売買、賃貸によらず立地周辺の治安は流通量や価格に影響を与えます。居住用物件においては、犯罪が多発している地域に好んで住もうと考える人はいないでしょう。
警察庁の「住まいる110番」によれば、刑法犯認知件数は平成8年から14年にかけて増加を続け、平成14年には最多となる285万件に達しました。その後、減少に転じ、令和3年には約56.8万件となりました。
もっとも、その翌年(令和4年)には約3.2万件増加し、約60万件となっています。依然として危険が潜んでいることに留意すべきです。
住宅街の刑法犯罪で多いのが侵入窃盗です。
こちらについても減少を確認できますが、それでも令和4年の集計では全国で一日あたり約43件、年間3万6,588件の侵入窃盗が認知されています。
もちろん、侵入窃盗は住居に限らず事務所や店舗などでも発生していますが、認知件数を見ると全体の33%が戸建住宅で発生していることがわかります。
もっとも、住宅街における犯罪は侵入窃盗だけではありません。
例えば不法に他人の住居に侵入し、暴力や脅迫を行ない金品などを奪う侵入強盗についても、全体の44.5%は住宅等で発生しているのです。
令和4年には宅配業者を装って在否確認を行ない、在宅者の程度(女性や子供だけなど)を確認した後に、窓ガラスを破壊して侵入する強盗事件が連続で発生しています。
顧客やその家族の安全を守るには、私たちが侵入犯罪等の現状と手口を理解し、防止するための対策を説明する必要があるのです。
契約時に添付する物件状況等報告書には、「売買物件に影響を及ぼすと思われる過去に起きた事件・事項等」の記載が必要です。
記載は居宅内の事故等に限られず、近隣で発生した事故(自殺・殺傷事件・強盗・空巣など)についても記載しなければなりません。
つまり、購入者に強い心理的影響を与えると推定されるものについては、隠さず告知することが求められるのです。
したがって、犯罪発生率の高いエリアの物件を紹介する際は、特に記載漏れには注意が必要です。
物件状況等報告書の記載内容に関して、「不動産業者に積極的な調査義務はなく、売主に正しく告知するよう促せばよい」と、短絡的な解釈をする方もいます。
確かに、不動産業者の調査範囲については見解も分かれますが、地域の治安に関する情報は、通常の調査で入手可能です。
認知しているのに売主の記載漏れを指摘せず看過すれば、業務上の注意義務が果たされていないと指摘されるでしょう。
したがって、心理的瑕疵を原因とした損害賠償事件に発展する危険性もあります。
不動産業者の注意義務に関しての裁判例を考慮すると、通常の調査だけで明らかになる事項まで免責されないことが示されています。
私たちの使命は、顧客に安全で快適な住まいを提供することです。それを妨げる要員がある場合、事前に説明し、対策を提案する責任があります。
今回は、そのような観点から、犯罪の手口と傾向、その調査方法と対策について解説したいと思います。
犯罪情報を調べるには
犯罪発生率を調査するには、各都道府県警察が公開している「防犯マップ」を利用すると良いでしょう。
都道府県によっては「犯罪発生マップ」とされている場合もありますが、「◯◯(都・道・府・県)防犯マップ」と入力して検索すれば目的のサイトに行きつけます。
それ以外では、全国読売防犯協力会が運営している「ぼうはん日本」のサイトを利用しても良いでしょう。
https://www.bouhan-nippon.jp/knowledge/hanzai_map.html
公開されている犯罪マップは都道府県ごと公開されている情報に違いはありますが、概ね犯罪情報(傾向)、不審者情報、特殊詐欺情報(アポ電情報)、前兆事案などを確認できます。
紹介する物件エリアの犯罪発生件数(前兆事案を含む)について予め確認しておくことにより、とくに注意を促す必要がある内容について把握できます。
少しの配慮で侵入窃盗のリスクは軽減できる
残念ながら、完全な防犯対策は存在しません。万全のセキュリティ対策が施された要塞に閉じこもるなら話は別かもしれませんが、一般の方では望むべくもありませんし、外出をせず引きこもるのは現実的ではありません。
ですが対策を講じることにより、ある程度までならリスクを軽減できます。
例えば侵入窃盗(空き巣)の場合、発生時間帯が最も多いのはAM10:00~PM2:00頃とされています。
侵入窃盗犯は事前に下見することが多いとされていますから、家族が不在になる時間を把握して、そのタイミングで犯罪に及ぶのでしょう。
玄関付近の防犯カメラ設置はもちろん、防犯会社のステッカーも抑止効果が高いと言われますが、
逮捕されるリスクの高い住宅を積極的に狙う合理的な理由は存在しないでしょうから、当然の帰結でしょう。
また犬を飼っている住宅も敬遠される傾向があるようです。
ポストに郵便物や新聞が溜まっていれば、不在であると宣伝しているようなものです。ある程度の期間、旅行などで不在にする場合には一時的に配達を停止して貰うなどの配慮が必要でしょう。
また時間帯によらず窓から室内を伺える状態にするのは避ける必要があります。
最低でも中を覗きにくいレースのカーテンを締めておくなどの配慮が有効です。
