私たち媒介業者が、不動産の売却、購入に関しての依頼を受けた場合に締結するのが媒介契約書です。
媒介契約を締結すると、受任した私たちは契約の相手方を探索するとともに、相手方との契約条件などについて調整を行ない、成立に向け積極的に努力する義務が課せられます。
媒介契約は売却依頼にばかり目もいきがちですが、買側(購入者や賃借人)との締結も不可欠です。
もっとも、広告などをきっかけに内見を希望してきた初見の顧客にたいし、いきなり媒介契約の締結を求めれば引かれるのがオチです。
実務としては、気にいった物件が見つかったタイミングに併せ(もしくは売買契約締結時など)取得するケースが多いでしょう(実際には締結していない場合も多いようです)
原則として媒介契約を締結していない状態での業務は、宅地建物取引業法上で違法とされます。
もっとも当時者間の合意があれば、契約書がなくても民法上は媒介契約が成立しているとみなされます。
いわゆる「諾成契約」の原則が援用されるからです。
「契約書がないのに契約は成立しているの?」と思われるかも知れませんが、民法第522条(契約の成立と方式)第1項では、「締結を申し入れる意思表示に対してそれを受諾した時に契約が成立する」と定められ、さらに第二項では「法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない」と定めています。
もっとも民法では有効とされても、宅地建物取引業法第34条の2では「媒介の契約を締結したときは、遅滞なく。次に掲げる事項を記載した書面を作成して記名押印し、依頼者にこれを交付しなければならない」とされています。
したがって、民法上の有効性にかかわらず、宅地建物取引業法では違法とされるので注意が必要です。
何より契約書が存在しないことにより、トラブルが発生する可能性も高まります。
そのようなポイントを理解すれば、可能な限り早いタイミングで媒介契約を締結する必要があるのです。
これに限らず、媒介契約については一般的に認知されている以上に重要なポイントが存在しています。
媒介契約は媒介業者の根幹をなすものです。
したがって成立要件や定めについては正確に理解し、思い違いを排除することが重要です。
そこで今回は、媒介契約について深堀りしていきたいと思います。
媒介報酬請求権
新人研修を行うと、よく「自身が紹介(内見含む)した物件を、他の業者で購入された場合に媒介報酬が請求できるのか」と質問を受けることがあります。
自身が紹介した物件を他社で契約されるのは、顧客管理が杜撰である、もしくは顧客から見限られたなどの理由が顕在化したケースも多く、ことを荒立てるのが必ずしも得策とは言えません。
ですが「媒介報酬を半額にする」と言われて顧客がなびき、所謂中抜きされたケースまで黙っている必要はありません。
労力に応じた金額を、違約金もしくは媒介報酬として請求することは可能です。
請求の相手方が購入者で、かつ媒介契約書の締結が未然であった場合には「媒介契約書も締結していないのに、なんで支払いしなければならないんだ」と反論されるでしょう。
その場合には、前述した民法における契約成立の要件を思い出してください。
つまり「アナタの要望により物件を紹介し、いわんや内見して説明まで行っている。売買契約の締結を他の媒介業者で行うのは確かに自由だが、当方との媒介契約が成立している以上、違約金の支払い義務がある」と言った具合です。
この反証は「黙知の媒介契約成立」に基づくもので、裁判例も数多く確認されます。
もっとも裁判実務上でも統一した基準が定められている訳ではなく、事案ごと、物件の探索や内見などに要した労力や、売主との条件交渉の状況などにより、黙知での契約成立時期について判断されます。
例えば自身に報告や業務遅延などがあり、それが原因で「もう、御社には依頼したくありません」などと絶縁宣言されていれば、黙知の契約は解除されていると勘案されます。ですが前述したように、甘言になびき契約を反故にされた場合はその限りではありません。
また媒介報酬の請求時期についても理解を深めておく必要があります。
通常は売買契約締結時に半金、決済時に残り半金としている場合が多いでしょう。
業者によっては、決済時に全額としている場合もあるようです。
いずれにしても決済まで完了して、初めて満額の報酬請求権が発生すると思われがちですが、これは誤りです。
法的には売買契約(もしくは賃貸借契約)が締結された時点で媒介に関する依頼は成就されています。
つまり決済まで至らなくても、報酬請求権は発生しているのです。
もっとも、売買に関する付随業務、例えば融資に関しての補助や登記手続きの手配のほか、決済完了後の引渡までが媒介業者の業務であると認識されています。
ですが、これらは媒介業者の業務として法的に明示されている訳ではありません。
物件の引渡は売主が果たすべき義務であり、代金を支払うのは買主の義務です。
義務の履行と同時に、売主には代金請求権が、買主には物件の引渡請求権が発生します。
また決済のために融資を利用する必要があるのなら、買主自らが借入先を選択し、資金実行に関して必要な諸々の手続きを行う必要があるのです。
売主は登記の移転手続きなどを行わなければなりません。
これらは、いわゆる「双務契約」の関係性です。
ここに媒介人が直接関与する余地はありません。
もっとも不動産取引に精通していない一般の方が、それらの手配を単独で、円滑に行うことはできません。
そこで決済や引渡が問題ない行われるよう、契約当事者を補助する必要があります。
ですが宅地建物取引業法で、助言や指導については具体的に規定されていません。
かろうじて第34条の2第2項で「価格についての意見を述べるときの根拠明示義務」、同法第8項で「依頼者への報告義務」が明示されているだけです。
もっとも標準媒介契約書では、「登記、決済手続き等の事務に関しての補助」について規定されています。
これらにより実務上、これらの付随業務が媒介業者の果たすべき義務であると解されているのです。
ですが、これは援用解釈に過ぎません。
国土交通省による「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」を確認しても、第34条の解釈として「消費者の意向を踏まえながら、不動産取引について全体的な流れを分かりやすく説明し、適切な助言を行い、総合的に調整する役割が期待されている」と表現するに留めているからです。
だからと言って私たちに求められている業務をおざなりにして良い訳ではありません。
安全で問題のない決済や引き渡しを行うことが、私たちに求められる責務だからです。
一般媒介に期限が定められていないのは本当か?
