不動産取引に伴う宅地建物取引業者と消費者のトラブルは減少していると言われる方もおられますが、本当にそうでしょうか?
住宅関連相談窓口である「住まいるダイヤル」を運営する、公益財団法人 住宅リフォーム・紛争処理支援センターが毎年公開している「住宅相談統計年報」の最新版(2023)を見てみましょう。
2016年まで上昇の一途だった相談件数は、翌2017年に一旦減少に転じますが、それ以降は上昇と下降を繰り返しながら、2022に過去最高(35,772件)件数を記録しています。
相談件数が減少していると主張される方に話を聞くと、国土交通省や都道府県で取り扱われている苦情・相談紛争件数を根拠としています。
確かに、一般社団法人 不動産適正取引推進機構が公開している「宅地建物取引業法 施行状況調査の結果」を見ると、相談件数が減少しているのを確認できます。
ですが、これらは国土交通省や都道府県へ来庁して相談した件数です。
よほどの内容でない限り、相談はより簡易に行える機関に集中します。
したがって国土交通省等への相談件数が減少していることを根拠に、不動産トラブルの件数が減少傾向にあると論じるのは早計だと言えるでしょう。
とくに若年層は電話やEメールもほとんど利用せず、コミュニケーションの主流はSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)です。
不動産実務に従事されている皆さんも、顧客とのコミュニケーションツールとして何らかのSNSサービスを使用している方も多いでしょう。
とくに顧客年齢が若くなるほどSNS利用率は顕著ですから、電話やEメールの利用率が減少していることを実感されているでしょう。
筆者は不動産コンサルティング業務の一環として不動産に関する様々な相談に応じています。
その中には不動産トラブルに関する相談も含まれているのですが、詳しく内容を聞いていくと、原因のほとんどが「説明不足」と「理解不足」に起因していると感じてなりません。
このように記載すると、「そうそう、何度説明を繰り返しても顧客が理解してくれないんだ」と相槌を打つ方がいるかも知れませんが、説明と理解の不足は私たち、不動産業者に従事している側の問題です。
SNSは手軽にコミュニケーションが図れるメリットがある一方で、即応性が重視されることから返信内容が精査されず、おおよそ不正確な情報を返信したり、説明が不明瞭となることがあります。700字程度という文字数制限も影響しているのでしょう。
相談対応時に、よくSNSの履歴を共有され意見を求められます。
やり取りを見ていくと、少しずつ論点がずれていき、最終的に支離滅裂になっていると感じることが多いのです。
今回は、トラブルの根底に説明不足と理解不足があるという点と、SNSの利用は諸刃の剣の性質を持つという点を理解いただくと同時に、どのようなポイントに注意すればトラブルを減少させることができるかについて考えていきたいと思います。
納得が得られていればトラブルは減少する?
「住宅相談統計年報」では、電話相談の内容について以下のように分類しています。
大分類としては住宅に全般に関しての相談(新築含む)とリフォームに関する相談です。
住宅については、物件の不具合や契約に関してのトラブル、知見に関する相談や照会、最後に相隣関係など物理的な物件の不具合などを除くトラブル(その他相談)の3つに小分類されています。
気になるのは相談内容の内訳ですが、住宅に関しては「物理的な物件トラブル」が60%ともっとも多く、次いで「その他相談」の22.7%、「知見相談」17.3%となっています。
物件の不具合に関しての相談が多いのは、感覚的にも理解できます。
興味深いのは、評価住宅は不具合相談が少ない(相談件数の5.5%)ことです。
評価住宅とは、住宅品質確保法に基づく住宅性能表示制度を利用して「建設住宅性能評価書」が交付された住宅のことです。
既存住宅においては「住宅性能表示制度」に基づく検査が実施され、評価書が交付された住宅です。
建築士などの専門士業により適切に評価されることから、購入前に不具合や劣化箇所について理解が及んでいるのでしょう。
つまり納得して購入しているから、その後のトラブルが少ないと推察できます。
これは保険付き住宅におけるトラブル件数を見ると分かります。
1号保険付住宅にたいする相談件数が6,096件あるのにたいし、2号保険付住宅はわずか19件しかないのです。
1号保険は住宅瑕疵担保履行法に基づき、新築住宅に構造耐力上主要な部分や雨水の侵入防止について10年間の保障責任を義務付けられていることから、加入されている保険です。
