所有者所在不明でも不動産は売却できるか?

不動産業に従事していると、業務に関連する様々な相談が顧客からよせられると思います。

引っ越し業者の紹介依頼やリノベ相談、火災保険や地震保険などの斡旋依頼、その他にも「新居に合う家具を購入したいので安くてお洒落な家具屋さんを知らないか?」など多岐に渡り、ときには業務とまったく関連性のない相談をうけることもあります。

不動産営業は、企業に属してはいても「知識・経験・人脈」を併せ持ち、要望に全て応えることができるコンシュルジュのような存在であることが理想とされます。

ただし勘違いして戴きたくないのは、「知識」はあくまでも実践の土台でしかありません。

建築基準法や宅地建物取引業法、民法や法令上の制限など宅地建物取引士受験のために勉強している筈なのですが、しばらく使用していなければせっかくの知識もどんどん失われていきます。

学んで実践することにより「知識」「知恵」になるのは皆様、ご存じの通りです。

私の場合も30年間にわたり不動産業界に籍をおいていますが、いまだ「学び」と「実践」を繰り返す日々です。

不動産コンサルティングを主業務としている関係上、様々な相談が持ち込まれます。

即答できる簡単な案件もあれば、相談を持ち帰り法的に精査しなければならない案件など様々です。

そんななかで下記のような相談がよせられました。
「所有者が所在不明の状態で、不動産売却ができるか?」
さて、このケースで売却はできるでしょうか?

具体的な相談の内容

今回の相談内容の概略を説明します。

① ご主人は人員整理で失職し、生真面目な方なので毎日のように職探しに出ていた。

② ある日、いつも通り「行ってくる」と家を出た後から音信不通になった。すでに音信不通から1年弱が経過している。

③ 知人女性も気丈な方なので、多少の貯えもあり仕事もされていることから2人のお子様の面倒を見ながらも仕事を続け、なんとかマンションのローンを支払い続けてきたのだが、それも限界にきているとのこと。

④ 警察に「捜索」を相談したが、失踪状況から緊急性のある「特異不明者」とはされず、通常失踪として受理はされているが現在まで有益な情報は得られていない。

⑤ 現在までのところ、ご主人の住民票などの移転は行われていない。

⑥ 当時、所有していた携帯電話は不通となっており、新規契約した痕跡も見受けられずパソコンのアクセス履歴やSNSなどの情報も調べたが目新しい情報は得られていない。

⑦ 興信所にも相談をしたが、「調査費用」を聞くと高額で依頼を見合わせた。
「そもそも家族に迷惑をかけて蒸発しているのだから無理して戻ってほしくない」
とのこと。

⑧ マンションの融資は連帯債務で購入しており、何らかの対応をしなければならない。

そこで、今回コラムのタイトルである「所有者の所在不明状態で、不動産売却ができるか?」につながります。

所有者の所在不明でも売却は可能。だが、その前に考えるべきこと

所有者所在不明でも、売却する方法はあります。
ただし、このケースでは売却の前に幾つか考えなければならないことがあります。

まず「売却をして、残債が残らないか」という問題です。

売却額が残債額を上回っていれば問題はないのですが、その逆の場合には不足分を用意しなければなりません。

相談ケースでは、マンションの査定額に対して残債額が上回っており、売却がベストの方法であると言えません。

不足分を用意して売却をすればローンの支払いはなくなりますが、それが本当に「最適解」かについては検討が必要です。

転居先についても考える必要があります。

幸いなことに、今回のケースではご実家が受け入れてくれるとのことでしたので転居先の問題については早々にクリアすることができました。

今回の相談においてポイントを3つにまとめ、それらをクリアすることを目的として解決策を検討しました。

① マンションの売却は、「ローン負担をなくしたい」という考えによるもので、ローンの支払いがなくなれば、手段が売却である必要性はない。

② 残債を抹消する現金の準備は困難である。

③ 将来的なことも考えて、マンションをそのまま所有していたいとは思わない。今回では無くても処分する方向で考えたい。

解決案の提案

売却ではなく「分譲賃貸」として貸し出すことを提案しました。

皆様もご存じかと思いますが、一般的な賃貸マンションと分譲マンションとでは同じ築年数であってもエントランスなどの共用部分や管理体制、専有部分である居室内の設備や躯体構造など総合的な見解から、賃料相場は高くなります。

分譲賃貸は、流通量もあまり多くないことから「購入するほどではないけど、管理体制や建物の質などから、多少家賃が高くても入居したい」という需要が多くあり、特に法人契約により社員に入居を推奨するケースなどが目立ちます。

月々のローン返済額や、固定資産税額・管理費などを勘案して算出した賃料は、適正な金額でしたのでこちらをお勧めしました。

幸いなことに、知己のある賃貸業者が同エリアでの社宅を探していたので紹介したところ、法人契約ですぐに決まり、相談者は現在、ご実家でお子様やご両親と元気に暮らしておられます。

