中古物件の売主があらかじめインスペクション(既存住宅状況調査)の実施に応じてくれていれば、物件状況報告書の告知不備で発生する契約不適合責任のリスクは大幅に減少します。
また、インスペクションを実施しない場合でも、担当営業に相応の建築知識があれば、あらかじめ建物の劣化状況を確認することで告知不備を防止できる可能性が高く、それにより同様の効果が得られる可能性は高いと考えられます。
しかし、国土交通省が令和5年9月に公開した『既存住宅状況調査、既存住宅瑕疵保険関係資料』によれば、インスペクションを実施する割合は3割程度に留まっています。
既存住宅瑕疵保険に加入するにもインスペクションの実施が必要ですから、購入者が安心して中古住宅を購入するためにも、これまで以上に実施率の増加が期待されています。しかし、インスペクションの実施には6万円から10万円の調査費用がかかるため、その費用負担が実施を躊躇う要因となっている可能性が高いと考えられます。また、築古の場合には、インスペクションを実施するまでもなく劣化が進んでいることから、「契約不適合責任免責条項」を条件に、売却している場合もあるでしょう。
しかし、免責条項は万全とまでいえません。これについては、『不動産会社のミカタ』で記事を掲載していますのでそちらをお読みください。
しかし、いずれにしても建物の状態は購入判断に大きな影響を与えるものですし、さらに、地震が発生した場合には売却する予定がなくても、建物に影響が生じていないか心配する方は多いでしょう。
実際に、顧客から『地震で建物に影響が生じていないかを確認して欲しい』との連絡を受ける営業担当者も多いのではないでしょうか。
しかし、どこをどのように確認すれば良いかを知らなければ対応できませんし、相応の建築知識がなければさらに難しいでしょう。そのため、「建物の現況調査は私たちの業務ではありませんし、何より、そこまでの建築知識を有していません」とお断りするしかないのです。
このように対応された顧客はどのように感じるでしょう。好意的に受け取る方は少なく、大半の方は『売るときには一生のお付き合いですと言っておいて、実際は……』と不信感を覚えるのではないでしょうか。実際に、このようなことが契機で顧客と疎遠になり、リピーターとなる可能性や紹介してもらえる機会が失われることも多いのです。
現況を確認して欲しいと要望する顧客の大半は、担当営業に専門的な見解までは求めていません。専門職による調査や補修が必要なのか、ある程度の見立てをして欲しいと要望しているのです。
実際、地震発生直後には筆者がこれまで斡旋した住宅の居住者から同様の連絡が多数寄せられ、それぞれ対応しましたが、顧客が求めるのは専門的な診断ではなく、補修が必要な箇所はどこなのか、また、専門的な診断が必要ならその依頼先を紹介してほしいとの希望がほとんどでした。にもかかわらず対応を断ってしまうと、顧客との信頼関係に影響が生じます。
これは、機会損失です。
そこで今回は、国土交通省が令和6年7月24日に公開した「木造住宅の地震後の安全チェック」パンフレットを参考に、目視で実施可能な判定方法について解説します。
判定できる住まいの要件と敷地状態の確認
「木造住宅の地震後の安全チェック」パンフレットは、以下のリンクからダウンロードできます。
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001756178.pdf
このパンフレットを利用して判定できる住まいの要件は、次の通りです。
◯地盤沈下や家全体の傾き、柱の破損、外壁の剥離などの大きな被害は生じていない。
◯新耐震基準を満たしている(1981年6月以降に建築された住宅、または耐震改修済みの住宅)
これらの要件を確認したうえで、敷地や住まいの状況を確認します。まず、敷地内に液状化やひび割れがあるかをチェックします。
