不動産関連を「業」としていれば、境界確認等、各種調査のため隣地に立ち入る必要が生じることもあるでしょう。
また配管の敷設や塀の造作工事など、当該敷地内だけで工事を行うことが困難である場合には、隣地に立ち入ることが工事を実施できる条件となる場合もあります。
そのような場合には隣家に一声かけるのは当然のマナーですが、掘削などの場合には書面による同意書を取得する必要があります。
ですが当該地と隣地所有者との折り合いが悪い時などは、低姿勢で訪問しても「勝手に敷地内に入るのはまかりならん!」と、強固に立ち入りを拒否されることがあります。
このような経験、みなさんはありませんか?
筆者は何度も経験しています。
隣家を売却するため境界等を確認する必要があるのだと、理由を説明しなだめすかしても埒があきません。
「アンタ方の理由はどうでもよい。とにかく立ち入りは認めない」の一点張りです。
このようなケースだと、必要に応じ地積更正登記の依頼をした土地家屋調査士や司法書士からも「隣家の所有者が立会に応じてくれず話も聞いてくれません。何とか説得してくれませんか」などと泣きつかれます。
また建築工事などの際に「音がウルサイ。工事を差止めるぞ!」と毎日のように怒鳴られ「車の駐車がなっていない。歩道に20センチもはみ出している」や「ゴミが飛んできた」などのクレームが頻発する場合もあります。
処理のため現場に行ってみると、ほんの少し工事車両が歩道にハミ出している、もしくは明らかに工事によるゴミではないと推定される紙くずが風に飛ばされ敷地内に落ちていることは確認できるのですが、度が過ぎれば難癖です。
新築後に入居される顧客のことを考え職方も我慢してくれているのですが、それも程度の問題でしょう。
公序良俗に反する言いがかりは権利濫用にあたる可能性は高いのですが、それを証明するには法的な手段を講じるしか無く、一定期間で終了する工事等において現実的な手段ではありません。
そもそも顧客のことを考えれば、今後相隣関係のトラブルの原因となるような遺恨は残したくない。
ですが「敷地内に立ち入ることはまかりならん」と言われたからと何もせずにいれば、売りに出すことすらできません。
そのような時には予め通知するなど一定の手続きを講じることにより、相手方の採否・諾否によらず立ち入ることができるよう民法が改正されていることはご存じでしょうか?
相隣関係に関しての法改正については、正しく理解して使いこなせることができれば業務がどれだけ「楽」になるか測り知れません。
そこで今回は改正された相隣関係に関しての法解釈について解説したいと思います。
正確に理解して活用したい改正法のポイント
改正された法律のうち確実に抑えておきたいのが民法第209条です。
まずは法律の全文を紹介し、そのうえで解説します。
土地の所有者は、次に掲げる目的のため必要な範囲内で、隣地を使用することができる。ただし、住家については、その居住者の承諾がなければ、立ち入ることはできない。
ニ. 境界標の調査又は境界に関する測量
三.第233条(竹木の枝の切除及び根の切り取り)第3項の規定による枝の切取り
2.第1項の規定により隣地を使用する者は、あらかじめ、その目的、日時、場所及び方法を隣地の所有者及び隣地使用者に通知しなければならない。ただし、あらかじめ通知することが困難なときは、使用を開始した後、遅滞なく、通知することをもって足りる。
3.第1項の場合において、隣地の所有者又は隣地使用者が損害を受けたときは、その償金を請求することができる。
これは令和三年法律第24号により改正された法律ですが、ポイントは隣地の使用目的を分化させ明示化したことです。
建物の建築や測量、枝の切除等、具体的に定められた範囲内であれば、あらかじめ書面で目的・日時・場所(内容が網羅されていれば書式は自由)を通知すれば「敷地内に勝手に入るのはまかりならん!」と強固な姿勢を示す隣地所有者等の同意がなくても、通知した時間には隣地に立ち入ることができるとされた点で画期的なのです。
改正前は「他人の所有する隣地の使用を請求することができる」と表現されていました。
請求できるだけで、立ち入れるとはされていません。
これでは相手方の諾否についてどのように解釈すれば良いのかといった点で明確にされておらず、どのようにでも類推できてしなうようなものでした。
とくに隣地所有者が居所不明などの場合には請求することも容易ではありませんでした。
そのような場合には「どうせ分からないだろうから勝手に入っても大丈夫だろう」と必要な手続きを経ず敷地内に入って作業する場合もあるのでしょうが、後日、余計なトラブルが発生する原因になりかねません。
とはいえ正式に手順を踏もうとすれば請求権構成を満たすため提訴を提起して、承諾に代わる判決を得る必要があるなど面倒な手続きが必要とされます。
ですが改正民法ではそのような居所不明の場合には先行して作業を行い、後日、所有者等が判明した際に追って通知すれば良いと定められました。
この点を理解しておくだけで、仕事がとても楽になります。
とはいえ、そのためには「あらかじめ通知」することが必要です。
ちなみに法律の条文でよく使用される「あらかじめ」との表現ですが、前日で良いのか、はたまた1週間前なのか、それとも1ヶ月は必要なのか悩みます。
じつは、この「あらかじめ」について明確な定めはありません。
ですから筆者は、厚生労働省が労働者に対しての制度適用等について通知する場合の「あらかじめ」の考え方を採用しています。
具体的には「同意するかどうか判断するのに十分な時間的猶予を確保すること」との見解で、そこから遅くとも1周間以上前に通知することが必要(遠隔地の場合には余裕をもって)だと考えています。
もっとも応諾は不要とされていますので「あらかじめ通知されていない!」とクレームがいれられない程度に多少、余裕を持って通知することが大切でしょう。
水道やガス工事はどうなの?
