不動産媒介業者に建物現況調査、いわゆるインスペクションについての説明が義務付けされたのは、2018年(平成30年)4月1日に施行された宅地建物取引業法の改正からです。
施行から5年経過した訳ですが、国土交通省が令和4年1月に一般消費者を対象に実施した「インスペクション実施率・認知度・あっせん状況」に関するアンケート調査結果を見ると、「制度内容を詳しく把握していた」、「内容もある程度わかっていた」の合計は38.3%まで増加しています。
そのような認知度の高まりもあるのでしょう、実施率も全体で37.5%まで増加しています。
既存住宅の売買において買主は、住宅の「質」、「性能」、「経年劣化」の程どについて常に不安を抱えているのですから、インスペクション実施率の高まりは不動産業界として有益です。
ご存じのようにインスペクションは、国土交通省の定める講習を修了した建築士(既存住宅状況調査技術者)が、建物の基礎、外壁など建物の構造耐力上主要な部分のほか、雨水の侵入防止に欠かせない部位のヒビ割れなどの劣化・不具合状況を調査する制度です。
インスペクションを実施するメリットは明白です。
買主は劣化・不具合状況などについて予め把握したうえで購入判断できるのですから、引渡し後のトラブルが軽減されます。また売主も契約不適合責任を追及される可能性が軽減されると同時に、建物の現況が明白であることにより競合物件との差別化を図れます。
このように実施するメリットの大きいインスペクションですが、一般消費者の認知度が高まってはいても、制度概要について正確に把握している方は多くありません。
実施の契機は、私たち媒介業者による説明とあっせんによる影響が大きいのです。
実際にインスペクションの「あっせん」に関するアンケート結果でも、媒介業者による説明を受けて依頼したケースが、全体の36.2%を占めています。
ですがインスペクションに関する説明が、確実に実施されていると仮定すれば(説明は媒介業者の義務ですから確実に行われているはずなのですが……)、全体の6割強が実施していないという現実に目を向ける必要があります。
無論、費用の拠出にたいする懸念や、説明を聞いた上で必要なしと判断した事例が多分に含まれているでしょう。
ですが、インスペクションの制度概要やメリットについて適切に説明され、その上で「必要なし」と判断されているかについては疑問が残ります。
筆者は以前、知己である媒介業者の代表に「媒介契約取得時の説明に問題がないか検証して欲しい」と依頼され、営業マンに同行したことがあります。代表曰く、売り依頼を受けている顧客からのクレームが増加しており、営業マンの接遇や説明に問題があるのではないかと危惧したことからの依頼です。
その際、同行した営業マンは「インスペクションを実施する者のあっせんの有無」について以下のように説明していました。
「私たちにはインスペクション、いわゆる建物現況調査について、あっせんを希望するかどうかの確認が義務付けられています。そもそも建物現況調査とは~中略~実際のところ、築年数が相応に経過している住宅は『劣化』判定も多く、売却の足かせになる可能性は高いでしょう。費用も売主負担で10万円弱必要となりますが、あっせんを希望されますか?」
この説明を受けた売主の答えは当然のごとく「NO」でした。
筆者は営業トレーニングとしての同行時には、極力、口を挟まず営業マンの説明を否定しないよう心がけていますが、さすがに問題があるので補足説明を行ないました。
このような説明は、件の営業マンだけではなく様々な会社で似たような説明がされているようです。
実際に同業他社が関与する査定依頼を受け、インスペクションについて説明を行うと「〇〇ホームさんから受けた説明と違う」と指摘されることはよくあります(そのようにメリットのある制度だとは説明されなかったとの指摘です)
また媒介業者の集まりで話をすると、「ウチもそんな感じで説明しているんじゃないかな」と言われます。
理由を聞くと、「だって、あっせんすると手配が面倒じゃないですか。それに、劣化判定が多いとそれをネタに大幅な値段交渉を要求されるから、売主にとって不利になるでしょう」との答えが帰ってきます。
2024年(令和6年)4月1日から施行される宅地建物取引業法施行規則の改正により、このような偏った視点からの説明がまかり通らない可能性が出てきました。
施行前であれば「建物現況調査を実施する者のあっせん」について、その有・無をチェックするだけで良かったのですが、今後はあっせん「無」とする場合には具体的な理由の記載が義務付けられたからです。
