【相続相談を受ける前に知っておきたい】信託と後見制度の現状

自身の老後や介護時に備えるため、保有する預貯金や不動産を信頼できる家族に託する「家族信」が注目を浴びています。

遺言書よりも柔軟に幅広く遺産の承継ができるなどのメリットから、検討されていることも多く、実施に家族信託に関する相談を受けたことがある人も多いでしょう。

ですが当人が正常な判断により信託を希望していることが前提です。

家族信託は財産状況や相続人などの利害関係者にたいする影響も考慮し、受託者を誰にするかも含め、目的や信託する財産の範囲を予め定める必要があります。

例えば不動産の処分などを信託する場合、予め不動産名義を委託者から受託者に変更しておくことが必要です。

移転後は信託目録を作成しなければなりません。

受託者が委託者の財産を、自己の利益のため自由に処分することは、受託者が家族や親族でも許される行為ではありませんから当然です。

あくまでもルールを遵守する必要があります。

話を続けますが、信託を目的として所有権移転を司法書士に依頼した場合、司法書士は正常な判断により移転が希望されているのか、当人の意思を確認することが義務付けられています。

また所有権者である本人により、直接登記申請することもできますが、その場合には法務局が意思確認を行います。

つまり認知症・知的障害・精神の障害等の病状が進行するなど、判断能力が不十分である場合に登記は受け付けられません。

結果として「信託」はできないことになります。

これは成年後見人制度における「任意後見人」の申請も同様ですが、あくまでも当人が正常な判断に基づき信託もしくは後見人を指定している必要があるからです。

以前に不動産会社のミカタでコラムを寄稿したこともありますが、微妙な状態(軽度)の認知症であれば、依頼する業者や利害関係者の要望に合理性がある場合に限り、司法書士も登記手続きを行ってくれるケースもあります。

ですが所有権移転が何を意味するのかまったく理解できない状態では、手続きに応じては貰えません。

症状が進む前に家族信託や任意後見契約を締結していれば、その後、症状が進行しても問題はないのですが、そうでなければ「法定後見人」を申請するほかないからです。

私達、不動産業者は不動産取引についてはプロですが、家族信託や任意後見制度を利用する場合には弁護士・司法書士・行政書士等と協力して事前に対策を講じ、あくまでも本業である不動産売買等についてのみ業務を行います。

ですが、最初に不動産の査定や売却などの窓口として相談を受けることは多いでしょうから、相談に応じるため最低限の知識は必須です。

またヒアリング後、士業と協力して活動するのにしても基本的な知識がなければ当事者から信頼を得られることもないでしょう。

今回は「信託」と「任意後見人」の違いを始めとして、成年後見制度の現状や申立から事件終局までの期間等までを解説します。

任意後見と信託の違いは?

「任意後見」と「家族信託」は、どちらも財産を信頼できる家族等に託し、管理や支援をまかせる制度ですが、正確に理解しておきたい幾つかの違いがあります。

ここでは基本的な違いについて、以下に解説します。

任意後見は、判断能力が低下してから始まる。

任意後見は自分が信頼できる支援者を予め選任し、判断能力が低下した後の財産管理を任せることができる制度です。

家族信託(信託銀行などへの信託は除く)との違いは、管理をまかせる支援者(任意後見人)は家族や親族に限られず弁護士・司法書士・行政書士等の士業でも良いという点です。

もっとも家族以外を任意後見人とした場合には、報酬の支払いが必要となります(親族であっても報酬についての定めを行うことは可能ですが、あまり聞いたことはありません)

この場合、あくまでも開始は本人の判断能力が低下した時点です。

事前に任意後見契約を締結していても本人が正常である限りその権限を行使することはできず、判断能力の低下が確認された時点で、初めて家庭裁判所に後見監督人の専任申し立てを行い、認容される必要があります。

それに対し家族信託は、信頼できる家族や親族と信託契約を締結して財産管理をまかせるところまでは同じですが、本人の判断能力によらず開始することができる点でことなります。