端的に言えば業者が、責任を履行するために加入する保険で、そこに購入者の意図は介在しません。
それにたいし2号保険は消費者が加入する保険です。
不動産業者が既存住宅の売主となる場合に加入するケースはありますが、基本は消費者の意志に基づき加入される保険です。
既存住宅の場合、加入するには保険会社が指定する検査機関によるインスペクションの実施が不可欠です。
さらに検査結果に基づき、劣化している箇所の補修や修繕が実施された後でなければ加入できません。
検査結果については消費者の知るところになりますから、建物の現況について納得してから購入され、結果的に相談件数の減少に繋がっているとの推測がなりたつのです。
具体的な対策
不動産トラブルは、情報の理解と説明の不足から生じます。
とくに、一般の方には難解な不動産用語やその定義、法的な解釈などについては、説明する際に注意が必要です。
私たちは、「一般の方は不動産知識を有していない」という基本を忘れてはならないのです。
日頃、意図せず使用している「境界」、「建蔽率」、「容積率」、「用途地域」などの用語も、一般の方からすれば意味不明な言葉にしか過ぎません。
業界の常識(語彙も含む)が、誰にたいしても通用する万能なものではないと理解しておく必要があるのです。
一例として以下のような言い回しで説明したとしましょう。
「この土地は相場より安い価格で売り出されていますが、前面道路が私道です。
また幅員も3.5mしかありません。位置指定が取れているのでセットバックにより再建築も可能ですが、私道所有者の通行掘削同意が……」
このように説明されても、顧客は何について説明されているのかすら理解が及んでいない可能性があります。
理解を促すには、前提として建築基準法における接道義務や道路法のほか、私道のデメリットなどについて詳細に説明する必要があるでしょう。
それを省略するから問題が発生するのです。
不動産トラブルの仲裁に立ち会った際、よく「そんな説明は聞いていない」、「いや、説明した」とのやり取りが繰り返されます。
これも業者による説明が適切に行われておらず、また、顧客の理解が及んでいないことが原因かも知れません。
したがって、不動産取引においては、業者が専門的な用語や法的な規定を用いて説明を行う際には、顧客の理解を確認しつつ、必要に応じて説明を簡略化したり具体例を挙げたりすることが重要です。
これを徹底することにより、ほとんどのトラブルが防止できるのです。
表現力を引き上げる
トラブルを未然に防止するには、重要な説明ほど対面で、理解の程度を確認しつつ、必要に応じて説明を簡略化したり具体例をあげたりすることが不可欠です。
対面でのコミュニティツールであれば顧客の反応を見ながら調整することも可能ですが、文字情報によるやり取りでは、リアルタイムなフィードバックが得られません。
さらに文章表現には得手不得手が存在します。
ビジネスパーソンには文章力が不可欠です。
しかし熟達には地道な努力が必要であり、短期間で上達することが難しいスキルです。
そこで以下のような対策が有効です。
1. 明確な表現を心がける
言葉の選び方や文の構造に注意して、相手が理解しやすい文章構成を心がけます。
冗長な表現や専門用語の過度な使用を避け、シンプルで明確な表現を心がけます。
2. 具体例をあげる
抽象的な概念や理論については、具体的な事例を交えることで理解しやすくなります。
3. 構成に配慮する
文章構成を明確にし、段落や見出しを活用して情報整理がしやすいよう配慮します。
とくにSNSにおいては、段落を考慮しない文章を作成しがちですから、読みやすいかどうか、段落が適切であるか注意する必要があります。
4. 送付前には自己評価
文章を送信する前に、自分が書いた文章を客観的に評価し、より効果的な表現方法がないか検討します。
これを習慣化することで、文字情報による伝達スキルが向上していきます。
これらの対策や習慣を実践することで、文字情報を効果的に伝えるスキルが磨かれていくでしょう。
おすすめはAIの活用
対策を講じることで、文章によるやり取りにおけるトラブルも、ある程度まで回避できるでしょう。
次に考えたいのは効率化です。
そのためにはAIアプリを積極的に活用すると良いでしょう。
現在、基本機能を無償で利用でき、かつチャットや文章作成に優れているAIとしては、ChatGPT(OpenAI) 、Gemini(Google_旧Bard)、Notion AI(Notion Labs Inc)、Claude(Anthropic)、が利用されている割合が高いでしょう。
