「脱炭素社会の実現に資するための建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律等の一部を改正する法律」という、覚える気にもならない長い名称の法律が公布されたのは2022年6月17日のことです。
詳しくはなくても「省エネ法が改正された」ということについては聞き覚えがあるでしょう。
改正法は2025年4月1日から施工されますが、改正によりそれ以降に新築される全ての建築物に省エネ基準への適合が義務付けられます。
法律が改正された背景としては2050年までに達成するとしたカーボンニュートラルの実現が予定通り進んでおらず「エネルギー消費量の約3割を占める建築物分野における取組が急務である」ことが理由とされていますが、そもそもこれまでのような努力義務で温熱効果ガスが削減できるとは政府も考えていません。
時期を見計らい、なし崩し的に義務化にすることは当初の計画どおりです。
これにより改正前は2,000㎡以上の大・中規模の商業施設のみであった省エネ基準の適合義務が、2025年4月1日以降、全ての建築物に適用されるのです。
近年、日本を含め世界規模で多発する異常気象の原因が温室効果ガスによるものであることは疑う余地もありません。ですから地球環境をこれ以上、悪化させないための措置は必要なことです。
とはいえ……
住宅の性能を始めとする品質向上は、建築価格に影響を及ぼします。
土地価格や部材価格の上昇にくわえ、性能向上に必要な部材を採用することによりローコスト住宅もローコストではなくなってしまう。
また性能を「売り」にしていたハウスメーカーなども、省エネ基準が義務化となればそれほど際立った特徴でもなくなりますから、自社の優位性を示すため試行錯誤しているのが現状です。
価格が上がれば買い控えにも繋がりますから、なぜ省エネ基準に適合させる必要があるのか、それにより建築価格(販売価格)が上がったのは何故か、また性能を引き上げることにより冷暖房エネルギーなどが削減され、結果的に月々の電気代などが割安になるなどの説明を私たち不動産業者が正しく行い、顧客にたいし啓蒙活動を行っていくことが求められるでしょう。
また省エネ法改正により影響を受けるのは新築住宅だけではありません。
増改築をおこなう場合にも適合義務が課かせられます。
既存住宅の媒介には増改築相談が寄せられることもあるのですから、改正法や求められている基準について理解しておく必要があるでしょう。
今回は以上のような理由から、不動産業者であれば正しく理解しておきたい改正省エネ法について解説します。
全ての不動産業者が理解しておく必要がある理由
冒頭で解説したように、2025年4月1日以降は300㎡未満の小規模建築物、つまり一戸建て住宅を含む全ての建築物に省エネ基準の適合が義務とされます。
2025年4月1日以降の建築確認申請については、省エネ基準適合確認が行われ、建物の完成後には省エネ基準についての適合検査が行われることになります。
ここで、媒介を手掛けるかたには特に覚えておいていただきたいのが、それ以前に建築されている既存住宅の場合、長期優良住宅やZEH、BELSなどに対応していない限り「それ以外の住宅」として分類しようという「力」が働いているということです。
この点については近々、国土交通大臣から告知されるかと思いますが、国土交通省庁では省エネ基準に適合していることを表示し、適合住宅とそれ以外の住宅をはっきりと分けるため、私たち不動産業者などにたいし表示ルールを定めることが予定されているからです。
イメージとしては、下記のような表示を販売資料や広告に掲載するルールを定める予定となっています。
建物性能により冷暖房費エネルギーの消費量が大きく変わることは、NHKの特集番組などで何度も紹介されており、原油価格が高騰している昨今では建物性能に関しての注目度が年々、高まっています。
建築面積や価格、生活至便性などが同等であれば、迷わず省エネ適合住宅が選択される可能性が高まるでしょう。
また、掲載した表示の内容について詳しい説明を求められることも多くなるでしょう。
ですから新築住宅を扱わない賃貸や売買を扱う媒介業者も、省エネ基準に関する正しい知識を学んでおく必要があるのです。
求められている性能を理解する
省エネ基準の義務化により、建築知識があまりない不動産業者は何やら構えてしまいがちですが、難しく考える必要はありません。
建築士を除き外皮性能計算が求められることはないでしょうし、計算をする場合でも一般公開されている外皮性能計算プログラムに部材ごとの熱貫流率を入力すれば自動で計算してくれます。
興味があれば下記のような簡易計算シートを利用して、一度、手計算してみれば理屈を覚えることができるでしょう。
もっともこのような計算は不動産業者の仕事ではありませんから、覚えておくのは「外皮性能」と「一次エネルギー消費量」の2つだけで充分です。
