近年、サブスクリプション型賃貸(以下、サブスク賃貸)が注目を集めています。
この新しい賃貸方式は、従来の賃貸借契約とは異なり、賃借人とオーナー双方に独自のメリットを提供します。
サブスク型賃貸とは、一定の月額(もしくは週単位)料金で部屋だけではなく、家具や家電、インターネット、清掃サービスなども利用できる賃貸方式です。このスタイルの特徴として、短期間の利用が可能で、契約手続きも簡素化されている点が挙げられます。また、敷金や礼金、家賃保証会社の利用が不要であるため初期費用を抑えることができ、ミニマリストや移動が多いビジネスパーソンに人気があります。さらに、水道光熱費や退去費用が定額料金に含まれるため、費用計画が立てやすいことも魅力です。入居当日から快適な生活を始められる点も利便性を高めています。
現在、日本では人口減少や高齢化、都心部への移住増加に伴う地方の衰退といった二極化が進行しています。その結果、地方における賃貸住宅の空室問題が深刻化する懸念があります。このような状況下で、サブスク型賃貸の導入は効果的な解決策となり得ます。
例えば、家具付きのサブスク型賃貸は短期滞在や単身赴任者の需要を満たすだけではなく、空室率の改善に寄与する可能性があります。また、移住を検討する人々に対し、手軽に試住できる選択肢を提供できるのです。
不動産業者は、「空室を減らしたい」、「収益性を高めたい」といった相談を受ける機会が増えています。このような課題に対応するためには、サブスク型賃貸の仕組みやメリット・デメリットを正確に理解し、地域や物件の特性に応じた提案を行う能力が求められます。
本稿では、サブスク型賃貸の具体的な仕組み、従来型賃貸との違い、さらに地方物件への導入メリットについて詳しく解説します。
サブスク型賃貸とは
NTTコミュニケーションズは、サブスクリプション(Subscription)を「サービスや商品を一定期間利用できる権利に対して料金を請求できるビジネスモデル」と定義しています。この考え方を賃貸に応用したものが、サブスク型賃貸です。
サブスク型賃貸の最大の特徴は、購入するよりも安価に商品やサービスを利用できるというサブスクリプションのメリットに加え、賃貸借契約特有の「柔軟性」や「利便性」を併せ持つ点にあります。特に、定住を前提とせず、自由に住まいを変更できる点が大きな魅力です。
以下では、従来型賃貸と比較しながら、その特徴を具体的に解説します。
①契約期間の柔軟性
一般的な賃貸借契約の契約期間は2年間が基本です。この場合、契約期間中に退去する場合には、3~6ヶ月前の退去通知が必要で、条件によっては中途解約時に違約金が発生する場合もあります。一方、サブスク型賃貸では1ヶ月単位、場合によっては週単位での契約が可能です。さらに、解約手続きも簡素化されており、特段の事情がない限り違約金は発生しません。この柔軟な契約体系は、短期間の住まい探しや移動が多い人にとって、より大きな利便性をもたらします。
②提供されるサービス
従来の賃貸住宅では、空室のまま提供されるため、家具や家電、カーテンの購入や設置、インターネットの解約手続きなど、入居者自身が準備を行う必要があります。一方、サブスク型賃貸では、家具や家電があらかじめ設置されており、入居当日から生活を始められる環境が整っています。また、一部の物件では清掃サービスやコンシュルジュサービスが付帯されており、より快適な暮らしをサポートしています。
③ターゲット層の違い
従来の賃貸住宅は、2年以上の中長期的な居住を前提としていますが、サブスク型賃貸は短期間の利用を基本としています。そのため、ターゲット層は大きく異なります。具体的には、単身者や移動が多いビジネスパーソン、特定エリアでの試住を目的とする人が主要な利用者です。また、ミニマリスト志向の人々にも支持されています。
サブスク型賃貸導入のメリット
現代のライフスタイルは多様化し、場所やモノに縛られない自由な生活を求める人々が増加しています。この背景には、新型コロナウイルス感染拡大に伴う外出自粛やリモートワークの普及が大きく影響しています。
2023年、新型コロナウイルスが5類感染症に移行したことで、出社を義務付ける企業も増えました。しかし、多くのビジネスパーソンは「出社しなくても仕事に支障はない」と実感しており、リモートワークの継続やより柔軟なライフスタイルを望む声が増えています。
こうした意識の変化に応える住まいの形として、サブスク型賃貸が注目されているのです。以下では、物件オーナーの視点から、その具体的なメリットを解説します。
①空家対策に有効
サブスク型賃貸は短期間の居住を基本としており、従来の賃貸では敬遠されがちだった狭小物件や築古物件も活用できます。これは、利用者が「嫌になったらすぐに転居できる」という柔軟な選択を持っているからです。この仕組みにより、空室率の低下が期待され、物件オーナーにとっては収益性の向上につながります。
②利用者ニーズの多様化に対応
