近年、消費者生活相談窓口に、一般の方からの法令解釈相談が増加しているようです。
「このようなことがあったのですが、どうすれば良いですか?」と言った相談ではなく、「このようなケースは民法第◯条第◯項に該当し、損害賠償請求できると思うのですが、そのような解釈で良いのですか?」と言った、ちょっとしたプロ顔負けの相談です。
そのような相談が増加した原因は、消費者意識の変化と法令改正件数の増加及び複雑化が主要因ではないかと考えられています。
民法に代表される様々な法律は、日常発生する様々な問題を解決するための重要なルールです。
権利や家族関係、相続など私的領域の紛争をルールに則り適切に処理できるのですから、私たちにとっては極めて身近な存在です。
しかし、条文には専門用語や難解な言い回しが多く、一読しただけで理解するのが容易ではありません。
従来、法律に関する問題は弁護士などの専門家に相談するのが一般的でした。
しかしインターネットやSNSの普及により、多くの人が法令に関する情報に触れる機会が増えました。
その結果、法が身近な存在であると認知されるようになり、法令内容や取引に関する知識も向上したのです。
疑問点があれば、積極的に法律相談を行う環境が整ったと言えるでしょう。
私たち宅地建物取引業者の責務は、第一に購入者等の利益保護です。
それが重要であるのは、宅地建物取引業法第一条で目的として定められていることでも分かります。
たんに土地建物等の不動産売買や賃貸を斡旋するだけでは足りず、取引上問題が生じぬよう調査、説明を徹底する必要があるのです。
そのために把握しておくべき法律は、宅地建物取引業法、民法、建築基準法、都市計画法、消費者契約法、景品表示法など多岐にわたります。
しかし、実務上必要とされるのは、法文それ自体ではなく、法に即した運用です。
つまり法の趣旨を正しく理解して、適正に運用していくことが重要なのです。
とはいえ、条文を覚えること以上に大切なのが、法の定義や運用解釈の理解です。
事案が発生した場合、その問題点を速やかに抽出し、論理的で一貫性のある解決策や判断を導き出すために必要だからです。
宅地建物取引業者は法務自体を生業とはしませんが、宅地建物取引士には土地・建物の売買や賃貸斡旋取引にたいし、購入者等の利益保護と同時に公正かつ誠実に法の定める事務を扱うこととされています。
したがって広義に解釈すれば、宅地建物取引業者に従事する者は、資格の有無によらず法に関しての理解を深め、業務を行う必要があるのです。
消費者が「法」に関しての知識を深めつつある現在、私たち不動産業者はそれ以上に専門性を高めていく必要があるのです。
今回は消費者傾向の変化と、専門性を高め続けることにより、媒介報酬以外で報酬を得られる道筋が開かれた点について解説していきます。
ネット利用の問題点
疑問や分からないことは、すぐにネットで検索できる時代になりました。
パソコン同様のOSを利用できるスマートフォンの普及により、その傾向に拍車がかかりました。
自動詞として「ググる」なんて言葉が一般化したのもその影響でしょう。
問題や疑問が生じたら、さっと検索して「ほら、ここに書いてあるでしょう」と検索ページをかざす、そんな光景を見ない日が少ないほどです。
しかしネットで解説されている内容は、その全てが正しいとは限りません。誤って解釈し運用すれば、それを原因にトラブルが発生する危険性があるのです。
確かにインターネットによる検索は便利ですし、さらに生成AIを利用すれば、大概の疑問は解決できます。
しかし、AIが利用しているビッグデータ自体、間違った内容が散見されるのですから、回答内容が必ずしも正しいとは限りません。
一般の方であればおおよその理解で良いかも知れませんが、私たち不動産業者がそれではいけません。
ネット検索をするにも、ソースに信頼が持てる各省庁や裁判所、研究機関などを中心に情報を調査する必要がありますし、法文を読んで理解できない部分については、管轄省が制定した運用解釈を読み込む必要があるのです。
消費者保護関連法が加速している理由
消費者保護に関する法整備が加速しているのは、権利意識の高まりと同時に、販売手法の多様化による影響が大きいのでしょう。
不動産業界でも2020年5月から、契約から決済まで非対面で行えることを可能にした電子取引が全面解禁されたことで、販売形態も様変わりしました。
不動産取引に関するトラブル傾向を理解することで、トラブルを誘発しないために必要な対策を講じることができます。
まさに、「人のふり見て我が振り直せ」の教訓どおりです。
不動産トラブルが発生した場合、消費者は弁護士や消費者センター、各地域に存在する各種保証協会のほか、国土交通省や都道府県などの行政機関へ相談するでしょう。
弁護士への相談傾向は、守秘義務があることから知ることはできませんが、それ以外の相談先については、相談件数や傾向などの情報が相談事例と共に公開されています。
それらを確認することで、最近のトラブル傾向を知ることができます。
そもそも法令って何?