ねんのため、それぞれの説明を追加しておきます。
外皮性能とは「外皮平均熱貫流率」のことで、端的にその意味を表現すれば室内と外気の熱の出入りのしやすさを表す指標のことです。
外皮熱貫流率の単位はUa(ユー・エー)で表されます。
具体的には建物内外温度差を1度としたときに、建物内部から外界へ逃げる単位時間あたりの熱量を、外皮面積で除することにより算出される数値です。
計算により求められたUa値が小さいほど熱が出入りしにくいことになりますから、断熱性能が高いことになります。
また窓などの開口部については平均日射取得率ηAC(イータ・エー・シー)で計算されますが、こちらは単位日射強度あたりの日射により建物内部で取得する熱量を冷房期間で平均し外皮面積で除したものです。
こちらも値が小さいほど日射が入りにくく遮蔽性能が高いことになります。
続いて一次消費エネルギーについての説明ですが、これは化石燃料や原子力、太陽光など自然から得られるエネルギーのことです。また、これらを加工・変換した場合、たとえば電気やガスなどは二次エネルギーと呼ばれています。
削減したいのは電気やガスの消費量ですから、本来であれば二次エネルギー計算が必要な気もするのですが、計量単位がことなることからでしょうか、省エネ基準で求められているのは一次エネルギー消費量とされています。
空調や換気、照明に給湯などの使用される設備機器が稼働する際に必要なエネルギー消費量の合計が、省エネ基準を下回れば良いというのが基本的な考え方です。
エネルギー計算に直接関与することがない私たち不動産業者ですが、少なくてもこのような基本だけは抑えておきたいものです。
増改築の場合にはこう考える
さて2025年4月1日以降に建築確認申請を提出する場合には、省エネ基準の適合が義務とされる訳ですが、これは新築住宅に限られていません。
建築確認申請の提出を必要とする10㎡以上の増改築においては、増築部分の壁、屋根、窓などにたいして省エネ基準への適合が求められるのです。
この場合、当然に「外皮性能」と併せ、増築部分の空調、照明などの設備に関しても「一次エネルギー消費量」にたいする適合が求められます。
つまり増築部分にたいしてのみ、適合させることが求められるのですね。
これは既存住宅を取り扱う媒介業者は必ず覚えておきたい変更点です。
建ぺい率や容積率に余裕がある場合、増改築することを前提として既存住宅を購入することはよくあることですが、省エネ基準に適合させる増改築は当然に割高になります。
省エネ基準に適合するために必要な断熱材や、一次エネルギー消費量の基準を満たす設備機器の採用が必須とされるのですから、価格が上がるのも当然だと言えるでしょう。
それらについて説明するためにも、正確に理解しておく必要があるでしょう。
また筆者が個人的に懸念しているのは、断熱性能などがことなる空間が一つの住宅で形成された場合において、換気量の問題などから極端な結露が生まれる居室が発生するなど物理的な現象が発生することです。
住宅の外皮性能は全て居室において均等であることが正しい姿ですから、今回のように増築部分のみ省エネ基準に適合した外皮性能をもたせた場合、どのような弊害が発生するのか分かりません。
解決策としては外皮性能が異なる増築部分の出入り口に断熱ドアなどを設置して、異なる空間として住環境を形成することでしょうが費用が嵩みます。
このような問題の発生によりクレームにならないよう、温熱環境などに知見のある建築士に相談するなどの配慮が必要でしょう。
まとめ
省エネ義務化については、ハウスメーカーに勤務している方をはじめとして新築の建売住宅などの販売を手掛けていれば当然に知っている情報であり、また義務化になることにより求められている性能の基本についても、十分に理解されていることでしょう。
不動産業界に従事している方々は自身が手掛けている業務に関しては豊富な知識を有していますが、専門分野を離れると、とたんに説明も覚束なくなることがあります。
それは仕方がないことで、一言で不動産業と言っても手掛ける業務は多彩です。
業務ごとに必要な知識も変化し、実務で注意が必要な関連法なども変わりますからとてもではないですが「不動産に関することならば、どんなことでも知っている」と豪語できないでしょう。
筆者は不動産業界に在籍し32年を超えましたが、いまだ毎日、学ぶことばかりです。
勤勉に学び続けてきたことから、相応に知識は蓄えられてきましたがまだ足りているとはいえません。
今回、解説した省エネ義務化についても、義務になるという表面的な情報だけではなく、求められる性能の基準やそれにより懸念される販売価格の上昇、また性能が引き上げられたことによる冷暖房費の削減効果などまでを含め知見があれば、説明を受ける顧客も理解がしやすくなるでしょう。
結局のところ、学びを広げることで自身の営業成績が上がることにも繋がるのではないでしょうか。