不動産業者として近隣トラブルが発生している物件を取扱う際には、細心の注意が必要です。購入検討者に予め説明するのは当然として、売買契約締結時にはその旨が記載された物件状況報告書を添付する必要があります。
新人研修を担当すると、しばしば「物件状況報告書の記載は、契約書類の作成時で良いのですか?」という質問を受けますが、媒介契約締結時もしくは締結後速やかに記載して貰うのが原則です。
媒介業者は、購入者にたいし物件の状態や引き渡し条件を明確にする責務があります。これは物件的な瑕疵だけではなく、心理的瑕疵についても同様です。
販売物件図面等に、「隣家との間で騒音問題による確執あり」などと記載されることは稀です。しかし、宅地建物取引業法上では物件販売資料に「告知あり」と表記しておけば問題ありません。
この場合、告知内容を把握して購入検討者に説明するのは買側業者の責務となります。
一般的には「告知あり=事故物件」と誤解されているケースも多いようですが、物件状況報告書の記載内容に基づき、とくに告知が必要である場合に用いられる用語です。
したがって事故物件に限らず、物件的な瑕疵や近隣トラブルが発生している場合にも使用できます。
これらの情報は、購入の意思決定に影響を与える重要な要素です。購入検討者には正確に提供されなければなりません。
共同媒介の場合、売側業者からの情報提供が重要です。買い手業者には、提示された情報を正確に把握し、買主に説明する責務があります。
したがって、物件状況等報告書の記載内容は正確かつ詳細であることが求められるのです。
物件状況等報告書で告知されていないのだから業者側に責任がないと主張しても、購入者に納得はしてもらえないでしょう。また売主からは「そのような記載は求められなかった」と反論されるかも知れません。その場合、媒介した両業者に対し、説明義務違反が問われる可能性もあるのです。
今回は近隣トラブルに焦点を当て、正確な情報提供の重要性と、漏れ落ちなく物件状況報告書に記載して貰うにはどうすれば良いかについて解説したいと思います。
隣人の迷惑行為を告知しなければ、損害賠償が請求される?
物件状況等報告書の記載事項については、媒介業者に積極的な調査義務が無いと考える人がいます。売主に正しく記載するよう促せば、それで責任を免れると考えているからでしょう。
確かに「宅地建物取引業者における人の死の告知に関するガイドライン」では、物件における死亡事故等に関する調査について、「売主・貸主に対し、過去に生じた人の死について、告知書等に記載を求めることで、通常の情報収集としての調査義務を果たしたものとする」としています。
ですがこれは、プライバシーの問題や遺族心情などを勘案し、「人の死」に関する調査に限定された定めで、告知事項の全てにたいして免罪符を与えている訳ではありません。
媒介業者には売主から提供された情報だけではなく、自らも物件やその周辺状況について積極的な調査を行う責任があるのです。
そもそも記載するのは一般の方々です。したがってどこまで告知すれば良いのか理解していません。
例えば告知が必要となる嫌悪施設との距離や、数年前に発生したキッチンでのボヤ、過去に事故が発生している場合の留保期間や告知内容については、私たちが適切に助言しなければ漏れ落ちる可能性があるのです。
そのため物件の現状を客観的かつ詳細に調査し、告知すべき内容が正しく物件状況報告書に記載されているか確認する責任があるのです。
例えば隣家に植えられている植樹の越境状況や落葉の程度、隣家の駐車場にマフラー(消音器)を交換した改造車が置かれている、ゴミステーションの清掃状況など、現地で確認しなければ気がつけない情報です。
記載漏れを防止するためには、担当営業マンがそのような情報を把握している必要があります。
たとえば「お隣が窓を開けてピアノを弾いていたようですが、音の問題でトラブルになったことはありませんか?」、「ゴミステーションのネットが破けていて、カラスが騒いでいるのを見かけたのですが、清掃は当番制なんでしょうか?」などと質問することで、正しい記載を促せるでしょう。
また物件状況等報告書は記載して貰った後、回収するだけでは足りません。それを現況と照らし併せ確認することが大切です。
これは宅地建物取引業法第三十五条(重要事項の説明等)の定めによらず、契約締結の判断に影響を及ぼす可能性がある事項については、業者が適切に調査することが責務とされているからでもあります。
問題なのは生活騒音が、「契約締結の判断に影響を及ぼす」かどうか、その判断基準が告知する側の主観によることです。
例えば隣家から漏れ聞こえる夜泣き声、「子供は泣くのが仕事みたいなもんだし、そのうち収まるさ」と鷹揚に構える方もいれば、「私は朝が早い仕事なのに、毎日のように貴重な睡眠時間を削られてはたまったものではない。契約前に説明して当然でしょう」という方もおられる訳です。
