不動産業者が頭を悩ませる一つに「私道」の問題があります。
所有者の居所が分かっていても、高額なハンコ代を求められるなど無理難題を押し付けられることもありますが、それ以上にやっかいなのが居所不明で所有者と連絡を取れない場合の対応です。
そのような状態であることを購入検討中の顧客に説明すれば「購入後に不安が残るので今回は見合わせます」と言われてしまうでしょう。
所有者が分かっていてもいなくても気が重くなる私道に面した不動産売買ではありますが、プロである以上は避けてばかりもいられません。
幸いなことに本年(2023)の4月1日から「所有者不明土地建物管理制度・管理不全土地管理制度」が強化され、所有者が居所不明であったとしても、利害関係人の請求により地方裁判所に所有者不明地管理人を専任する権限が与えられました。
専任された管理人には利用改良行為権限が付与されますから、所有者不明地であっても適切な管理を行うことが可能となり、さらに家庭裁判所の許可を得ることにより売却権限が付与される可能性もあります。
所有者不明地や管理不全家屋などの増加を抑制するために講じられた措置ではありますが、当然に所有者不明の私道についても適用されます。
私道に面した土地の境界確定調査や、接する擁壁の修繕、工作物の築造や収去などに必要であることから私道を利用する場合、原則として目的・日時・侵入場所・方法などを予め通知する必要はありますが、所有者の居所が不明である場合にはその所在が判明した時点で事後、通知すれば良いのです。
これにより所有者不明もしくは居所不明の私道に面した土地・家屋の取引がどれほど円滑に行えるようになったでしょうか。
ですが、勘違いしてはいけません。
確かに私道所有者不明もしくは居所不明の場合において、私たちの業務が円滑に行える形で法改正は行われましたが、だからと言って無制限に他人の土地を利用できるとの趣旨ではありません。
正当に手順を踏まなければ、相続登記義務化により発覚した私道相続人とひと悶着なんてことになりかねません。
今回は令和4年6月に法務省「共有私道の保存・管理等に関する事例研究会」が公表した「所有者不明私道への対応ガイドライン(第2版)」を参考に、改正法とあわせ私道所有者が不明の場合に私たち不動産業者が取る最適な方法について考えて見ましょう。
ところで私道に明確な定義はあるの?
私達が日頃から口にする「私道」ですが、顧客から「私道って何ですか?」と質問されたらなんと答えるでしょう。
「道路として供されているが、その所有が個人(または法人)であるもの」あたりがもっとも多い解答でしょうか。
じつは法律では私道について明確な定義は存在していません。
社会通念上における「私人により所有・管理され一般の用に供されている道」という考え方が、もっとも定義に近いといえる表現かも知れません。
ここで大切なのは、私道所有者には所有しているだけで、本来は管理責任もあるということです。
この管理責任は維持管理と言い換えても良いでしょう。
ですが所有者不明の私道は、それを日頃から利用している住人ですら居所を把握していないのですから管理がされているはずはありません。
権利関係は別として、私道を利用している方が奉仕として維持管理していることが多いのではないでしょうか。
まれに法令もしくは独自の助成制度などを根拠として地方公共団体が管理しているケースもありますが、原則として私道にたいする管理や保存権限はないのですから、利用する利害関係人からの陳情があったとしても手をだすことはできません。
たとえば上下水道などのライフライン敷設工事を利害関係者が嘆願しても、私道所有者全員の承諾が得られなければ工事を実施しないのが原則です。
私道所有者や一部の共有者が故人となった場合、その相続人の居所が不明のままだと売買契約後トラブルになる可能性を否定することはできないでしょう。
覚えておきたい私道の所有形態と所有者不明の実態
ガイドラインにおいては。まず私道を下記図のように「共同所有型(単独所有もありうる」と「相互持合型」の2つに大別しています。
私道全体を個人もしくは複数のもので所有しているのが共同所有型。
私道自体が複数の「筆」から成り立ち、それに接する宅地の所有者が私道各筆をそれぞれ所有し、相互に利用させあう形が相互持合型です。
私たちが私道に接する土地家屋の取引において頭を悩ませる場合、その理由は「通行掘削同意」の取得とそれに伴う「ハンコ代」ですが、行政が管理不全である私道をどうにかしようにも支障がある事例を政令指定都市も含む127の自治体にアンケート調査を行った結果が下記グラフです。
上下水道の敷設は予想どおりですが、私道整備の助成制度により舗装工事を実施したくても、制度の運用には前提として私道所有者全員の承認が必須とされていることから実施されていないのが現状のようです。
舗装工事などにおいて助成なしでは利害関係者の負担が大きく、そのため所有者不明地の私道部分だけ明らかに舗装が劣化したまま放置されているのはこのような理由によることが多いのです。
筆者もクライアントからの依頼で所有者不明私道の調査を請け負うこともあるのですが、特に地方の場合には最後の登記が50年以上前である場合も多く調査が難航します。