理由については「調査費用の概算について説明したところ、理解が得られなかったため」、「建物現況調査について説明を行ない売主も内容について理解したが、本件においては不要であると判断したため」などは具体的な理由とされるでしょう。
ですが、「調査が手間だから」とか「費用負担が納得できないから」とかでは理解が得られないでしょう。
あっせんしない理由を明確にするには、その前提として制度の概要について適切に説明する必要があります。
そこで今回は、改正のポイントと、媒介業者の中で誤解されていることの多い「あっせん」について解説したいと思います。
抑えておきたい改正ポイント
宅地建物取引業法において「建物状況調査を実施する者のあっせんの有無」については、媒介契約書の記載事項です。
冒頭で解説したように、従来は「あっせん」を希望しない場合には「無」にチェックするだけでした。
ですが改正により、2024年(令和6年)4月1日からあっせん「無」とする場合、理由の記載が義務付けされたのです。
改正に伴い、標準媒介契約書の記載欄も、下記のように変更されています。
あっせんを行わない場合の理由については、具体的に記載する必要があります。その根底として、適切にインスペクションについての説明が実施されている必要があります。
インスペクションを過大評価している傾向が散見されますが、そもそもインスペクションは瑕疵の有無について判定する制度ではありません。
調査は目視による非破壊検査で実施されますから、目に見える範囲での基礎や外壁などの構造耐力上主要な部分、及び雨水侵入を防止する部分についてのひび割れなどを確認しているに過ぎないのですから、自ずと限界が生じます。
とはいえ国土交通省の定める講習を修了した建築士(既存住宅状況調査技術者)が、検査機器(これについては技術者により異なります)を使用して調査を行うのですから、一定の安心感は得られます。
インスペクションが有用であるのは間違いありませんが、過大に期待されるのも問題があります。そこで媒介契約書の「建物状況調査を実施する者のあっせんの有無」の欄には、注釈として、以下のような文言が追記されることになったのです。
また改正により「建物の維持保全の状況に関する書類」については報告書のほか、結果の概要についての提供も明確にされました。
売買契約時における保存状況の説明対象となる書類は、建築基準法令もしくは新耐震基準に適合していることを証明する書類のほか、新築時及び増改築時に作成された設計図書、インスペクションを実施した場合における報告書などです。
ですがインスペクション結果の概要書が存在する場合、それも資料として添付することが求められるのです。
概要を添付した場合、その内容や見解について質問されるケースが生じるでしょう。
その場合、調査結果は瑕疵の有無について判定しているものではなく、それ故に瑕疵が存在していないことが保証されるものではないこと。そして調査時点からの時間経緯により変化している可能性や、建築基準関係法令への適合性を判定しているものではない点を踏まえて回答する必要があります。
少なくても概要書に目を通し、質問に備える準備が必要とされるのです。
インスペクションの実施により恩恵を受けるのは、買主ばかりではない
インスペクションの実施によりメリットが受けられるのは、何も買主ばかりではありません。売主はもちろん、私たち媒介業者もその恩恵が得られます。
買主のたいするメリットとしては、建物の「質」や劣化状況について、適切に判断できる情報が提供されることです。それにより、安心して購入の判断ができます。また補修工事の見積もりについても、確度の高い情報が得られますから、資金計画に狂いが生じる可能性を回避できます。
売主は専門家による判定結果を提示できるのですから、引渡し後の不具合にたいするトラブルを軽減できます。ご存じのように契約不適合は、買主が認知している不具合にたいしては適用されません。
また、適切にメンテナンスを実施してきた住宅の場合、その実績が判定結果に表れるのですから、早期売却や高値販売に期待できます。
私たち媒介業者も、引渡し後のトラブルに巻き込まれる可能性が軽減されれば業務効率が上がります。何より物件としての訴求力が増すのですから、早期販売に期待できます。
このようにインスペクションの実施は三者三様にメリットがあるのです。
実際、インスペクションを実施された方の満足度調査を見ても、全体(売主・買主)の78.5%が満足したと回答しています。
専門家による検査を実施しない場合、物件の劣化状況や「質」に関しては、売主が記載する『物件状況報告書』に依存されます。