法改正により利用目的が具体的に明文化されましたが、それでは目的外の利用はどうなのか悩むところです。
たとえば電気・ガス・水道などのいわゆるライフライン工事等についてです(改正法の利用目的ではこれらの工事は具体的に表現されていません)
従前法による解釈においても、隣地等を利用してしか導管等の設備を設置したりできない場合「引き込み等のために設備を設置する権利はある」との考え方が主流でした。
根拠法としては民法210条(公道に至るための他の土地の通行権)や下水道法第11条1項(排水に関する受任義務等)から類推されていました。
ですが根拠とされている法律にも具体的に明示されている訳ではありませんから「隣地を使用して必要な設備を設置しなければ個人の所有する土地や住宅で生活を行うことができない」従ってその権利はあるだろうというこじつけのような考え方であるとの指摘が多かったのです。
ですから相手方に「そんなの認められるか!」と言われてしまえば、提訴して判断を仰がなければ設置できない可能性の方が高かったのです。
ですが改正法では相手方の諾否によらず通知で行える行為に「境界又はその付近における障壁、建物その他の工作物の築造、収去又は修繕」と具体的に明文化されましたので、建物その他の工作物の築造等に必要な行為として導管等の設備を設置ができると類推することができます。
少なくても民法210条等から類推した考え方よりは、はるかに納得できる解釈です。
越境している枝も勝手に切って良いの?
宅地建物取引士試験の勉強をしていれば、民法で隣家から越境している「根」は切れるけれども「枝」についてはその限りではないと学びましたよね。
確かに従前法では「切除をさせることができる」と表現されていましたから、結局のところ「切ってくださいね」というお願いまでしか出来ませんでした。
お願いしても切ってくれる保証はなく、勝手に切ってしまえばトラブルになります。
筆者の経験ですが、かなりの範囲で隣家から「枝」が越境している敷地で新築工事を行った時の話です。
明らかに工事に支障があることから猶予をみて隣家に伐採をお願いしていたのですが行われず、工事に入る建築会社にはくれぐれも「勝手に切ってはいいけない」と言っていたのですが、とある職方が邪魔だからと切ってしまいました。
それを見た隣地所有者から呼び出され「人様の木を勝手に切るのは器物損壊だ。訴えてやる!」と怒鳴られた経験があります(この時は穏便に処理するため損料として和解金を支払い、残る枝も範囲を定め切っても良いとの合意を得ました)
どう考えても越境している相手方の管理不全だとは思いますが、法的な権利がないのに切った点についての落ち度はこちらにありますからしかたがありません。
ですが民法第233条(竹木の枝の切除及び根の切り取り)では以下のように改正されましたので、一定の手続きを経て「切ること」が可能になりました。
まずは全文を見てみましょう。
1.土地の所有者は、隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に、その枝を切除させることができる。
2.前項の場合において、竹木が数人の共有に属するときは、各共有者は、その枝を切り取ることができる。
3.第1項の場合において、次に掲げるときは、土地の所有者は、その枝を切り取ることができる。
一.竹木の所有者に枝を切除するよう催告したにもかかわらず、竹木の所有者が相当の期間内に切除しないとき。
ニ.竹木の所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき。
三. 急迫の事情があるとき。
4.隣地の竹木の根が境界線を越えるときは、その根を切り取ることができる。
改正のポイントは何と言っても追加された第三項です。
催告したにもかかわらず、相当の期間内に切除をしないときや、隣地が居所不明の場合、急迫の事情がある場合には「枝を切り取ることができる」と具体的に明文化されたのです。
これにより先程の筆者による経験談においても、立腹した相手にたいし平然と「予め催告したのにも拘わらず切っていただけませんでしたので、民法第233条第三項の規定により切らせて戴きましたが何か問題でも?」と反論できるようになったのです。
まとめ
相隣関係のトラブルは、お互いの感情が拗れたことにより些細な問題が大きく発展しているケースがほとんどです。
前項で筆者の反論を例としてあげましたが、白々しくあのセリフを口にすれば隣家から反感を買い、それ以降の工事において「音がウルサイ!」など次々にクレームが寄せられることになりかねません。
法律の定めはあくまでもルール、それを理解して権利を主張することは大切ですが、できるかぎり穏便に交渉を行い納得してもらうことが大切であることは言うまでもありません。
あくまでも請求する根拠法が明確になっただけという自覚は必要でしょう。
法律の定めのまま権利を行使して自力執行することができるからといって、隣家等の感情を逆撫ですることになっては本末転倒です。
ルールが新しくなっても基本的には話し合いを前提として対処することが大切であると言えるでしょう。