【不動産業者に求められるのは危機回避能力】疑わしい取り引きの報告義務について

不動産実務を取り扱うと同時にコンサルティングや執筆を行っている関係上、筆者は実名のほかメールアドレスや電話番号もネット上で公開しています。

詐欺の手口が多様化する昨今、あまり好ましいことではないと承知していますが、業務の特性上ある程度は仕方がないと割り切っています。

対策としてフィッシングメールやメールアンチウイルスを防止するためセキュリティレベルも相応に引き上げていますが、それでも怪しげな投資話などが紛れ込んできます。

筆者が目にするのは外国からの勧誘が多く、カンボジアやマレーシアなどの新興国に建築されたコンドミニアムなどを「税率が低いことからキャピタルゲインが狙いやすい」と紹介しています。

信頼を得ることが目的なのか日本国内に支店を構えていると喧伝しているところもありますが、ほぼそのような実態はありません。

他にも「当社はおよそ700万ドルを日本の不動産に投資をしたいのと考えている。そこで是非、あなたとパートナーシップ契約を結びたい。ついてはdeposit(デポジット)として〇〇ドルを仮想通貨で……」なんて分かりやすい詐欺もあります。

長らく不動産業界に在籍していればこのような話は嫌になるほど耳にしていますから、いまさら興味を持つことはありません。間違いなく言えることは、「鴨がネギを背負って自ら近づいてくることはない」ということです。

ですが、労せず儲かるような話など存在しないと理解していても「ひょっとしたら……」と思うのが人間です。

それがあるから詐欺はなくならないのでしょう。

余談はさておき不動産業者に求められるスキルに、「危機管理能力」「危機回避能力」があります。

字面は似ていますが前者は「突然のトラブルなど不測の事態に、的確かつ迅速に行動できる能力」であるのにたいし後者は「自ら危険を予測し回避する能力」です。

どちらも必要とされる大切な能力ですが、前者は事象に対する適用力です。

トラブルは未然に防ぐのに越したことはありませんから、重視されるべきは後者の方かも知れません。

不動産の財産的価値については皆さんご存じのとおりで、それゆえに詐欺や犯罪に利用されがちです。

不動産業に従事していれば心ならずも「怪しい人」と巡り会う可能性が高くなります。

映画やドラマで時折みかける、ひと目見て「反社」を想起させる出立なら分かりやすいのですが、不動産詐欺などを仕掛けてくる頭脳犯を一目で見抜くことはできません。

そこで求められるのは嗅覚です。

「勘」と言い換えてもよいかもしれません。

怪しいと思えば「裏」を取る。

誰が聞いても「おいしい話」であれば、なおさら疑うぐらいでちょうど良い。

それにより疑わしい取り引を持ちかけられていると確信すれば、拒絶するのはもちろん、速やかに行政庁に届け出を行いましょう。

今回は、「疑わしい取引の届出」について解説したいと思います。

不動産はマネーロンダリングに利用されている

疑わしい取り引きの代表格は「マネーロンダリング」でしょう。

「資金洗浄」と言い換えた方が良いでしょうか。

これは不正薬物取引や脱税・粉飾決算など違法性の高い方法で得た資金を、資金の出処をわからなくするため、架空または他人名義の金融機関などで送金を繰り返すなど転々とさせるほか、株や債券・不動産購入などにより捜査機関による摘発から逃れる行為です。

また、違法性の高い資金を生み出すために行われるケースもあります。

例えば相場を上回る金額で売買し、実勢価格との差額を裏金として返金する方法で「キックバック詐欺」などと呼ばれる不正転売の手法です。

さて、ここで皆さんに質問です。

勤務先などの予備情報にくわえ話している内容や見た目、物腰などから分不相応だと思われる顧客が、自社で売り出している億超え物件を現金で購入したいと言ったら、深く考えず売却しても良いものでしょうか?

