不動産業者であれば用語自体は良く知っている農地転用。
ご存じのように農地は、転用せず売買するには取引の相手方(購入者)が農家もしくは農業生産法人に限定されます。
これには市街化地域内であるか否かは問われません。
例外は相続による農地の取得(農業委員会への相続届は必要)ですが、相続人が農業従事者でないと、農地として貸し出すか売却する以外は、荒廃農地や耕作放棄地の状態になってしまうでしょう。
寒村地帯の農地などについては近隣農業従事者や農協等に相談する以外、相手方を見つけることは困難ですが、市街化地域の場合には一般の購入者を探すことも可能です。
もっとも後ほど詳しく解説しますが、一般の方と売買する場合で当該地が生産緑地に指定されている場合、指定解除の手続きが必要ですし、解除が認められても相続税の納税猶予がなくなるほか、固定資産税も宅地並課税として一気に上ることになりますから購入者を探すタイミングなどには注意が必要です。
農地転用や売買においては農業委員会や都道府県知事への許可申請、農地法についての知見が必要であるなど、とかく一般的な土地取引よりも手間暇が必要とされます。
煩雑な手続きや知識が必要なことから、私達、不動産業者もなかなか積極的に扱おうという気にはなりにくいのが実情でしょう。
ですが特定生産緑地制度の施行により「2022年生産緑地問題」は10年間、先送りされたものの、いずれ訪れる未来ですし、10年後を見据え今から交渉に入ることによりビジネスチャンスも生まれるでしょう。
不動産従事者としては、農地の扱い方を覚えておいて損はありません。
今回は、農地売買における農地転用の方法や生産緑地も含めた農地を扱う場合の基本、そして想定されるリスクについて解説します。
農地のまま売買するか、それとも農地転用して一般に売却するか
今回のコラムでは農地を扱う上で必須とも言える農地転用に重点を置いています。
ですが農地転用申請は、それほど簡単にできるものではありません。
まず農地転用が許可される地域であるかを確認する必要があります。
つまり基本方針として許可が認められやすい地域であるかどうかの見極めです。
農地はその所在地、自然条件、都市環境等により以下の5種類の農地区分に分けられており、それぞれ転用許可方針が異なります。
1. 農振農用地区域内農地
農振法に基づき市町村が定めた農業振興地整備計画において、農振農用地区域とされた区域内にある農地で原則として農地転用は不許可(転用する場合には、原則として農振農用地から外す手続きが別途必要)
2. 甲種農地
市街化調整区域内にある特に良好な営農条件を備えている農地。原則は農地転用不許可(例外規定あり)
3. 第1種農地
良好な営農条件を備えている農地。原則は農地転用不許可(例外規定あり)
4. 第2種農地
市街化の区域内又は市街地化の傾向が著しい区域内にある農地(駅から500mの範囲内が目安)、もしくは前記に近接する区域にある農地で、かつ農用区域内にある農地以外として甲種・第1種及び第3種農地の要件に該当しない農地。申請に係る目的を満たす近隣の代替地が存在する場合には原則不許可(代替地を所有していない場合は許可)
5. 第3種農地
市街化の区域内又は市街地化の傾向が著しい区域内にある農地(駅から300mの範囲内が目安)原則農地転用が許可される。
このうち農振農用地区域内農地・甲種農地・第1種農地については、記載した順に転用条件のハードルが高くなり許可申請に必要な条件を満たし、かつ許可を得るにも手間と時間が必要です。
専門的な知識を有していない場合には迂闊に手を出さない方が良いでしょう。
もっとも上記は農地転用を行う場合であって、農地のまま取引をする場合、購入者も農家もしくは農業生産法人に限定されますが農地転用は必要ありません。
ですが、農地又は採草放牧地の権利移動の制限である農地法3条を遵守する必要があり、購入者には下記条件を満たしていることが求められ、かつ農業委員会への申請は必須です。
●取得後、地域により定められた採草放牧地・農地・耕作・養畜の事業に供すべき面積の合計が、一定面積以上(北海道2ヘクタール・都府県50アールなど)を保有するものであること。
●所有した農地の全てにおいて耕作をおこなうこと。
●常態的な農業従事者であること。
●農業を行うため必要な機械・人材(農林水産省で定める使用人)等を確保していること。
申請先である農業委員会とは農地法に基づく売買・貸借の許可、農地転用案件への意見具申、遊休農地の調査・指導などを中心に農地に関する事務を執行する行政委員会として市町村に設置されている組織で、全国1,741市区町村のうち1,694市区町村に設置されています。
売買に限らず、農地の借地や使用貸借でも届け出が必要ですので忘れないようにしたいものです。
一般人への売買は農地転用許可が必須
農地のまま売買するには前項で解説したように購入者も限定されてしまいます。
また取引価格が低く抑えられる可能性も高くなり、メリットが多いとは言えないでしょう。
第3種農地など市街化区域内の農地を媒介する場合、農地転用して広く購入希望者を募集する必要があると言えるでしょう。
そこで農地転用許可申請の方法について解説します。
市街化区域内の農地を転用し、売買するための申請ですから農地法第4条第1項と同法第5条第1項の申請が必要となります。
ご存じかと思いますが、農地法第4条は「農地を農地以外のものに転用」する場合、農地法第5条は「農地を農地以外に転用するための権利の移動・設定をする場合」に必要な申請です。
申請先は各市区町村の農業委員会ですが、まず定められた申請書を入手して記載する必要があります。
筆者の知る限り農業委員会の所在によらず記載内容や書面構成は同一ですが、ねんのため当該地の申請書をインターネット等からダウンロードして使用するのが良いでしょう。
申請書の見本を上記に掲載していますが、記載自体それほど難しくはありません。
記載例も各都道府県等のホームページ等で公開されていますから、それを参考にすれば良いでしょう。
