私たち不動産業者は契約締結前までの重要事項説明が義務とされていますから、その作成のため物件の現状や法令上の制限を始めとして登記事項証明や不動産識別情報の有無などまで確認を行い、取引終了まで問題なくおこなえるようにするのは当然の責務です。
そのような調査の中でも登記内容の確認は最も早い段階で確認する作業となりますが、登記情報の甲区、つまり「所有権に関する事項」に差押さえや仮差押などの登記がされていれば「おいおい、ちょっと待てよ……」となるでしょう。
乙区欄では通常、抵当権・根抵当権・地上権・地役権・賃借権などをよく見かけますが、差押さえや仮差押などは甲区欄の記載事項です。
甲区欄に記載されるのは、一般的には所有権保存や移転などの所有権に関する事項ですが、物件が差押さえられ、自由に処分する権限が失われている状態を示すため差押や仮差押、参加差押なども所有権の欄に記載されます。
円滑な利用を阻害・制限する権利ですから、そのまま放置することはできません。
売買する場合に抹消しなければ問題が生じますし、一般的な感覚としても問題のある権利設定された不動産の購入は、よほど特別な事情がある場合や相応の知識がなければ敬遠するでしょう。
そもそも住宅に仮差押などの登記がされていれば住宅ローンの取り扱いもしてもらえません。
確実に抹消できるという証明をしなければ窓口で却下されるでしょう。
ですが差し押さえは論外として「仮差押ならあるいは……」と考えるでしょう。
処理できれば成約になると考えれば動いてみる価値は充分にあります。
プロである私たち不動産業者が、登記事項証明の仮差押を見ただけで腰が引けてはいけません。
今回は仮差押とは何か、そしてそのような登記が附された物件の取引で注意することは何かについて解説します。
仮差押えと差押の違いって?
対象が不動産の場合「仮差押えは保全行為」、「差押えは競売に直結」と覚えておけば良いでしょう。
「仮差押え」は民事訴訟前に、訴訟の直接的な対象や原因から推測される権利を保全するため、債務者の財産を凍結する目的として行われる行為です。
「仮差押え」より「差押え」が強いのは字面でおわかりになると思いますが、差押えには「債務名義」つまり裁判手続きを経て判決された場合のほか公正証書で執行受託文言(債務不履行の際には直ちに強制執行に服する旨の陳述)が記載されているものが必要です。
公正証書が存在していれば良いのですが、そうではない場合には裁判手続きが必要とされます。
判決を得るには相応の時間が必要ですから、訴訟を提起している間に財産が処分されることがないよう債務者の財産を保全しておく必要があります。
そのために行われるのが財産の一時的な凍結を目的とした「仮差押え」です。
これにたいして「差押え」は執行受託文言の入った公正証書もしくは確定判決が出ている状態ですから強制執行、つまり競売に直結します。
仮差押の手続きは債権者が請求債権目録や仮差押目録、債権の疎明書類、保全の必要性についての陳述書などを準備して裁判所に「仮差押申立」をすれば、裁判所が審理をして仮差押の可否の判断をして、決定・執行へとすすみます。
裁判手続を必要とせず債権者からの申立だけで審理されるのが特徴です。
つまり裁判とは違い債権者からの申立のみで審理される訳ですね。
数年に一度くらいの割合で筆者のもとに「いきなり仮差押決定の書面が届いた」と相談にこられる方もおられます。もちろん心当たりはあるのでしょうが「裁判もしていないのに何で?」という思いもあるからでしょう。
そんな債務者の思いをよそに、債権者からの申し立てを裁判所が認めれば「保全執行」として仮差押え登記のほか強制管理が行なえるようになります。
よく強制執行と強制管理を混同している方を見かけますが、意味は違います。
強制執行は競売に代表されるように強制的に財産を売却処分して債権の回収にあてる行為ですが、強制管理は裁判所が専任した管理人によって不動産から生じる果実(家賃収入など)を取り立て、これにより債権の一部を回収することが目的です。
テナントビルなどの場合には仮差押登記と同時に強制管理を行うことも多く、もちろん法的にも併用は認められています。
