「借景(しゃっけい)」という言葉をご存じでしょうか?
日本庭園などの造園技法の一つとされ、東アジア諸国においては伝統的に見られる「庭園の構成に背景景観を取り入れる」という原則のことです。
山や森など、自然物を庭園内の背景に取り込むことで前景の庭園となる背景とを一体化させ景観を形成することにより、限りある庭に奥行きと広がりが取り込まれます。
一戸建てにおいては自前の庭に、マンションなど高層建築物においてはリビングなどから広がる眺望なども、ある意味で借景に近い意味合いを持つでしょう。
「日を浴びて輝く山並みの眺望が気に入って、このマンションに決めました」なんて台詞はドラマの世界だけではありません。
そのような眺望が近隣に建築物が建てられたことにより失われれば「眺望権の侵害だ!」と、騒がれることでしょう。
理屈では、自己所有の土地ではないところに建物が建築されるのはしょうがないと理解していても、眺望が阻害される、もしくは借景が失われあげくに日当たりまで失われる高層建築物が近隣に建築されるとなれば文句の一つも言いたくなるでしょう。
マンション新築の際、近隣住民への説明会で紛糾するのも眺望権や日照権であることからも理解できるでしょう。
ましてや私たち不動産業者が、物件の内見時などにおいて隣地や、眺望を阻害する位置関係の空き地などに高層建築物が建築される可能性について質問された時に、明確な根拠もなく調査も行っていない状態で「大丈夫です、ご安心ください」なんて言ったとしたら、どのようなクレームが寄せられるか想像できます。
さて、このような眺望権の侵害について提訴された場合、判例ではどのような判断が下されているのでしょうか?
今回は、そのような眺望件の侵害について争われた判例を参考に、問題の生じない説明方法や考え方について学んでいきましょう。
眺望権の侵害を構成する判断基準と判例
眺望権の侵害を理由として争われた裁判は数多くありますが、そのおかげで判断基準がある程度明確になっています。
●当該侵害行為の性質態様
●行為の必要性と相対性
●行為者の意図目的
●加害行為の有無
●被害利益の価値ないし重要性
●被害の範囲程度
●侵害の予測可能性
様々な判例を調べてみても、上記のようなポイントを相対的に勘案し判断が下されています。
たとえば土地高度利用地区として用途が定められている理由は、用途地域内において土地の利用状況が著しく低い地域を土地の高度利用と都市機能を図る地域に指定して建築物の大規模化を図りたいからですが、そのような地域に相応の空き地があれば「いずれ高層建築物が建てられる可能性があるだろう」というのは当然に予想できることです。
ですから私たち不動産業者は近隣にそのような空き地が存在しているか否かを問わず、例えば眺望についてであれば、それは将来にわたり保証されるものではなく周辺環境の変化により変化する可能性があるとの趣旨を重要事項説明書に記載するでしょう。
新築分譲であれば、このあたりの説明を含め重要事項説明書にもそのような記載も徹底されていますが、既存マンションの場合にはその辺りについての説明や表現について、業者によりかなりまちまちであると言えます。
実際に営業トークとして、近隣に高層建築物が建てられた場合の眺望や日照について心配する顧客にたいして「用途地域で認められているのですから、隣地に適法な高層建築物が建てられ、眺望や日照に問題が生じても、それはどうしようもないことですね」と説明する営業マンは稀でしょう。
たいがいは「建築される可能性はあるけれども、そんなに心配することはありません、なぜなら……」といった感じの説明をすることが多いのではないでしょうか。
この場合、建築される可能性は示唆されているものの、心配をする必要性はそれほどないのではないかという憶測による説明が加えられた場合、説明を受けた側の捉え方によっては「そのような建物は建築されない」と認識される可能性もあるでしょう。
日本における判例を見ると、眺望権は法律上で規定されている権利ではないことを理由としてほとんど認められていないのが実際のところです。
同様の裁判に日照権もありますが、こちらは心身の健康状態にも影響を与える可能性という観点から判断され、社会福祉の観点から日照権が著しく侵害されている場合などにおいては主張が認められています。