無論、新築時や増改築時の資料があればそれらは添付されますが、提供される情報は建物の現況についての情報ではありません。
しかも物件状況報告書は、売買契約時の添付書類です。
したがって形式的には、契約締結直前(売買契約書の前日など)までに記載して貰えばよいのです。(実務としては媒介契約時に記載して貰い、告知された不具合箇所等について、相応の知見を有する担当者などにより目視等で確認することが望ましいのですが……)
そもそも物件状況報告書を記載するのは、通常、建築知識に乏しい一般の方々です。
雨漏りや床の傾き、壁や柱の腐食が発生していても、それを認識していない可能性が高いのです。その場合、「発見していない」にチェックされるでしょう。
無論、売主は「嘘」を言っている訳ではありませんし、意図して虚偽の報告をしている訳でもありません。劣化状況等について把握できていないだけのことです。
ですが「発見していない」と告知することにより、引渡し後に問題が発生する場合があります。この場合、私たち媒介業者は「正しく告知するよう促せば、責任を免れる」と認識されているケースも多いのですが、必ずしもそうとは限りません。
トラブル事例(裁判や国民生活センター等への相談事例)では、媒介業者の調査義務違反が問われているケースが多分に確認されるからです。
建物状況調査が実施されなかった理由についても目を向ける必要があるでしょう。
国土交通省が令和4年度に実施した、インスペクションを実施しなかった理由に関する消費者向けアンケート調査によれば、「早く売りたかった」、「費用負担を避けたかった」、「早く購入したかった(買主)」が上位に上がっています。
このうち、「早く売りたかった」については消費者の誤解があるようです。
インスペクションの実施により、買主は物件の状況について予め確認できるのです。それが取引当事者の意思決定を後押しする結果に繋がるのですから、成約期間の短縮に期待できるのです。
また「費用負担を避けたかった」についても、インスペクションの費用対効果について理解が及んでいない可能性があります。
検査事業者やオプションの有無により多少の違いはありますが、一般的な規模の住宅であれば費用は6~10万円の範囲です。
安いとまでは言えませんが、検査の実施により引渡し後のトラブルを軽減でき、かつ成約期間の短縮にも期待できるのです。
手間とは言っても、検査時間は1~3時間程度です。早期売却や購入に影響を与えるほどのものではありません。
私たちは説明時に、これらのメリットを適切に伝達する必要があるのです。
理解を深めたい「あっせん」の定義
宅地建物取引業法において「インスペクションを実施する者のあっせんの有無」については、媒介契約書はもとより、インスペクションが実施されている場合には法35条書面(重要事項説明書)、法37条書面(売買契約書)の記載事項となります。
発端は媒介契約時ですが、説明内容が確立されているとは言えないまでも、インスペクション制度についての説明と、希望に応じたあっせんは媒介業者の義務ですから、これに関しては確実に実施されているようです。
ですが、筆者が研修講師と通じて実感するのが、「あっせん」の意味が正確に理解されていないということです。
説明を行うことが「あっせん」ではありません。
国土交通省による運用解釈でも、インスペクションについての情報を提供し説明することを「あっせん」とはしていません。
建物状況調査制度の概要を説明した上でそれを希望するかどうかを確認する。ここまでが第一段階です。その上で希望があれば、媒介契約書には「あつせん有」とチェックし、あっせん可能な検査事業者の会社情報等を説明します。
そのうえで売主が検査事業者を選定した際には、相手方に連絡し、費用の見積もりを取得して売主に説明を行うと同時に日程調整を行ない、最終的に調査の申込みを行う。
この一連の作業が「あっせん」なのです。
このような「あっせん」については認知度は高くなっているようですが、それでも可能な限り、あっせんは「無」としたいと考える業者が見受けられます。
あっせんに伴う売主や検査事業者とのやり取りを、「不必要な労力」と捉えるからなのでしょう。
先述したメリットとデメリットを勘案し、どちらが顧客満足度に貢献できるかを考えてみる必要があるかも知れません。
すぐにでも切り替えが必要な改正法対応の媒介書式と、変更点についての再確認
宅地建物取引業法施行規則の改正は2024年(令和6年)4月1日から施行されますから、それ以降の媒介契約は新書式で対応しなければなりません。
対応がまだの場合、すぐにでも標準媒介契約書等への切り替えを行ないましょう。