覚えておきたい差押えの種類
ここで一度「差押え」について整理しておきたいのですが、差押えには民事上・刑事上そして行政手続き上の3種類が存在します。
不動産の場合、民事と行政上を原因とする差押えがほとんどですが筆者も一度だけ、所有者が被疑者として逮捕され、現場保存のために刑訴法220条1項2号に基づく無令状の差押えに遭遇したことがあります。
これは事件解決に必要とされる証拠保全のためですが、正式な方法としては捜索差押許可状の発布を裁判官に対し請求する方法が取られます。
もっともこのような経験は一生に一度あるかないかの事態ですから覚える必要もありませんが、下記で解説する民事と行政上の差押えについて正しく理解しておく必要はあるでしょう。
民事上の差押え
民事の差押えは民事執行法が根拠法とされており、債権者の権利実現のため不動産・動産・債権などの財産処分を禁止するために行われます。
これは原則として強制執行の前段階として行われます。
行政手続き上の差押え
税金などを長期滞納(法定納期期限を超え一定期日までに納付されない場合など)した場合に行われる差押えです。
税金ですから根拠法は国税通則法や国税徴収法、地方税などですが最近多く耳にするのは国民年金未納による差押えです。
「支給額も少ないのになんで納付しなければならない!支給開始年齢は繰り下がられるし納付期間も延長されたのに」という気持ちは個人事業主である筆者も同感ですが、年金の支払いは義務とされていますので放置すれば額によらず差押えさられます。
仮差押え登記のある物件を契約する場合の注意点
「仮差押え」と「差押え」どちらも債権者との交渉が整えば、登記を抹消することが可能です。
ですが不動産における仮差押えなどの原因は金銭債権ですから、抹消してもらうには完済するための資金が必要です。
少額の債権であれば用意することも可能でしょうが、そもそも完済できる資金があれば仮差押登記されるような事態に陥っていないでしょう。
ですから多くの場合、物件の売却金を流用して債権を完済しようと考えます。
ですが仮差押えなどが登記されている時点で債権者との交渉無しで契約できません。厳密にいえばそのような権利が登記されたままでも売買契約はできますが、そのような状態の物件を好き好んで購入する方はおられないでしょうし、何よりも契約の目的を達せない可能性が生じ、場合によっては私たち不動産業者の責任問題にまで発展します。
債権者との交渉については事項で解説しますので、ここでは仮差押えが登記された状態で契約する場合の注意点だけを解説します。
まず契約書の約款に必ず「失権約款」を設けることです。
この場合における失権約款とは「仮差押登記の抹消ができなければ本件契約はその効力を失う」との文言ですが、これだけでは足りません。
手付金についても検討する必要があります。
つまり手付金なしで契約する、もしくは手付金保全の措置を講じるかのどちらかの選択です。
これは絶対条件で「私を信用できないのですか!」と売主が声を荒らげても、断固として拒否しましょう。
言うまでもなく所有者に「お金」がないから仮登記などの抹消ができないのですから、信用したくてもできない状態です。
手付金を渡した途端、所有者(売主)が所在不明になるなんて話は珍しくもなく、その後、委任状や債権書類を抱えいつでも後順位で抵当権設定できる債権者がゾロゾロ現れるのはドラマの話だけではありません。
ですから手付金の額が宅地建物取引業法で定められている「売買代金の100分の5以下かつ1,000万円以下」とされる保全措置を講じる必要のない金額であっても、供託など保全措置を講じておく必要があるのです。
債権者の承認はかならず取り付ける
あらかじめ債務を完済して仮差押え登記を抹消するのが王道ですが、その資金が準備できなければ仮差押え登記がされたまま売買することになります。
その場合の注意点については前項で解説していますが、契約締結前には債権者と協議して「債権を返済するため不動産の売却を考えているが、売れた際には登記の抹消に協力してくれるか」の確認を行わなければなりません。
いわゆる同時抹消の承認です。