国会で制定した法規範が「法律」であり、行政で制定した法規範が「命令」です。
この2つを一括りに表現したが「法令」です。
しかし法律と命令、この2つはまったく異なるものです。
内閣法制局の審査を経て閣議決定され、国会審議を経てからしか成立しない法律とは違い、命令は行政機関によって制定される法規です。
宅地建物取引業者は法律家ではありませんから、不動産取引に必要とされる法令だけ理解していれば実務をこなせますが、下記に記載した関係と優位性については正確に理解しておきたいものです。
1. 憲法
言わずと知れた「日本国の最高法規」です。
憲法第98条第1項で「その条規に反する法律、命令、詔勅(天皇が公に意志を表示する文書)及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」と定められている通り、法令は憲法の規定に反し制定できません。
そもそも憲法は、国がその権利を濫用することがないよう「国家権力の制限」を規定すると同時に、国として果たさなければならない「国民の権利保証」について規定されているからです。
2. 条約
国際法上の法形式ですが、憲法第98条第2項において誠実に遵守することが定められていることから、憲法に次ぐ法規として法律に優位します。
3. 法律
国権の最高機関である国会の議決によって成立する法形式であり、憲法、条約につぐ優位性を持ちます。
4. 命令
行政機関によって制定される法規であり、政令、内閣府令、省令等があります。
5. 条例
憲法第94条及び地方自治法第14条第1項に基づき、地方行政が定める法形式です。
私たちが不動産に関して法的な見解から相談等に応じる場合、これら法の関係性を理解したうえで回答しなければ、思わぬ「恥」を書きかねません。
業務上、宅地建物取引業法を始めとする不動産関連法規には長けていても、法の優位性を理解していなければ思わぬ失敗をまねくからです。
培った知識、経験が報酬対象となる時代
令和6年6月21日の国土交通省による「不動産業による空家対策推進プログラム」の策定に伴い、「宅地建物取引業法の運用解釈」が改正されました。
改正ポイントとしては800万円以下の空家等にたいする媒介報酬の特例に目が行きがちです。
しかし、「媒介以外の関連業務」について国土交通省が公の見解を示したことを見逃してはなりません。
これまで培った知見や知識を活用し、不動産業者が報酬を得る道筋を公に示したのです。
各種相談対応や手続き支援、税金に関する情報提供や専門士業との連携や紹介などは、本来、媒介契約とは別個のものです。
もっとも媒介契約を締結した場合には、宅地建物取引業法第31条第1項(宅地建物取引業者の業務処理の原則)や民法第656条(準委任)により、前述した相談対応等は業務の範疇に含まれるとも解されますし、何より媒介報酬以外に相談料を請求するのも気が引けるでしょう。
ですが媒介契約の締結を予定していない、もしくは未然である場合はその限りではありませんし、近隣トラブルや、長期的に揉めている相続や境界相談などについて無償で応じる必要はありません。
これまでは、不動産業者が媒介業務以外で報酬を得る道筋が明確に示すのを避けてきました。
しかし今回、国土交通省は具体例として、利活用に向けた課題整理、相続相談や手続き支援、権利間協議の支援などの具体例をあげて、それらの業務は「媒介業務以外として報酬を得ることができる」と例示したのです。
これらの業務を受託する場合、媒介業務と明確に区別する意味でも、不動産コンサルタント業務等と分けて説明する方が良いでしょう。
このように書くと、「不動産コンサルティングマスターを取得していなくてもコンサルタントとして活動し、報酬を得ても大丈夫なの?」と疑問に思う方もいるでしょう。
しかし、そもそもとして不動産業に限らずコンサルタントに資格は不要です。
