」として損害賠償を請求される可能性があります。
自主管理で気も強い、昔ながらの賃貸オーナーならば自ら乗り込んで話をつけることもあるでしょうが、自主管理を端から考えていない投資家などは管理会社まかせで賃借人の素性に興味がない。
家賃さえ支払ってくれれば、住人同士の諸問題はすべて「丸投げ」てなものです。
余談ですが令和3(2021)年6月15日から「賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律」が施行され、管理戸数200戸以上の賃貸住宅管理業を営む事業者には施工後1年以内の登録が義務付けられました。
将来的に200戸以上の管理戸数が見込まれる管理業者にも自主的な登録が認められていますから、これまでは国土交通省でも正確に把握していなかった賃貸住宅管理業者の件数が、概ね確認できるようになりました。
それによれば令和5年3月末現在の登録件数は8,943社とされています。
登録が一段落した令和4年に登録業者のうち取扱件数が多い97社にたいして全国一斉立入検査が行われましたが、その結果を見て驚かれた方も多いでしょう。
なんと検査対象の60%にあたる59社にたいし、管理受託契約重要事項説明義務違反や書面交付義務違反などで是正指導が行われたのです。
このような結果があったからと言って、ただちに管理会社の業務が杜撰だと糾弾されるものではないですが、賃貸オーナーや入居者の双方から「いくら連絡しても空返事ばかりで、何も対応してくれない」などの苦情はよく耳にします。
そのため本来は直接関係のない媒介業者にお鉢が回ってくることも多く、催告しても迷惑行為が収まらない賃借人に対して取るべき方法を理解しておく必要があるのです。
迷惑行為を繰り返す賃借人への催告は当然として、放置した場合の「責」は賃貸オーナーに及ぶ
再三の改善要求にもかかわらず一向に態度を改めない賃借人にたいしては、賃貸借契約における用法遵守義務違反を理由として契約を解除できます。
「契約書にはそんな文言が記載されていない」と悩む必要はありません。
民法616条及び同法594条は、特段の取り決めがなくても賃借人による使用及び収益に関し、その目的物の性質によって定まった用法に従い使用する旨を定めています。
用途遵守義務違反は、その定めに反した場合に適用されるのです。
ですから賃貸契約書に具体的な定めがなくても、再三の改善要求で態度を改めない賃借人にたいしては契約を解除できる根拠になるのです。
ですがこの要件を満たすためには、少なくても複数回は改善要求を催告する必要があります。
そもそも賃貸オーナーには、被害を受けている他の賃借人から苦情を申し立てられた場合には、健全な使用収益を阻害する原因を排除する義務があります。
これが放置されている場合に賃借人は、賃貸オーナーにたいして不作為行為を理由とした損害賠償請求ができるのです。ですからクレームが入れば即時対応しなければならないのです。
受忍限度の理解は必要
前項で夜中に騒音を上げるなど用法遵守義務違反に該当する賃借人がいる場合には、賃貸契約を解除できると解説しましたが、これには受忍限度を超えているとの裏付けが必要になります。
具体的には以下のような要因です。
2. 侵害の程度
3. 被侵害利益の性質と内容
4. 侵害行為の持つ公益性ないし公益上の必要性の内容と程度
5. 地域環境
6. 侵害行為の開始とその後の経過及び状況
7. 被害防止措置の有無とその内容
このような諸条件について催告回数や是正状況、その効果などを総合的に考慮して判断されます。
騒音により受ける苦痛の程度には個人差が存在します。
賃借人によっては、神経質なほど「音」に敏感な方もいるでしょう。
そのような方が「煩い」と声を上げたからと言って、直ちに受任限度を超えていると判断することはできません。
状況判断を見誤れば、権利濫用になるからです。
一般的に受忍限度を超える「騒音」の目安は日中で50db(デシベル)以上、夜間で40dbと言われています。
イメージとしては昼間で銀行の窓口周辺、夜間で美術館内の館内程度の騒音なのですが、これを超える騒音が反復継続している状態であれば受忍限度を超える可能性があると言えるでしょう。
余談ですが騒音問題に関しての法的見解について詳しく知りたい方は、筆者が不動産会社のミカタに寄稿した下記コラムをご覧ください。
話を戻しますが、「音」による受ける認識は個人差がある。
人によっては軽いものをテーブルから落とした程度の軽量衝撃音などにたいしても過敏に反応し、小さな子どもがいる家庭なら防ぎようもない走り回る音にたいしても「騒音だ」と騒ぎ立てクレームを入れてくる場合もあります。