ひび割れは目視で確認できますが、液状化現象については注意が必要です。液状化現象とは、地震の際に地盤が液体状になる状態を指し、特に地盤が砂で構成されている地域で発生しやすいのが特徴です。
通常、砂の粒子は支え合って地盤を保持していますが、地震により地下水圧力が上昇した場合、粒子の結びつきが崩れ水に浮いた状態になります。これが、液状化状態です。
水より比重が重い建物は沈下したり傾いたりする一方、比重の軽いマンホールなどは浮き上がります。また、建物の重量が軽く基礎も浅い住宅は、極端に傾斜するケースも見られます。
敷地で液状化が明らかな場合には、専門職に相談する必要があります。しかし、一部に砂の流出が見られる程度であれば、住宅に傾きや沈下が生じていないかを確認します。
傾きの確認には、ビー玉や野球ボールなどを使って調べる方法もありますが、建物には施工誤差に基づく許容範囲内とされる傾斜があります。平成12年に国土交通省が公告した「住宅紛争処理の参考となるべき技術水準」では、6/1000以上の勾配、すなわち床1メートルにつき6ミリ以上の傾斜がある場合には「構造耐力上主要な部分に瑕疵が存在する可能性が高い」としています。つまり、この範囲内であれば施工上の許容範囲です。ただ、その程度の傾きでもボールは転があるのです。
不動産のプロとしては、こうした状態を短絡的に傾きであると判断してはなりません。建築当初から存在する施工誤差なのか、それとも基礎の沈下や構造上主要な部位が損傷したことが原因であるかの判断は難しく、また、壁が傾いたことで発生した可能性もあります。したがって、水平器や下げ振りを活用して確かめるのが基本です。
次に室内ドアをチェックします。パンフレットでは「窓の開閉がしづらくなった」ことで確認することを推奨していますが、レールに溜まったゴミが原因の場合や、経年変化でレールや窓枠が変形したために開閉不良となっている可能性もあります。したがって、主観で判断すべきではありません。
そこで、複数箇所で室内ドアを開け、手を離したときに勝手に開閉しないかを確認する方法が確実です。
基礎の状態を確認する
液状化の有無や建物の傾きを確認したら、次に基礎をチェックします。
基礎の破断やモルタルの浮き、剥がれが見られる場合は容易に判断できますが、問題は微細なクラックの判定です。モルタルはその性質上、微細なクラックは必ず生じます。したがって、それだけで慌てる必要はありません。
重要なのは、クラックの「幅」と「深さ」です。まず、幅が3mmを超えている場合には注意が必要です。その場合、ピアノ線などを使って深さを確認します。
宅地建物取引業法に基づく「建物状況調査」の基準では、深さが20mm以上の場合を劣化事象としていますが、基礎内の鉄筋に及ぼす影響を考えると、それ以下でも適切な対応が求められます。
最も安価なシール工法では、1mあたり数百円程度の出費(出張費等を除いた実費)で補修できますが、充填剤を内部まで注入できないため、大きなひび割れには適していません。
また、クラックが横や斜め方向に大きく伸びている場合は特に注意が必要です。この場合、施工や設計上の問題で鉄筋量が不足しているなど、基礎剛性が不足している可能性があります。
最適な補修方法については、専門家に相談することをお薦めします。
開口周辺部の確認
次に、開口部の周辺部位を内部から確認します。
内壁がクロスの場合、開口部の四隅を中心に歪みや亀裂、浮き上がりが生じます。仕上げが漆喰の場合は、木部沿いの床付近に隙間が生じやすい傾向があります。
耐震性に影響を与える開口部は、特に補強が重要です。しかし、建築基準法改正前には、工学的に耐力壁とみなすことができない開口部のある壁を、開口付耐力壁とみなして構造計算する事例がありました。このため、設計者によってばらつきが生じていた時期もあるのです。
また、地震が発生していない場合でも、内部建具やサッシ回りでクロスにひび割れが発生することがあります。とくに、下地ボードの継ぎ目処理が不十分な場合、施工後わずか数年を待たず発生します。
