筆者が不動産コンサルタントとして様々な不動トラブルの相談に応じているからでしょうか、なかには32年間の不動産経験においても初めてのケースに遭遇することもあります。
そのような場合には問題解決のため利害関係者に聞き取りをおこなうほか類似する判例を調査したり士業に相談に伺ったりなど東奔西走するのですが、おかげで知見が広がり、ご覧いただいているコラムの「ネタ」にもなっているのですから何事も経験は大切です。
そのような経験の一つが、今回の「共有名義人失踪」の場合における不動産売却方法です。
さて宅地建物取引士試験の設問においてもよく出題されますが、事故により生死不明になった場合には戸籍法第89条を根拠として認定死亡(法律上死亡したと推定する制度)されます。
認定死亡は発生からおよそ3ヶ月が目安とされていますが、失踪の場合には手続きも煩雑でさらに時間が必要です。
失踪と聞けばドラマや映画の世界と思いがちですが、実際にはそれほど珍しい話ではありません。
警察庁生活安全局人身安全・少年課が令和4年6月に公表した「令和3年における行方不明者の状況」の資料によれば、令和3年の1年間だけで79,218人もの行方不明者があったと報告されています。
図を見れば一目瞭然ですが毎年7~8万人の行方不明が報告されているのです。
若い世代の「家出」や認知症などを原因とする一時的な行方不明も多分に含まれてはいますが、家庭関係や事業・職業関係を原因とする行方不明者は全体の約3割にものぼるとされており、それらは行方不明と表現するよりは「失踪」という言葉の方が収まりも良いでしょう。
このような実情からでしょうか、筆者が共有者失踪による売却相談に応じた回数は両手の指で数え切れない件数に達しています。
皆さまのもとにも同様の相談が寄せられるケースもあるでしょうから、今回は共有者が失踪した場合における売却方法について解説いたします。
共有者の居所不明で売却は可能なのか?
「共有者が失踪した状態で売却は可能なのか」という質問にたいしては、結論から申し上げると可能です。
売却する方法は2つあります。
1つ目は「不在者財産管理人を専任し、権限外行為について家庭裁判所の許可を受け売却する」方法。
2つ目が「失踪宣告の手続きを完了させる」方法です。
相談者からは、私のもとに訪れる前、他の不動産業者に相談したところ「失踪した場合は居所不明となってから7年以上必要ですから、いまは売却することができません」と言われたという話を耳にします。
この回答は間違っているとは言えませんが、およそ現実的ではありません。
共有名義人が失踪したケースでは、共働き世帯で連帯債務により住宅ローンを借り入れていることが多いのですが、単独で支払いを続けていくのは困難です。
支払いに困窮しているから売却をしたいのに、失踪後のんびり7年間も待っている訳にはいかない切実な事情があるのです(失踪の原因が見当たらず、あきらかに事件性が高い場合は話も変わりますが……)
ですからこのような相談に関しては、概ね不在者財産管理人の専任が正解となります。
ただし相談内容によっては、失踪宣告を利用する場合もありますので先にこちらから解説しておきましょう。
冒頭で解説した認定死亡は、大規模な事故の発生などにより対象となる人物の死亡が確実である場合に適用され、遺体の確認ができなくても戸籍上では「死亡した」とする制度です。
水難や震災事故が発生すれば官公署が取り調べや捜索を行いますが、その成果として死亡が確実であろうと推定されるけれども遺体が見つからない場合などにおいて、官公署が市区町村にたいし死亡認定の報告を行います。
原則として認定死亡は官公署の職権によってなされますので、利害関係人からの申立によるものではありません。ただし利害関係者から「死亡認定願」を提出することは可能となっており、いずれの形であっても認定されれば戸籍内容が変更されるのです。
それにたいし失踪宣告は生死の確認ができない状態であることは同様ですが、その原因が大規模な事故である場合などにおいては1年以上経過した時点で、利害関係人からの申立により家庭裁判所が審理し「危難失踪」が宣告されます。それ以外の場合(冒頭の相談などはこちらに該当します)には7年以上経過した時点で利害関係人からの申立により家庭裁判所が審理し、認められれば「普通失踪」が宣告されます。
宣告がなされれば、法律上では死亡したものとみなされます。
ここでいったん整理しておきましょう。
もっとも家庭裁判所から失踪が宣告されれば、実際の生死によらず法律上「死亡した」とされる訳ですから、当人がひょっこり戻ってきた時には本人または利害関係人の請求により失踪宣告を取り消すことができるのはご存じのとおりです。
知っておきたい不在者財産管理人の選任方法
登記法が改正され相続に関しての相談件数が増加することが予想されていることから、しっかりと理解していただきたいのが「不在者財産管理人」制度です。
相続人の一部が居所不明である場合などにおいては、この「不在者財産管理人」制度を利用する可能性が高いからです。
不在者財産管理人は行方不明者(失踪者)の財産を適切に管理する職務を負う人のことを指し、裁判所から専任されます。
