企業のコンプライアンス違反について、メディアで報道されることが目につくようになりました。
コンプライアンスは日本語訳で「法令遵守」と表現されることが多いのですが、実際にはそれほど狭義なものではありません。
そもそも企業であれば法令遵守は当然ですから、そのような意味しか持たないのであれば、わざわざ外来語を用いる必要などありません。
企業倫理や社会道徳、社会通念上暗黙知でも通用するルール、それらを包括できる適当な日本語がなかったことから、法令遵守という、ごく一部の意味しか持たな言葉が代用されたに過ぎないのです。
私たちが遵守すべき法律の筆頭は宅地建物取引業法ですが、同時に民法、建築基準法、税法、不動産登記法、景品表示法など販売活動に必要な各種の法律を遵守しなければなりません。
これらはどれも軽視することが許されず、かつ法の定めによらずとも、業者としての道義的な責任や社会通念上のルールを守るのは当然のことです。
にも拘らず、宅地建物取引業者のコンプライアンス違反が度々指摘されます。
行政処分を受けた業者の方と話をすると、よく「そんな法律があるなんて知らなかった」という言い訳を口にします。
法治国家である日本においては、「知らなかった」ことを理由としてその罪が減じられることはありません。
「知らないほうが悪い」のです。
疑わしいにも拘らず「必要な調査や説明を怠った」などのケースでは、利益を優先するあまり契約を急ぎ、必要な措置を講じなかったことにより問題が生じています。
また個人情報の漏洩などの守秘義務違反や、宅地建物取引士以外の社員が重要事項説明を行っていたなどのほか、おとり広告などにより行政処分が科せられています。
これらについての詳細な情報は、国土交通省が運営する「ネガティブ情報等検索システム」や「ネガティブ情報検索サイト」のほか、一部の都道府県が公開している宅地建物取引業者への行政処分情報などを見れば確認できます。
履歴を見ると殆どが指示もしくは業務停止処分で、その内容を見ると、定められた通りに業務をこなしていれば処分に該当していなかったと推察されるものがかなりの件数を占めています。
今回は、コンプライアンス違反を問われないためにはどのような点に気を配れば良いのか考えていきたいと思います。
覚えておきたい行政処分の基準
宅地建物取引業の行政処分については、国土交通免許の場合は国土交通省が、知事免許の場合には各都道府県により行われます。
宅地建物取引業者に対する行政処分は軽い順から、指示処分、業務停止処分、免許取消処分となりますが、監督処分の基準は国土交通省が平成23年10月26日に定めた「宅地建物取引業者の違反行為に対する監督処分の基準」に基づき判断されます。
処分が実施されれば、業者の商号・所在地・名称・代表者名等のほか、処分理由についても国土交通省が運営するネガティブ情報検索サイトや、各都道府県のホームページ上で公開されます。
業務の品質向上や法令遵守の必要性についての理解を深めるためには、どのような違反行為により処分されているかを知ると同時に、監督処分の基準を理解しておくことが大切です。
監督処分の理由を知る
公表されている監督処分を見ていくと様々な理由により処分が実施されているのを確認できますが、特に多いのが業法第35条第1項違反、つまり重要事項説明に関しての違反です。
「説明を行なっていない」などの確信的な理由がある一方で、一部についての虚偽記載や記載漏れ、ハザードマップの添付漏れなどにたいし監督処分が実施されています。
必要事項の記載漏れや添付漏れには十分な注意が必要です。
また国土交通省令で定める期間内に指定流通機構へ登録を行なわなかったことによる処分も確認できます。
ウッカリして登録が遅れることは誰しも起こり得ることですから、期限には注意が必要です。
また専任の宅建士設置義務違反も、ことのほか目立ちます。
中でも宅地建物取引士証の有効期間が満了し、新たな取引士証の交付を受けるまでの間に、業法第37条書面(契約書)へ記名したことにより指示処分が行われている事例なども確認できます。
有資格者であっても、宅地建物取引士証の提示が出来ない状態においては専従業務を行ってはならない。
これは原則です。
宅地建物取引士の資格自体は有効期間を超えたからと言って失われる訳ではありませんが、法35条書面(重要事項説明書)や法37条書面(契約書)への記名や説明は、宅地建物取引士証が手元にある状態でしか行えない業務です。
試験に合格したけれども登録していない状態や、有効期間が過ぎてしまい更新手続きを行っているケースにおいて専従業務を行うことはできません。
「ただいま更新申請中で、宅地建物取引士証の提示は出来ませんが、間違いなく有資格者です」なんて言い訳をしながら重要事項の説明を行えば、監督処分の対象とされます。
また「宅地建物取引が作成し記名している書類です」と前置きしたうえで、無資格者が説明を行った場合も同様です。