今後の流れ

分譲賃貸として貸し出すにあたり、月々のローンや管理費・修繕積立金・固定資産税などを相殺し、年間で些少ですが利益が出る状態になりました。

この状態が維持できれば、年を追うごとに残債も目減りします。

将来的に売却する場合にも残債抹消のために拠出する費用が圧縮されますし、場合によっては売却益の一部が手元に残る可能性も高まります。

もちろんマンションの査定額も築年数の経過により目減りすることも視野に入れなければなりません。

将来的な売却も念頭におきつつ、問題となっていたローンの支払いを解消できたことから、少なくても現時点で残債抹消のために現金を準備して売却するよりは良い方法だと思います。

次の段階。所有者所在不明で売却する事前準備

「分譲賃貸貸し」により当初目標であった住宅ローンの負担をなくすというミッションはクリアすることができました。

ただし賃貸住宅としての運用には、「空き家リスク」が伴います。

築年数の経過などにより賃料自体も見直しをしなければならず、そうなれば入居者がいるのに「逆ザヤ」が発生して、毎月一定金額を負担することになります。

安穏として現状維持をする訳にもゆかず、「連帯債務者は戻らない(所有者不在)」という状態での売却準備をしておかなければなりません。

ここから「所有者不在で売却をする方法」を解説いたします。
方法には2通りあります。

1.不在者財産管理人による権限外許可により処分する方法

不在者財産管理人の専任は利害関係人または検察官の請求により家庭裁判所が行います(民法第25条)

この場合の利害関係人は不在者の配偶者・推定相続人・債権者などが該当します。

不在者財産管理人の専任には、家庭裁判所へ「専任の申し立て請求」をおこなってから通常で3~4か月必要とされ、不動産売却などの「権限外行為」にたいしての許可を得るにはさらに1~2か月程度必要となります。

つまり裁判所の許可を得るには最短でも半年程度の期間が必要ということです。

これらを詳しくご説明すると以下のようになります。

不在者財産管理人の権限は、財産の保存・利用・改良の管理行為(民法第27条、第103条)のみに限られています。

不在者の財産売却等の処分行為は、不在者財産管理人の管理行為を超えます。

そのため不在者財産管理人の選任とは別に「権限外行為の許可」を家庭裁判所から得る必要があります(同法第28条)

権限外行為の許可は通常、簡単にはおりません。

ただし今回のケースのように、所有者蒸発により生活が困窮し、その原因の一つである住宅ローン返済等の負債弁済を目的としていれば、法の原則論から言って認められる可能性が高くなります。

2.失踪宣告により不在者死亡と推定し、相続人に引き継いだ後に処分する方法

「普通失踪」と「特別失踪(公示催告期間)」の種類ごと手続きが異なり、かつ宣告まで10か月~1年間必要となります。

また普通失踪の場合でも「不在者の行方不明の状態が7年以上続いている」との前提があります。

上記の要件を満たしたうえで利害関係人が家庭裁判所に申立てをし、認められると失踪の宣告(普通失踪)がされ(同法第30条)、その不在者は死亡とみなされる(同法第31条)

今回のケースには該当しませんが、「特別失踪」に関する説明もおこなっておきます。

船舶等の沈没など危難に遭遇し生死不明の状態が、危難が去って1年間継続した場合には死亡したとみなされる、つまり特別失踪を宣告(同法第30条)することができます。

失踪宣告の確定後、不在者の財産は、通常の遺産分割手続きにより、相続権利者に相続されることになるので、財産を引き継いだ者は、自由に処分することが可能になります。

今後の方針決定

今回の相談のケースでは、行方不明になってから7年を経過していないため、現時点において失踪宣告の選択をすることはできません。

時期の到来を待たずに売却を行うには不在者財産管理人の申立が必要となります。

これらの内容について相談者に説明を行い検討してもらったところ「賃貸人が常に入居しているとは限らず不安要素があるので、入居人が退去するタイミングで売却してしまいたい」という判断でした。

売却時点に必要な残債抹消分は、ご両親の助力で準備ができるとのこと。

そこで賃貸人である法人契約の契約終了時点を目安として、事前に売却活動に入ることにしました。

不在者財産管理人の申請はすでに行ない遅滞なく進んでいますが、「権限外行為」の申し立てには売却価格の妥当性を裁判所が判断する許可審判が必要とされていることから、売買契約書(案)を事前に添付する必要があります。

権限外行為の申請時には不動産購入予定者を確定し、売買契約内容の事前合意も許可判断の要素であることから、実務としては先行して客付けをして契約合意を得てから申請することが必要とされます。

この場合には「不在者財産管理人」の許可を優先し、許可を得られてから販売活動を開始、購入希望者があらわれてから契約書を準備して「権限外行為」の申し立てをする必要があります。

まとめ

今回ご紹介した「不在者管理人」による売却案件を取り扱った場合には、買客をみつけても即契約を行うのではなく、あくまでも契約案として書類を作成し、権限外行為の許可が正式に出た後に締結する方が望ましいのですが、先行して契約する場合には約款に「停止条件」を付けておくように注意したいものです。

また「権限外行為申請」に1~2か月程度は必要なことから、予め買客に説明が必要です。

媒介契約を締結してレインズに登録する場合にも引き渡し時期に留意が必要ですし、販売協力先の仲介業者にも分かりやすいように資料に記載しておくなどの注意が必要です。

非常に手間がかかるのであえて手出しすることをお勧めはしませんが、このような案件を問題なく取り扱える不動産業者は非常に少ないことから、差別化戦略としてその手法を学ぶことには意義があると思います。

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