特に、壁が切り取られている開口部周辺は面強度が低下しやすいため、ひび割れが発生しやすくなります。構造的に問題がない場合はクロスの張り替えで済みますが、状況によっては耐震改修や補強が必要となるケースもあります。
外部からの開口部確認
木造住宅にとって最大の敵は「水分」です。そのため、外壁や屋根が雨水侵入防止に重要な役割を果たしていることは、言うまでもありません。「木造住宅の地震後の安全チェック」パンフレットでは、外壁の損傷を「比較的小さい」と「大きい」の2つに大別していますが、不動産のプロとしては、より詳細に確認したいものです。
そこで、公益社団法人大阪建築士会が建築士向けに実施した被害認定調査研修テキストを参考に、損傷判断をしてみましょう。
程度Ⅰは、外壁がサイディングの場合、目地部にわずかなズレが生じている状態です。外壁がモルタルの場合は開口部の隅角部回りにわずかなひび割れが生じている状態です。この程度であれば、専門家の判断を仰ぎつつも、シーリング剤の充填など応急処置で対応できる可能性があります。
しかし、程度Ⅱ以降、つまり目地部の割れやズレ、剥離や浮き上がりが生じている場合には、外壁交換など、大掛かりな補修が必要となります。損傷の状況によっては、下地材の交換も検討しなければならないでしょう。
この被害認定テキストは、罹災証明発行の発行に必要な被害認定調査を建築士が行うために、内閣府の基準に基づいて作成されたものです。
損傷例示に基づく判定基準は次のとおりです。
最終的な判断は専門家に委ねる必要はありますが、損傷の判定基準について理解しておくことが重要です。
確認時の必要物品
顧客は、自信の大切な資産である建物が地震によって損傷を受けていないか、非常に心配しています。そのような状況で、依頼を受けた不動産業者が何も持たずに訪問し、見た目だけで判断すれば、不安を解消するどころか、かえって不信感を与えてしまう可能性があります。
しかし実際には、『何も持たず見ただけで帰ってしまったと』というケースをよく耳にします。このような対応では顧客の期待を裏切るばかりか、プロとしての信頼を失うことにつながりかねません。
そこで、最低限として以下のツールを準備してから訪問するように心がけたいものです。
◯ヘルメット
◯軍手
◯クラックスケール及びコンベックス(クラックスケールはコンベックスで代用できますが、使い勝手や精度に差があります)
◯懐中電灯
◯カメラ(スマートフォンで代用可能)
◯巻き尺
◯電卓
◯水平器
◯下げ振り(水平器でも代用できますが、あれば便利です)
◯ピアノ線(100円ショップで購入可能)
◯筆記用具と画板
現地調査を行う際には、できるだけ建築図面(配置図、敷地求積図、矩計図、各階平面図、立面図、基礎伏図、屋根伏図)を準備しておくと良いでしょう。
問題のある部位については、図面に具体的な内容を記載するとともに、当該箇所を写真で記録しておくことが重要です。これらの情報を専門業者と共有すれば、おおよその補修費用を把握できるだけではなく、現地での打ち合わせにも活用できます。
まとめ
今回は「木造住宅の地震後の安全チェック」パンフレットを参考に、目視で可能な判定方法について解説しました。
冒頭でも触れたように、顧客が『地震で建物に影響が生じていないかを確認して欲しい』と連絡してくる場合、営業担当者に被害の判定や判断を直接求めるのは稀で、状況の確認と、必要に応じた専門業者の紹介や手配を期待しています。
そのため、私たちは被害状況を安易に判断するのではなく、現状を正確に記録し、それを専門業者に引き継ぐことが大切です。また、場合によっては住宅総合火災保険の申請補助を依頼されることもあるでしょう。その際にも、記録した情報が役立ちます。
今回の解説に基づく確認作業には、専門的な建築知識は必須ではありません。もちろん知識が伴えばさらに良いですが、重要なのは必要なポイントを確実にチェックすることです。
この誠実な対応が、顧客の信頼を得ることにつながり、リピートや紹介件数の増加に寄与するのです。