「買いたいと言っているのだから売れば良い。資金の出処なんて、こちらには関係ない」なんて声が聞こえてきそうです。

たしかに直接、犯罪に関与している訳でもないのですから答えは「◎」に思えますが、残念、答えは「☓」です。

取引に関与したこと自体が違法であるとされる可能性は低いかも知れませんが、犯罪絡みであるとして取引自体の有効性を問われる可能性は高いでしょう。

また明らかに怪しいと思っていたのに取引を敢行すれば、業者としての資質を疑われると同時に関与していたと疑われる可能性も否定できないでしょう。

さらに見た目や属性からあきらかに分不相応な取引については、報告義務があることも忘れてはなりません。

このようなリスクを勘案すれば、疑わしい取引には応じない配慮が求められるのです。

近年では資産の保全や投資を目的として不動産が購入される場合も多いのですが、国外の犯罪組織等が犯罪収益の形態を返還する目的で不動産取引を利用する危険性が指摘されています。

取引当事者が日本人であれば働く「嗅覚」も、相手が外国人となった途端機能しなくなるケースをよく耳にします。

最近は多少なりを潜めた感もありますが、たとえば中国人富裕層による不動産の爆買いです。

数年前の話ですが、筆者は何度か取引している中国人の投資家から「中国の不動産価格と比較したら、いまの日本の不動産価格はバーゲンセールみたいなもの」と言われ忸怩たる思いをしたことがあります。

その投資家にたいしては初めての取り引きの際、あらゆるコネを使い徹底的にリサーチしたので反社組織に属している方ではないのですが、なんせ数億の取り引きであってもすべて個人で用意した現金払いです。

交渉のため三度ほど上海にまねかれたことがありますが、一棟まるごと所有していると豪語するマンションは上海森ビルのすぐ近く。

駐車場にはベントレーを始めとしてベンツやBMW、アストンマーティンなどの高級車がショールームのごとく駐車されていました。

「参考になるから見ていけよ」と促され案内された最上階三層構造のペントハウスは、3つのリビングのほかパーティールームや複数のゲストルーム、使用人の待機室などもあり、最初は部屋数を数えていたのですが10を超えるあたりからよく分からなくなったほど。

所有者本人にたずねても「数えたことがないから良く分からない」とのことです。

そのような経験があり、ネットなどでも似たような話を見聞きすれば外国人から高額な不動産を現金で購入すると言われた場合、つい「裏とり」を怠ってしまいそうですがそれはいけません。

調査は自己防衛のため、報告は義務

前述した「キックバック詐欺」は、思いのほか多く行われ摘発もされています。

つまり通常価格に金額を上乗せし、その上澄み部分を犯罪収益に移転しているケースです。

過去に摘発された事例では非合法な売春により得た収益を原資として、親族名義で土地を購入したケースなどが確認されています。

「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」は、犯罪による収益がさらなる犯罪を助長することから、犯罪による収益の隠匿などを防止することを目的に定められています。

隠匿したものに対しては、5年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金、又はこれを併科するとされているように大変厳しい定めです。

この法律の対象は共同の目的を有する多人数の継続的結合団体であると同時に、組織分担に従って構成員が一体化しているものです。

この法律だけを見れば私達とは無縁のような気もしますが、前述した継続的結合団体が利益を享受できないよう犯罪による収益の移転を防止することを目的に定められたのが「犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯罪収益移転防止法)」です。

この法律は平成20年に全面施行された法律ですが、特定の事業者にたいしては本人確認の実施やその記録と保存、「疑わしい取引の届出」が義務とされており、宅地建物取引業者もこれに該当しています。

ちなみに特定事業者の数は施行当初、金融機関や保険会社など43の業種・事業者でしたが、その後改正を重ね、現在では弁護士や司法書士・公認会計士など守秘義務が厳格に求められる士業も含めた49業種・事業者が位置づけられています。

宅地建物取引業者には宅地建物取引業法で定められている誠実義務(第31条)がありますから、取引関係者にたいして信義を旨とし、誠実にその業務を行わなければなりません。

