先日、某不動産会社からの依頼で新人研修を行った際、タイトルにした「登記手続きは自分でできるのか」という質問を受けました。
登記手続きは司法書士に依頼。
これは、深く理由が説明されていなくても業務ルーチンとしてレクチャーされているはずの基本ですから、なぜ、そのような質問がされるのか理解できませんでした。
詳しく聞くと、居住用に自ら中古マンションを購入したのだが司法書士へ支払う報酬が勿体ない、そこで勉強にもなるので、可能であれば自分で手続を行いたいとの趣旨でした。
皆さんご存じのように、他者からの依頼を受け登記手続きを代行できるのは司法書士と弁護士のみです。
勘違いされている方は多いのですが、有償・無償によらず扱うことはできません。
完全なる専従業務なのです。
ですが弁護士などに依頼せず自身で裁判の提起を行う、いわゆる「本人訴訟」が認められているのと同様に、自己が所有する不動産の登記手続を行うことはできます。
ですがこれは現金で不動産を購入した場合や、相続などを原因として不動産を取得した場合に限られるでしょう。
融資を利用した場合、そもそも債権者が了承するはずはありません。
そのため実務としては司法書士に依頼することがほとんどで、依頼された書類などをあらかじめ手配して本職に渡し、決済当日の売主・買主の必要書類などをそれぞれの当事者に連絡するだけが私たちの業務です。
確かに専従士業にまかせておけばミスはありませんから、それが安全であることは間違いありません。
ですが最低限、登記申請書に記載事項や委任状の内容など、法務局に提出される書類については、その内容や目的も含め理解を深めておきたいところです。
そこで今回は、登記手続きに必要な基本的な書類について解説したいと思います。
覚えておきたい不動産登記の基本
『登記』とは個人や法人が所有する不動産、物件、債権などについて、その権利や義務を公示するため帳簿に記載することです。
ですから私たちに馴染み深い不動産登記以外にも、商業・法人登記や債権譲渡登記、後見・補佐・補助などについて公示する成年後見登記制度などがあります。
これらについて漏れなく得心しておくのが理想ですが、取り急ぎ理解を深めておきていのは不動産登記です。
ご存じのように不動産の登記に関しては、手続法として「不動産登記法」が定められています。
不動産登記法の目的について同法総則で「不動産の表示に関する権利を公示」するためであり、それにより「国民の権利の保全を図り、取引を安全にかつ円滑にする」こととされているとおり、まず私たちはこの法律についての理解を深めることにより不動産登記についての知識を学ぶことになります。
不動産に関して登記することが権利は①所有権から始まり②地上権、③永小作権、④地役権、⑤先取特権、⑥質権、⑦抵当権、⑧賃借権、⑨配偶者居住権、⑩採掘権の十種類しか存在しません。
これら十種の権利にたいして保存、設定、移転、変更、処分の制限もしくは消滅、このいずれかを行うのが不動産登記なのです、
当然のことですが、不動産登記法で定められている以外の権利を新たに創設することはできませんし、定め以外の保存行為等を行うことはできません。
登記に必要な基本書類
どのような権利を登記したいかによって必要とされる書類も異なりますが、実務上、私たちが扱うのは所有権に関する移転と抵当権の設定の2つでしょう。
基本としてこの2つを抑えておけば、実務上で困ることはそうそうありません。
まず所有権移転に必要な書類です。
②本人確認書類(相続も含め共有の場合には当事者全員のもの)
③印鑑証明書及び実印(登記義務者:印鑑証明書は発行から3ヶ月以内)
※権利者は印鑑証明不要、かつ認印で可
④登記識別情報または権利証
⑤固定資産評価証明
⑥住民票(現行法では個人番号〈マイナンバー〉の記載がないもの:住民票コードとは異なります)
⑦委任状(司法書士に委託する場合)
⑧登記原因証書(売買契約書・贈与契約書・遺産分割協議書・公正証書遺言書など)
⑨戸籍謄本(登記原因が相続の場合などにおいては、故人と相続人の関係性を示すため必要)
続いて抵当権設定に必要な書類です(所有権移転登記と重複あり)
②委任状(抵当権者が司法書士に委託する場合)
③登記識別情報または権利証(抵当権設定者)
④印鑑証明書及び実印(抵当権設定者:印鑑証明書は発行から3ヶ月以内)
*抵当権設定を司法書士に委託した場合に本人確認書類を求められる場合もありますが、それは司法書士法に基づく本人確認義務を履行するためのものであり提出書類には含まれません。
ご存じかと思いますが登記申請書に関しては全ての様式と記載例が下記URLで確認できる法務局の公式サイトで入手できます。
https://houmukyoku.moj.go.jp/homu/minji79.html
抵当権の設定を債権者のみで行えない理由
所有権移転においては登記権利者が、抵当権設定においては債権者が、それぞれ登記申請を行うのが一般的です。
例えば所有権移転においては売主(所有者)を登記義務者と呼びますが、「義務」と称されていても、これは「登記を行うことにより直接不利益を受ける側」を表現しているに過ぎません。
民法第177条(不動産に関する物件変動の対抗要件)の定めにより、不動産については登記なくして第三者に対抗要件を持たないとされているだけで、それを義務とはしていないのです。
よく2024年4月1日から全ての登記が義務になると勘違いしている方もおられるようですが、所有権移転については、その原因が相続や遺贈である場合に限られています。
『権利の上に眠るものは保護に値せず』の法格言どおり、登記をしないことにメリットが存在しない売買を原因とした所有権移転登記は、従来どおり当事者の自由とされたままです。