万が一の鍵紛失に備え、合鍵を玄関脇に置いた植木鉢やマットの下などに置いている家庭も多いのですが、前述したように侵入窃盗犯の多くは下見をおこないます。鍵を隠し場所から取り出す瞬間を目撃されれば、「ご自由にお入り下さい」と喧伝しているようなものです。もし隠すにしても、市販のキーボックを利用するなどの配慮は必要でしょう。
外出時にドアや窓の施錠を確認するのは当然ですが、2階だから大丈夫と安心して解錠したまま外出してはなりません。物件によってはひと目につかず下屋(1階屋根)に上り、容易に侵入できるケースがありますし、点検梯子などが利用されるケースもあるのです。外出時には全ての部屋の施錠確認をする必要があるのです。
防犯に有効なツール
少しの配慮で多少なら侵入窃盗等を防止することはできますが、くわえて検討したいのが防犯に有効なツールの導入です。
窓に補助錠の取り付けを検討しましょう。理想は「全ての開口、1箇所あたり2ロック」です。
家庭用サッシの補助錠は、通販サイトで1,000円前後から販売されていますし、全ての窓に設置しても費用はそれほどかかりません。取り付けも難しくはありませんから、積極的に導入すると良いでしょう。
防犯カメラが有効なのは間違いありませんが、後付ではそれなりの費用が必要です。費用をかけたくない場合にはセンサーライトの設置を検討しましょう。
電源不要なソーラー式のセンサーライトも、通販サイトで2,000円前後から販売されています。玄関やリビングの窓付近、浴室窓に設置しても台数はそれほど必要ではありません。
また、インターホンが旧式の場合にはテレビドアホンへの交換を検討すると良いでしょう。
テレビドアンホンの普及が、侵入窃盗被害の激減に大きく寄与していると言われていますが、これは窃盗犯が下見や犯行を行う際、インターホンで在宅状況を確認するケースが多いからです。テレビドアホンは訪問者の履歴を画像で記録する機能を有している商品が主流ですから、それが設置されている住宅に対しては在宅確認は行ないません。
侵入の未然防止に効果を発揮します。
近所とのコミュニケーションを密接にすれば、犯罪を防止できる?
住宅の防犯対策については、これまで解説した日頃の心がけや、防犯設備等の導入により一定の効果を期待できますが、それ効果をさらに発展させるのに有効なのが近隣とのコミュニケーションです。
プライバシーの遵守が叫ばれる昨今、近所付き合いが疎遠になりがちな傾向ではありますが、顔を合わせたら挨拶するのはもちろん、時に言葉を交わすなど、適切な距離感を意識して付き合うことが大切です。
隣家に「明日から2週間ほど不在にしますので」などと挨拶しておけば、何かと気にかけてくれることでしょう。
近隣とのコミュニティが形成されている住宅地は、住民の防犯意識も高いことからは犯罪者も敬遠するのです。
不動産業者ならではの視点で防犯対策を説明する
筆者は30年以上にわたり不動産業に従事していますから、侵入窃盗を初めとする事件、事故の連絡を受け相談に応じた回数は一度や二度ではありません。
少なく見積もって二桁後半に達しているでしょう。
ピッキング被害では鍵の交換手配、窓を割っての侵入では破損したガラスの交換依頼や、住宅総合保険請求のアドバイスが求められるなど、およそ様々なケースに対応しています。
高気密高断熱の傾向が顕著であることから、ガラス交換も簡単には行えず、メーカーに発注しても納品されるまで1週間以上必要とされる場合もあります。
応急処置として破られたガラスに養生を施しますが、その気になれば簡単に侵入できる状態です。
せめてもの措置として、前述したソーラー式のセンサーライトの設置を提案すると同時に、不便ではあるけれども是正工事が実施されるまでは外出を控えるようにアドバイスを行ないました。
このような相談の経験は、少なからず皆さんお持ちでしょう。
被害に会われた顧客の相談に応じるのは当然ですが、それ以上に大切なのが被害を防止するためどのような対策が有効かを学び、それを適切に説明することではないでしょうか。
まとめ
先日、不動産仲介業者の廃業件数についての調査・分析結果を、帝国データバンクが公開したことにより、様々なメディアにおいて「不動産仲介業の倒産急増」との内容で記事が公開されました。
前年対比7割増となっており、調査開始以降の近年からみれば大幅増となるのでしょう。
帝国データバンクは倒産の増加理由を、物件紹介件数の減少としていましたが、売買、賃貸によらず建築費や物件価格(賃料価格も同様)の上昇、原油高や働き方改革の影響による引越費用の高騰などにより、全体的な需要が減少しているのは間違いないのでしょう。
にも拘らず参入障壁の低さもあって、平成26年以降、宅地建物取引業者の件数は増加を続けています。
媒介依頼が減少しているのに宅地建物取引業者が増加すれば、際立った差別化を行えているなどの特徴がなければ、苦しい立場になるでしょう。
差別化は何も多額の広告宣伝を行うことばかりではありません。他社とは異なる専門性、いわば不動産のプロとして信頼のおける業者である認識されれば、顧客からの相談が途切れることはないでしょう。
そのためにも不動産に関連する事項については、選り好みをせず知識を学ぶ必要があるのです。