不動産仲介業者にとって、住宅を所有している方の住み替え依頼を受任することは、表現は悪いかも知れませんが「とても美味しい」商売です。
売却と購入に全てに関われば「W両手」の手数料、そこまではいかなくても片手仲介以上の手数料が見込めるからです。
物件調査や重要事項・契約書の作成や説明業務は物件価格で変わることはありませんから、業務内容が同じであれば多少引き渡しのタイミングなどで難易度もあがっても、狙えるならそうありたいのが人情です。
もっとも住み替えを検討している世帯自体が、全体の取引件数からすれば僅かです。
レインズの運営等をおこなう「公益社団法人不動産流通センター」が、2021年度の不動産流通実績まとめた「不動産業統計集」を見ても、長引くコロナ禍や資材価格の高騰による供給価格の上昇の影響もあるのでしょうか、住み替え検討世帯は年を追う毎に減少しています。
反面、伸びを見せているのがリフォームを検討している持ち家世帯です。
このような顧客動向をみれば、「住み替え提案」という直球勝負ではなく「リノベ提案」という変化球を交えながら詳細なヒアリングをおこない、状況により住み替えに誘導するなどの手法を検討しなければ、「W両手」物件の土俵にすら上がることが出来ない時代かも知れません。
景気動向や金利の変化など、様々な要因により影響を受ける顧客の意識変化や動向を検証することで、私達、不動産業者が今後も衰退せず事業を継続していくための方法を検討することができるでしょう。
今回は「不動産業統計集」のデータを中心に、近年の顧客動向と不動産市況の関係について考えてみましょう。
取引の推移は
不動産の土地取引量については平成8年以降、毎年下降してきましたが平成23年の114万件を下げ止まりとして上昇に転じました。
ただし上昇はすぐに頭打ちとなり近年は130万件前後の横ばい状態が続いています。
次に全体の土地取引における売主・買主の取引主体からみると、売主・買主の双方が個人である個人間売買と、法人が売主で個人が買主である取引件数に大きな変動はありません。
ですが個人の売主が法人に売却する件数が増加しています。
つまり買い取り等の増加です。
グラフから売却の詳細な内容までは分かりませんが、ネットを中心とした買い取り専門業者や、リースバックなどの普及率が取引主体に少なからぬ影響を与えているのではないかと推察できます。
リースバックの件数だけをまとめた公的データは見受けられませんが、リースバックを主業として全国展開をしている企業の決算内書等をみると2019年以降売上高が年30%増など、2021年決算では3~4年で150%増にまで達していると報告している企業も存在しています。
買い取り後は説明も不十分なまま「定期貸家契約」で一定期間、もと所有者を住まわせ、期間が終了したら賃料の値上げや、再契約を結ばず明け渡しを迫るなど一部の業者によりとかく問題の多いリースバックですが、一定の伸びをみせているようです。
首都圏を中心に価格上昇が止まらない
首都圏を中心として資材や土地価格の高騰などにより新築分譲マンション価格は上昇を続けていますが、その影響は中古分譲マンションにも現れています。
価格上昇の傾向は、令和2年度の月別データからもはっきりと確認できます。
現状では価格が下落する要素は見受けられず、見た目の販売価格上昇を抑えるため、各デベロッパーは戸あたりの建物面積を減らすなどで対策を講じてはいますが本質的な改善になる訳ではありません。
そのような状態でもエリアによって新築マンションの売れ行きは堅調ですが、有識者を中心として価格が上がり続けている現状に違和感を唱えている方も多く、実際に東京23区内の新築マンションにおいても物件により販売が振るわないケースが見受けられ、明暗が分かれている状態です。
当面は販売価格を下げられる要因が見当たらないこともあり、長期的な観点から首都圏のデベロッパーが伸びしろのある地方都市へ進出しています。
相続税の物納はほぼ認められていない
不動産に偏った財産を相続した場合、「相続税が支払えないのなら物納すれば良い」と安直に考える方が多いのですが、これは一般の方だけではなく不動産業者にもそのような考え方を持った方がおられます。
はっきり言って間違いです。
現在、国は「すぐに現金化できる優良物件以外、物納は認めていません」
実際に物納申請件数と受理件数をみてみましょう。
申請件数は平成17年度の1,733件から減少を続け令和元年には僅か61件しかありません。
近年、物納基準が厳格化されたことにより、「高く売れる物件以外は引き受けない」という方針に変わっているからです。
それだけではありません。
ご存じのように物納の対価は、相続税評価額が基準になります。
さらに相続税の計算で有利に働く各種減税措置が、物納ではマイナス要因になります。
たとえば小規模宅地の特例は一定の条件を満たした小規模宅地にたいし、330㎡までは80%まで評価額を減額できる制度ですが、物納の場合にはその減額された金額が納税額に換算されます。
そんな金額であれば「捨て値でも売却して現金に変え、それを相続税として仕払ったほうがメリットも大きい」ことになります。
さらに物納基準が厳格化されたことにより申請書類も複雑化し、地積測量図や道路明示書、前面道路が私道の場合には通行承諾書などがなければ申請すら受付されません。
それらを被相続人死亡の10ヶ月内に準備しなければならないのですから、相続が発生してしまえば時間の猶予もありません。
この辺りの知識を正確に持っていることで、相続相談による早期売却の提案や、買い取りなどについてのビジネスチャンスも広がります。
不動産共同投資市場は崩壊寸前
株式や債券などの価格変動による影響を受けにくいという触れ込みで、一時は飛躍的な伸びを見せた不動産共同投資市場は、中国の不動産バブルなどの外部要因や不動産価格上昇などの影響により利回りも期待できず、歯止めがきかない水準まで低迷しています。
不動産共同投資商品は不動産特定共同事業法に基づく小口化商品や、不動産信託受益権を活用した小口化商品があります。
事業主体により匿名組合型・任意組合型・賃貸型・特例事業型・信託型の他、海外投資などの商品もありますが、相続税対策やリスク分散を目的としている一部の方が、選択肢の少ない募集に応じているのが現状のようです。
このような小口投資先の減少による影響でしょうか、金額の低い古家戸建てを購入してリフォームをほどこし賃貸運用する「戸建て投資」を希望する方の相談が増加しており、筆者のもとに「リフォーム代や諸経費も含め総予算400万円以内で利回り20%以上の物件を紹介して下さい」などの相談が度々よせられます。
このような相談に応じるか否かは人それぞれですが、小口投資家が動く理由などは知っておいたほうが良いでしょう。
まとめ
日頃、不動産実務に従事していれば肌感覚で物件価格の変動や、顧客の嗜好性の変化を読み取ることは可能ですが、場当たり的な対応では将来を見据えて対応を検討することはできません。
国土交通省をはじめ今回、ご紹介した公益社団法人不動産流通センターなどから公開されているデータは、現在の傾向や備えておくべき対策などを考えるうえで重要です。
もっともこれらのデータは、集計された数値をグラフや表にまとめているだけのもので、それだけでは役に立ちません。
大切なのは年度ごとの変化がなぜ生じているのか、次の一手としてどのような対策を講じることが最適なのかを検証することです。
時代の先読みをして来るべき未来に備えることが、もっとも重要だといえるでしょう。