説明できるのは、規定の要件を満たした宅地建物取引士だけだからです。
コンプライアンス違反のありがちなケース
ここでは具体的な事例を上げ、コンプライアンス違反に該当するかを考えて見ましょう。
〈事例1〉
空家の査定依頼を受け現地調査していたところ、隣家の住人から声をかけられた。
その際「この家の売却依頼を受けて調査を行っています。ちょうど良いのでお尋ねしたいのですが、ご近所で事件や事故が発生したことはありませんか?」と質問した。
査定依頼の段階で売却予定であるなどの情報を隣家に伝達する必要はありません。
不審がられている場合には「所有者からのご依頼で、物件状況の調査を行っています」など、必要最小限の対応で十分でしょう。
〈事例2〉
マンション媒介において物件所有者から、階下の居住者が「音」にたいして非常に敏感で、隣家も含め近隣とのトラブルが発生していることを聞き及んでいた。
契約時は話が別かも知れないが、プライベートな情報とも言えるので、内見時にそのような情報まで説明する必要はない。
頻繁にトラブルが発生している状態であれば、購入の判断に影響を与える重要な要素であると言えます。
予め聞き及んでいるのであれば、タイミングを見て説明しておく必要があります。もっとも、必ずしも内見中である必要はありません。
〈事例3〉
売却依頼を受けている空家において、社員がいつでも内見に応じられるよう特定の場所にキーボックスを設置して鍵が利用できるようにしている。
他社から内見依頼があって社員が立会できない場合、キーボックスの番号を教え、単独でも内見ができるようにしている。
相手が同業者であっても、所有者から預かった鍵を自由に利用できる状態にしてはいけません。
万が一、物件に問題が生じた場合には媒介依頼を受けた業者に責任が追及されますし、何より信頼して売却を依頼している売主にたいする背信行為になります。
〈事例4〉
至急確認したい事があり売主の携帯電話に連絡したが繋がらなかった。
自宅に連絡しても不通で、さらに勤務先に連絡しても不在であったため、電話応対者に「売却中の不動産に関して、至急お聞きしたいことがあるので連絡が欲しい」旨の伝言を残した。
売主が所有物件を売却していることについて、勤務先の人間全てが承知している訳ではないでしょうし、そもそもプライベートな内容です。
少なくても「売却中の不動産に関して……」は余計でしょう。
〈事例5〉
購入するかどうか迷っている顧客にたいし、事実ではないのに「この物件の購入検討者が二組あり、早い者勝ちの状態です」と煽る営業トークを行うのは問題行動ではない。
よく耳にする営業トークです。このような言い方をしたからと言って監督処分の対象にされることはありませんが、コンプライアンスの観点からはアウトです。少なくても正当な営業トークとは言えないでしょう。
〈事例6〉
顧客からのクレームにたいし、実際には聞いていないのに「顧問弁護士に確認したところ、あなたの要求は不法行為にあたると言われた。当社としては裁判も辞さない」と、実際は提訴する意志もないのに相手方に告げた。
まず、聞いてもいないのに「顧問弁護士に確認したところ」と言った内容は虚偽にあたります。
また、法的手段による解決は正当な権利行使ではありますが、相手を威圧する目的で、その意志もないのに法的手段を告知すると、場合によっては「脅迫罪」が成立する場合もあります。
脅しとして用いることはお勧めしません。
〈事例7〉
不動産営業としての経験が3年であり契約実績も20件に満たない状態だったが、中途入社であり年齢も相応であった。
顧客から業界経験を聞かれた際には見栄もあって「10年以上の経験があり、契約件数は優に300件を超えている」と回答している。
「嘘も方便」ではないですが、業界経験が浅いと顧客から軽く見られるとの思いからでしょうか、経験年数を偽る言動をよく耳にします。
気持ちは分かりますが、これは「不動産の表示に関する公正競争規約」で定められた第23条第1項第66号違反に該当します。
定めで「表示」とされているからと言って、口頭なら容認される訳ではありません。
見栄も程々が大切です。
まとめ
今回は宅地建物取引業者に求められるコンプライアンについて解説しました。
監督処分を受けないよう、宅地建物取引業法をはじめとする関連法を遵守するのは当然ですが、同時に求められるのがコンプライアンスについて理解したうえで守ろうとする意識です。
今回のコラムで紹介した違反事例は、通常業務においてさほど意識されずよく行われている内容です。
法令や企業理念、社会的責任の遵守であるコンプライアンスは、不動産業に限らず法的なリスクの軽減や企業の評判、持続可能なビジネスの基盤を作りあげる意味でもおざなりにしてはなりません。
とくに企業コンプライアンスは年を重ねるごとに厳しさを増しているのですから、企業としては就業規定の見直しや労働環境の改善のほか社員への教育訓練を徹底し、従業者においても理解を深め遵守することが大切だと言えるでしょう。