共有者(配偶者)が失踪した場合においては、不在者財産管理人には共有名義人(連帯債務者)である配偶者が専任されるのがもっとも良いのですが、残念ながらかならずしも認められる訳ではありません。
ちなみに不在者財産管理人が専任されれば、その行動は裁判所の監督下におかれます。
残念ながら配偶者の専任が認められなかった場合、代わりに弁護士や司法書士が専任されますが、その場合は報酬が発生することに留意しておく必要があるでしょう。
家庭裁判所が不在者財産管理人を専任できるのは、当人が「不在者」と言える場合のみですので連絡が取れず・そのための手段もつくし・居所不明で・帰ってくる見込みがない状態であるなどの要件を満たしている必要があります。
この状態がどのくらい継続していれば良いのかについては諸説ありますが、少なくても1年以上の期間が必要であるとされるのが一般的です。
これらは相続人の一人が居所不明である場合に申し立てる不在者財産管理人の専任についても必要要件とされています。
ここで注意しておきたいのは失踪宣告の場合には法律上「死亡した」とされることにたいし、不在者財産管理人の申立は、あくまでも当人に連絡を取ることができず居所不明であり、もちろん生死も不明の状態であるということです。
原則として不在者財産管理人の申立は「不在者の従前の住所地または居処地の家庭裁判所」に限定されています。
申立は配偶者のほか相続人、債権者などの利害関係人、検察官が行えるとされています。
不在者財産管理人の申立に必要な書類は下記のようなものです。
●申立書(裁判所の所定書式)
●不在者の戸籍謄本(全部事項証明)
●不在者の戸籍附票
●不在者財産管理人候補の住民票または戸籍附票
●不在であることを証明できる資料
●不在者の財産に関する資料(不動産登記事項証明書のほか預金通帳など)
●相続人からの申立の場合、相続関係が証明できる書類(全部事項証明が記載された戸籍謄本など)
●収入印紙(800円)・連絡用郵便切手など
上記のうち重要なのが不在者財産管理人の候補ですが、原則として「利害関係のないもの」とされています。
利害関係の大いにある連帯債務者(共有者・配偶者)を不在者財産管理人の候補とする場合には、家庭裁判所に納得して貰えるよう困窮状況などの申述書などを資料として提出しておくと良いでしょう(不動産名義が失踪者単独である場合などでも同様です)
もっとも不在者財産管理人の権限は、財産の保存・利用・改良の管理行為に限られている(民法第27条および第103条)ため、それだけでは売却を行うことはできません。
売却などの処分行為をおこなうには不在者財産管理人とは別に「権限外行為の許可」を家庭裁判所から得る必要があります。
この手続は多少煩雑ではありますが「連帯債務者(もしくは単独名義人)である配偶者が失踪し、住宅ローンの支払に困窮している」という実情があれば、原則として認められる可能性は高いでしょう(あくまでも筆者の経験上ですが、このようなケースの申立は全て認められています)
ちなみに権限外行為の許可を家庭裁判所に申請する場合、売却価格の妥当性が許可審判の要素とされていることから、売買契約書の添付が求められます。
つまり原則としては契約後にしか申立ができないのです。
そのため「権限外行為の許可が得られること」を停止条件として売買契約を締結する方法もありますが、不確実性を考慮し、不動産の購入予定者を確定したうえで売買価格の記載された売買契約の事前合意書を作成し、それにより申し立てを行うほうが良いかもしれません。
また先行して売出しをおこなうのですから、専任された不在者財産管理人との間で媒介契約を締結する必要があります。その際には家庭裁判所が発行する「専任審判書の写し」を取得しておいて、購入希望者への説明書類とする必要があるでしょう。
まとめ
今回は連帯債務者である配偶者が失踪した状態での不動産売買について解説しましたが、文中で不在者財産管理人の専任が正解としましたが全てに当てはまる考え方ではありません。
たとえば連帯債務者の失踪(失踪の証明ができる状態)後、配偶者が頑張って7年以上、住宅ローンの支払いを続けてきた場合などにおいて普通失踪が宣告されれば失踪者は法律上死亡したことになります。つまり団体信用生命保険が利用できるのです。
ですから連帯債務者(失踪者の単独債権であればその全て)についての金銭債務は団体信用生命保険で補填されることになります。
当たり前の話ですが売却時に得られる手取り金額がその分だけ増加します。
不在者財産管理人の専任から権限外行為の許可への手順ですすめた場合、居所不明であると同時に生死も不明の状態ですから団体信用生命保険は利用できません。
また当然の話として不在者財産管理人の申立や権限外行為の許可申請は利害関係人である配偶者が直接行なうことはできますが、私たち不動産業者に申請書類などを代理作成する権限はありません。
実際にはそれほど難しい書類ではありませんが法律に疎い場合にはその作成も困難でしょうから、必要に応じ信頼できる弁護士や司法書士などを紹介するなど専門士業の協力を仰いだほうが良いでしょう。