また申請には以下のような添付書類が必要となりますので、予め確認するようにしましょう。
●土地の地番を表示する図面(公図等)及び土地の登記事項証明書
●土地の位置及び付近の状況を表示する図面
●建物又は施設の面積、位置及び距離を表示する図面
●事業を実施するために必要な資力及び信用があることを証する書面(残高証明、融資証明等)
●転用の妨げとなる権利を有する者がある場合、その同意があったことを証する書面
●土地改良区の意見書(申請に係る農地が土地改良地区内にある場合)
●その他参考となる書類(事業計画書等)
申請から許可が得られるまでの期間については申請先により異なりますが、目安として農業委員会のみで約60日前後、知事の許可が必要な場合には約70日前後が目安となるでしょう。
ちなみに、許可が降りるまでは原則として売買契約はできません。
ですが本当に売買できるのかと契約当事者が心配になることも想定されますから、その場合「農地転用の完了を条件とする」旨の停止条件付で売買予約契約は可能(許可後本契約の締結は必要)です。
当事者の要望により検討すれば良いでしょう。
生産緑地の放出に今から備える
農地転用許可申請等については前項までにその基本を解説しましたが、もう一つ抑えておきたいのが生産緑地についてです。
ご存じのように生産緑地とは「良好な都市環境の形成を図るために、市街化区域内の緑地としての機能を活かし、計画的に農地を保存する制度」のことですが、所有者にとって最大のメリットは市街化区域内であっても固定資産税や相続税が優遇されることです。
ですが、そのような恩恵を受けている以上、最低30年間は生産緑地内における建物の建築や売却行為が厳しく制限され、定められた期間内は農業経営が義務とされます。
この制度は1992年に制定された「生産緑地法」によるものですが、当初、指定期間は30年とされていました。
指定期間が終了すれば自由に売買できるようになる反面、税制優遇措置がなくなり通常通りの課税がされますから、農業従事者としては死活問題になります。
このような問題が大きく取り上げられたのがいわゆる生産緑地2022年問題です。
不動産業者としては市街化区域内にある一定規模の土地が一気に市場に放出されると市場価格が暴落するのではと懸念される一方で、物件数が増加すると歓迎する声も多いようです。
もっとも政令指定都市などの場合、駅から徒歩10分圏内に存在する生産緑地自体が多くはありませんから、市場価格を混乱させるほどの影響はないでしょう。
ですが生産緑地を所有している側からすれば指定解除により税負担が一気に上るのですから、
それを負担しながら農業を続けていくには無理が生じる可能性が高くなります。
そこで急場しのぎの感はありますが令和4年6月17日に生産緑地法が改正され、指定期間が10年間延長されました。
私たちはきたるべき時に備え、今から準備しておく必要があると言えるでしょう。
覚えておきたい生産緑地の指定解除方法
生産緑地が指定解除されれば、農地は単純な第三種農地となりますから、農業委員会への申請は必要ですが原則として農地転用は許可され自由に売買出来ることになります。
指定解除されれば税負担が一気に増すわけですから、考えられる選択肢を大別すると下記の3つでしょうか。
2.農地転用して賃貸住宅を建築する、もしくは駐車場として利用するなど土地を有効活用しながら収益を得られる方法を模索する。
3.売却する。
もっとも売却により相応の代金を手にすることはできますが「売ってしまえばそれっきり」です。
上記の方法を組み合わせ、売却を全体の一部に留め、その資金を運用して手元に残した土地に賃貸マンションを建築して家賃収入を得るなどの方法もありますし、建築資金の負担を軽減するため土地活用におけるリースバックを提案するなど、問題解決型の営業手法が効果を発揮するでしょう。
解除まで様子を見るか、土地価格の上昇に乗じ、早々に解除申請をしてアクションを起こすかは人それぞれですが、10年後を見据えた生産緑地を手掛けるための競争はすでに始まっていると言えます。
生産緑地の売却は解除されるタイミングで大幅に増加すると予想されますが、それまでの間に相続が発生するケースもありますし、解除をまたず売却を検討する方も出てくるでしょう。
そのような要望に対応するため、私達、不動産業者も相続関連全般の知識はもとより家族信託の具体的な提案スキルを学ぶのはもちろん、生産緑地を売却できる条件などについても知見を深める必要があります。
生産緑地は指定解除を待たず一般への売却は認められていませんが、指定解除の申請をおこない解除が認められれば売却は可能です。
とはいえそのハードルは高く、通常では認められるケースも多くありません。
そもそも解除申請できる条件は、以下の2つに限定されているからです。
② 相続により生産緑地を取得した場合において、相続人が農業従事者ではない場合
上記の条件を満たしている場合でも、すぐに申請できる訳ではありません。
まず地方公共団体に対し買取申し出を行う必要があります。
その上で地方公共団体が買取に応じない場合、次に農林漁業者へ斡旋が行われ、その両方が不成立となった場合のみ生産緑地の解除が認められます。
税制上の恩恵を受けている以上、解除は簡単ではないということです。
実際のメリットもさほど多いといえません。
まとめ
生産緑地の指定解除までの期間は残り10年を切りました。
時期の到来前には2032年問題として、また各種のメディアで取り上げられ注目を浴びるのでしょう。
実際に生産緑地を所有している農業の方とお話すると「また延長されるんじゃない?」と楽観されている方がいる一方で、来るべきときに備えて行動している方もおられます。
生産緑地法が再度改正される可能性は充分に考えられますし、またそうではない可能性も有りえます。
そのあたりは私達が考えても致し方がないことですから、いま出来ることを考え実直に活動していくことが大切だと言えるでしょう。