また先述したように、「あっせんをしない理由」については端的に、かつ具体的な理由を記載する必要があります。売主にたいし適切にインスペクション制度について説明を行ない、あっせんの可否を確認する。
希望しない理由を聞き取り、それを記載するのです。ですから「費用負担を避けたいから」、「インスペクションを行っても、見落としなどにより引渡し後に不具合が発見された場合、トラブルが懸念されるから」、「早期売却の足かせになるから」なんて理由は、制度自体を正確に理解していれば記載されないはずです。
また重要事項説明において添付できる「建物状況調査の結果概要等」の有効期間は、従来1年間とされていましたが、改正により分譲マンション(鉄筋コンクリート造又は鉄骨鉄筋コンクリートの共同住宅)については、有効期間が2年とされていますので覚えておきましょう。
分譲マンションのインスペクションでは、住戸外と住戸内の調査を、ことなる検査会社が実施するケースが想定されます。その場合、調査範囲及び責任分担が明確であれば、その両方を説明(添付)できるように改正されました。これも覚えておきたいポイントです。
インスペクションに過大な期待を抱かない
インスペクションの実施により、ある程度まで物件状況を把握することが可能となります。ですが万全ではありません。
インスペクションの限界については先述しましたが、調査結果は瑕疵の有無を判定するものではなく、また瑕疵がないことを保証するものでもありません。また設計図書との称号や、現行建築基準関係規定の違反の有無について判定するものでもなく、耐震性や省エネ性等の個別性能項目について判定している訳でもありません。
あくまでも目視を中心とした非破壊検査により劣化事象等の状況について調査しているだけです。
ですから関係法令違反等により再建築不可の物件であっても、物件の劣化状況等に問題がなければ、劣化事象等については「無」と判定されるのです。
このように、判定結果に問題がなくても、直ちに安心できる住宅とは限りません。
筆者が新築分譲会社に勤務していた当時、築後8年目に自宅を売却するためにインスペクションを実施した顧客から、「まだ築浅なのにインスペクションで劣化判定が出た。手抜き建築ではないか」と批判されたことがあります。詳しく話を聞いたところ外壁のシーリングが痩せていることから、その部分について「劣化事象有り」と判定されたとのことです。
そもそも窯業系サイディング等の突き合わせ部位を埋めるシーリングは、雨水や湿気の侵入を防止する大切な役割を持ちますが、風雨や日光の影響をもろに受ける部分であることから定期的なメンテナンスが必要です。
一般的なシーリングの耐用年数は10年程度ですから、外壁の塗布と併せて充填される部材です。
外壁通気工法が一般的である現在は、通気層内部に透湿防水シートを施工しています。ですからシーリングが多少劣化しても、直ちに駆体に影響を及ぼすことはありません。
そこでインスペクションの限界について説明すると同時に、築後8年であればシーリングの劣化は当然に発生する事象であり、また検査員が劣化判定を下すのもまた当然だと説明しました。また筆者の説明だけでは不安も残るだろうから、然るべき機関に手抜き工事か否かについて相談することを勧めました。
実際に相談されたかどうかは不明ですが、それ以降、連絡がこなかったのを見ると、おそらくは納得されたと考えています。
事例のようにインスペクションは、住宅の「質」や劣化状況を事前に把握できることから安心して購入判断できる材料になり得ますが、万全ではないことに留意する必要があるのです。
まとめ
今回は法改正により義務付けられた「建物現況調査をあっせんしない理由」を紹介すると同時に、インスペクションの有用性とその限界について解説を行ないました。
私見ですが筆者は、築年数や物件状況によらず既存物件についてはインスペクションを実施すべきと考えています。
査定依頼等があった際にはその旨を説明していますが、全件実施に至っていないのが現状です。
とくに築年数が相応の住宅の場合、「悪い所が沢山あるのは当然なのだから、今更、お金をかけてまであぶり出さなくても……」などと言われます。そうではない理由を説明しても、なかなか突破できません。
資材や人件費の高騰により新築物件の売れ行きは二極化され、それに呼応するように既存住宅の取引件数が増加しています。ですが購入者は既存住宅の「質」や「劣化状況」について不安を抱えているのです。
既存住宅流通量をさらに活性化させるのに、インスペクションの果たす役割は大きいのです。
法改正を契機に、私たちはインスペクションの有用性と限界について理解を深め、適切にあっせんしていく必要があるのです。