そのような場合には事実関係の確認が必須で、主観的な判断ではなく騒音計などを用いて測定する必要があります。
なぜなら用法遵守義務違反を根拠に契約解除するにも受忍限度を超えているとの裏付けが必要ですし、場合によってはクレームを主張している側が過剰要求している可能性もあるからです。
用法遵守義務違反を援用した契約解除
先述したように、賃借人には契約の目的物の性質によって定められる用法に従い、賃貸物を使用収益する義務があります。自主的な努力を求める表現ではなく、「しなければならない」とされているのです。
このような義務を履行しているからこそ、他の賃借人から迷惑行為などを被らずに生活する権利がある。上階や隣室の「音」がうるさいとの主張は、この権利侵害にたいする正当な主張なのです。
このような主張が賃借人から管理会社や賃貸オーナーにたいし行われた場合、その実態を確認し何らかの是正を講じなければならないのは先述したとおりです。
そこで、騒音の発生が賃借人の生活スタイルなどに起因する場合には、その行為などを改めるよう促す訳ですが、再三の注意を無視してそのような迷惑行為を繰り返す場合には用途遵守義務違反を根拠として契約解除と部屋の明け渡しを請求することになります。
明渡し請求の根拠法は民法541条で定められた「催告による解除」です。
これは、不動産業者なら見慣れているはずの「当時者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は契約の解除ができる」との定めです。
もっとも、この定めを援用し契約を解除するためには受忍限度を超える迷惑行為が常態になっている必要があります。
もっとも迷惑行為、つまり義務違反の程度が著しい場合には賃貸人と賃借人の信頼関係が破壊されとして、催告することなく直ちに契約解除できますが、それは最終手段でしょう。
通常は当事者双方から「音」の発生についてヒアリングを行い、同時にその状況について具体的な調査を行ったうえで受忍限度に抵触するかを勘案するのです。
筆者の経験では、隣室の音が煩いとクレームを言っていた賃借人が、生活上やむを得ない軽妙な生活音にたいして過敏に反応しているケースは多いものです。
場合によってはクレームを主張してきた当人が、隣室にたいし壁をたたいたり怒鳴り声をあげるなどの嫌がらせ行為を行っていたケースもあります。
このような事例から、一方からの主張を鵜呑みにせず、事実関係の確認を怠ってはならないことが分かります。
確認を行い、受忍限度が超えていると判断される場合にはそれを是正するよう相当の期間を定めて催告を行いますが、この場合における「相当の期間」は迷惑行為が収まらず、精神的な苦痛を受けている他の賃借人がいることを勘案し1~2週間程度を考えれば良いでしょう。
後々、その宣言について立証できるようその旨について記載した文章で催告します。
その際には相当の期間及び、その期間内に迷惑行為が収まらない場合には契約を解除する旨を記載した内容証明郵便を利用します。
結果、態度などが是正されない場合には契約を解除して部屋の明け渡しを請求します。
すんなり転居すればそれでよいのですが、そうではない場合には裁判所に「明け渡し請求訴訟」を提起します。
長くなりますので訴訟についての解説は控えますが、通常は正しい段取りを経て内容証明郵便を送達した時点で「信頼関係破壊の法理」が適用されますから、訴訟においてはその主張が認められ裁判所からの催告書送付、強制執行へと進むでしょう。
もっとも筆者の経験上、ほとんどのケースでは内容証明の送達で決着がつきますから訴訟になるのはごくわずかです。
まとめ
今回は賃貸でよくある騒音問題について、その原因の除去と契約解除までを解説しました。
契約解除による立ち退き請求事件として、もっとも認知度が高いのは賃料未払いのよる解除です。
ですがそれだけではありません。
今回解説したような騒音などの迷惑行為も含め、賃貸人と賃借人双方の信頼関係が破壊された場合には適用されます。
コラムでも解説を交えましたが、信頼関係の破壊は賃貸人だけが有利なのではなく、賃借人についても同様です。
契約書で約定されている建物についての維持管理を行わない、他の賃借人の迷惑行為について注意してくれるよう依頼しても何の行動も起こさないなどの場合には、賃借人の側から契約解除を申出て退去し、そのために要した費用などを含め損害賠償を請求することも可能です。
媒介人の立場としては、このような基本的な考え方を理解してトラブルに向き合う必要があるでしょう。