Z世代(2024年現在で12~28歳)を中心に、「所有」ではなく「利用」に価値を見いだすライフスタイルが広がっています。サブスク型賃貸は家具や家電の購入が不要で、契約や退去手続きも簡単であるため、Z世代やミレニアル世代(2024年現在で27~42歳)のニーズに適した住まいの提供が可能です。これにより、若い世代との高い親和性を持つ新しい市場を開拓できます。
③高単価設定が可能
サブスク型賃貸では、家具や家電購入、インフラ整備が含まれているため、通常の賃貸物件よりも高い賃料設定(日割換算)が可能です。リース費用やインフラ整備費用を賃料に組み込むことで、オーナーの収益性向上が期待できます。
④短期利用者だけではなく長期利用者の囲い込みも可能
サブスク型賃貸は短期利用を前提としていますが、試住やお試し入居で物件に満足し、結果的に長期的な居住をする利用者も少なくありません。多少賃料が高額でも、柔軟な退去条件や住替えのしやすさが居住継続の動機となっています。このように、短期利用者だけでなく長期利用者の取り込みにもつながります。
サブスク型賃貸のデメリット
サブスク型賃貸の居住形態は多用で、マンションの一室や一軒家を丸ごと借りるタイプ、複数人が生活するシェアハウスタイプ、一室に数人が寝泊まりするドミトリータイプなどが挙げられます。
これらの居住形態によって異なる課題も存在しますが、以下では共通の課題について解説します。
①収益の不安定性
サブスク型賃貸は短期利用を前提としているため、利用料金の調整が頻繁に求められます。市場動向や競合状況の影響を受けやすいため、収益が安定しにくいというリスクがあるのです。また、入退去が容易であるため利用者も短期間で退去する可能性が高く、空室状態が長期間続く懸念もあります。
②物件の管理負担
頻繁に入退去に伴い、クリーニングや修繕の頻度が高まるため、従来型の賃貸物件と比べて管理業務負担が大きくなります。特に、共有部分の利用ルールや備品の管理には細やかな対応が求められ、これが管理コストの増加につながります。
③法規制の不透明性
現行法では、民泊とサブスク型賃貸との区別が曖昧です。例えば、民泊は平成29年6月に成立した住宅宿泊事業法(いわゆる民泊新法)に基づき、都道府県知事等への届出が義務付けられていますが、サブスク型賃貸は対象外となっています。
しかし、頻繁な入れ替わりを伴う住居形態は、外形的に民泊と類似するため、分譲マンションの管理規約や周囲の理解不足が原因でトラブルの生じる可能性があります。
特に分譲マンションでは、管理規約で民泊を禁止している場合も多いため、サブスク型賃貸が問題視されるリスクがあります。そのため、契約内容を慎重に精査し、トラブルを未然に防ぐための具体策(例:管理組合や周辺住民への説明会など)を講じる必要があります。
挑戦と課題
サブスク型賃貸は新しい住まいの提供方法として注目されていますが、成功には課題も多いことが実証されています。
インドのホテル運営ベンチャー参加であるOYO Japan(東京)は、2019年3月にサブスク型賃貸サービス「OYO LIFE」を開始しました。この取組は不動産業界の注目を集めましたが、わずか3年後、2021年に事業を売却しています。
この事業が当初の想定通りに進まなかった理由の一つとして、「物件オーナーと賃借人双方に価値を提供し続けられなかった点」が挙げられます。
一般的に賃貸オーナーは「可能な限り高額な家賃で、長期間住み続けてほしい」と期待する一方で、賃借人は「安い家賃で、柔軟に入退去を行いたい」と考えます。つまり、お互いの利益が相反する関係にあるのです。
この溝を埋めるのがサブスク型賃貸の役割なのですが、事業計画において不動産業界特有の参入障壁や地域的な慣習への理解が不足していたことにより、オペレーション面の課題を克服できなかったのでしょう。
サブスク型賃貸の可能性を引き出すためには、物件オーナーと賃借人双方のニーズを満たす土壌づくりと、柔軟な運営体制が不可欠なのです。
導入検討時の注意事項
サブスク型賃貸には多くのメリットがありますが、デメリットも存在するため、導入を提案する際には以下のポイントを十分に精査する必要があります。
①投下費用とリターンのバランスを検討する
まず、投資対効果(ROI)の分析が重要です。サブスク型賃貸では、家具や家電の設置、定期的な修繕や清掃など、従来型賃貸にはない維持コストが発生します。これらのコストを考慮し、十分な収益が見込めるかを確認する必要があります。
コストを抑える方法としては、家具や家電を購入する代わりにレンタルすることで、初期費用を軽減し運用の柔軟性を確保する手法などが考えられます。
②適切なプロモーションが必須
Z世代やミレニアル世代を主要なターゲットとするため、SNSや動画プラットフォームを活用した集客が効果的です。
特に、サブスク型賃貸の利便性や柔軟性について具体的に伝えるコンテンツの作成や、実際の利用者から体験談やレビューを収集し、信頼性を高めることが重要です。また、ターゲット層が共感しやすいメッセージを意識して広告を展開する必要があります。
