NHKでドラマ化され書籍の売上も好評な「正直不動」などの影響でしょうか、これらの題材をネタに書かれていると思わしきネットニュースでも、仲介業者が請求する「仲介手数料は上限額なのだから言いなりで支払う必要はない」との意見が散見され、実際に同業者から「仲介手数料を値切られた!」なんて話を耳にすることが多くなりました。
実際にインターネットでは仲介手数料の値引き交渉の方法などを指南する記事も数多く見受けられますから、これからはそのような要望も増加してくるのでしょうか?
それ以外にも「利益相反する両手仲介は囲い込みの根源」など一般媒介を推奨する「声」も多く、一部業者はそんな側面もあるけど……というニュースも見受けられます。
もっともこのような現象は不動産業界ばかりではなく、医療業界や弁護士などの法曹界も含め「眉唾」ものの情報が錯綜していますから、信じるかどうかは情報の受け取り手である個人によるのでしょう。
筆者は31年、不動産業界にいますから「仲介手数料の値引き」の要望を受けたことが何度もあります。
ですが余程の事情でも存在しない限りは一切、応じていません。
不動産のプロとなるべく日々研鑽し、知識を蓄え安全・安心に不動産取引に関与しているという自負がありますから、応じる必要はないと考えているからです。
「〇〇不動産は値引きに応じてくれたのに」なんて言われれば、毅然として「どうぞそちらへご相談下さい」と対応するようにしています。
話は変わりますが、仲介手数料の上限金額について今更説明をする必要もないと思いますが、令和元年8月30日に国土交通省告示第493号において改定されていることはご存じでしょうか?
今回は仲介手数料金額計算の基本と、小ネタとして値引き要請を事前防止する媒介契約書の活用方法について解説します。
仲介手数料上限金額は見直されている
変更された金額は以下の新旧対比によりますが、ご存じのように仲介手数料計算の基本は積み上げ計算です。
物件価格のうち200万円までは100分の5.5、以降は下記表のようにそれぞれの金額を計算して、その合計が仲介手数料の上限となります。
200万円以下 100分5.5
200万円を超え400万以下 100分5.5
400万円を超える金額 100分3.3
(旧)
200万円以下 100分5.4
200万円を超え400万以下 100分4.32
400万円を超える金額 100分3.24
もっともこのような積み上げ計算が面倒なことから、一般的な実務では下記のような速算により計算されています。
新旧の積み上げ計算では、コンマ以下の金額が引き上げられているのですが、通常は誤差の範囲内であるとして速算による金額を提示している方が多いでしょう。
令和元年に見直されていると言うことだけは覚えておきましょう。
低廉価格物件の上限請求は売主にたいしてのみ
遡る2018年1月に低廉な空家等の仲介手数料が「安い」ため、積極的に取扱をしたがる仲介業者の少ないことが問題視されたことにより、400万円以下の土地・建物については物件価格によらず一律¥180,000円×1.1倍の請求ができるとされました。
ただしこれは、売主にたいしてのみです。
しかも一律計算を適用できるのは、「通常の売買又は交換の媒介と比較して現地調査等の費用を要するものについて」と但し書きがついています。
もっとも「通常と比較して現地調査等を要する」という部分については根拠も曖昧であることから、かなりグレーな部分もありますから通常調査でも請求に支障はないと推察されますが、この但書により買い主に対する請求根拠は存在せず、従来どおりの計算金額が上限とされます。
これを正確に理解している不動産業者が少ないらしく、買主にたいしても一律計算による金額を請求して宅建協会などに問い合わせが入ることがあるようです。
宅地建物取引業法では以下のように記されています。
「当該現地調査等に要する費用に相当する額を合計した金額以内とする。この場合において、当該依頼者から受ける報酬の額は十八万円の一・一倍に相当する金額を超えてはならない」
つまり税込み¥198,000円が、売主にのみ請求できる上限です。
確かに上限金額だが……
