令和3年5月20日付けにて国土交通省・不動産・建設経済局不動産業課より、「宅地建物取引業者による人の死に関する心理的瑕疵の取り扱いに関するガイドライン」(案)に関するパブリックコメント(意見公募)が開始されました。
パブリックコメント開始に先立って、私たち不動産業者の事故物件調査指針となる「宅地建物取引業者による人の死に関する 心理的瑕疵の取り扱いに関するガイドライン」が、下記URLからダウンロードすることができます。
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000219027
ガイドラインは、これまで私が執筆した「事故物件関連」の記事中でもご紹介していますが、有識者によって編成された検討会メンバーにより、令和2年2月5日を第一回として継続的におこなわれてきた「不動産取引における心理的瑕疵に関する検討会」によって編纂されたものです。
ガイドラインは現段階でパブリックコメントの渦中であり、まだ決定ではありません。
ですが、実際にガイドラインを読み込んでも大きな変更を必要とする部分は見受けられず、逆に「ずいぶんと事故物件調査のハードルが低くなり、扱いやすくなった」という感想をもちました。
ただし、表現の随所に「望ましい」という言い回しや、「留意する必要がある」との表記が見受けられ、解釈によっては「この程度の調査で大丈夫」といった誤解をまねきやすく、取引当事者の事故物件に対する心理的な嫌悪感を考慮せずに取引を行い、大きなトラブルに発展する懸念が残ります。
ガイドラインを読みこなせば理解できますが、ガイドラインでは一定の指針を示すと共に、随所に注意喚起と思える表現を残しています。
今回は、ガイドラインによりほぼ「決定」とも言える部分の解説と、解釈によっては、より深く調査を実施しなければならないポイントについても併せて解説します。
「事故物件」ガイドライン作成の背景
事故物件に関しての調査範囲や事案ごとの告知義務に関しては、当事者に見解により判断されてきたことから訴訟も絶えず、国としての指針が必要であると指摘されてきました。
そのような背景から有識者検討会が組織されガイドライン(案)が作成されたのですが、国交省は報道コメントを以下の通りとしています。
「事故物件」ガイドラインの構成内容
ガイドラインの目次は以下のようになっており、表紙も含め10P構成となっています。
私たち不動産業者が正確に理解しなければならない論点は、以下についてです。
●ガイドラインの適用範囲となる事案・不動産について
●宅地建物取引業者が告げるべき事案について
●宅地建物取引業者がおこなうべき調査について
●事案に関して、宅地建物取引業者が告げるべき内容・範囲について
以降で、それぞれの論点について解説します。
「事故物件」ガイドライン制定の趣旨・背景・法律上の位置づけについて
制定の趣旨や背景につきましては、すでに解説済みですので割愛いたします。
「ガイドラインの法律上の位置づけ」ですが、下記のように理解することができます。
① 事故物件に関して宅地建物取引業法上負うべき責務
注意を要するのが、「一般的に妥当と考えられるものを整理してまとめた」と表記している部分で、事案によってガイドラインに当てはまらないケースを示唆しています。
これは、この後に続く文章でも明確に書かれています。
つまり、「自殺のあった建物を解体して販売する事案」やマンションなどの集合住宅における「隣接住戸の事故」など具体的な事例をあげつつ、複雑な事案を全て包括する内容とはしていないと明言している点です。
これらについては、今後の事案の蓄積により具体的な指針の決定が期待されます。
また、このガイドラインで示した対応をしないからといって、直ちに宅地建物取引業法違反とはしないとしつつも、行政庁における監査はこのガイドラインに基づくとしていることから、ガイドラインに定められたことは最低限遵守する必要があります。
また最も注意しなければならない点に、民事上の責任の位置づけがありますが、「事故物件に関して個人の感じる嫌悪感」に関し、このガイドラインを遵守して取引を行っても、それは「個人の嫌悪感」を払拭するものとは言えず、個々の事案にあわせて当事者が判断するべきものとして、
「民事上の責任を回避することはできない」と、はっきりと記載しています。
ガイドラインにおいても、告知の判断基準のポイントとして過去の判例に着目し「不動産の取引目的・事案の内容・事案発生からの経過時間・近隣住民の周知の程度」を挙げています。
現行の宅地建物取引業法における「事故物件告知」に関しての規定は「相手方の判断に重要な影響を及ぼす事象において故意に事実を告げず、又は不実のことを告げる行為の禁止」となっています。
これらのことから、ガイドラインは私たち不動産業者の告知に関して一定の判断基準を示す一方で、これをもって直ちに調査不足や不告知が免責されるものではないとしていることに注意が必要です。
「事故物件」ガイドラインの適用範囲となる事案・不動産について
ガイドラインは、あくまでも「人の死に関する事案」に限定されています。
ですから近隣嫌悪施設の有無や、周辺環境などに関しての心理的瑕疵については、一切、定めがありません。
また適用は売買や賃貸など居住用不動産を対象としており、商業施設やオフィスなどが除外された他、さきほど説明したように「隣接住戸や前面道路で生じた事案の取り扱い」が除外されたことから、そのような事案については判例などを参考に、これまでと同じように当事者同士の判断とされていることに注意が必要です。
宅地建物取引業者が告げるべき事案について
ガイドラインでは「人の死に関する事案」について、私たち宅地建物取引業者が告知すべき事案は以下の2つに限定されました。
(2)自然死又は日常生活の中での不慮の死が発生した場合