そもそも「仮差押え」や「差押え」は、前者は財産の保全、後者は強制執行により財産を処分して債権を回収するために行われているのですから、目的物件の譲渡や処分のほか使用収益に制限のある状態です。
つまり換価にマイナスの影響をおよぼすような使用や収益による方法は債権者から制限されている状態であり、居住など通常使用は許可されていますが、処分については債権者同意が必要とされます。
相談もせず契約をした場合には債権者との間における相対的な意味合において、契約は無効とされます。
ですが、これはあくまでも債権者と債務者の相対的な関係であって、所有者(債務者)と第三者が契約をした場合、その当事者間においての売買契約は有効とされます。
その場合、仮差押えの登記を残したままの移転登記も可能です。
ですがそのような登記を残したままではいつ強制執行になっても不思議ではありませんし、所有権移転を行ったからといって競落人に対抗することはできません。
そうなればトラブルは必至ですから、媒介に入った不動産業者の責任が追及されるでしょう。
そのため下記3点については、債権者と協議しながら慎重に進めていく必要があります。
まずは債務額や滞納額を明確にする。
まず正確な債権額を把握する必要がありますから債務者にたいしヒアリングを行うと同時に償還予定表や金銭消費貸借契約書などの書面などから債権額を確認します。
ただし延滞が長期間に及んでいることから延滞利息なども加算されている可能性もありますから、「任意売却」により不動産を処分して完済する旨を債権者に宣言すると同時に、実際の残債額について確認します。
ただし、宣言と言っても重々しく考える必要はなく債務者が不動産を処分して債権を完済する意思があるのだと納得してもらうことが目的です。
売却価格と債務総額に整合性があるのか確認する
仮差押えなどの登記されている時点で、不動産の所有者に売却価格の決定権はほぼありません。
できる限り高く売り手元に現金を残したいという希望は理解できますが、すでに保全手続きや強制執行の準備が進められている状態なのですから時間をかけて売却する余裕などありません。
そこで売出しをする査定額についても、債権の総額を念頭においたうえで債権者が納得できる金額にする必要があります。
そこで査定報告書などについては通常の査定書以上に詳細な情報を盛り込んで作成する必要があるのです。
問い合わせ状況や交渉状況の連絡はとにかくマメに
任売の場合は専任媒介契約となりますので、業務処理状況報告書が2周間に一度かならず必要ですが、売り出したものの反響がない場合には販売価格を見直す必要があり、その場合にも債権者の承諾が必要ですから広告掲載頻度やそれによる反響状況のほか、交渉の状態などについても詳しく報告をする必要があります。
この場合、債権者が報告内容をみて販売価格を見直さなければ売却が難しいだろうと納得できる内容であることが必要です。
このように仮差押えなどが登記されている物件を手掛ける場合、行政やサービサーなどの担当者と良好な関係を築いていくことが大切です。
まとめ
今回は仮差押や差押の解説に始まり、そのような登記がされている物件を契約する場合の注意点などについて解説しました。
最後に解説を加えた「債権者との交渉ポイント」については、任意売却の際に必要な最低限度の注意点を上げたに過ぎません。
実際には査定書や業務処理状況報告書の作成などについては細かいテクニックが必要とされます。
コラムは、あくまでも仮差押えなどが登記された物件を扱う場合の注意点を中心として構成しているという点と、債権者による手続きが進められていれば任意売却物件として取り扱う必要があることから、必ず抑えておきたいポイントだけを簡潔に解説しているとご理解ください。
長引くコロナによる影響が徐々に収束したかと思えば電気料金を筆頭に燃料費は高騰し、さらにはインフレによる物価高が市民の財布を直撃しています。
それに呼応するように仮差押えを含む訴訟事件の件数は上昇転じています。
顧客から相談が寄せられた際に慌てることがないよう、基本的な内容は正しく理解しておくようにしましょう。