有償であれば利用できるアプリの選択肢は広がり、高度な機能も利用できますが、文章の作成や校正、内容の評価をしてもらう程度であれば無償の範囲でも十分です。
不動産業とAIの親和性は高く、そのため積極的に利用したいという方は多いようです。
しかし、実際に使用している、もしくは使いこなせている割合は1割にも満たないようです。
積極的に利用しない方の大半は、情報の精度や信頼性を問題として挙げますが、それは生成された文章を精査すれば回避できる問題です。
AIが提供する情報には、アルゴリズムや学習データの偏りが発生します。
信頼性についても同様で、生成された文章を盲目的に信用してはなりません。修正や検証は不可欠なのです。
生成文章は下書きであると認識して、自ら手を加える。それさえ徹底すれば、文章の作成効率は高まるでしょう。
語彙を増やすために
文章作成時の注意点、AIを活用しての効率化と続けてきましたが、もう一つ重要なポイントがあります。
それが「語彙力」です。
語彙力は、言葉を理解し適切に使用する能力を指します。
文章作成を苦手とする方の多くは、「文脈に即した類義語が思い浮かばない」、「日本語特有の詳細な表現が苦手」といった理由を挙げます。
ですが、苦手で済まされる物ではありません。
語彙力は伝達力だけではなく、理解力や読解力にも影響を与えるからです。
その結果、顧客が要望している意図を正確に理解できず、的外れの提案をして不信をかうケースが高まるでしょう。
営業職に必須のスキルではありますが、語彙力を磨く近道は存在しません。
しかし、以下のような点を意識すれば効率的に高めることは可能です。
①言葉の感度を高める
日頃から、言葉にこだわる「癖」をつけましょう。ニュースを読んだり、同僚と会話したり、映画やドラマなどを見た際、知らない言葉が出来てきたら、すぐに調べることを習慣にするのです。
調べる際、可能であれば辞書を紐解くことをおすすめしますが、スマートフォンを利用して簡易に調べるだけでも効果は得られます。
②本を読む
語彙力を高めるための王道です。様々な有識者が、語彙力を高める方法について論じていますが、結果的に「読書に勝る方法はない」と結論づけています。
読書する際に注意したいのは、ジャンルを絞らないことです。ビジネス書や不動産関連の書籍ばかり読んでいると、限られた分野の語彙力は向上するものの、普遍性が身につきません。
様々なジャンル、例えば古典や現代小説、エッセイや学術書、ときに哲学書などを紐解くことで語彙力は鍛えられるのです。
③アウトプットを意識する
記憶を定着させるには、アウトプットが重要です。人間の記憶は短期記憶と長期記憶に分かれます。
短期記憶の保持時間はわずか数十秒とされており、その後、時間の経過で完全に忘れ去られます。
復習を繰り返すことにより、短期記憶から長期記憶に転送できますが、学習時間を捻出するのは簡単ではありません、そこで、覚えた言葉を積極的にアウトプットするのです。
アウトプットの方法は、話す、書くなどどのような方法でも構いません。
他者に聞かれている、もしくは読まれているとの緊張感が、記憶の定着に役立つのです。
まとめ
不動産トラブルの多くが、説明と理解の不足に起因しています。
その根底には顧客の読解力不足があるのかも知れません。
ですが、「理解力が低いから、私の伝達した意図を理解できていないのではないですか?」なんて、原因を顧客の責任としてすり替えることはできません。
難解なことを分かりやすく伝達する責任は、私たちにあるからです。
理解が不足していると感じたら、言い方や表現を変え、納得できるまで根気よく、説明を繰り返しましょう。
それを怠るから問題が発生するのです。
特に最近は、業務をサポートしてくれるアプリの弊害により、対面営業の時間が減少しています。
業務効率化とコミュニケーションの質は密接に関係しており、非言語情報の喪失や誤解発生のリスク、人間関係の希薄化など、様々な問題につながる可能性があります。
特に対面や電話を嫌い、文字によるコミュニケーションを希望する顧客にたいしては、影響が大きくなるでしょう。
ですが、そのような傾向はますます活性化していくことでしょう。
私たちは、時代に即して必要とされるスキルを成長させ、対応していくほかないのです。
そのために問題の本質を理解して、不動産に関しての知識拡充だけでなく、伝える力を高めるための方法を模索していく必要があるのです。