日照権が心身に影響を与える可能性があることにたいし、眺望権は心理的充足感の阻害であると判断されやすいことが原因だと言われています。
ただし眺望価値のある景観が存在している、物件的な価値が景観眺望に依存しているなどの場合には「眺望の利益が保護されるべきである」とされた判例があるのも見逃せません。
判例でも、木曾御嶽山の山並みを見通せる景観が重要な目的とされ建築された社員保養用の別荘からの景観を、近隣のリゾートマンションが建築されたことにより損なわれたとして争われた裁判では原告が勝訴しています(大阪地裁H4.12.21)
また全室オーシャンビューであること説明され購入契約した完成前の分譲マンションにおいて、竣工後、ベランダの正面、まさに目の前に電柱や送電線のあることが発覚し「眺望に関する説明が事実とことなる」として契約解除を求め提訴された裁判では、売主に説明義務違反があるとして売買契約の解除が認められています(福岡地裁H8.2.2)
この2例とも自然景観にたいする眺望が重要な要素とされている点が特徴ですが、高度利用地区などの都心部などにおいて、近隣に高層建築物が建てられたことにより眺望が阻害されたとして提訴した裁判では、原告の請求が棄却されています(大阪地裁H20.6.25)
もっとも棄却された判例では不動産業者が重要事項説明書に先程解説したような文言、つまり「将来にわたり保証されるものではなく周辺環境の変化により変化する可能性がある」といった内容を記載していたことが重視されました。
つまりはその説明を聞いたうえで納得して購入していると判断されたのです。
広告表現には注意が必要
ネット情報や販売広告を見ると、「眺望抜群‼」などの表記がいまだに多く見受けられますが、このような表現を使用してはいけません。
また広告に限らず販売資料にもこのような表現を用いることは禁止されています。
そもそもの話ではありますが、宅地建物取引業法32条で誇大広告は禁止されており、具体的な表示ルールや使用してはいけないワードについては不動産公正取引協議会連合会などからも注意喚起されています。
ですが宅地建物取引業法の禁止事項は、先にあげた誇大広告の禁止のほか広告開始時期の制限、取引態様の明示などではありますが、使用される文言や表現などについては消費者庁が所管する「不当景品類及び不当表示防止法」に依存している部分があります。
さきほど例をあげた「眺望抜群」などは不当景品類及び不当表示防止法第18条で定められた特定用語に該当する表現です。
特定用語とは下記図に例示された用語のことです。
広告や物件資料に使用される文言は、その用語表現を裏付ける合理的な根拠の保有が求められています。
眺望に関しての表現としては抜群や最高などが用いられます。
これらは数ある眺望の中でもとくに抜きん出ていると言った意味として利用されているのでしょうが、合理的な比較対象も存在しない主観的な意見を言葉にしたに過ぎません。
そのほかにも特選物件などもよく見かける表現ですが、これも合理的な根拠が存在している訳ではありません。
このような表現を使用していると眺望権で顧客と争いになる以前に、景品表示法違反・宅建業法違反・公正競争規約違反でそれぞれ処分され、違反回数が重なれば課徴金や業務停止、違約金などの処分がなされます。
このような表現を用いることにメリットはないことがお分かりいただけるでしょう。
まとめ
今回解説したように眺望権の侵害を根拠として提訴されても、都市計画において一定の高層建築が認められているような地域で原告の主張が認められることはまずありません。
だからと言って説明がないがしろであっても良いと言っている訳ではありません。
販売資料も含め、営業の説明などで「永続的に眺望が確保される」と誤解させた場合には、眺望権ではなく説明義務違反であるとして契約の解除が容認される可能性が高まるからです。
また顧客からそのようなクレームを持ち込まれるだけでも精神衛生上、よくはないでしょう。
そのためにも、高層建築物の建築が認められている地域においては近隣建築物の建て替えなどによって周辺環境の景観などは変化することを正しく説明しておくことが大切だと言えるでしょう。