騒音の発生源が近隣の工場や店舗などであれば、騒音規制法や防止条例に違反しているとの旨で市区町村に申し立てることにより、騒音・震動測定を行ない、その結果、改善が必要であると判断された場合には、然るべき措置を講じてもらえます。ですが、生活騒音について行政は介入しません。
どの市区町村においても「生活騒音は規制対象外」であるとして、介入できない旨をホームページに掲載しています。必要に応じて第三者を交え話し合いを行なうなど、あくまで当時者間による解決が推奨されています。
理解しておきたい受忍限度の基準
当事者同士で話し合い、それでも解決できなければ司法に判断を委ねることになります。
その際の判断基準は、騒音発生の時間帯や被害の性質、音の程度、恒常的に発生しているかなどを総合的に勘案し、「社会通念上相当」かどうか、つまり社会一般で通用する常識や見解と照らして合致しているかどうかで判断されます。
近隣トラブルは司法判断に持ち込まず、相手と話し合うことが最良の解決方法です。
その場合、「音」に関しての判断基準、つまり騒音の程度は日中50dB(デシベル)、夜間40dBを超えている場合が目安となります。もっとも、これは環境省が「環境基準法」の規定に基づき告知した環境基準です。
地域性(幹線道路が近いなど)によって騒音の程度は異なりますが、判例を見ても、「受忍限度」や「耐え難い騒音」とされるのは、環境基準を超えた「音」が発せられた場合としていることが多いことを勘案しても、目安であると言えるでしょう。
騒音トラブルに関する相談を受けたケースでは、「こんな音がするんです」と言って、スマートフォンで録音(録画)したものを見せられることがあります。意図は分かりますが、この方法では騒音の程度を判断することはできません。
騒音計測器で測定し、発生日時と継続時間を記録しなければ証拠能力はありません。
騒音計測器は廉価版であれば2,000~6,000円で購入することはできますが、性能には注意が必要です。市区町村によっては貸出を行っているところもありますから、検索してみると良いでしょう。
物件状況報告書に記載して貰う際の注意事項
売主が迷惑だと認識していなければ、「売買物件に影響を及ぼす」とは考えません。その場合、物件状況報告書への告知が自発的に行われることには期待できないでしょう。
したがって物件状況等報告書に記載して貰う際には、「不実告知は契約不適合に該当する恐れがある」と、その重要性について説明し、漏れ落ちのない記載を催促する必要があるのです。
ただし、この要件を満たしているだけでは、調査義務を果たしているとは言えません。
媒介業者には、「近隣踏査や目視調査の結果、告知内容に漏れ落ちがあると思慮される場合には、その事実を確認する」という注意義務が求められるからです。
ですから記載して貰う際には、主観ではなく「客観的」な視点で記載して貰うことが重要です。「それはアナタの意見ですよね!」と言いたくなるような表現は避けてもらい、客観的な情報提供を求めるのです。
また記載内容に懸念がある場合は、その事実を確認する姿勢が重要です。
例えば、「雨漏り無しと記載されていますが、天井に染みがあるのはお気づきですか?。補修したのであればその旨を、そうではない場合には雨漏りが発生した過去がないかを思い出し正確に記載してください」といった具体的な指摘が必要なのです。
告知に関しては、遡及期間についての明確な目安が存在していません。告知内容や諸条件によって異なるため、個々のケースで判断する必要があります。とくに欠陥や心理的瑕疵などについては、買主が納得した上で売買契約を締結することが重要ですので、物件状況報告書は正確に記載されている必要があります。
生活騒音問題などの主観的な見解に振り回されないためには、営業マン自身が注意して近隣踏査や室内確認等を行ない、客観的な情報を基に物件状況報告書を記載して貰うことが不可欠なのです。
まとめ
今回は近隣トラブル、特に騒音問題に巻き込まれないよう予防するには、物件状況報告書の記載が重要であるとの観点から解説を行ないました。
とくにマンション上階からの振動音やペットの鳴き声、生活習慣の違いなどにより発生する生活騒音のトラブルについては、一度ならず皆さん相談を受けたことがあるでしょう。
生活騒音問題は、マンションやアパートなどの集合住宅において発生率も高いことから、特に注意が必要です。
必要に応じ物件状況報告書には、ペットの飼育状況や生活習慣に関する情報も記載しておくべきでしょう。そのような客観的な情報を提供することにより、将来的なトラブルを回避することができるからです。
「不利益な情報を提供すれば売れなくなるのでは?」という懸念も理解できますが、実際には正確な情報提供が信頼を生み、円滑な取引に繋がるのです。逆に、不正確な情報を提供すれば、引き渡し後にトラブルが発生するのです。
トラブル処理には時間と労力がかかるうえ、円滑な関係を損なう原因にもなります。
したがって、初めから客観的で正確な情報を提供し、それを理解した上で買主が意思決定することが、不動産取引において重要だと言えるのです。