(1) は当然に告知義務ありです。
上記(2)のうち、居宅における病死や、階段からの落下などにより家屋内において生活上当然に予測される事故死などは告知が不要とされました。
ただし原因が不明の死亡、または死因が病死など自然死ではあっても死後、長期間放置され室内の臭気や害虫の発生などが生じたケースでは、事案が近隣に知れることも容易に考えられ心無い風評被害にさらされる原因となることも考えられることから、原則として告知義務ありとされています。
宅地建物取引業者がおこなうべき調査について
ガイドラインにおいては、自然死などについて自発的な調査義務の必要性を否定し、通常の調査(いわゆる一般的な情報収集過程)で知り得た場合にのみ、その告知を義務化しています。
ですから、私が過去に執筆した「事故物件調査」の為に実施する近隣聞き込みや、ネット調査はその真偽を見極めるのが困難であるという理由から「自発的な調査義務」は留意する必要があるとしています。
ガイドラインで定めた調査は以下の2点です。
② 当事者に「告知書その他、目的を同じくする書面」は、正確に記載してもらうよう促すこと。
ガイドラインでは当事者に記載を依頼する告知書その他、目的を同じくする書面によって調査義務は完結するとしています。
前記書面により「告知無し」、もしくは「不明」とされたばあいに、後日、その事実が発覚しても宅地建物取引業者に重大な過失が存在しない限り、「照会」をおこなった書面(告知書その他、目的を同じくする書面)を具備している限り、調査責任を果たしているとしました。
ただし、ここに注意!! 調査にあたっての留意事項
ガイドラインでは、「告知書その他、目的を同じくする書面」を取得すること、また、そのような事案が存在することを故意に告知しなかった場合には「民事上の責任が問われる可能性がある」旨を伝えること、どちらも「望ましい」という消極的な表現にしています。
実務を扱う私たちは、このどちらも「必須」と読み替えておくことが必要でしょう。
また「告知」がない場合には、その責任が免責されるとの見解を示す一方で、それらに関して「疑義が生じた場合には情報提供する必要がある」との、受け取り方によっては内容が矛盾する記載がされています。
併せて、通常調査では発覚せず、決済までの間にその事実を把握した場合に、【後日、その事実が発覚しても宅地建物取引業者に重大な過失が存在しない限り、「照会」をおこなった書面(告知書その他、目的を同じくする書面)を具備している限り、調査責任を果たしている】としているとの見解を示す一方で、「同様の事案で告知義務ありとされた判例があることに留意すべきである」との矛盾した表記が見受けられます。
ガイドラインに定められた内容により告知書を入手して説明をおこなっても、当事者が裁判を提訴する可能性は否定できません。
ガイドラインでは文末で、「このような事案で裁判があった場合の証拠書類として、告知書は有効である」として取得を推奨しているだけに留まっています。
これらのことから、あきらかに不審な場合には従来通りに事実関係調査を実施する必要があると考えられます。
事案に関して、宅地建物取引業者が告げるべき内容・範囲について
ガイドラインでは、売買と賃貸の告知内容を明確に線引きしました。
①事案発生時期
②場所及び死因
これらについて、告知書などにより知り得た情報を告げればよいとされています。
また事故物件の事案発生からの告知期間は特段の事情がない限り、「事案発生から概ね3年間は、借主にたいしてこれを告げる」として、具体的に定めました。
告知内容は賃貸住宅の場合における内容と同じです。
①事案発生時期
②場所及び死因
賃貸時住宅とことなり、事案発生からの告知期間については、判例も事案により多岐に渡ることから、売買において具体的に言及されていません。
このことから、私たちは指針で定められた調査の範囲内で知り得た内容は、事案経過期間によらず告知する必要があると考えられます。
【無料配布】心理的瑕疵・事故物件に関する告知書
ミカタストアでは「心理的瑕疵・事故物件に関する告知書」を無料で配布しています。
すぐにお使いいただけますので、是非お役立てください。
まとめ
ガイドラインで一定の方向性が示されたことにより、熟練の不動産業者でも取り扱いに懸念を示すほどに様々な配慮が必要とされた「事故物件」は、一般の不動産業者でも取り扱いが容易になることから、流通の活性化が期待されます。
ただし、今回の解説でも随所に記載している通り「当事者の事故物件にたいする嫌悪感」は、ガイドラインを遵守していることとは、まったく別ものです。
ガイドラインで定められているから、「告知書を提示するだけでよい」と曲解されがちですが、ガイドラインの遵守は、トラブルがあった場合に裁判や行政指導に関して調査義務を実施していると抗弁できる程度の材料であり、トラブルの発生を軽減する内容になっていません。
信憑性の問題やプライバシーの観点から、ガイドラインにおいては積極的に推奨していない事故の具体的な内容調査や近隣情報取集ではありますが、買主は少しでも情報を得たいと考えるものです。
「そこまでの調査は義務付けされていません」と、ビジネスライクに対応することに問題はありませんが、顧客心理を考えた場合には、情報源と信憑性の程度も考慮しながら調査を実施して説明をおこなうことが顧客の信頼を得ることにつながり、大きなトラブルを回避する手法の一つになると考えられます。
あくまでもガイドラインは、最低限の限られた基準を定めたものだと理解した方が良いでしょう。
「心理的な瑕疵」の取り扱いについては特に慎重な対応が必要であると、ガイドラインでも問題提起しています。
今回の解説では、そのような点についても留意していただけるよう執筆につとめました。
皆様の参考になれば幸いです。