もっとも大きな違いは、裁判所の関与と始期の違いだと覚えておけば良いでしょう。

権限の違い

後見人の権限は、財産管理・契約行為の代理・身上監護に限定されています。

任意後見契約書を作成する場合にも、上記の権限以外のものを定めることはできません。

これは成年後見制度が、あくまで被成年後見人の財産等を維持管理することが目的としているからで、それにより、たとえ本人のためであっても預金の払い戻しや不動産処分については必要とされる最小限(合理的な理由に基づく最小限)であることが求められます。

後見制度は職務について裁判所の監督を受けることになりますから、当人によかれと思って財産を処分しようと思ってもそう簡単にはいきません。

家庭裁判所の許可が必要とされます。

その点、家族信託における受託者(家族や親族)の権限は、契約により自由に設定することができます。

所有する不動産を借地として運用し利益を出す行為など、成年後見制度では認められていない財産運用まで委託することができます。

身上監護は信託できない。

財産については柔軟性のある家族信託ですが、身上監護について行うことはできません。

身上監護とは、生活・療養・介護(受託者が自ら行う介護は除く)など身の周りについての手続き全般を意味しますが、具体的には介護・療養介護・介護施設の入退所・住居の確保などに関する内容が主で、これらはすべて法定もしくは任意後見人にのみ許される法律行為に該当します。

委託者と受託者の双方が望んでも、身上監護については信託内容とすることはできませんので注意が必要です。

成年後見制度の現状

前項で家族信託と任意後見人の違いについて解説しました。

このような違いについて基本的な理解を深めることは大切ですが、どちらも一長一短ある制度であると言えます。

財産運用や介護施設利用などまでを含め、「全面的に任せてしまいたい」と当人が望むのであれば、併用するのがお勧めです(実際に筆者も、このような相談があった場合にはそれぞれの権限について説明を行い、併用をすすめています)

以上を理解して戴いたうえで、次に成年後見制度の現状について、裁判所から公開されている「令和3年1~12月_成年後見関係事件の概況」をもとに解説します。

今回利用しているグラフ等は、裁判所ホームページで資料として公開されており、下記のURLから確認することができます。

成年後見制度以外にも興味深い情報が公開されていますので、時間があれば覗いてみるのが良いでしょう。

https://www.courts.go.jp/toukei_siryou/siryo/index.html

まず成年後見制度の申立件数ですが、全体として過去5年間増加を続けています。

後見に関しては令和元年にいったん減少しましたが、令和2年には上昇に転じています。

興味深いのは後見よりも多少、判断能力が認められる場合に申請される保佐・補助の比率が増加していることでしょう。

成年後見制度,申立件数,推移

続いて申立て人についてですが、本人・配偶者・親・子・兄弟姉妹による申請件数が過半数以上を占めているのは当然として、市区町村による申請が全体の23.3%もあります。

成年後見制度,申立,内訳

老人福祉法第5 条の4 第 2 項及び知的障害者福祉法第9条第4項の規定により、市町村が通常の業務の中で把握している情報をもとに請求の必要性を判断し、成年後見制度の申請を行うことは認められていますが、それだけ親族と疎遠になった独居老人等が多いということでしょう。

これら申請人により後見等の申請がされた場合、裁判所は「成年後見関係事件」として審理を開始します。

審理の結果として、後見人等を認めることを「認容」と言いまずが、却下も含め結審することを「終局」といいます。

令和3年の終局率は95.6%になっています。

成年後見制度,申立,件数

気になるのは申請から終局までの期間ですが、事件合計の75.4%は2か月以内に終局しています。

成年後見制度,終局,期間

申請から終局までの期間が長いというのが成年後見制度のデメリットですが、事件数が増加している反面、終局までの期間は減少していますから手続きの迅速化が効果を発揮していると言うことでしょう。