「媒介契約の有効期間は?」と質問されて答えられない不動産業者はいないでしょう。
「有効期間は3ヶ月を超えることができない(宅地建物取引業法第34条の2第8項3号)」と定められており、これは原則として誰しもが知っているからです。
ですがこの定めが、専任媒介契約に限られて明示されていることはご存じでしょうか?
専属や一般媒介については具体的な明示がされてはいないのです。
もっとも専属専任は、専任と比較しても縛りの強い契約型式ですから明示されていいなくても3ヶ月を超えられないと推測できます。
ですが、一般についてはどうでしょう。
「一般媒介契約については具体的な明示がないのだから、他社での成約や売り止めのほか、所有者から解除の申出が無い限り、無期限で構わない」と解釈している方も多いようです。
ですが、この解釈は誤っています。
国土交通省が「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」において、「法律上の規制はないけれども、実情にかんがみ3ヶ月以内とする」と示しているからです。
したがって契約型式によらず、すべての媒介契約は有効期間が3ヶ月以内であると理解しておく必要があるのです。
これ以上の期間を定めても、3ヶ月とされることについてはご存じかと思いますが、それより短い期間についてはどうでしょう。例えば「御社に専任で依頼するけれども、期間は1ヶ月にして欲しい」などの要望があった場合です。
この場合、受任するか断るかは媒介業者の自由です。例えば行政書士であれば行政書士法第11条で「正当な事由がある場合でなければ、依頼を拒むことができない」と定められていますが、媒介業者にはそのような定めはありません。
「依頼者の利益を追及する」との前提が達せないと判断される場合、受任する必要はないのです。
無論、短期間で売却できるとの自信があれば断る必要はありません。
市場性や販売価格などを考慮して判断すれば良いでしょう。
次に更新手続きについてですが、契約型式によらず書面の再交付が必要と認識されているケースが目立ちます。
ですが業法上は必須とされていません。
「更新されますか?」
「従前と同様の内容で更新してください」
と言った口頭確認でも構わないのです。
無論、後日の紛争を避けるため文章(媒介契約更新申込書等)を受領しておくほうが良いでしょう。
「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」でも、文章によって確認することが望ましいとされているからです。
原則として更新は、委任者からの申出ることを要件としていますが、実務的には私たちから更新に関しての確認を行うことが多いでしょう。
その際、電話やメール等で連絡してもなかなか連絡がつかない方がおられます。連絡がつかないまま有効期間が満了した場合、媒介契約は終了してしまうのでしょうか?
これには諸説あります。
大別すると、一方的な解除は許されないとの考え方と、契約書に記載された有効期限が優先されるのだから、契約は終了したとみなすべきとの考え方です。
結論としては、連絡がつかず依頼者の更新に関する意思が確認できない以上、契約は終了したとみなすほかありません。
日常生活や仕事の関係で、連絡が取りにくいのはしょうがありません。ですが、特段の理由もなく長期間連絡がつかないようでは信頼関係が破錠していると勘案されます。
よしんば客付けできたとしても、連絡がつかない状態が継続されれば、調整もできず業務に支障をきたします。
連絡がつきにくい特段の理由が確認される場合を除き、冷静に判断する必要があるでしょう。
先述したように、媒介業者は依頼を断る理由を提示する義務はありません。
もし「独断で販売活動を中止するのはけしからん」などと、時を経てから連絡が入った場合は、複数回連絡を試みたが叶わず、媒介契約の有効期間が過ぎたことから契約を解除した旨を説明すると同時に、更新を受諾しないむねを伝えるのが得策でしょう。
まとめ
媒介業者にとって、媒介契約が業務の根幹となるのは間違いありません。
だからこそ定めたれた規定については正確に理解しておく必要があるのです。
媒介は端的に表現すれば、「仲立ち」に過ぎません。
条件などを調整し、円滑に取引が行われるよう調整するのが役割です。
そこに独断や思い込みが介在する余地はありません。
法の規定や媒介の限界について理解を深め、適切に求められた業務を遂行する。
それこそが私たちに必要とされるスキルなのです。