宅地建物取引士、不動産鑑定士、一級建築士の各登録者のみが受験できる「公認不動産コンサルティングマスターを取得するのは理想」です。
公認不動産コンサルティングマスター資格は準公的資格とされ、資格を有していることで不動産特定共同事業法における「業務管理者(宅地建物取引士資格必須)」となれるほか、不動産投資顧問業登録規定における「重要な使用人」の審査基準などを満たせます。
さらに公認不動産コンサルティングマスター資格の取得者が一定期間の研修を受け、修了試験に合格すれば、「相続対策専門士」、「不動産エバリュエーション専門士」を名乗ることもできます。
これらの資格を取得するには高度な知識が要求されますし、資格を有していることで「箔」もつくでしょう。
ですが、いずれも専従業務が存在しない名称独占資格です。
先述したようにコンサルタント業に資格は不要、誰でも名乗れいきなり開業もできる。
そのため現実に、実力や知識が不明な方でもコンサルタントを名乗り活動しているのです。
コンサルタントが怪しいとのイメージが蔓延している風潮は、このような背景があるからです。
その点、公認不動産コンサルティングマスター資格などを有していれば、そのようなコンサルタントとは差別化が図れるのです。
もっとも今回、国土交通省が例示した媒介報酬以外として報酬が得られる関連業務については、公認不動産コンサルティングマスターのみならず、全ての不動産業者に開かれた途です。
ただし業務を受託し報酬を得るためには、少なくても以下を徹底しましょう。
1. 作業内容と料金体系について予め説明(見積書に提示含む)し、依頼者から了解を得る。
※自社独自の報酬規定を策定しておくと良いでしょう。
2. 「不動産コンサルタント委託契約書」は必ず締結する。
3. 成果物等(各種報告書等)は確実に作成するよう心がけ、報酬額との整合性に留意する。
コンサルタント業務の受託は、民法第656条の準委任契約に該当し、法的には民法第十節(民法第643条~)の委任で定められた諸規定が準用されます。
民法第十節では受任者の注意義務や報告、複受任者の専任等について定められており、委任を受託する前には必ず目を通し、理解を深めておく必要があります。
まとめ
残念ながら、不動産業者の未来は明るいとは言い切れません。
少子高齢化による人工減少、供給と需要のバランス破錠、適齢期の持家離れ志向、この3点だけを見ても、困難な時代の到来を予測できます。
さらにテクノロジーの進化により、物件提案や相談対応はAIが対応し、内見はVRを活用して行え、打ち合わせや契約も非対面で行える時代です。
この傾向はさらに進展していくでしょうから、業務に必要な担当者数も減少していくでしょう。
このような時代の到来に備えるためには、不動産従業者が皆、高度な知識と知見を有するため努力をする同時に、得意分野を模索していく必要があるのです。
例えば、新築供給価格の高騰により既築住宅の取引件数は増加していますが、さらに伸びているのがリフォームやリノベーションです。
工事を請け負わなくても、中立的な立場でそれらの相談に応じ、必要に応じて信頼できる工事会社を斡旋する。
そのようなコンサルタント業務で報酬が得られることを、国土交通省が例示しているのです。
またインターネットの普及により情報格差が減少傾向にあると言っても、誰しもが法条文を読んで理解できるだけの素養を有してはいません。
法令解釈相談が、一般消費者から寄せられるケースが多くなったのもそれ故でしょう。
私たちは不動産のプロです。関連法とその運用に関しては一日あります。
媒介業務とは別個に、それらの知見を駆使して報酬を得られる道筋が開かれたのです。
これからの時代はデジタル化への速やかな移行と、多様な業務に対応することによる報酬増加の二本立を達成してこそ、安定した経営を維持できるのです。