冒頭で問題提起した「仲介手数料は上限金額である」という風潮を逆手に取ってでしょうか、新聞の折り込広告やネットで、「仲介手数料無料」や「半額」などの表記を見かけることが多くなりました。
確かに仲介手数料は上限を定めたもので、下限について定めがある訳ではありません。
仲介業者が自らの意思で値引きするのも、顧客からの値引き要請に応じるのも自由です。
冒頭で紹介した「仲介手数料値引き交渉指南」などのブログや記事をみると、「専任媒介契約をエサに」や「他社の査定報告書を利用する」、あげく「大手よりも中小が値切りやすい」など、なかなか痛いところをついてきています。
仲介手数料は成功報酬ですから、相談や案内業務・査定などの経費は全て持ち出しですから「オタクに専任媒介でまかせても良いけれど、仲介手数料を半額にしてくれる?」と、予め交渉されれば労力が無駄になるよりは……との考えも過るでしょう。
あまり耳にしませんが、買側からも「オタクで優先的に物件紹介してもらうから、契約した時には仲介手数料を半額にして」などの交渉を持ちかけられることがあるかもしれません。
このような値引き交渉を受ける・受けないは皆様の判断次第ですが、契約前の活動時においてこのような要望を防止するため、媒介契約書を有効に活用するのも方法です。
媒介契約は「売り」の時だけ必要と勘違いをしている方も多いのですが、「買い依頼」にも締結が必要なのはご存じでしょうか?
というよりも購入時までに媒介契約を締結するのは「義務」とされています。
媒介契約書の依頼内容に購入・交換のチェック欄があるのはそのためです。
媒介契約の締結義務については宅地建物取引業法第34条の2に規定されていますが、そこでは買主・売主の区別はされておらず、いずれの当事者にも適用されると解されますから購入希望者と媒介契約を締結するのは「義務」ですし、書面交付をしなければなりません。
契約締結前であっても、買側の顧客と専属もしくは専任媒介契約を締結していれば、顧客が他社から物件紹介を受けた場合には「重ねて依頼することができない」との定めから、厳密に言えば「違約」になるでしょう。
もっとも、媒介契約前に契約型式の説明が必要ですから、すんなりと「同意」を得られることは少ないでしょうし、そこまで買側を拘束するのは道義的な問題も生じますから、契約締結前であれば「一般媒介」の契約型式がせいぜいでしょう。
買側の媒介契約締結は宅地建物取引業者の「義務」だと解説しましたが、物件紹介の依頼時点で締結の了解が得られない場合には、売買契約締結時に同時に行うことは問題がないとされています(いずれにしても締結が必要)
もっとも民法の見解において仲介行為は、準委任契約に基づく事務委任(業務委託)とそれに準ずる業務の遂行とされますから、諾成契約で成立し、必ずしも媒介契約等の要式を必要としていません。
あくまでも特別法である宅地建物取引業法による定めです。
ですが口約束より、たとえ一般媒介契約であっても書面に自署・捺印をしたことにより心理的な抑制が期待されますから、仲介手数料値引き要請対策として、早い段階から媒介契約を締結して約定報酬額も記載しておくことをお勧めします。
無論、契約締結前の活動期において約定報酬額の具体的な金額を記載することはできませんから、「国土交通大臣の定める報酬額」と記載しておけば良いでしょう。
まとめ
物件価格により計算される仲介手数料は、不動産価格が高額になるほど比例して上がりますから、売主・買主ともに少しでも金額を下げたいという気持ちは理解できます。
不動産の宣伝・広告活動経費や、締結に向けて行う陰ながらの活動が見えにくいため、顧客からは「たいして活動もしていないのに、こんなに高額な請求をして」などと思われても仕方がないのかも知れません。
ですが、仲介業者の収入は「手数料」のみです。
1年に数回程度なら、あまり労力をかけず契約になる場合もあるのでしょうが、ほとんどは相応の努力が必要とされ、あげく契約にならなければそれまで動いた報酬は一切、受けとれない仕事です。
さらに宅地建物取引業者の大半は従業員5名以下の小規模ですから、仲介手数料の値引きは死活問題となります。
それでなくても情報量や宣伝広告費の「差」、導入設備の違いなどにより、小規模事業者は疲弊しています。
せめて仲介手数料の値引き要請を跳ね返す対策は講じておきたいものです。