また成年後見申請の開始原因についてですが、63.7%が認知症によるのは予想通りですが、知的障害や統合失調症なども相応にあることは理解しておく必要があるでしょう。

成年後見申請,開始原因

申立の動機としては、預貯金の管理や解約が最も多いのですが、不動産の処分が4番目に位置するなど、不動産を売却して「現金」に変え、施設への入所金などに利用しようとする意識が伺えます。

ですが「家族信託」の解説で触れた通り、成年後見人は現金や不動産の処分を自由に行える訳ではありません。

被成年後見人のために必要な合理的な理由が存在し、かつ最低限の処分であることを前提として裁判所の許可が必要です。

成年後見申請,開始原因

成年後見の申請に鑑定は絶対条件とされてはいませんが、医師による診断書を省略することはできません。

裁判者はあくまでも申請人からの申述により判断を行いますから、当人の判断能力については医師による診断書をもって判断材料とするしかないからです。

もっとも当人が医師による診察を拒否するなど、診断書の作成が困難である場合などにおいては診断書の提出をせず申立をすることも可能ですが、その場合には申立人が鑑定を行う費用を一時的に負担して手続きが進められることになります(鑑定が必要になるということです)

鑑定書が必要とされる基準は具体的に定められていませんが、上記のようなケース、つまり診断書を提出できない特段の事情が存在する場合には鑑定書が求められると理解しておいたほうが良いでしょう。

鑑定は申請から1か月以内に54.7%について結果が得られています。

鑑定費用は5万円以下が50.3%、それ以上10万円以下が42.2%となっていますから、予算として5~10万円以内と認識しておけば良いでしょう。

成年後見事件の終局は概ね2ヶ月が目安とされていますから、診断書の入手や鑑定も含め申請書等の準備に必要な期間を1ヶ月と考えれば、成年後見制度は準備から終局まで3ヶ月間が目安と覚えておけばよいでしょう。

法定後見人に選ばれるのは誰?

成年後見制度による後見人は親族などの「任意後見人」と「法定後見人」に分けられることはご存じかと思いますが、法定後見人の場合、誰が選ばれるか裁判所のみ知る形になります。

ですが後見人の果たすべき役割を勘案すれば、おのずと専任される人間は絞られ、司法書士や弁護士が過半数を占め、ついで社会福祉士とそれ以外の有資格者となっています。

法定後見人,親族以外の内訳

時折、新聞などで信託による受託者や成年後見人による私的に流用が事件として報道されますが、制度自体の有益性を揺るがす事案であることから、裁判所の監督も厳しくなり平成26年をピークとしてそれ以降、私的流用事件は減少しています。

もっとも私的流用のほとんどが専門職以外の後見人によるものですから、専門職が後見人となる限りにおいて私的流用についてはさほど気にする必要もないでしょう。

信託による受託者,成年後見人,私的流用

まとめ

今回は家族信託と成年後見制度の違い、そして法定後見人を中心とした成年後見制度の現状について、裁判所から公開されている情報を基に解説を行いました。

信託・成年後見人の申請どちらも、私達、不動産業者が契約書の作成を含む代理業務として行うことは禁じられています。

あくまでも説明を行い、場合によって専門職を紹介するまでが可能な範囲です。

ですが相続の生前対策として予め不動産を売却する、もしくは自身が認知症などになった場合にも不動産の運用に支障がないようにするにはどうすれば良いかなどの相談は、私達、不動産業者にたいし最初に行われることが多いものです。

そのような時、今回、解説した基本的な内容を理解しているかどうかで専門性のある説明を行うことができ、結果的に「不動産の処分に関してはアナタにお願いしたい」となる可能性が高まるでしょう。

少子高齢化と言われる昨今、今回、解説したような知識は不動産業者に必須の知識となりつつあります。

このコラムではあくでも基本的な部分のみ解説をしていますが、このコラムが皆様にとってより深く知識を得るためのキッカケとなれば幸いです。

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