③サービス内容の差別化
現在の賃貸市場では、サブスク型賃貸の供給が少ないため、導入するだけで注目を集めやすい状況にあります。しかし、空家の増加や新規参入による競争激化を見据え、以下のような付加価値サービスを検討すると良いでしょう。
●ペット可物件とする:ペット同伴で利用できるサブスク型賃貸は希少性が高いため、需要を取り込みやすい。
●契約は全てオンライン対応で行えるようにする:契約手続きを全てオンライン化し利便性を高めることで、選ばれる可能性が高まります。
●地域イベントや移住体験プログラムの提供を行う:地域密着型の取組は、特に試住者に対して有効です。
これらを活用することで、差別化を図れます。
④リスク管理体制の構築
サブスク型賃貸の手軽さは利用者にとって魅力ですが、その一方で賃料の未払いリスクや反社会勢力による不正利用のリスクが伴います。これらを防ぐためには、以下の対策が必要です。
●特約の盛り込み:現在、国土交通省からはサブスク型賃貸の標準契約書が提供されていません。そのため、「家賃債務保証型標準契約書」などを参考に、未払時の保証やトラブル発生時の対応策を盛り込んだ、サブスク型賃貸契約に特化した契約書を作成する必要があります。
●審査の厳格化:入居審査を従来型賃貸以上に厳格に実施して、反社的勢力の排除や未払リスクの軽減を図ることが求められます。
以上の対策を実施することで、サブスク型賃貸の導入による収益最大蚊と運営上のリスク最小化を実現することが可能になります。
サブスク型賃貸を検討するにあたって
OYO LIFEがサービスを開始した当初、不動産関係者の間では「絶対に失敗する」との意見が大半を占めていました。実際、同事業は数年で売却に至ったため、その時点での評価はある意味で正しかったのかもしれません。
しかし、適切に運用できれば、サブスク型賃貸には大きな可能性が秘められています。OYO LIFEの場合でも、目標としていた100万室の達成には至らなかったものの、数万単位の利用者から支持を集める実績を残しました。これは、サブスク型賃貸の潜在的な需要を示していると言えるでしょう。
現在、サブスク型賃貸市場は開拓されておらず、空白に近い状態です。つまり、成長の余地が大きい市場なのです。ただし、成功するためにはいくつかの準備と戦略が必要です。
まず、ROI(投資対効果)の分析を行い、収益性を見極めることが欠かせません。また、サブスク型賃貸に特化した契約書の作成や家具・家電の設置も重要な要素です。さらに、想定されるターゲット層を明確にし、それに合わせた広告戦略を立てる必要があります。
これらのノウハウを全て自社で学習し、実践するには相当な労力が求められます。そのため、一から自社で始めるのではなく、既存のサブスク型賃貸サービスを利用しながら知見を深めていくのも有効な選択肢です。
近年では、サブスク賃貸サービスの提供事業者が徐々に増加してきています。その中でも、日本全国の空家や遊休別荘を貸したいオーナーと利用者をマッチングする「ADDress」が有名です。
ただし、こうしたサービスを活用する際には、運営会社ごとに方針やターゲット層、展開地域が異なる点を理解し、賃貸オーナーと利用者のニーズに合ったサービスを選択することが重要です。
まとめ
現在、いわゆるシェアリングエコノミーの考え方は、様々な分野に浸透しています。
長びく経済停滞の影響もあり、「所有すること」に価値観を見いだす意識は薄れつつあります。例えば、自動車はかつて所有することに価値を見いだすのが一般的でしたが、近年では自動車税や維持費、駐車場代金の負担を考慮し、必要な時にレンタカーやカーシェアリングを利用する方が増えています。
この背景には、「サブスクリプション」という利用形態が日常的に浸透し、物を「借りる」ことへの抵抗感が薄れてきたことが挙げられます。近年では家具や家電付きの賃貸住宅も増加していますが、入退去の手軽さという点ではサブスク型賃貸が優れていると言えるでしょう。
こうした手軽さが、特に若い世代を中心に受け入れられやすい要因となっています。しかしながら、人口減少により需要者数は減少し続けているからといって、一般型賃貸とサブスク型賃貸が市場で奪い合うという構図は生まれにくいでしょう。
むしろ、それぞれの需要に応じた棲み分けが進むと考えられます。
一般的な賃貸住宅は、収益性の安定が強みです。そのため、すでに高い集客力を持つ物件を所有するオーナーに、サブスク型賃貸を導入するメリットはありません。しかし、人口減少が著しい地域では事情が異なります。
空室を解消することが最優先課題となるからです。これは、空家の管理に悩む所有者にとっても、
多少収益が不安定であっても空室を避ける方が合理的な判断となるでしょう。
このような状況下においてサブスク型賃貸は、空室対策の一手として特に有効です。市場としては未成熟で課題が多いものの、新たな生活様式を提案するサブスク型賃貸は、今後の成長に期待できる分野なのです。