ですが住所移転については原因によらず義務とされました。但し施行は令和8年4月1日です。
所有者不明地の増加を防止する手段として相隣関係や共有、管理命令や相続などについて民法が改正され、それに合わせて不動産登記法も見直されたということですが、外堀が埋められ相続を原因とした物件に関し売却を検討する方の増加が予想されます。
登記法の改正についてはもちろん、民法改正のポイントや『特定空家』、『管理不全空家』などのキーワードも確実に抑えておきたいものです。
登記の義務化だけではない改正ポイント
登記義務化ばかりに目が行って、いがいに話題になっていないのが「形骸化した抹消手続き」についての改正です。
先述したように登記できる権利としては所有権以外に地上権、永小作権、地役権、などがあります。
例えば供給公社などが売主であった場合よく見かけるのですが、登記簿を取得すると「買戻特約」が付いている。
対象物件が土地だと、「転売せず、確実に住宅を建築する」ことを目的として買戻特約を設定しているのですが、そもそも買戻特約として設定できる期間は最長で10年、かつ更新も認められていません。
買戻特約は、売主が一定期間内であれば売買代金を返還することにより売買契約を解除して所有権を取り戻せる権利です。
その期間が経過してしまえば実体としての権利は消滅していることになりますが、だからといって自動で抹消される訳ではありません。
従来は買戻権者に申し出て登記委託して貰う必要がありました。
実害もなく、この手続が面倒なことから放置されたままの状態が多かったのですが、登記法改正により、すでに権利自体が消滅している登記については、登記権利者(所有者)が単独で抹消できるよう改正されたのです。
『権利自体が消滅している登記』と表現したように、買戻特約に限らず地上権や地役権、先取特権などの登記も同様で、存続期間を定められている場合はその期間満了後、期間の定めがない場合は時効により権利実体が消滅している状態などにおいては、公的書類による簡易的な調査(現地調査などの本格的な調査は不要)で登記義務者の所在が判明しない場合、裁判所に公示催告を申し出て除権決定を受けることにより、単独での抹消が可能になりました。
権利実体が消滅している登記について、登記義務者の所在が不明なことは実務上よくあることでした。
これまではその調査に労力が必要でしたが、改正により手続が随分と「楽」になったのです。
閲覧制度も見直された
改正された登記法はこれだけではありません。
公示機能を高めるという観点からの改正も行われています。
そもそも登記は、個人や法人が所有する不動産、物件、債権などについて、その権利や義務を公示するため帳簿に記載し、第三者が自由に閲覧できることをもって対抗要件とする制度です。
ですから私たちは所有者の了解を得ず自由に登記簿の閲覧し、その写しを取得できるのです。
制度の趣旨を考えれば当然ですが、より詳細な情報を得られる登記簿の付属書類などについてはその限りではありません。
この場合の附属書類とは登記を行う時に提出される書類の総称ですが、『工事完了引渡証明書』や『検査済証』、『建物図面』や『土地所在図』などで、さらに原因が相続の場合には『固定資産評価証明書』や『戸籍謄本』、『遺言書』などが含まれます。
解説するまでもなく情報の宝庫なのです。
誰もが自由に閲覧できるとしては、様々な問題を誘発する温床になりかねません。
そこで従来は閲覧請求者について「利害関係を有する部分」としていましたが、この表現は曖昧さを残すものでした。
そこで改正法においては、「利害関係」との表現が「正当な理由」に変更されたのです。
これにより登記申請書や添付書面の閲覧を申請する場合は、閲覧申請者が本人(身分証明書の提示は必須)である場合を除けば、代理人であることを証する書面や訴状、当事者の陳述書など(詳しくは令和5年3月28日の法務省民事局長からの通達に記載されています)「正当な理由」があることの証明が必要になったのです。
もっとも、通常の閲覧や写しの取得は従来どおりですから実務においてはそれほど影響が生じるものではありません。
一般的に閲覧申請するのは、弁護士や司法書士などでしょう。
ですが筆者も必要に応じ閲覧を申請しているように、高度なレベルの調査においては閲覧が必要な場合もあるのです。
少なくても閲覧申請がより厳格になったことについては覚えておきたいものです。
まとめ
今回は新人営業マンからの素朴な質問を皮切りに、随時改正されている不動産登記法を中心に解説しました。
不動産業者である以上は最低限の法律知識、とくに民法を始めとして各種建築法規や都市計画に関する一連の法律にくわえ、今回解説した登記法についての知見が必要です。
無論、専門的な内容については必要に応じて弁護士や司法書士、税理士などに相談して判断する必要はありますが、基本的な内容を理解していなければ、何をどのように相談して良いのかすら分からない。
新人営業マンが質問をしてきた場合、何を聞きていのか、また疑問の根本は何なのかを把握するのに苦労するのも、基本的な知識に欠けていることが原因です。
それにたいし、基本的な内容を理解している者同士の打ち合わせや相談は話が早い。
整理された要点だけをポイントに質疑して、話が終了します。
不動産業者に必要とされる知識は広範囲に及びますから、法律を知っているからといってこなせるものではありません。
頻繁に改正される関連法に関しての理解はもとより、外部要因により簡単に変動する市場の動きや年齢によりことなる購入者の動態変化の傾向など、長年不動産業に従事したからと言って極められるものではありません。
常にアンテナを高く情報の入手を心がけ、変化対応していく必要があるということなのでしょう。