また同法第45条では守秘義務について定められており、それにより業務上取り扱った秘密を他に漏らしてはならないと定められています。

杓子定規に捉えれば、疑いのある取引であっても報告の必要はないと勘違いするかも知れません。

ですが45条では前提が設けられており「正当な理由がある場合でなければ」とされています。

つまり収益犯罪移転防止法に基づく届け出は正当事由に該当することになり、守秘義務に違反することにはならないのです。

手数料が入るのだから見ぬふりをしようとの気持ちがよぎることがあるかも知れませんが、それは通りません。

義務に違反すれば行政庁から是正命令を受け、命令に従わない場合には「2年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金またはこれを併科する」とされているのですから、報告を怠ることにメリットはないのです。

疑わしい取引はこれをチェック

罰則が定められているからとはいえ、不動産売買は宅地建物取引業者も含めた取引当事者間の信頼関係に支えられて成り立ちます。

法律で定められているからと言って、誰に対しても不審な眼差しを向けることはできません。

そこで、「疑わしい取引」に気がつくためのポイントを紹介しておきましょう。

1. 現金の使用形態に着目

勤務先や資産属性からみても、予算とされた資金が現金で多額である場合。

もしくは短期間のうちに複数の売買契約を現金取引きで行っている場合など。

2. 契約当事者の隠匿

契約締結者が架空(法人の場合)や偽名である場合、もしくは関係書類への署名などを拒む場合。

また書類ごとに記載する名前が異なる場合には要注意です。

とくに法人名義の契約締結においては実体調査が必須であると同時に実質的支配者である自然人まで遡って確認することが必要です。

また書類の送り先(登記済証書など)が現住所とはことなる場所に指定される場合などにも注意が必要です。

3. 取引の不自然さ

同一人物が短期間のうちに複数回、現金で売買を繰り返す場合には要注意です。

その都度、手数料が入るので喜びたいところですが、購入の必要性も含め資金の出処について着目する必要があります。

4. 契約締結後に求められる不自然な要求

理由を説明されても合理的とは思えず納得もできない内容で、一方的に決済期日の延期を申し込んでくる場合などには注意が必要です。

また、手付を放棄してもよいからいったん契約を解除して、他の高額な不動産を購入したいと申し込んでくるような場合には「裏がある」と疑いましょう。

疑わしい取り引きの届出先

前述したポイントなどにより、どうやら「疑わしい取り引き」であると勘案された場合に悩むのは届け出先がどこかです。

原則としては免許行政庁とれていますから、宅地建物取引業者の場合は国土交通省です。

ですが実際には都道府県知事免許の場合には建築指導課や建築住宅課などの管轄部署、国土交通大臣免許業者の場合には開発局や整備局・事務局となっています。

国土交通大臣免許業者,届出先

届出方法については①電子政府を利用しての届出②フレキシブルデスクによる届出③文章による届出とされていますが、なんせ平成22年に警視庁で作成された届出方法がいまだに掲載されています。

②のフレキシブルデスク(フロッピーディスクのこと)なんてすでに利用している人もいないでしょうし、③の方法については持参や郵送する手間が必要です。

そこで楽なのは①の電子政府を利用しての届出となるのですが、利用するには下記のような事前準備が必要です。

国土交通大臣免許業者,電子申請

まずe-Gov電子申請のアカウント登録。

ついでアプリをインストールしたうえでマイページから申請を行います。

もっともe-Govアカウント以外にGビズIDもしくはMicrosoftアカウントで利用することもでき、これら外部認証サービスのアカウントを利用する場合にはe-Gov電子申請アカウントの取得は必要ありません。

e-Gov電子申請アカウント

最初は手間に感じるかも知れませんが、「疑わしい取り引き」に限らず各種行政手続きの電子申請がここから行なえるので、事前に登録しておくと便利でしょう。

まとめ

今回は心ならずもマネーロンダリングに関与することがないよう、犯罪収益移転防止法についての解説と報告を怠った場合の罰則、さらに不正取引を見抜くためのポイントについて解説しました。

筆者がこれまでに受けた相談では、「疑わしい取り引きの届け出」をしないよう反社組織に依頼され、そのなかには強要・脅迫された事例も存在しています。

目先の利益に心奪われ関与すれば、その後に待ち受けているのは厳しい処分です。

そのような事態にならないよう、疑わしい取り引きに関わらないのはもちろん、それを見抜くポイントや届出方法について事前に学んでおく必要があると言えるでしょう。

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