ガイドラインのアンケート調査においても全体の31.4%(90年以上経過9.8%・70年以上経過5.9%・50年以上経過15.5%)が最後の登記から50年以上経過しているとの報告をあげています。
もっともこのような相続未登記地の状況を打開するため、発生予防・土地利用の円滑化などの観点から改正されたのが民法の一部改正です。
筆者は不動産会社のミカタにおいて、何度か改正法についての解説記事を寄稿していますが、来年から順次施行されていく法律ですのでしっかりと理解を深めておきたいものです。
所有者不明地管理人の専任は相応に手間が必要。だからこそ覚えておきたい改正ポイント
共有持ち分を有していない私道においてその所有者が不明の場合には、所有者不明地管理人の専任を裁判所に申し立てるしかないのですが、地方裁判所への申立ですからハードルがそれなりに高いものです。
できればもっと簡易的な方法で維持管理ができればよい。
そこで覚えておきたいのが、共同所有している場合に限られますが従来は私道全体の共有者同意を得なければできなかった「共有物の変更・管理行為」が、改正法では形状又は効用の著しい変更を伴わない行為について共有者全員全員の同意は不要とされた点です。
この著しい変更などに該当しない行為は「軽微変更」と言い替えられるのですが、これについては共有者の過半数の同意があれば行える(改正民法第252条第1項)とされたのです。
ちなみに「形状変更」とは、外観・構造などを変更することで、「効用変更」は機能や用途を変更することを指します。
どこまでの変更行為が軽微とされるかについては個別に判断が必要とされますが、例えば砂利敷である私道を舗装する工事などについては軽微変更に該当するとされています。
このような共有物の管理に関する範囲が拡大されると同時に明確にされたのは大きな改正点であると言えるでしょう。
ただし共有者の中に所在不明者が存在している形で過半数同意を得て保存行為などを実施した場合には、所在不明者の居所調査を行ったという履歴(登記事項の確認や、利害関係者への聞き取り実績)は残しておき、後日紛争に備えておく必要はあるでしょう。
軽微行為を超える変更をする場合の手順について
軽微な変更行為であれば、前項のように所有者全員の過半数同意で行うことができるのですが、それ以上の変更を行う場合において共有する所有者の所在が不明の場合にはどうすれば良いのでしょうか。
この場合には所有者不明地管理人の専任を申し立てるのが王道ではありますが、実際のところ下記手続きの流れをみればわかるとおり相応の手間が必要です。
もう少し簡単に行いたい場合には私道所在地の地方裁判所にたいし、所在不明共有者以外の共有者による変更・管理の裁判を申し立てる方法があります。
この場合、変更する工事内容については特定する必要はあるのですが、申立が認められ裁判所が公告を行い、1ヶ月以上の異議届出期間を経ても届け出がない場合には変更・管理の裁判が所在不明共有者以外のものにより行われ、結果が申立人にたいし告知されます。
また所在は分かっているけれども遠隔地に住んでおり、書面を何度も送っているのに連絡が取れず賛否が確認できない場合などにおいても、上記と同様の手続きで地方裁判所にたいし、賛否不明共有者以外の共有者による変更・管理の裁判を申し立てることにより、それ以降、同様の流れで申立人にたいし告知されますので覚えておくと良いでしょう。
ちなみにこの申立には相応の期間を経て、賛否確認の催告を行うことが申立の要件とされていますが、催告をした日から2週間程度でよいと解されています。
まとめ
今回、コラムを執筆するにあたり参考にした「所有者不明私道への対応ガイドライン(第2版)」は175ページにも渡り詳細な内容を記したものです。
所有者不明私道というタイトルはつけられていますが、実際に目を通してみればおわかりになると思いますが民事基本法制の見直しから始まり、分譲マンションにおける所有者不明者に関しての対応方法などまで踏み込んでいるほかガス・電気・電柱工事などのライフライン敷設にたいし新設・補修事例などまでを詳細に解説したおよそ私たち不動産業者にとってバイブルのような内容となっています。
短いコラムでは伝えきれない内容が網羅されていますので、興味のある方は読み込んでおくことをオススメします。
今回解説した改正ポイントだけをみても接道が私道であること、その所有者が所在不明であるなどで悩んでいた問題が、かなりの部分で解消されることになるでしょう。
ですが法律が改正されても、その改正ポイントや利用するための要件や手順などを理解していなければ活用することはできません。
端的に表現すれば、知っている方は改正法を駆使してこれまで皆が敬遠していた所有者不明地や私道に接する物件の取り扱いに積極的に手掛け実績をあげることでしょう。
不動産業界はある意味で情報産業に分類され、それは物件情報だけに限らず改正法にたいしての知識も含まれているのでしょう。
皆さんもこれら改正法の内容を深く理解して顧客に提案し、ビジネスチャンスとして活用されてはいかがでしょうか。